学位論文要旨



No 216432
著者(漢字) 佐々木,尚三
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ショウゾウ
標題(和) 林業用急傾斜不整地対応形ベースマシン(連結形車両)の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 216432
報告番号 乙16432
学位授与日 2006.02.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16432号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 教授 酒井,秀夫
 東京大学 助教授 仁多見,俊夫
 東京大学 助教授 芋生,憲司
内容要旨 要旨を表示する

現在林業用に使われている車両系機械は,ブルドーザや油圧ショベルなど建設用機械をそのまま利用したものや,主に集材路上で性能を発揮するアーティキュレートタイプのホイールトラクタなどであり,傾斜不整地の走行性能が十分でないことや走行により林地を傷めてしまうことなど多くの問題がある。林内に直接進入して作業するタイプのハーベスタやフェラバンチャの利用や,いまだに人力に頼ることの多い地拵え・植付け・下刈りなど造林作業の機械化には,傾斜・不整地の組み合わさった厳しい地形条件の森林環境をできるだけ自由に低インパクトで移動できるベースマシンの開発が極めて重要である。本論文は,林業作業用ベースマシンの開発を目的として以下のような一連の研究を実施し,その結果についてまとめたものである。論文の構成は以下のようになっている。

第1章では,本研究全体に関して研究の背景や必要性およびベースマシン開発に関係する既往の研究についてレビューした。また,開発目標とするベースマシンを低接地圧と大きい駆動力を特長とするクローラ車両とし,傾斜不整地で問題となりやすい履帯足まわりの接地性などを解決するために,その基本構造を車体に関節を持ち2組以上の履帯を備える車両(連結形車両)としたことについて,その意義を述べた。

第2章では,新たに開発するベースマシンの指針を得ることを目的に,既存林業用車両の傾斜不整地走行性能の試験と分析を3通りの方法で行っている。最初に行った重心位置の測定と車両の傾斜地安定性の定量的分析では,足まわりけん架方式など車体構造と重心の相対位置関係が安定性に大きな影響を及ぼしていることを明らかにした。次に傾斜地におけるクローラ車両の旋回やすべり運動モデルを作成し,旋回方法や傾斜の違いによる運動特性を分析した。ここでは安定したトラバースには,走行傾斜に応じたクラブ角が必要なことなどが示された。最後にクローラ車両のけん引力・登坂性能等について検討を行い,泥ねい状態の走行路面では最大けん引係数が0.3程度に大きく低下することや,キャビンチルト機能による接地圧コントロールがけん引力向上に有効であることなどを明らかにした。

これらの結果から,3章以降で扱った連結形クローラ車両の開発には以下に列挙する技術的問題について解決を図ることとした。(a) 連結部の構造と位置の決定には,重心移動と接地圧分布,傾斜や外力に対する安定性を確保することが必要である。(b) 硬式・半硬式クローラ車両が登坂や障害物乗越えを行う場合車体傾斜が地形より大きくなることに注意し,設計にあたっては軟式けん架の採用や重心位置に配慮が必要である。(c) 傾斜地での旋回に関しては,2つの旋回軸について検討するほか,履帯の速度は運転者が左右独立にコントロールできる駆動方式が必要である。(d) 履帯の接地圧をできるだけ小さくし,分布を適正に配分するための連結構造が必要である。

第3章では,以上をふまえて実施した連結形クローラ車両の構造と急傾斜不整地走行性能の検討およびプロトタイプの試作についてのとりまとめを行った。最初に(a) 連結形クローラ車両の構造を決定するための模型実験を実施し,前後車体の自由度を確保するための4自由度ジョイントと円滑な旋回を行うための車体屈折構造が必要であることを示した。(b) その結果から,それぞれの回転軸を独立にコントロールできる4自由度ジョイント(2つのピッチ軸・ロール・ヨー方向回転軸)を持った連結装軌車両(特許取得60−277341)を考案し,軟式けん架足まわりとアクティブピッチコントロールを特徴とするプロトタイプを試作した(図-1)。(c) プロトタイプによる走行試験では,ピッチ軸シリンダに推力を与えることで前後履帯の接地荷重をコントロールし,傾斜地走行性と障害物の乗越え性能を向上することを確認し,さらに推進モデルと実験から差動装置とジョイントコントロールの有効性を明らかにした。(d) また実機形プロトタイプとして5自由度連結装軌車両を試作し,2つの旋回軸によるトラバース走行の優位性と新たに発生した履帯脱落の問題について検討している。

第4章では,第3章で開発したベースマシンでは完全な解決ができなかった問題「足まわりの良好な接地と傾斜地安定性の両立」を解決するために,連結形クローラ車両の発展形として三節連結形構造を持ったベースマシン(TTM)を新たに考案し(図-2),プロトタイプの試作を行ってその構造と走行性能の検討を実施した。このベースマシンは全方向移動可能な急傾斜不整地走行車両であり(特許取得 平8-67885),(a) 車体が高さをコントロール可能な3組の支持構造で構成されることにより不整地でも足まわり装置が常に接地すること,接地荷重の大きな変化がないこと,傾斜地においても車体中央部を水平に保つことができることなどの特長から大きい安定性を確保できる。(b) 停止状態のままで各履帯足まわりを独立に旋回させることにより全方向移動が可能であり,また内輪差を生じないため差動装置が不必要である。さらに,(c) 停止状態からの全方向移動によって斜行と旋回を繰り返すことができ,通常は直登できない急傾斜地の登坂が可能であるなどの特長を持っている。これらの効果は,森林総研内の試験走行路(35゜斜面)や傾斜28゜の泥ねい化した集材作業路,およびスギ人工林内などのフィールド試験で確認されている。また,実測した重心位置と足まわり構造によって算定した安定性に関しては,段軸操作を適切に行えば,非常に大きい傾斜地安定性を得られることが確かめられた。

