学位論文要旨



No 216430
著者(漢字) 橋田,光
著者(英字)
著者(カナ) ハシダ,コウ
標題(和) アルカリ及びアンモニア処理による樹木タンニン類のホルムアルデヒド捕捉能の向上と変性挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 216430
報告番号 乙16430
学位授与日 2006.02.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16430号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷田貝,光克
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
 東京大学 助教授 山川,隆
 東京大学 助教授 松本,雄二
 東京大学 教授 大原,誠資
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

近年深刻化しているCO2問題、化石資源の枯渇問題から、循環利用可能であるバイオマス系資源の利用促進が非常に重要な課題となっている。バイオマス系資源を利用する際には無駄の無い利用を行うことが重要であり、現在未利用な資源を利用することが必要とされている。樹皮は木材の製材工程において多量に生じているが、他の残廃材と比較して利用率が低いことが知られており、利用促進、用途開発が望まれている。また東南アジア諸国においては、アカシア、ユーカリ等の早生樹が多量に植林されており、パルプ用材、建材、薪炭材等としての利用が進められているが、ここで多量に発生する樹皮についても用途開発が重要な課題となっている。

多くの樹種の樹皮には、タンニンと呼ばれるポリフェノール成分が多量に含まれており、樹木の外敵に対する防御物質であることが報告されている。タンニンは様々な特性を有することから、皮鞣し剤、染料、生薬等として古くから利用されている。また、タンニンのタンパク質吸着能、金属吸着能、抗酸化能、生理活性等に関する研究報告がされており、タンニンの有する様々な有用機能に関心が集まっている。

近年、住環境において揮発性有機化合物によるシックハウス症候群が問題となっており、木材接着剤等から放散されるホルムアルデヒドが主原因物質の一つであることが報告されている。一方、樹木タンニンはホルムアルデヒドとの反応性が高いことが知られており、木材接着剤へ応用されている。

本研究では、気中ホルムアルデヒドの捕捉剤として樹皮を利用することを目的とし、樹木タンニンのホルムアルデヒド捕捉能について検討した。さらに、樹木タンニンの簡便な化学処理によるホルムアルデヒド捕捉能の向上について検討した。樹木タンニンは、アルカリ反応によって分子中に存在するピラン環の開裂を起こすことが報告されており、この反応によりタンニン分子のフレキシビリティが増大し、反応性が向上することが期待される。また、アンモニアはアルデヒド類と反応性が高いことが知られており、木質材料のアンモニア処理はホルムアルデヒド放散抑制に有効なことが報告されている。本研究では、樹木タンニンの化学処理法としてアルカリ及びアンモニア水溶液処理に着目し、それぞれの処理によるタンニンのホルムアルデヒド捕捉能への影響及びタンニンの変性挙動について検討を行った。

第2章 樹木タンニン類のホルムアルデヒド捕捉能とアルカリ及びアンモニア処理による捕捉能の向上

いくつかの樹種の樹皮由来のタンニンについてホルムアルデヒド捕捉能を検討した結果、樹木タンニン類はホルムアルデヒド捕捉能を有することが示された。樹木タンニンのアルカリ処理、アンモニア処理を試みたところ、何れの処理でも捕捉能向上が認められ、特にアンモニア処理により非常に高いホルムアルデヒド捕捉能を付与できることが明らかとなった。アンモニア処理による捕捉能向上について樹種による比較を行った結果、アカシア属及びエゾヤナギ樹皮由来のタンニンが処理による効果が高いことが明らかになった。タンニンの化学構造を解析した結果、フラバノール骨格B環にピロガロール核を多く有するタンニンでアンモニア処理による効果が高いことが示唆された。

第3章 アルカリ処理による樹木タンニン類の変性挙動

アルカリ処理によるホルムアルデヒド捕捉能向上の要因を明らかにするため、タンニンを構成する単量体・二量体及び樹木タンニンのアルカリ変性挙動の検討を行った。

1.カテキンのアルカリ反応挙動

タンニン単量体であるカテキンのアルカリ反応を検討した結果、既に報告されているカテキン酸、ピラン環の開環した化合物であるジアリルプロパノールカテキン酸二量体の他に、新規化合物としてカテキン酸異性体を単離、同定した。カテキンはアルカリ反応により、ピラン環開裂によるキノンメチド中間体を経てカテキン酸へ変換されることが報告されているが、カテキン酸異性体の発見により、この反応は立体特異的ではなく立体選択的反応であることが証明された。

2.エピカテキンのアルカリ反応挙動

タンニン単量体であり、カテキンの異性体であるエピカテキンのアルカリ反応を検討した結果、カテキンのアルカリ反応で得られる化合物の鏡像異性体が生成することを明らかにした。カテキンのアルカリ反応は「ピラン環開裂によるキノンメチド中間体を経る」反応機構がこれまでに考えられてきたが、本結果はこの反応機構を強く支持するものであった。

