学位論文要旨



No 216426
著者(漢字) 吉浦,健太
著者(英字)
著者(カナ) ヨシウラ,ケンタ
標題(和) 腫瘍血管内皮細胞関連抗原としてのII型炭酸脱水酵素の同定
標題(洋)
報告番号 216426
報告番号 乙16426
学位授与日 2006.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16426号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 中村,哲也
 東京大学 講師 三崎,義堅
内容要旨 要旨を表示する

(序論)腫瘍免疫療法において強力な抗腫瘍免疫を賦活する腫瘍関連抗原の同定は有効な治療の達成のために重要な課題である。これまで多数の腫瘍関連抗原が同定されているが実際の免疫療法に活用され効果をあげているものは少ない。2000年から2002年にかけて東京大学医科学研究所先端診療部において10名の悪性黒色腫の患者に樹状細胞療法が施行されたが、その際2名の患者において複数の転移腫瘍の広範な壊死による消失あるいは縮小を認めた(表)。そこで、これらの患者で抗腫瘍効果を担った新規の腫瘍関連抗原の同定を目的として本研究をおこなった。

(研究方法および結果)まず樹状細胞療法により腫瘍縮小効果を得た悪性黒色腫患者9の治療前後の血清と同患者の腫瘍蛋白の反応をウェスタンプロット法で検討したところ、治療前にはなく治療後の血清に抗体が出現した分子量29kDの蛋白と、治療前後の両方の血清に抗体が存在する分子量47kDの蛋白を認めたため、これら2つの蛋白の単離と同定をおこなった。29kDの蛋白を発現する細胞を、種々の細胞株や血液細胞から、患者血清を用いたウェスタンプロット法で探索したところ、赤血球に豊富に存在することを見出した。よって、赤血球の蛋白を二次元電気泳動により展開し、ウェスタンプロット法で患者血清と反応する29kDの蛋白を単離した。その後この蛋白をトリプシンで消化し、マトリックス支援イオン化-飛行時間型タンデム質量分析法により、この蛋白をII型炭酸脱水酵素(CA-II)と同定した。次に、樹状細胞療法を施行した10名の悪性黒色腫患者、6名の甲状腺癌患者、および3名の正常対照血清について抗CA-II抗体を検討した。悪性黒色腫患者の樹状細胞療法の治療効果と血清抗CA-II抗体の推移を別表に要約した。患者9とともに腫瘍縮小を認めた患者8と、腫瘍の進行が抑えられた1名(患者6)で治療に伴う抗体価の上昇を認めたが、他の7名の悪性黒色腫患者には抗CA-II抗体の誘導は認めなかった。すなわち治療による抗腫瘍効果の有無と抗CA-II抗体の誘導の有無にはフィッシャーの正確確率解析により有意の相関があった。6名の甲状腺癌患者において樹状細胞療法の治療効果が明らかな例はなかったが、全例、血清抗CA-II抗体は陰性であった。

一方、47kD蛋白は、HeLa細胞から同様の手法で単離し質量分析法で解析した結果、アルファ-エノラーゼと同定された。血清抗アルファ-エノラーゼ抗体を同じ患者群で検討した結果、悪性黒色腫患者10名中7名と、甲状腺癌患者6名中4名で陽`性であったが、治療による抗体の誘導は明らかでなかった。よって、これ以後CA-IIについて検討をすすめた。

CA-IIの発現を免疫組織化学で検討した結果、抗体誘導が顕著であった患者9の腫瘍切片において、腫瘍細胞には発現を認めなかったが腫瘍血管内皮細胞に発現を認めた。なお正常組織の血管内皮細胞には発現を認めなかった。腫瘍血管内皮細胞におけるCA-IIの発現は、この患者の腫瘍だけでなく、食道癌、腎細胞癌、および肺癌においても認めた。さらに、CA-IIが正常血管ではなく腫瘍血管の内皮細胞に発現する知見に基づいて、イン・ビトロ血管新生モデルを用いて検討をかさねた。すなわちヒト臍帯静脈内皮細胞をマトリゲル上で3次元培養をおこない、定量的RT-PCR法でCA-IImRNAの発現を検討した。このモデルで腫瘍環境を再現する目的で酸性培地(pH6.8)かつ低酸素条件(2%酸素)で培養したところ、通常条件に比しCA-IIの発現が有意に亢進した。

(論考)樹状細胞療法で腫瘍縮小効果を得た患者9において治療により血清抗体を誘導した抗原としてCA-IIを同定した。さらに他の悪性黒色腫患者の血清抗体を検討したところ、抗体誘導と治療効果の関連が示唆された。ただし症例数が少ないためさらなる検討が必要である。また、腫癌壊死により血液中に逸脱したCAIIが抗体を誘導した可能性もあり、CA-IIに対する免疫誘導がもたらす抗腫蕩効果については今後の研究で明らかにすべきである。

