学位論文要旨



No 216425
著者(漢字) 柳瀬,幹雄
著者(英字)
著者(カナ) ヤナセ,ミキオ
標題(和) 肝星細胞コラーゲンゲル退縮におけるリゾフォスファチジン酸の作用 : 低分子量G蛋白質Rhoの標的蛋白質Rho‐キナーゼとの関連
標題(洋)
報告番号 216425
報告番号 乙16425
学位授与日 2006.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16425号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 助教授 國土,典弘
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 講師 吉田,晴彦
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

背景

肝臓の非実質細胞のひとつ肝星細胞は肝類洞脇のDisse腔に存在し、静止時にはビタミンA(レチノイド)の体内での貯蔵に、肝障害に際しては静止時の形質から「活性化」して筋線椎芽細胞様に変化し、増殖および細胞外マトリックス産生を増すoまた各種の細胞骨格蛋白やモーター蛋白を有し、肝類洞内の血流調節や門脈圧-の関与、肝障害治癒過程での創傷収縮に関与する。

グリセロリン脂質のひとつリゾフォスファチジン酸(Lysophosphatidic acid: l-acy1-sn-glycerol-3-phosphate,以下LPA)は細胞増殖因子様のはたらきをもつリン脂質メディエーターとして近年注目されている。 In vitroでは細胞増殖・収縮・遊走・細胞形態形成・アポトーシスに関連した多彩な作用が、また臨床的には卵巣癌、多発性骨髄腫などの疾患での血清濃度上昇、動脈硬化患者の粥状硬化巣での高濃度の検出が報告され、その重要性が注目されている。

LPAの生理活性機序に関しては種々のG蛋白質を介することが知られている。なかでも、細胞接着・収縮等、細胞運動において重要な役割を果たすとともに、細胞外マトリックスの情報を細胞内シグナル伝達系に中継する接着斑構成分子の制御にも関与する低分子量G蛋白質Rhoを介したシグナル伝達系が注目されている。当論文においては、Rhoの標的蛋白質の中でアクトミオシン相互作用や細胞接着斑の制御に直接関与する標的蛋白質として知られるRho-キナーゼに着目、肝星細胞の創傷収縮モデルにおけるLPAの作用およびRhoシグナル伝達系との関連をみる目的で、肝星細胞のコラーゲンゲル退縮モデルにおけるLPAの作用をRho-キナーゼの役割と関連させて検討した。

方法

肝星細胞は、SD系雄性ラットより、既報に準じてコラゲナーゼ灌流法およびメトリザマイド添加遠心分離法により単離、 10%ウシ胎児血清(PCS)添加ダルべッコ変法イーグル培養液(DMEM)下培養後、トリプシン・コラゲナーゼ法にて継代した「活性化」星細胞を用いて下記検討した。

LPA結合実験:培養プレート上に上記星細胞を播種、[3H]LPAの星細胞との結合を調べLPA結合部位の親和性(Kd)および結合容積(Bmax)を算出した。

コラーゲンゲル退縮実験:液体タイプIコラーゲンコラーゲンマトリックス液を37℃・60分静置でゲル化しcollagen latticeを作製、collagen lattice上に星細胞を播種、10%FCS添加DMEM下培養、無血清DMEMに交換後6時間目にLPAを添加、その直後にcollagen latticeの辺縁を剥離し経時的にcollagen latticeの面積を計測した。なおRho-キナーゼ阻害剤Y-27632添加群では無血清DMEMに交換後5時間目にY-27632を添加した。

肝星細胞の形態、ストレス線維形成:培養用chamber slide上に星細胞を播種、10%FCS添加DMEM下培養し、無血清DMEMに交換後6時間目に実験に供した。Y-27632添加群では無血清DMEMに交換後5時間目に添加したLPA添加後、37℃・30分静置後固定処理、TRITC-conjugated phalloidinにてF-actin染色を行い蛍光顕微鏡にてrhodamine蛍光下で観察した。

ミオシン軽鎖リン酸化:培養用non-coated dish上に星細胞を播種、10% FCS添加DMEM下培養し、無血清DMEMに交換後6時間目に実験に供した。Y-27632添加群では無血清DMEMに交換後5時間目に添加したLPA添加後5分後に細胞を回収、リン酸化ミオシン軽鎖抗体を用いたウエスタンプロットにて検討した。

