学位論文要旨



No 216433
著者(漢字) 平松,靖
著者(英字)
著者(カナ) ヒラマツ,ヤスシ
標題(和) 木材を用いたダニ防除と木材のにおいに対する快適感評価にもとづく室内環境の改善に関する研究
標題(洋) Study on the improvement of indoor environments based on house dust mite control using wood and an evaluation of human comfort related to the smell of wood
報告番号 216433
報告番号 乙16433
学位授与日 2006.02.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16433号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 助教授 竹村,彰夫
 東京大学 教授 谷田貝,光克
 森林総合研究所 生理活性チーム長 宮崎,良文
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]

喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎等のアレルギー性疾患による健康被害が社会的な問題となっており、これらの疾患に関して最も重要なアレルゲン(アレルギーを発症させる抗原)であるヤケヒョウヒダニ(Dermatophagoides pteronyssinus)とコナヒョウヒダニ(D. farinae)の防除に関心が寄せられている。これらの屋内塵性ダニに起因するアレルギー性疾患を防ぐためには、ダニ数を減少させ、かつその排泄物や死骸を除去し、アレルゲンと接触する機会を減らすことが重要である。ダニ防除には一般に化学薬剤を用いた殺ダニ剤が使用されるが、近年はそれらに代わるものとして天然成分である植物や木材の精油ならびにその成分を利用したダニ防除に注目が集まっている。

各種木材の精油および精油成分は屋内塵性ダニに対して行動・繁殖抑制効果を有することが種々の実験から明らかにされている。しかし、生活環境下でダニ防除を目的として精油を使用する場合、精油は揮発性が高いため、その利用方法と効果を維持することを目的とした徐放性の付与が検討すべき重要な課題となっている。一方、木材を用いる場合、その成分は木材の表面から徐々に放散されるため、低濃度での放散と効果の持続が期待できる。

そこで本研究では、まず、種々の木材チップがヤケヒョウヒダニの行動に及ぼす効果について調べ、さらに、一般にダニが多く生息するといわれる畳中のダニ防除を目的として、針葉樹単板およびヒノキ材スライス片を用いた畳を作製し、ヤケヒョウヒダニに対する行動抑制効果とその持続性について検討した。また、木材から発散される物質を生活環境下でダニ防除に使用する場合、ダニに対する効果だけでなく、人に与える影響を考慮する必要があることから、種々の木材チップのにおいが人の主観評価に及ぼす影響について検討した。

[2章]木材チップがヤケヒョウヒダニの行動に及ぼす効果

木材から直接発せられる物質が屋内塵性ダニに与える影響を明らかにするために、一般に建材として用いられる木材のチップのダニに対する行動抑制効果を調べた。

実験にはヤケヒョウヒダニ(Dermatophagoides pteronyssinus)のメスを用いた。通気可能な曝露チャンバーにダニを封じ込め、住宅や家具によく用いられる木材(ヒノキ、ヒバ、スギ、ミズナラ、ケヤキ、クスノキ)のチップ上に置き、温度25℃、相対湿度85%に調整したデシケータ内に設置した。木材チップを用いない場合を対照とした。実体顕微鏡下で3日間、経時的に動かないダニの割合を計数した。

その結果、ダニに対する行動抑制効果は樹種によって差があることがわかった。針葉樹材では、ヒバとヒノキの効果が強く、曝露24時間で80%以上のダニに対して行動抑制効果を示した。広葉樹材ではクスノキの効果が強く、曝露6時間で90%以上のダニに対して効果を示した。スギは曝露72時間で対照と有意な差が認められた。ミズナラ、ケヤキには効果が認められなかった。以上の結果から、木材から直接発せられる物質には、ヤケヒョウヒダニに対する行動抑制効果があり、針葉樹材ではヒバとヒノキが、広葉樹材ではクスノキが強いダニ行動抑制効果を持つことがわかった。

[3章]針葉樹単板をはさみこんだ畳がヤケヒョウヒダニの行動に及ぼす効果とその持続性

日本の家屋においては、屋内塵性ダニは床に最も多く分布すること、特にカーペットや畳中に多く分布することが明らかにされている。そこで畳中のダニ防除を目的として、木材チップを用いた実験で強いダニ行動抑制効果を示したヒバ材ならびにヒノキ材の単板をはさみこんだ畳を作製し、それらのダニ行動抑制効果とその持続性を調べた。

ダニ曝露実験には、厚さ2 mmのヒバあるいはヒノキ単板をはさみこんだ畳、対照として単板をはさんでいない畳を用いた。ヤケヒョウヒダニを通気可能な曝露チャンバーに封じ込め、各畳中に置き、温度25℃、相対湿度60%に調整したデシケータ内に設置した。実体顕微鏡下で5日間、経時的に動かないダニを計数した。この5日間の曝露実験を同じ畳を用いて数週間間隔で行い、ヒバおよびヒノキ単板のダニ行動抑制効果の持続性を調べた。

