学位論文要旨



No 216439
著者(漢字) 安達,弥永
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,ヤスヒサ
標題(和) 創薬を目指したABCトランスポーター輸送能評価に関する検討
標題(洋)
報告番号 216439
報告番号 乙16439
学位授与日 2006.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16439号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

【序論】ATP binding cassette(以下ABC)トランスポーターは,ATPの加水分解エネルギーを駆動力として,広範囲に及ぶ基質を細胞内から細胞外に輸送する膜タンパクである。現在,ヒトにおいては49種のisozymeが同定されており,トランスポーターとしては最大のsuper familyを形成している。さらにこれらは配列,構造上の特徴から7つのsubfamilyに分類されている(ABCA, ABCB, ABCC, ABCD, ABCE, ABCF, ABCG)。いくつかのABCトランスポーターは遺伝子疾患の責任因子であることも示されている。

このABCトランスポーターに関する研究は,ガンにおける多剤耐性因子としての研究に端を発している。すなわち,癌化学療法時に抗癌剤に対する耐性を獲得した細胞には,抗癌剤を排出するトランスポーターが過剰発現しており,この排出作用により細胞内の抗癌剤濃度が低下することが知られていた。株化細胞を用いた研究により,この様な排出作用を示すABCトランスポーターとしてはじめて同定されたのがMultidrug resistance 1(P-glycoprotein /ABCB1/MDR1)である。次いで,Multidrug resistance associated protein 1(ABCC1/MRP1)なるABCトランスポーターが同定され,現在では, 8種のMRPサブファミリーの存在が明らかにされている。さらに,最近では,MDR,MRPとの基質認識性が若干異なる多剤耐性トランスポーター(ABCG2/BCRP)も同定され,機能解析が行われている。その後の研究により,耐性に関与する主なABCトランスポーターであるMDR1,MRP2及びBCRPは通常の組織にも発現していることが示され,毒性を引き起こす可能性のある外因性物質から,生体を防御する機能を有していると考えられている。薬物は,その薬効を発現するために標的となる臓器に到達(分布)する必要があるが,容易に薬物が臓器に移行しないようABCトランスポーターによって制限されているとも考えられ,医薬品開発においては,時に障害となる場合がある。

本研究では,薬物の膜透過性の制御に関わっており,薬物動態への関与が大きいと考えられるABCトランスポーターとして,第一にMDR1,次いでMRP2並びにBCRPに焦点をあてた。その上で,「それらが脳と小腸においてどのような機能を有し,その輸送能力はin vitroから予測できるのか?」という観点から,ABCトランスポーター輸送能力評価方法の創薬へ応用すべく本研究を行った。

【本論】第一章 薬物の脳移行性におけるMDR1輸送能の評価について

MDR1は薬物の体内動態に深く関与することが知られており,この輸送能力を定量的に理解することは,医薬品の開発とその適正使用に重要であると考えられる。本研究では,in vitro実験から見積もられたMDR1の輸送能力からin vivoでの薬物脳移行性におけるMDR1の関与が外挿出来るか否か,検討を行った。

In vitro実験として,12化合物を用いて,MDR1発現細胞とCaco-2細胞の単層膜を介した経細胞輸送実験を行った。また,この12化合物が,ATPの加水分解速度を亢進させるかどうか,MDR1を発現したplasma membraneを用いて検討した。すなわち薬物の輸送とカップルしているATPの加水分解を薬物輸送の指標とした。他方,in vivo実験としては,mdr1a/1bノックアウトマウスとコントロールマウスにおける脳対血漿中濃度比(Kp ,brain)を求めた。その結果,in vitroでのMDR1発現細胞単層膜を介した経細胞輸送実験で算出したflux ratioとin vivo実験から求めたKp, brain ratioの間には良好な相関関係が見出された。ここで,flux ratioは,MDR1発現細胞におけるapicalからbasalへのflux をその逆向きへのfluxで除した比と定義した。しかしながら,ATPの加水分解を促進した化合物はMDR1による輸送が確認されたものの,ATPの加水分解を示さないいくつかの化合物でも,MDR1発現細胞を用いた実験ではMDR1により輸送されるという矛盾点も見出された。

結論として,MDR1発現細胞を用いて求めたin vitro flux ratioは,in vivoでのMDR1輸送能を予測できるパラメーターであることが示された。また,ATP加水分解を指標したin vitro実験は,MDR1の基質を開発化合物群から除くためのスクリーニングに用いることが可能であると考えられた。