フィプロネクチンコートラテックスビーズに対する細胞側接着斑関与物質の検出:既報に従いフィプロネクチンによるラテックスビーズのコーティング後、同ビーズをLPAおよびY-27632と共にchamber slide下培養星細胞上に添加混和、30分間静置した後細胞を固定した。続いて細胞染色をanti-focal adhesion kinase(anti-FAK),anti-RhoA各抗体を1次抗体に、2次抗体は各蛍光抗体を用い、蛍光顕微鏡にて観察した。接着斑形成に関わるFAKおよびRhoAについて細胞に接着したピーズを取り巻く様に蛍光免疫染色上検出される星細胞の割合を調べた。

細胞・細胞外基質接着動態の検出:細胞の細胞外基質との接着面積を電気抵抗で表示するElectric cell-substrate impedance sensing system (ECIS)装置を用いた。上記星細胞を装置内culture dishに播種、10%FCS添加DMEM下培養し、さらに無血清DMEMにて培養した。Y-27632添加群ではY-27632を添加、この時点からECIS電気抵抗測定を開始した。40分経過時点でLPA添加群でLPAを添加し引き続きECIS測定を続けたECIS電気抵抗の時間経過はY-27632添加時点を基準として、その時点での電気抵抗との比(normalized resistance)として検出した。

結果

LPA結合実験:肝星細胞において[3H]LPAの飽和結合をみとめた。Scatchard解析を行った結果、同星細胞上には少なくとも1つの結合部位があり、その親和性(Kd)は7.8×10-7M、結合容積(Bmax)は5.2×107sites/cell、 50%飽和濃度は200nMであった。

肝星細胞コラーゲンゲル退縮実験:LPA添加群は、無添加対照群に比してlattice剥離後6時間まで濃度依存的にlattice面積が減少した。Y-27632前添加群では濃度依存的にlattice面積の減少が抑制されたY-27632前添加後LPA10-5M添加群ではLPA10-5M単独添加群に比し、Y-27632濃度依存性にlattice面積の減少は抑制された。

肝星細胞の形態、ストレス線維形成:LPA10-5M添加群では無添加対照群に比して細胞体が方形で、細胞体中心部のストレス線維形成のめだつ細胞が多かったY-27632 10-5M前添加群では細胞体が球形化し、細胞体中心部のストレス線維形成が失われた細胞が多かった。Y-27632 10-5M前添加後LPA10-5M添加群ではLPA10-5M単独添加群に比し、細胞体中心部のストレス線維形成がみとめられる細胞の割合が減少していた。

リン酸化ミオシン軽鎖蛋白発現:LPA10-5M添加群では無添加対照群に比してミオシン軽鎖蛋白リン酸化が亢進した。またY-27632 10-5M前添加後LPA10-5M添加群ではLPA 10-5M単独添加群に比し同リン酸化が減弱していた。

フィブロネクチンコート・ラテックスビーズに対する細胞側接着斑関与物質の検出:LPA10-5M添加群では無添加対照群に比して、FAKあるいはRhoAがピーズを取り巻く細胞の割合が多かった。またY-27632 10-5M前添加後LPA10-5M添加群ではLPA10-5M単独添加群に比しFAKあるいはRhoAがビーズを取り巻く細胞の割合は減少していた。

細胞・細胞外基質接着動態の検出:Y-27632 10-5M添加後、電気抵抗比は漸次低下した。一方LPA10-5M添加群ではコントロールに比し電気抵抗比は漸次増加した。またY-2763210-5M添加後電気抵抗比が低下した星細胞において40分後LPA 10-15M添加したところ、電気抵抗比は一転増加に向った。