3.プロシアニジンB3のアルカリ反応挙動

カテキン二量体であるプロシアニジンB3のアルカリ反応を検討した結果、カテキン酸、カテキン酸異性体と共に、新規化合物としてカテキン酸-カテキン二量体を単離、同定した。カテキン酸とカテキン酸異性体は単量体であるカテキン由来であり、カテキン酸-カテキン二量体は、フラバノール間結合が開裂した後に再縮合して生成したと考えられる構造を有していた。これらの結果から、フラバノール間結合はアルカリ反応により開裂し、ピラン環開裂よりも優先的に起こることが示唆された。

4.樹木タンニン類のアルカリ変性挙動

樹木タンニンのアルカリ変性挙動を検討した結果、針葉樹樹皮由来のタンニンで顕著な平均分子量の減少が観察された。これらタンニンはフラバノール骨格A環がフロログルシノール核型であることから、A環フロログルシノール核型のタンニンはアルカリ処理によって分子量が低下することが示された。プロシアニジンB3のアルカリ反応挙動において、フラバノール間結合が優先的に開裂するという結論が得られていることから、A環フロログルシノール核型タンニンのアルカリ処理による低分子化は、フラバノール間結合の開裂に起因することが示唆された。

第4章 アンモニア処理による樹木タンニン類の変性挙動

アンモニア処理によるホルムアルデヒド捕捉能向上の要因を明らかにするため、タンニン単量体及び樹木タンニンのアンモニア変性挙動の検討を行った。

1.タンニン単量体のアンモニア反応挙動

タンニン単量体であり、B環がカテコール核であるエピカテキンのアンモニア反応を検討した結果、主生成物はアルカリ反応による生成物と同じであることが示唆された。一方、B環がピロガロール核であるエピガロカテキンでは、B環に4'-アミノ-3',5'-ジヒドロキシベンゼン核を有する4'-C-アミノ-エピガロカテキンが主生成物として得られ、B環ピロガロール核の4'位水酸基のアミノ基置換反応が確認された。

2.樹木タンニン類のアンモニア変性挙動

B環にピロガロール核を多く有するモリシマアカシアタンニンのアンモニア処理について検討した結果、4'-アミノ-3',5'-ジヒドロキシベンゼン核の存在が示され、B環ピロガロール核4'位へのアミノ基置換反応が確認された(図)。処理による分子量変化について検討した結果、アカシア類樹皮タンニン等のB環にピロガロール核を多く有するタンニンで分子量が増大することが明らかとなった。一方、カラマツタンニン、即ちB環がカテコール核型であり、A環がフロログルシノール核型のタンニンでは、平均分子量は減少することが明らかになった。アンモニア水溶液はアルカリ性であることから、A環がフロログルシノール核型のタンニンはアルカリ反応によって分子量が減少することが示唆された。

第5章 総括

樹木タンニン類は気中ホルムアルデヒド捕捉能を有しており、この捕捉能はタンニンのアルカリ及びアンモニア処理により向上することが可能であり、特にアンモニア処理による効果が非常に高いことを明らかにした。以上の結果から、樹皮由来のタンニン類をホルムアルデヒド捕捉剤として利用可能であることが示された。

樹木タンニンはアルカリ処理によって、分子内のピラン環が開環することが示唆された。また、A環がフロログルシノール核型のタンニンではフラバノール間結合が優先的に開裂し、低分子化を起こすことが明らかとなった。以上の結果から、樹木タンニンはアルカリ処理により、上述の反応によってホルムアルデヒドに対する反応性が向上し、ホルムアルデヒド捕捉能が向上したと考察された。

樹木タンニンのアンモニア処理による変性挙動を検討した結果、B環ピロガロール核の4'位水酸基がアミノ基に置換される反応が確認された。B環にピロガロール核を多く有するタンニンで、アンモニア水処理によるホルムアルデヒド捕捉能向上効果が大きかったことから、この反応で生成した4'-アミノ-3',5'-ジヒドロキシベンゼン核がホルムアルデヒド捕捉能向上に大きく寄与していることが示された。また、B環にピロガロール核を多く有するタンニンで処理による分子量の増大が確認されたことから、アミノ基置換反応が関与した重合反応が生ずることが示唆された。

本研究では、アルカリ及びアンモニア処理による樹木タンニン類の機能の向上に関してホルムアルデヒド捕捉能という機能に絞って検討を行ったが、これ以外のタンニンの特性・機能に関しても向上している可能性がある。また、アンモニア処理による樹木タンニン類の変性挙動に関して、ピロガロール核4'位水酸基のアミノ基置換反応が生じていることを明らかにしたが、本反応は有機化学的に非常に独特な反応であった。この反応特性の解明は学術的意義が大きく、今後更に研究を進めることで樹木タンニンの隠された機能の解明や全く新しい機能の付与・新たな用途の開発が期待されることから、樹皮の利用促進に大きく貢献できると考えられる。

