学位論文要旨



No 216444
著者(漢字) 町田,健一
著者(英字)
著者(カナ) マチダ,ケンイチ
標題(和) 木造軸組工法耐力壁の動的性状に関する研究
標題(洋)
報告番号 216444
報告番号 乙16444
学位授与日 2006.02.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16444号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 腰原,幹雄
 東京大学 教授 安藤,直人
内容要旨 要旨を表示する

木造軸組工法は、我が国で最も多くの戸建住宅に採用されている建築工法である。木造軸組工法住宅の主な水平力抵抗要素は、耐力壁を持つ鉛直構面である。従って、木造軸組工法住宅の耐震性能は、耐力壁の質や量、配置によって決まる。耐力壁の種類としては、木造軸組工法住宅において従来一般的であった筋かいを用いた耐力壁は今や減少傾向にあり、代わって面材を用いた耐力壁が増加している。耐力壁には木質系の構造用合板や無機系の石膏ボードなどの一般的な仕様のほかに、様々な材料を用いた多種多様な耐力壁が存在する。このようななか、耐力壁の性能は、2階建てまでの木造住宅がいわゆる壁量規定ルートによって設計されるのが一般的であることを背景に、静的な試験から求める「壁倍率」と呼ばれる性能指標を用いて評価されている。しかし、地震によって建物に加わる水平力は言うまでもなく動的なものである。従って、耐力壁が地震時水平力のような動的な力に対してどのようなせん断性状(以下、動的性状と呼ぶ)を示すのかを明らかにすることは極めて重要である。しかし、耐力壁の動的性状に関する既往の研究は少なく、あっても筋かいや構造用合板を対象としたものがほとんどで、ほかの仕様を対象としたものは少ないのが現状である。

そこで、本論文は、いくつかの代表的な仕様の木造軸組工法耐力壁を研究対象とし、これらの耐力壁が地震時水平力のような動的な力に対し、どのような動的性状を示すのかを明らかにすることを目的とした。本論文は、耐力壁の動的性状に関する一連の研究をまとめたもので、全6章から成り立っている。

第1章「序論」では、研究背景についてまとめたのち、本研究が「耐力壁の動的性状」「耐力壁釘接合部の動的性状」「耐力壁の動的性状の加算則」「動的性状を考慮した新耐力壁と地震応答予測法の提案」の四つの研究からなることを示し、それぞれの研究目的を明らかにした。研究項目ごとに既往の研究を整理し、動的性状に関する研究は筋かいや構造用合板を対象としたものが多く、ほかの仕様に関する研究が少ないことを明らかにした。次に、本研究において研究対象とする木造軸組工法耐力壁は、筋かい(記号B)・石膏ボード(G)・構造用合板(JAS特類1級、P1)・構造用合板(JAS特類2級、P2)・火山性ガラス質複層板(建物外部用、Dms)・火山性ガラス質複層板(建物内部用、Dmk)・小幅板斜め貼合せ面材(スギ、Ks)・小幅板斜め貼合せ面材(ヒノキ、Kh)の5種類8仕様であることを示した。

第2章「耐力壁の動的性状」では、5種類8仕様の木造軸組工法耐力壁の動的性状を明らかにすることを目的として、動的と静的の2種類の加力方法について、それぞれ繰り返しと単調の合計4種類の壁試験を行った。「動的加力と静的加力の違い」と「繰り返しの影響」について比較分析を行い、次のようなことがわかった。

すべての仕様で動的加力試験の荷重は、小変形領域から概ね1.1〜1.5倍の比で静的加力試験の荷重を上回った。特に、無機系要素(G・Dms・Dmk)は1.3〜1.5倍と高い比を示した。

最大荷重においては、無機系要素(G・Dms・Dmk)は動的が上回るが、木質系要素(B・P1・P2・Ks・Kh)は動的静的ともにほぼ同じとなる特徴があることがわかった。

すべての仕様で完全弾塑性モデルの終局変位δuは動的の方が小さくなり早期の荷重低下の傾向を示し、降伏変位δyも特に木質系要素(B・P1・P2・Ks・Kh)で動的の方が小さくなる傾向を示した。

破壊性状は、木質系面材(P2・Ks・Kh)において、静的は釘の引き抜けが主体であったが動的では釘引き抜けとパンチアウトの混在に変化した。その他の仕様は動的静的共に同じであった。

壁倍率の評価項目において動的加力試験の結果は静的繰り返し加力試験の結果を上回ったが、静的単調加力の結果が静的繰り返しを下回るケースがあり注意を要することがわかった。