最後に終論では,各章で得られた結果をまとめている。本論文で扱った研究は,急傾斜不整地対応形林業用ベースマシンの開発を目的に行ったものであり,連結形車両構造と履帯足まわりをその基本構造とすることで厳しい地形条件での走行性を得ようとするものであった。その結果, 4自由度形連結装軌車両を考案・試作し,急傾斜地で優れた走行性能を発揮することを確認できた。また,連結形構造をさらに進歩させた3節連結形クローラ車両の構造を考案し,急傾斜不整地において全方向移動可能なベースマシン(TTM)のプロトタイプ試作を行った。これらのプロトタイプ開発で得られた技術は,実用形の林業用ベースマシンや他分野における急傾斜不整地走行車両の開発に応用できるものと考える

図-1 4自由度連結装軌車両の全体図

図-2 3節連結形クローラ車両の概念図

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,森林作業に使用することを目的として連結形車体構造とクローラ足まわりを持つベースマシンの開発を目的に,以下のような一連の研究を実施しその結果についてまとめたものである。

本論文は6章からなり、第1章は序論であり、以下概要を示す。

第一段階(第2章)では新たに開発するベースマシンの指針を得ることを目的に,既存林業用車両の傾斜不整地走行性能の試験と分析を3通りの方法で行っている。最初に重心位置の測定と傾斜地安定性の分析を行い,足まわり構造と重心位置の相対関係が安定性に大きな影響を及ぼしていることを明らかにした。次に傾斜地におけるクローラ車両の旋回やすべり運動モデルを作成し,旋回方法や傾斜の違いによる運動特性を分析した。ここでは安定したトラバースには,走行傾斜に応じたクラブ角が必要なことなどが示された。最後にクローラ車両のけん引力・登坂性能等について検討を行い,泥ねい状態の走行路面では最大けん引係数が0.3程度に低下することや,キャビンチルト機能がけん引力向上に有効であることなどを明らかにした。これらの結果から次の段階で実施する連結形クローラ車両の開発では,(a) 重心移動と接地圧分布,傾斜や外力に対する安定性などに配慮して連結構造を設計ことが必要であること,(b) クローラ車両が登坂や障害物乗越えを行う場合車体傾斜が地形より大きくなることに注意し,設計にあたっては軟式けん架の採用や重心位置に配慮が必要であること,(c) 傾斜地での旋回に関しては2つの旋回軸を備えることについて検討するほか,履帯の速度は運転者が左右独立にコントロールできる駆動方式が必要であることなど,傾斜不整地走行性に関するいくつかの技術的問題について解決を図ることとした。

第3章では,以上をふまえて実施した連結形クローラ車両の構造と急傾斜不整地走行性能の検討およびプロトタイプの試作についてのとりまとめを行った。最初に連結形クローラ車両の構造を決定するための模型実験を実施し,前後車体の自由度を確保するための4自由度ジョイントと円滑な旋回を行うための車体屈折構造が必要であることを示した。その結果から,それぞれの回転軸を独立にコントロールできる4自由度ジョイント(2つのピッチ軸・ロール・ヨー方向回転軸)を持った連結装軌車両(特許取得60−277341)を考案し,軟式けん架足まわりとアクティブピッチコントロールを特徴とするプロトタイプを試作した。また実機形プロトタイプとして5自由度連結装軌車両を試作し,2つの旋回軸によるトラバース走行の優位性と新たに発生した履帯脱落の問題について検討している。

第4章では,さらに残された問題「足まわりの良好な接地と傾斜地安定性の両立」を解決するために,連結形クローラ車両の発展形として三節連結形構造を持ったベースマシン(特許取得 平8-67885)を新たに考案し,プロトタイプの試作を行ってその構造と走行性能の検討を実施した。このベースマシンは,車体が高さをコントロール可能な3組の支持構造で構成されることにより不整地でも足まわり装置が常に接地すること,接地荷重の大きな変化がないこと,傾斜地においても車体中央部を水平に保つことができることなどの特長から大きい安定性を確保できる。また停止状態のままで各履帯足まわりを独立に旋回させることが可能であるため全方向移動が可能であり,構造上内輪差を生じないため差動装置が不必要である。さらに,停止状態からの全方向移動によって斜行と旋回を繰り返すことができ,通常は直登できない急傾斜地の登坂が可能であった。以上の効果は,35゜の芝斜面,28゜の泥ねい作業路,スギ人工林内などのフィールド試験で確認されている。また,実測した重心位置と足まわり構造によって算定した安定性に関しては,段軸操作を適切に行えば,非常に大きい傾斜地安定性を得られることが確かめられた。

以上のように本論文は,連結形車両構造と履帯足まわりをその基本構造とする急傾斜不整地対応形林業用ベースマシンの開発についてとりまとめたものである。研究の過程で考案・試作した4自由度形連結装軌車両は,急傾斜地で優れた走行性能を発揮することを確認できた。また3節連結形クローラ車両は全方向移動形のベースマシンであり,急傾斜不整地においてすぐれた安定性を示した。これらのプロトタイプ開発で得られた技術は,実用形の林業用ベースマシンや他分野における急傾斜不整地走行車両の開発に応用できるものと考える。

以上のように、本研究では学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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