第ニ章 薬物の消化管吸収におけるMDR1輸送能の評価について

MDR1の基質となる薬物が経口投与された場合,消化管においてMDR1により排出を受けることにより,吸収性に個人差が生じたり,MDR1阻害剤との同時併用による吸収性が変化する可能性がある。したがって,消化管におけるMDR1の輸送能を評価することは,経口薬物の開発において,重要であると考えられている。本研究では,第一章に続き,消化管でのMDR1輸送能が,in vitro実験より評価可能であるか否か検討した。

消化管におけるMDR1の輸送能を評価するために,12のテスト化合物を用いて,マウスin situ小腸潅流実験を行い,mdr1ノックアウトアウトマウスならびに正常マウスのpermeability surface area (PS) productを算出した。また,この小腸でのmdr1輸送能がin vitro実験から予測できるかどうか検討するため,MDR1発現LLC-PK1細胞ならびにコントロール細胞(LLC-PK1)を経細胞輸送実験を行った。

In situ小腸潅流実験の結果,mdr1の影響によってPS productが変化することが明らかとなった。その影響の受けやすさは以下の順であった。

Quinidine > ritonavir > loperamide, verapamil, daunomycin > digoxin, cyclosporine A > dexamethasone, vinbrastine

また,小腸でのmdr1輸送能は,in vitro実験から見積もったMDR1輸送能と有意な相関関係にあることが示された。

以上の結果より,in vivoでの消化管吸収におけるMDR1の関与は,MDR1発現細胞を用いたin vitro経細胞輸送実験から定量的に予測しうることが示された。このような評価方法は,ヒト小腸におけるMDR1の発現量の個体間差に基づく吸収性の変動や多剤併用時に吸収性がどの程度変動しうるかを予測するためのツールとして,医薬品開発に適用できる可能性が示された。

第一章と第二章の検討から,in vitroにおけるMDR1の輸送能力は以下の式で定義でき,これらのパラメーターがin vivoにおけるMDR1の輸送能力と比較すべきであることを理論的に示した。

in vitroindex=1+〓

この式から明らかなように,第二項目の分母は,複雑な透過過程の存在により大きくなることが予測される。したがって,小腸のように複数のトランスポーターが存在しているような臓器においては,in vitroとin vivo間の相関性が低くなるものと考察できる。

第三章 抱合代謝物の消化管排出に関与するABCトランスポーターの解析

本研究では,小腸においてグルクロン酸抱合体や硫酸抱合体を管啌側に排出するトランスポーターの重要性を調べるために,遺伝的にmrp2を欠損したEisai hyperbilirubinemic rats (EHBR) とbreast cancer resistance protein (Bcrp1 / Abcg2)ノックアウトマウスを用いた小腸潅流実験を行った。

EHBR及びBcrp1ノックアウトマウスの空腸を,4-methylumbelliferone (4MU)及び6-hydroxy-5,7-dimethyl-2-methylamino-4-(3-pyridilmethyl) benzothiazole (E3040)を含む潅流液で潅流し,outflow中の代謝物濃度から,各化合物のグルクロン酸抱合体や硫酸抱合体のefflux rateを算出した。

EHBRを用いた検討では,正常ラットに比べE-3040-Gのefflux rateが有意に低下したものの,E3040-S,4-MU-G及び4-MU-Sのefflux rateには,有意差は認められなかった。また,bcrp1ノックアウトマウスを用いた検討では,E3040-G,4-MU-G及び4-MU-Sのefflux rateが有意に低下した。

結論として,bcrp1は,グルクロン酸抱合体や硫酸抱合体の排出に,より重要な機能を有していることが明らかとなった。これらの現象は,小腸での抱合代謝酵素と排出トランスポーターの協調的な異物排出作用と捉えることが可能であり,消化管での吸収性に影響を与える重要なABCトランスポーターの機能を同定できたものと考えている。

以上,一連の研究の中で,pharmacokinetics理論に基づくモデル化を行い,ABCトランスポーターによる輸送現象を理論的に整理した。その結果,本研究で構築したMDR1輸送能力の予測,消化管でのMRP2やBCRPの機能解析などの方法論は,中枢をターゲットとした薬物の開発や経口医薬品のバイオアベイラビリティー改善に応用できることに加え,ABCトランスポーターを介した薬物間相互作用や体内動態の個体間変動のメカニズムの解析に対しても有益な情報を与えるものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