図 アカシアタンニンのアンモニア反応挙動

審査要旨 要旨を表示する

循環利用可能なバイオマスの利用に対する世の中の意識高揚の中で、未利用バイオマス資源の利用開発も注目されている。木材の製材工程において多量に生じる樹皮は、他の残廃材と比較して利用率が低く、利用促進、用途開発が望まれている。

多くの樹種の樹皮には、ポリフェノール成分タンニンが多量に含まれているが、本研究では、住環境におけるシックハウス症候群の元凶として問題視されている木材接着剤等から放散されるホルムアルデヒドの捕捉剤として樹皮を利用することを目的とし、樹木タンニンのホルムアルデヒド捕捉能を明らかにした。さらに、樹木タンニンの化学処理によるホルムアルデヒド捕捉能の向上について検討した。本研究では、樹木タンニンの化学処理法としてアルカリ及びアンモニア水溶液処理に着目し、それぞれの処理によるタンニンのホルムアルデヒド捕捉能への影響及びタンニンの変性挙動について明らかにした。

本論文は5章で構成されている。第1章では研究の背景と本論文の研究目的が述べられている。

第2章では、いくつかの樹種の樹皮由来タンニンのアルカリ処理、アンモニア処理を試みたところ、何れの処理でも捕捉能向上が認められ、特にアンモニア処理により非常に高いホルムアルデヒド捕捉能を付与できることを明らかにした。さらにタンニンの化学構造を解析した結果、フラバノール骨格B環にピロガロール核を多く有するタンニンによる効果が高いことを明らかにした。

第3章ではアルカリ処理によるホルムアルデヒド捕捉能向上の要因を明らかにするため、タンニンを構成する単量体・二量体及び樹木タンニンのアルカリ変性挙動の検討を行い、反応機構を考察した。その結果、新規化合物としてカテキン酸異性体を単離、同定し、カテキンのピラン環開裂が従来考えられていた立体特異的反応ではなく、立体選択的反応であることを明らかにした。また、エピカテキンのアルカリ反応では、カテキンのアルカリ反応で得られる化合物の解析の結果、この反応がピラン環開裂によるキノンメチド中間体を経る反応機構であることを確証した。カテキン二量体プロシアニジンB3のアルカリ反応では、新規化合物としてカテキン酸-カテキン二量体を単離、同定し、その生成機構からアルカリ反応ではフラバノール間結合の開裂がピラン環開裂よりも優先的に起こることを明らかにした。

樹木タンニンのアルカリ変性挙動を検討した結果、針葉樹樹皮由来のタンニンで顕著な平均分子量の減少を観察し、A環フロログルシノール核型タンニンのアルカリ処理による低分子化は、フラバノール間結合の開裂に起因することを示唆した。以上の結果から、樹木タンニンはアルカリ処理により、上述の反応によってホルムアルデヒドに対する反応性が向上し、ホルムアルデヒド捕捉能を向上することを明らかにした。

第4章ではアンモニア処理によるホルムアルデヒド捕捉能向上の要因を明らかにするため、タンニン単量体及び樹木タンニンのアンモニア変性挙動の検討を行った。その結果、B環ピロガロール核の4'位水酸基のアミノ基置換反応を確認した。また、B環にピロガロール核を多く有するモリシマアカシアタンニンのアンモニア処理について検討した結果、B環ピロガロール核4'位へのアミノ基置換反応を確認し、アミノ基の導入がホルムアルデヒド捕捉能の向上につながることを明らかにした。

第5章総括では、以上の結果を踏まえて樹皮タンニンのアルカリ処理、アンモニア処理におけるホルムアルデヒド捕捉能の向上に付いて考察し、特にアンモニア処理による効果が非常に高いことから樹皮がホルムアルデヒド捕捉剤としての十分な応用可能性を有していると結論づけている。

以上、本論文では樹木タンニンの化学処理により樹皮のホルムアルデヒド捕捉能の向上技術を開発するとともに、反応生成物を精査することによって新規化合物を分離、複雑な構造とその生成機構を明らかにし、ホルムアルデヒド捕捉能向上の原因を明確にした。これらの結果は、資源的に多いもののその確固たる利用法が未だ見いだされていない樹皮の利用技術の開発に資するものであり、アミノ基置換体等新規化合物の発見は、その反応機構研究の面から有意義な知見を与えるとともに、生物活性等の新規機能の開発等の可能性を提起したものである。

以上のことより、審査委員一同は、本論文が学術上、応用上貢献するところが大きく、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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