次に正常組織および腫瘍切片のCA-IIの発現を免疫組織化学で検討したところ、正常血管内皮には陰性であるが腫瘍血管内皮には陽性であった。CA-IIが腫瘍血管内皮に特異的に発現するという免疫組織化学の知見を実験的に検証するため、マトリゲルを用いたイン・ビトロ血管新生モデルにおいてCA-II mRNAの発現を検討したところ、腫瘍環境の特徴とされる酸性、低酸素条件によりCA-IIが誘導される可能性が示唆された。その詳細な分子機構の解明や、腫瘍血管新生におけるCA-IIの果たす役割、CA-II阻害薬が血管新生に及ぼす効果などは今後の検討課題である。

(結語)本研究で、二次元電気泳動法や質量分析法などの手法をもちい腫瘍関連抗原であるII型炭酸脱水酵素(CA-II)を同定した。その抗体の誘導は樹状細胞療法の治療効果と関連する可能性が示唆された。さらに免疫組織化学や定量的RT-PCRなどの検討により、CA-IIが腫瘍血管内皮細胞に高発現することを明らかにした。

表 悪性黒色腫患者の樹状細胞療法の治療効果と、治療前後の血清抗CA-II抗体の推移

* 樹状細胞療法の施行前、最低4 週間は治療休止期間をおいた。化学: 化学療法。

** 抗CA-II抗体は100倍血清希釈陽性( +) 、200倍陽性( + +) 、400 倍陽性( +++) で示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は腫瘍免疫療法においてあらたな腫瘍関連抗原を探索しその役割を明らかにするために、樹状細胞療法により腫瘍縮小効果を得た悪性黒色腫患者の腫癌組織および血清等を用いて腫癌関連抗原の同定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

本研究の基盤となった樹状細胞療法の臨床試験は、10名の悪性黒色腫患者に施行され、その結果2名の患者(患者8および9)に広範な壊死を伴う腫瘍壊死効果と1名の患者に腫瘍進行抑止効果を得たものである。本研究ではまず患者9の治療前後の血清と同患者の腫瘍蛋白の反応をウェスタンプロット法で検討したところ、治療前にはなく治療後の血清に抗体が出現した分子量29kDの蛋白と、治療前後の両方の血清に抗体が存在する分子量47kDの蛋白の存在が示された。

29kD蛋白を発現する細胞を、種々の細胞株や血液細胞から患者血清を用いたウェスタンプロット法で探索したところ、赤血球に豊富に存在していたため、赤血球の蛋白を二次元電気泳動により展開し、患者血清と反応する29kD蛋白を単離した。この蛋白は、マトリックス支援イオン化-飛行時間型タンデム質量分析法により、 II型炭酸脱水酵素(CA-II)と同定された。10名の悪性黒色腫患者における抗CA-II抗体を検討したところ、治療効果のあった3名にのみ治療による抗体価の上昇がみられた。すなわち樹状細胞療法の効果と抗CA-II抗体の誘導が関連する可能性が示された。

47kD蛋白について、HeLa細胞から同様の手法で単離し質量分析法で解析したところ、アルファ-エノラーゼと同定された。血清抗アルファ-エノラーゼ抗体は悪性黒色腫患者10名中7名に陽性であったが治療による抗体の誘導は明らかでなかった。

治療効果と関連が示唆されたCA-IIについて、その発現を免疫組織化学で検討したところ、抗体誘導が顕著であった患者9の腫瘍組織において、腫瘍細胞には発現を認めず腫癌血管内皮細胞に発現を認めた。なお正常組織の血管内皮細胞には発現を認めなかった。腫癌血管内皮細胞におけるCA-IIの発現は、この患者の腫瘍だけでなく、食道癌、腎細胞癌、および肺癌においても認めた。

CA-IIが正常血管ではなく腫瘍血管の内皮細胞に発現する機序について、イン・ビトロ血管新生モデルを用いて検討された。すなわちヒト臍帯静脈内皮細胞をマトリゲル上で3次元培養をおこない、定量的RT-PCR法でCA-II mRNAの発現を検討した。このモデルにおいて腫瘍環境の特徴である酸性培地(pH6.8)かつ低酸素(2%酸素)条件がCA-IIの発現を誘導することが示された。

以上、本論文は腫瘍血管内皮細胞関連抗原としてII型炭酸脱水酵素を同定した。臨床検体において腫瘍血管内皮細胞に腫瘍関連抗原が発見されたことは画期的であり、本研究は腫瘍免疫療法の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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