ATP binding cassette(以下ABC)トランスポーターは,ATPの加水分解エネルギーを駆動力として,広範囲に及ぶ基質を細胞内から細胞外に輸送する膜タンパクである。現在,ヒトにおいては49種のisozymeが同定されており,トランスポーターとしては最大のsuper familyを形成している。さらにこれらは配列,構造上の特徴から7つのsubfamilyに分類され(ABCA, ABCB, ABCC, ABCD, ABCE, ABCF, ABCG),いくつかのABCトランスポーターは遺伝子疾患の責任因子であることも示されている。

このABCトランスポーターに関する研究は,ガンにおける多剤耐性因子としての研究に端を発したものである。すなわち,癌化学療法時に抗癌剤に対する耐性を獲得した細胞には,抗癌剤を排出するトランスポーターが過剰発現しており,この排出作用により細胞内の抗癌剤濃度が低下することが知られていた。株化細胞を用いた研究により,この様な排出作用を示すABCトランスポーターとしてはじめて同定されたのがMultidrug resistance 1(P-glycoprotein /ABCB1/MDR1)である。次いで,Multidrug resistance associated protein 1(ABCC1/MRP1)なるABCトランスポーターが同定され,現在では, 8種のMRPサブファミリーの存在が明らかにされている。さらに,最近では,MDR,MRPとの基質認識性が若干異なる多剤耐性トランスポーター(ABCG2/BCRP)も同定され,機能解析が進められている。その後の研究により,耐性に関与する主なABCトランスポーターであるMDR1,MRP2及びBCRPは通常の組織にも発現していることが示されたことから,今日では,これらのABCトランスポーターは外因性物質からの生体防御機構の一つとして認識されるに至っている。薬物は,その薬効を発現するために標的となる臓器に到達(分布)する必要があるが,生体防御機構としてのABCトランスポーターは,医薬品開発における障害とみなされる場合もある。

本研究では,薬物の膜透過性の制御に関わっており,薬物動態への関与が大きいと考えられるABCトランスポーターとして,第一にMDR1,次いでMRP2並びにBCRPに焦点をあてた。その上で,「それらが脳と小腸においてどのような機能を有し,その輸送能力はin vitroから予測できるのか?」という観点から,ABCトランスポーター輸送能力評価方法の創薬へ応用すべく本研究を行った。

第一章 薬物の脳移行性におけるMDR1輸送能の評価について

MDR1は薬物の体内動態に深く関与することが知られており,この輸送能力を定量的に理解することは,医薬品の開発とその適正使用に重要であると考えられる。本研究では,in vitro実験から見積もられたMDR1の輸送能力からin vivoでの薬物脳移行性におけるMDR1の関与が外挿出来るか否か,検証した。

In vitro実験として,12化合物を用いて,MDR1発現細胞とCaco-2細胞の単層膜を介した経細胞輸送実験を行った。また,この12化合物が,ATPの加水分解速度を亢進させるかどうか,MDR1を発現したplasma membraneを用いて検討した。すなわち薬物の輸送とカップルしているATPの加水分解を薬物輸送の指標とした。他方,in vivo実験としては,mdr1a/1bノックアウトマウスとコントロールマウスにおける脳対血漿中濃度比(Kp ,brain)を求めた。その結果,in vitroでのMDR1発現細胞単層膜を介した経細胞輸送実験で算出したflux ratioとin vivo実験から求めたKp, brain ratioの間には良好な相関関係が見出された。ここで,flux ratioは,MDR1発現細胞におけるapicalからbasalへのflux をその逆向きへのfluxで除した比と定義した。しかしながら,ATPの加水分解を促進した化合物はMDR1による輸送が確認されたものの,ATPの加水分解を示さないいくつかの化合物でも,MDR1発現細胞を用いた実験ではMDR1により輸送されるという矛盾点も見出された。

結論として,MDR1発現細胞を用いて求めたin vitro flux ratioは,in vivoでのMDR1輸送能を予測できるパラメーターであることが示された。また,ATP加水分解を指標したin vitro実験は,MDR1の基質を開発化合物群から除くためのスクリーニングに適用できることを確認した。