その結果、ヒバ単板は15週間、ダニに対して強い行動抑制効果を示した。その効果は15週以降徐々に低下したが、54週間持続した。ヒノキ単板は11週間、中程度から強い行動抑制効果を示した。以上の結果から、ヒバあるいはヒノキ単板を用いることによって、畳中のダニの行動を約3ヶ月から1年間、抑制することができ、畳中のダニ防除に木材の利用が有効であることが明らかになった。

[4章]ヒノキ材スライス片を原料とした畳がヤケヒョウヒダニの行動に及ぼす効果とその持続性

木材を用いた畳のダニ行動抑制効果とその持続性を向上させるためには、木材の使用量および表面積を増やすことが必要であると考えられる。そこで、稲わらの代わりにヒノキ材スライス片を原料とし、それらを圧縮成型・縫製して作製した畳(ヒノキ畳)のヤケヒョウヒダニに対する行動抑制効果とその持続性を調べた。また、ヒノキ畳から発散される成分の組成とその濃度の変化を調べ、ダニ行動抑制効果との関係について検討した。

実験には、ヒノキ畳、対照としてエタノール中に浸せきして抽出成分を除去したヒノキ畳(コントロール畳)を用いた。ヤケヒョウヒダニを通気可能な曝露チャンバーに封じ込め、各畳中に置き、温度25℃、相対湿度70〜80%に調整したデシケータ内に設置した。5日間の曝露実験を数週間間隔で行い、ヒノキ畳のダニ行動抑制効果の持続性を調べた。また、ヒノキ畳およびコントロール畳から発散される成分をSPME法で捕集し分析を行った。ダニ暴露実験と同様の間隔でヒノキ畳から発散される成分を捕集し、その長期的変動を調べた。

その結果、ヒノキ畳は、第1週から第6週にかけては特に強いダニ行動抑制効果を示した。その後、ダニ行動抑制効果は低下したが、第17週から第52週の実験においても、強い効果を示した。ヒノキ畳から検出された主要な揮発成分はヒノキ材に特徴的に見られるテルペン類であった。それらのうちcalamenen、γ-cadinene、cadina-4,9-diene、γ-muuloleneは第6週においては多く検出されたが、その後は検出量が大きく減少した。一方、α-cadinolおよびτ-cadinolは52週間、放散が持続し、その減少量も少なかった。これらの結果から、第17週以降も維持されているダニ行動抑制効果もしくは少なくともその一部はα-cadinolおよびτ-cadinolに起因すると考えられた。一方、第6週の強いダニ行動抑制効果には他の成分も関与していると推測された。以上の結果から、木材の使用量ならびに表面積を増やすことによって、ダニ防除効果とその持続性を向上させられることが明らかになった。

[5章]木材チップのにおいが人の主観評価に及ぼす影響

以上の実験から、ヒノキやヒバ等の木材から直接発散される物質にはダニに対する行動抑制効果があり、それらの木材を使用することで、畳中のダニを長期間、防除できることがわかった。一方、木材から発散される物質を生活環境下においてダニ防除に使用する場合、それらのダニに対する効果だけでなく、人に与える影響を考慮する必要がある。そこで種々の木材チップのにおいが人の主観評価に及ぼす影響を調べた。

被験者は20歳代の男性9名であった。供試材料は、針葉樹(ヒバ、ヒノキ、スギ)、広葉樹(クスノキ、ミズナラ、ケヤキ)チップそれぞれ5gを紙コップに入れたものとした。木材チップを用いない場合を対照とした。温度23℃、相対湿度60%RHに調整した人工気候室内で閉眼・座位にて各供試材料を吸入させ、においの感覚強度と印象(「自然」、「鎮静的」、「好き」)について、SD法を用いて評価した。

その結果、においの感覚強度は樹種によって異なることがわかった。ヒバとクスノキは「楽に感じるにおい」〜「強いにおい」と評価され、ヒノキとミズナラは「弱いにおい」〜「楽に感じにおい」と評価された。スギとケヤキのにおいの感覚強度は最も弱く、「かすかに感じるにおい」〜「弱いにおい」と評価された。また、針葉樹は広葉樹に比べて「好き」であると感じられる傾向にあった。ヒバとスギは「自然」で「鎮静的」で「好き」であると感じられる傾向を示し、ヒノキは「鎮静的」で「好き」であると感じられる傾向にあった。クスノキは「興奮的」で「嫌い」であると感じられる傾向にあった。以上の結果から、ヒバやヒノキのにおいは、人に対して「鎮静的」で「好き」であるという印象を与え、人の快適感を増進させる効果があると推測された。

[結言]