繰り返しの影響は構造用合板(P1)と無機系要素(G・Dms・Dmk)の静的加力で見られ、荷重が約10〜20%低下した。

このように、本研究で対象とした木造軸組工法耐力壁は、いずれの仕様も動的な負荷において、抵抗力(荷重)が増加し変形能が小さくなるような動的性状を持つことを定量的に明らかにした。

第3章「耐力壁釘接合部の動的性状」では、6種類の耐力壁釘接合部(ねじを含む)の動的性状を明らかにすることを目的として、荷重速度を0.1〜30cm/秒の範囲で設定した単調と繰り返しの釘接合部一面せん断試験を行った。結果をまとめると次のようであった。

壁の動的加力試験時に計測した柱と面材の相対変位を分析したところ、壁の最大荷重時までに発生する面材すべり変位の最大は約12mm、すべり速度の最大は約11cm/秒であった。

単調加力試験では、すべての仕様で、荷重速度が増加すると抵抗力(荷重)も増加する荷重速度依存性が見られた。荷重比(最も低速である0.1cm/秒試験時の荷重に対する各速度の荷重の比)は、仕様によって異なり1.1〜1.4を示した。

荷重速度が増加すると、無機系要素(G,Dmk,Dms)は、最大荷重を含むそれまでの全ての変形領域で荷重が増加するが、木質系要素(P1,P2,Ks)は、速度によらず最大荷重はほぼ同じで、最大荷重までの変形領域で荷重が増加した。

主材を構造用単板積層材とした場合、最終的な破壊性状は主材を集成材とした場合と一部異なったが、荷重速度の影響は集成材と同様に見られた。

繰り返し加力試験においても、単調加力と同様に荷重速度の影響が見られた。

荷重速度依存性のメカニズムを推定し検証試験を行った結果、柱材(主材)に対する釘のめり込みと曲がり、面材(側材)に対する釘のめり込みと曲がり、この両方の現象に、荷重比が1.1〜1.3となる程度の荷重速度依存性があることがわかった。

単調加力試験の結果を荷重速度依存性について分析した。荷重速度の影響を荷重比で見ると、荷重比は、荷重速度3〜5cm/秒まで速度の増加に概ね比例し、1.1〜1.25を示した。荷重速度が3〜5cm/秒を超えると、荷重比の傾向は変位量によって異なり、変位1mm時はすぐに減少し、変位2〜4mm時は一定か、わずかに増減する傾向を示し、変位5〜10mm時は20cm/秒付近で1.15〜1.4まで増加したのち20cm/秒を超えると減少した。但し、構造用合板(P1・P2)の変位5〜10mm時の荷重比は、速度によらず約1.0で、荷重速度の影響は見られなかった。

このように耐力壁の試験において動的荷重が静的荷重を上回ったのは、釘接合部が荷重速度依存性をもっているためであることを定量的に明らかにすると共に、その速度依存のメカニズムに関して、柱材および面材に対する釘のめり込みや釘の曲がりなどのもつ特性が影響している可能性について論じた。

第4章「耐力壁の動的性状の加算則」では、2種類の耐力壁が同時に配置された複合試験体(同一構面の表裏に配置)の実験結果と、それぞれ別個に実施した単体耐力壁の実験結果を足し合わせたものとを比較する方法で、3種類の耐力壁の組み合わせについて加算則の検証を行った。検証は荷重変形関係の包絡線と完全弾塑性モデルの特徴点について行った。結果をまとめると次のようであった。

単体加算と複合の差を荷重比で見ると、静的加力試験の結果で±15%程度、動的加力試験の結果で±10%程度の範囲であった。複合の荷重がいずれの仕様も下回れば柱脚部の浮き上りの影響が原因と推定できるが、下回る仕様も複数あるため荷重比が変動するのはばらつきが原因と推定できる。

但し、動的静的ともに、筋かいと石膏ボードの複合試験体では、石膏ボードによって筋かいの座屈が抑制されるような挙動の変化が生じ、最大荷重および最大荷重時変位が単体加算より大きくなった。この仕様の最大荷重が発生する前の領域やほかの複合試験体では顕著な差は無く、動的静的ともに加算則は成り立つことがわかった。

完全弾塑性モデルの特徴点の加算も、荷重変形関係の包絡線の加算と同程度の荷重比であった。

第5章「動的性状を考慮した新耐力壁と地震応答予測法の提案」では、まず、動的性状を考慮した新耐力壁として、小幅板斜め貼合せ面材の釘増し打ち工法と軽量スラグ石膏板の2種類の耐力壁を開発した。新たに開発した耐力壁を対象に動的および静的な試験を行い、動的性状を明らかにした。結果をまとめると次のようであった。

