No | 216427 | |
著者(漢字) | 淺井,聖子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アサイ,キヨコ | |
標題(和) | 低濃度エタノール刺激によるヒト腸管上皮細胞へのアポトーシスの誘導と女性ホルモンによるその修飾 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216427 | |
報告番号 | 乙16427 | |
学位授与日 | 2006.01.25 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第16427号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <背景> 腸管上皮細胞は、腸管組織と腸管内容とを物理的に隔て、腸管内に存在する微生物や有害物質が吸収されるのを防ぎ、外部と生体内環境を境とする強力なバリア機構を有する。これに機械的または機能的な障害が加わると、腸管内の有害物質が体内に吸収され、さまざまな炎症反応が惹起される。 臨床的にアルコール常飲者ではエンドトキシン血症が認められるが、これは消化管に存在するエンドトキシンに由来すると考えられている。35%から50%といった高濃度のエタノールが胃や小腸粘膜に出血性ビランや壊死などの傷害を生じることはすでに知られているが、10%以下の低濃度エタノールが腸管上皮へおよぼす影響は十分に検討されていない。近年、低濃度エタノールの投与により、腸管上皮細胞の微小管骨格に分解や破壊を生じることや、接着結合間に間隙が生じることが証明されている。これらの事実から、経口的に摂取されたアルコールが腸管上皮のバリア機構を傷害することを契機とし、腸管の透過性が冗進し、腸管内に存在するエンドトキシンが循環血液中へ侵入し、最終的に肝臓を含んだ遠隔臓器の炎症反応が引き起こされると考えられる。 アルコール性肝障害では、積算飲酒量の増加に従い前硬変または肝硬変などの進展した肝障害の発生頻度が高くなることが疫学的に示されているが、女性は男性に比べ少量の積算量で発症し、かつ急速に重篤化することが知られている。しかしながら、この詳細なメカニズムはいまだ不明である。実験的に、女性ホルモンが腸管の透過性に関与することが知られ、低濃度のエタノール刺激によって生じる腸管上皮細胞層の変化に対し、女性ホルモンが何らかの影響をおよぼしていることが推測される。 本研究の目的は、1)低濃度のエタノール刺激が腸管上皮細胞にどのような細胞死を生じるか?2)低濃度のエタノール刺激が腸管上皮細胞の細胞死を生じるのであれば、女性ホルモンはそれに対しどのような影響をあたえるか?を検討することである。 <実験1>低濃度のエタノール刺激が腸管上皮細胞にどのような細胞死を生じるかを検討するために以下の実験を行った。 [対象と方法]ヒト腸管上皮細胞であるCaco-2 cellを5%および10%のエタノールで3時間まで刺激し、アポトーシスの誘導を評価した。パラメーターとして、フォスファチジルセリンの外膜移行、カスパーゼ活性、DNA断片化を測定した。細胞死に対するカスパーゼの関与を検討するために、Caco-2 cellをカスバーゼ阻害剤で前刺激後し、その後10%エタノールで2時間刺激した。 [結果]10%エタノール刺激1時間後からカスパーゼ活性とフォスファチジルセリンの外膜移行が検出され、3時間後にDNA断片化が検出された(Figure 1)。カスパーゼ阻害剤の前投与によってこれらの全ての変化が抑制された。 [考察]低濃度エタノールの急性刺激は腸管上皮細胞にアポトーシスを誘導した。これは腸管の透過性の亢進を生じることで、エンドトキシン血症を惹起し、アルコール性肝障害の発症、進展の第一段階となることがと考えられた。 <実験2>低濃度エタノール刺激により誘導される腸管上皮細胞のアポトーシスに対し、女性ホルモンがどのような影響をおよぼすかを検討した。 [対象と方法]Caco-2 cellを生理的および非生理的濃度の女性ホルモンで前培養した後に、低濃度のエタノールで刺激し、アポトーシスを評価した。 [結果]女性のみに生理的な濃度の女性ホルモンの前投与は、低濃度のエタノール刺激により誘導されるアポトーシスを促進した。(Figure2) [考察]エタノール刺激により誘導される腸管上皮細胞のアポトーシスに対する女性ホルモンの修飾が、アルコール性肝障害の発症や進展にみられる男女間の相違の一因を成すと考えられた。 <総括> 高濃度のエタノール刺激が、胃粘膜や小腸粘膜に、出血性ビランや壊死などの傷害を生じるのに対し、低濃度のエタノールによる急性刺激は、ヒト腸管上皮細胞にアポトーシスを誘導した。