第ニ章 薬物の消化管吸収におけるMDR1輸送能の評価について

MDR1の基質となる薬物が経口投与された場合,消化管においてMDR1により排出を受けることにより,吸収性に個人差が生じたり,MDR1阻害剤との同時併用による吸収性が変化する可能性が指摘されていた。したがって,経口薬物の開発において,消化管におけるMDR1の輸送能を定量的に評価する手法の確立が望まれていた。

消化管におけるMDR1の輸送能を評価するために,12のテスト化合物を用いて,マウスin situ小腸潅流実験を行い,mdr1ノックアウトマウスならびに正常マウスのpermeability surface area (PS) productを算出した。また,MDR1発現LLC-PK1細胞ならびにコントロール細胞(LLC-PK1)を経細胞輸送実験を行い,小腸でのmdr1輸送能がin vitro実験から予測できるかどうか検証した。

In situ小腸潅流実験の結果,mdr1の影響によってPS productが変化することが明らかとなった。その影響の受けやすさは以下の順であることが示された。

Quinidine > ritonavir > loperamide, verapamil, daunomycin > digoxin, cyclosporine A > dexamethasone, vinbrastine 

また,小腸でのmdr1輸送能は,in vitro実験から見積もったMDR1輸送能と有意な相関関係にあった。

以上の結果より,in vivoでの消化管吸収におけるMDR1の関与は,MDR1発現細胞を用いたin vitro経細胞輸送実験から定量的に予測しうることが示された。本評価方法は,ヒト小腸におけるMDR1発現量の個体間差に基づく吸収性の変動やMDR1阻害剤併用時における吸収性の変動の予測に適用できることを示唆するものであり,経口薬開発に有用であることを確認した。

第一章と第二章の検討から,in vitroにおけるMDR1の輸送能力は以下の式で定義でき,これらのパラメーターがin vivoにおけるMDR1の輸送能力と比較すべきであることを理論的に示した。

in vitroindex=1+〓

この式から明らかなように,第二項目の分母は,複雑な透過過程の存在により大きくなるものと推察される。実際,小腸のように複数のトランスポーターが存在しているような臓器においては,in vitroとin vivo間の相関性が低くなることが実験的に確認された。

第三章 抱合代謝物の消化管排出に関与するABCトランスポーターの解析

本研究では,小腸においてグルクロン酸抱合体や硫酸抱合体を管啌側に排出するトランスポーターの重要性を調べるために,遺伝的にmrp2を欠損したEisai hyperbilirubinemic rats (EHBR) とbreast cancer resistance protein (Bcrp1 / Abcg2)ノックアウトマウスを用いた小腸潅流実験を行った。

EHBR及びBcrp1ノックアウトマウスの空腸を,4-methylumbelliferone (4MU)及び6-hydroxy-5,7-dimethyl-2-methylamino-4-(3-pyridilmethyl) benzothiazole (E3040)を含む潅流液で潅流し,outflow中の代謝物濃度から,各化合物のグルクロン酸抱合体や硫酸抱合体のefflux rateを算出した。

EHBRを用いた検討の結果,正常ラットに比べE-3040-Gのefflux rateは有意に低下したものの,E3040-S,4-MU-G及び4-MU-Sのefflux rateには,有意差は認められないことが示された。逆に,bcrp1ノックアウトマウスを用いた検討では,E3040-G,4-MU-G及び4-MU-Sのefflux rateが有意に低下したことから,bcrp1はグルクロン酸抱合体や硫酸抱合体の排出に,より重要な機能を有していることが明らかとなった。これらの現象は,小腸での抱合代謝酵素と排出トランスポーターの協調的な異物排出作用と捉えることが可能であり,消化管での吸収性に影響を与える重要なABCトランスポーターの機能が同定された。

以上,一連の研究の中で,pharmacokinetics理論に基づくモデル化を行い,ABCトランスポーターによる輸送現象を理論的に整理した。その結果,本研究で構築したMDR1輸送能力の予測,消化管でのMRP2やBCRPの機能解析などの方法論は,中枢をターゲットとした薬物の開発や経口医薬品のバイオアベイラビリティー改善に応用できることに加え,ABCトランスポーターを介した薬物間相互作用や体内動態の個体間変動のメカニズム解析に対しても有益な情報を与えるものと考えられた。

本研究はABCトランスポーターを介した薬物輸送研究に対する端緒を開く研究であると考えられ,今後の医薬品開発に貢献できることを提起しており,博士(薬学)の学位に値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50271