結論

LPAの肝星細胞における作用に関し下記検討した。LPA結合実験の結果、肝星細胞は少なくとも1つのLPAの結合部位を有した。創傷収縮モデルとされるコラーゲンゲル退縮モデルにおいて、LPA添加により肝星細胞による同退縮の作用が亢進した。またLPAlO-5M添加により細胞体のアクチンストレス線維の増加、アクトミオシン相互作用の要となるミオシン軽鎖リン酸化の亢進、ECISによる肝星細胞の細胞外基質への接着の増加をみとめた。上記作用はいずれもRho-キナーゼ阻害剤Y-27632 10-5M共添加により抑制され、LPAの上記作用にRho-キナーゼ系シグナルが関連していることが推定された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はリン脂質メディエーターとして近年注目されているグリセロリン脂質リゾフォスファチジン酸(Lysophosphatidic acid: 1-acyl-sn-glycerol-3-phosphate, 以下LPA)について、その肝星細胞の創傷収縮モデルにおける役割を、コラーゲンゲル退縮モデルを用いて検討した。またアクトミオシン相互作用や細胞接着斑の制御に直接関与する低分子量G蛋白質Rhoの標的蛋白質Rho-キナーゼに着目し、 LPAの作用をRhoキナーゼの役割と関連させて検討したものであり、下記の結果を得ている。

LPAの肝星細胞への結合実験を[3H]3H]LPAを用いて行い、肝星細胞においてその飽和結合をみとめた。Scatchard解析を行った結果、同星細胞上には少なくとも1つの結合部位があり、その親和性(Kd)は7.8×10-7M、結合容積(Bmax)は5.2×107sites/cell、50%飽和濃度は200nMであることが示された。

肝星細胞によるコラーゲンゲル退縮実験を行った結果、LPA添加群では、無添加対照群に比してlattice剥離後6時間まで濃度依存的にlattice面積が減少した。Rho-キナーゼ阻害剤Y-27632前添加群では濃度依存的にlattice面積の減少が抑制された。Y-27632前添加後LPA1O-5M添加群ではLPA10-5M単独添加群に比し、Y-27632濃度依存性にlattice面積の減少は抑制された。

肝星細胞の形態ならびにストレス線維形成をF-actin染色後、蛍光顕微鏡下で観察したところ、LPA10-5M添加群では無添加対照群に比して細胞体が方形で、細胞体中心部のストレス線維形成のめだつ細胞が多かった。Y-27632 10-5M前添加群では細胞体が球形化し、細胞体中心部のストレス線維形成が失われた細胞が多かった。Y-27632 10-5M前添加後LPA10-5M添加群ではLPA10-5M単独添加群に比し、細胞体中心部のストレス線維形成がみとめられる細胞の割合が減少していた。

リン酸化ミオシン軽鎖蛋白発現をウエスタンプロットにて検討したところ、LPA10-5M添加群では無添加対照群に比してミオシン軽鎖蛋白リン酸化が亢進した。またY-27632 10-5M前添加後LPA10-5M添加群ではLPA10-5M単独添加群に比し同リン酸化が減弱していた。

フィプロネクチンコートラテックスビーズを用い細胞側接着斑関与物質であるfocal adhesion kinase (FAK), RhoAの同ビーズ周囲への染色を蛍光顕微鏡下に観察したところ、LPA10-5M添加群では無添加対照群に比して、FAKあるいはRhoAがピーズを取り巻く肝星細胞の割合が多かった。またY-27632 10-5M前添加後LPA10-5M添加群ではLPA10-5M単独添加群に比しFAKあるいはRhoAがピーズを取り巻く細胞の割合は減少していた。

細胞の細胞外基質との接着面積を電気抵抗で表示するElectric cell-substrate impedance sensing system(ECIS)装置を用い、細胞・細胞外基質接着動態を検出したY-27632 10-5M添加後、電気抵抗比は漸次低下した。一方LPA10-5M添加群ではコントロールに比し電気抵抗比は漸次増加した。またY-27632 10-5M添加後電気抵抗比が低下した星細胞において40分後LPA10-5M添加したところ、電気抵抗比は一転増加に向った。

以上、本論文はLPAの肝星細胞における収縮亢進作用を、創傷収縮モデルを用いて初めて明らかにした。またその作用につき、ストレス線維の増加や細胞外との接着動態の亢進、また接着斑構成物質の集簇、さらにはミオシン軽鎖リン酸化亢進など包括的に検討し、それらの機序にRhoキナーゼが関連していることを示した。本論文は肝臓の線維化に付随する創傷収縮や門脈圧亢進の機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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