これは、腸管のバリア機構を障害することで、エンドトキシン血症を惹起し、アルコール性肝障害の発症や進展における第一段階を成すと考えられた。アポトーシスの中心はカスパーゼ活性であり、これを抑制または不活化し、アポトーシスの誘導を阻止することは、アルコール性肝障害の発症や進展に予防的な意義をもつと考えられた。 女性のみに生理的な濃度の女性ホルモンの前投与は、低濃度エタノール刺激により誘導される腸管上皮細胞のアポトーシスを促進した。このことはアルコール性肝障害で認められる男女間の病態の相違の一因を説明するとともに、血中女性ホルモンの上昇が認められる男性の肝硬変患者での病勢の進行に関与すると考えられた。 本研究のinvitroの実験での結果をふまえ、今後invivoにおける低濃度エタノール刺激による腸管上皮細胞のアポトーシスの研究が、アルコール性肝障害の病態解明、さらに予防方法の検討のために重要と考えられた。 Figure 1.Ethanol-induced apoptosis. Figure 2.Modular effect ofestadiol on ethanol- induced apoptosis. | |
審査要旨 | 本研究は、腸管組織と腸管内容とを隔てるバリア機構を有する腸管上皮細胞が、短時間の低濃度エタノール刺激に対し、どのような形態学的かつ生化学的な変化を示すかを明らかにするために、ヒト腸管上皮細胞であるCaco-2 cellを、5%および10%のエタノールで刺激し、アポトーシスの誘導を評価した。また、女性が男性に比べ少量の積算量で、アルコール性肝障害を発症し、かつ急速に重篤化するメカニズムを検討するために、低濃度のエタノール刺激によって生じる腸管上皮細胞の変化に対し、女性ホルモンが何らかの修飾をおよぼすかを検討した。それぞれ下記の結果を得ている。 腸管上皮細胞Caco-2cell monolayerを、5%および10%のエタノールで刺激し、フォスファチジルセリンの外膜移行、活性化カスパーゼによるサイトケラチン18の分節、およびDNA断片化を、フローサイトメトリーで測定し評価した結果、10%エタノール刺激は、コンフルエントCaco-2cellに対し、まずカスパーゼ3および7の活性化を惹起し、次いでフォスファチジルセリンの外膜移行を生じ、その後DNAを断片化することが示された。これらの形態学的かつ生化学的な変化から、アポトーシスの誘導が証明された。 低濃度のエタノール刺激により生じるCaco-2cellの細胞死に対し、カスパーゼ活性がどのように関与するかを検討するために、10%エタノール刺激に先立ち、カスパーゼ阻害剤であるzVAD-fmkにて前処置を行ったところ、zVAD-fmkはエタノール刺激により生じるカスパーゼ活性を抑制したのみならず、フォスファチジルセリンの外膜移行やDNA断片化をも阻止し、本研究で評価した全ての形態学的および生化学的変化を抑制した。この事実から、10%エタノール刺激によるCaco-2cellへのアポトーシスの誘導において、カスパーゼ活性が中心的役割を果たしていることが示された。 低濃度エタノール刺激により誘導される腸管上皮細胞のアポトーシスが、女性ホルモンの投与によりどのように修飾されるかを検討するために、低濃度エタノール刺激に先立ちCaco-2cell monolayerを女性ホルモンで前刺激した。その結果、女性ホルモンの単独刺激は、Caco-2cellのアポトーシスに影響をおよぼさないことが示された。また、非生理的濃度のエストラジオールの前処置は、10%エタノール2時間の刺激により誘導される腸管上皮細胞のアポトーシスに、ほとんど影響をおよぼさないことも示された。 女性のみに生理的な濃度の女性ホルモンの前投与は、低濃度のエタノール刺激により誘導されるCaco-2cellのアポトーシスを促進することが示された。 以上、本論文は、高濃度のエタノール刺激が胃粘膜や小腸粘膜に出血性ビランや壊死などの傷害を生じるのに対し、低濃度のエタノールによる急性刺激がヒト腸管上皮細胞にアポトーシスを誘導すること、また、女性のみに生理的な濃度の女性ホルモンの前投与は、低濃度エタノール刺激により誘導される腸管上皮細胞のアポトーシスを促進することを明らかにした。本研究は、アルコール性肝障害の発症、進展や、男女間の病態の相違の一因を説明すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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