木材から発散される物質が屋内塵性ダニの行動に及ぼす効果および木材のにおいが人の主観評価に及ぼす影響について検討した。ヒバやヒノキ等の木材から直接発散される物質は、アレルギー性疾患の原因のひとつである屋内塵性ダニの行動を抑制する効果を持つことが示された。ダニ行動抑制効果によって、ダニは繁殖の機会が減少するため、結果として室内のダニ数やアレルゲン量が減少すると考えられる。また、家屋内でダニが多く生息するといわれる畳中の長期的なダニ防除に関して、ヒバやヒノキ等の木材の使用が有効であることが示された。さらに、それらの木材のにおいは人の快適感を増進させる効果があることが主観評価から明らかにされた。以上の結果は、室内で木材を積極的に利用することにより、ダニ防除と人の快適性向上の両面において、室内環境の改善が可能であることを示唆するものであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎等の健康被害が社会的な問題となっている。これらの疾患を防ぐには、室内に存在するアレルゲン(ヤケヒョウヒダニとコナヒョウヒダニ)の防除が重要である。ダニ防除には一般に化学薬剤を用いた殺ダニ剤が使用されるが、近年、それらに代わるものとして天然成分である植物や木材の精油ならびにその成分の利用が注目されている。しかし、生活環境中でダニ防除を目的として木材から抽出した精油を使用する場合、精油は揮発性が高いため、その利用方法と効果を維持することを目的とした徐放性の付与が重要な課題となっている。一方、木材を用いれば、その成分は木材の表面から徐々に放散されるため、低濃度での放散と効果の持続が期待できる。以上の背景を鑑み、本研究では、木材の持つダニ除放性を明らかにした。さらに長期間の除放性を発揮する木材中の精油成分を明らかにした。応用面として木材を用いた畳のダニ除放性の効果を検証し、室内での具体的なダニ防除の新しいひとつの方法を提案した。

本研究は5章からなる。第1章では、研究の背景と研究目的が述べられている。

2章では、木材からの揮発成分がヒョウヒダニに与える影響を明らかにするために、木材(ヒノキ、ヒバ、スギ、ミズナラ、ケヤキ、クスノキ)チップのダニに対する行動抑制(暴露チャンバー中で動いているダニの数計測)効果を調べた。その結果、針葉樹材では、ヒバとヒノキの効果が特に強いことが明らかとなった。広葉樹材ではクスノキの効果が強いことが明らかとなった。また、ミズナラ、ケヤキには効果が認められなかった。

3章では、畳中のダニ防除を目的として、ヒバ材ならびにヒノキ材の単板をはさみこんだ畳を作製し、それらのダニ行動抑制効果とその持続性を調べた。その結果、ヒノキあるいはヒバ単板を用いることによって、畳中のダニの行動を約3ヶ月間から1年間、抑制することができ、畳中のダニ防除に木材の利用が有効である可能性が示された。

4章では、ヒノキ材スライス片(木材使用量の増加および表面積を増やす目的で使用)を原料とし、それらを圧縮成型・縫製して作製した畳(ヒノキ畳)のヤケヒョウヒダニに対する行動抑制効果とその持続性を調べた。また、ヒノキ畳の揮発成分の組成とその濃度の変化を調べ、ダニ行動抑制効果との関係について検討した。その結果、ヒノキ畳は、52週間の実験期間中、効果の低下は認められたがコントロールと有意な差が認められた。

ヒノキ畳から検出された主要な揮発成分はヒノキ材に特徴的に見られるテルペン類(カラメネン、γ-カジネン、カジナ-4,9-ジエン、γ-ムーロレンほか)であった。これらは6週間以後畳からの放出は激減したが、α-カジノールおよびτ-カジノールは52週間、放散が持続し、その減少量も少なかった。この結果から、α-およびτ-カジノールは長期間ダニ行動抑制効果に寄与する成分であると考えられた。

第5章では、木材からの揮発成分を生活環境中でダニ防除に使用する場合、それらのダニに対する効果だけでなく、人に及ぼす影響を考慮する必要があるため、木材チップのにおい物質が人の快適感に及ぼす影響を主観評価によって調べた。その結果、ヒバとクスノキは「楽に感じるにおい」〜「強いにおい」と評価され、ヒノキとミズナラは「弱いにおい」〜「楽に感じるにおい」と評価された。スギとケヤキのにおいの感覚強度は最も弱く、「かすかに感じるにおい」〜「弱いにおい」と評価された。また、針葉樹は広葉樹に比べて「好き」であると感じられる傾向にあった。ヒバとスギは「自然」で「鎮静的」で「好き」であると感じられる傾向を示し、ヒノキは「好き」であると感じられる傾向にあった。クスノキは「興奮的」で「嫌い」であると感じられる傾向にあった。結論として、ヒバ、ヒノキ、スギ材チップのにおい物質は、人の快適感を増進させる効果があると推測された。

以上、本論文では、木材のうちヒバやヒノキ材からの揮発成分がアレルギー性疾患の主要な原因であるヤケヒョウヒダニの行動を抑制する効果が高いことを明らかにした。さらにダニが多く生息するといわれる畳中の長期的なダニ防除に関してもヒバやヒノキ材の使用が有効であることを示し、防除性の持続性については木材中のα-およびτ-カジノールが関与している可能性を示した。また、木材のにおいは人の快適感を増進させる効果があることを明らかにした。以上、室内で積極的に木材を利用することは、ヒョウヒダニの防除と人の快適感向上の両面から、住宅の室内環境改善に寄与する可能性を示した。

以上のことより、審査委員一同は、本論文が学術上、応用上貢献するところが大きく、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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