小幅板斜め貼合せ面材の釘増し打ち工法(wKs)は、釘の増し打ちが無い従来の工法と比べ、荷重は1.6〜1.9倍に上回りながら、動/静比は1.2〜1.6と同程度以上の比を示した。

軽量スラグ石膏板(S)は火山性ガラス質複層板(Dmk)と比べ、荷重は1.3〜1.5倍に上回りながら、動/静比は1.2〜1.3とほぼ同じ比を示した。終局変位も1/40から1/30rad.付近へと大きくなった。

また、耐力壁の動的性状を考慮した地震応答予測法として地震応答解析を用いる方法を提案し、提案モデルを用いた解析値と実験値の比較を行い、その解析精度を明らかにした。結果をまとめると次のようであった。

4種類の単体要素について、動的試験の結果に合うようにバイリニア+スリップモデルのパラメタを設定して地震応答解析を行った結果、最大変位の解析値と実験値の比(解析/実験)は0.85〜1.15を、最大加速度の比は0.82〜1.05を示し、概ね良好な対応を示した。

複合要素の応答を単体要素の並列バネモデルを用いて解析した結果、最大変位の比は0.92〜1.14を、最大加速度は0.94〜1.05を示し、概ね良好な対応を示した。

第6章「結論と今後の課題」では、各章で得られた結論をまとめるとともに、今後の課題について整理した。

以上のように、論題の目的に従い、主に動的と静的な壁面内せん断試験と釘接合部一面せん断試験を行い、木質系と無機系の代表的な木造軸組工法耐力壁が持つ動的性状を明らかにした。特に、動的な負荷において、荷重速度の増加に伴い抵抗力(荷重)が増加することを定量的に明らかにし、抵抗力が増加する原因の一つは、柱材および面材に対する釘のめり込みと曲がりが持つ荷重速度依存性であることを明らかにした。

また、このような動的性状を考慮した新耐力壁と地震応答予測法を提案した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、木造軸組工法住宅の主な水平力抵抗要素である耐力壁に関して、多数ある仕様のなかから木質系と無機系の代表的な仕様を対象として動的と静的な壁実験と、釘接合部の実験を行い、耐力壁の動的性状について検討を加えたもので、6章からなっている。

第1章「序論」では、既往の研究の多くが、耐力壁の性能評価が実際の地震時の負荷に近い動的な試験ではなく静的な試験によってなされていること、耐力壁の動的性状に関する研究は筋かいや合板を対象としたものがあるが、他の仕様を対象としたものはほとんど無いのが現状であることを示した上で、耐力壁の動的性状を明らかにすることが本論文の目的であるとし、研究対象とした5種類8仕様の耐力壁仕様について述べている。

第2章「耐力壁の動的性状」では、この5種類8仕様の耐力壁を対象に実施した動的と静的な壁実験について述べている。実験の結果、耐力壁の動的性状として、いずれの仕様も動的試験の荷重が静的試験の荷重を上回り、特に無機系の仕様ではこの比が比較的大きくなること、最大荷重は無機系では動的が静的を上回るが、木質系では動的静的によらず同じとなる特徴を持つこと、動的な荷重に対しては、変形能が小さくなる傾向があることを定量的に明らかにしている。

第3章「耐力壁釘接合部の動的性状」では、2章と同じ耐力壁仕様を対象に実施した荷重速度をパラメタとした釘接合部の一面せん断試験について述べている。実験の結果、いずれの仕様も荷重速度が増加すると抵抗力(荷重)も増加することを確認し、したがって耐力壁の抵抗力の速度依存性が、釘接合部の特性にあることを明らかにしている。また、その実験における観察結果から、動的荷重が静的荷重を上回る速度依存のメカニズムに関して、柱材および面材に対する釘のめり込みや釘の曲がりなどの持つ特性が影響している可能性について論じている。

第4章「耐力壁の動的性状の加算則」では、2種類の耐力壁が配置された試験体の実験値と、個々に実施した単体壁の結果の加算の結果とを比較し、加算則を検証している。検証の結果、筋かいの座屈が併設される面材によって抑制される場合以外は、2種類の耐力壁を複合しても耐力壁の挙動が変わらないため、動的効果を含めて荷重変形関係と完全弾塑性モデルの加算則はおおむね成り立つことを確認している。

第5章「動的性状を考慮した新耐力壁と地震応答予測法の提案」では、第2章の壁実験の結果を踏まえて新たに2種類の耐力壁を開発し、動的静的壁実験によりその動的性状を明らかにしている。また、動的性状を考慮した地震応答予測法として、地震応答解析を用いる方法を提案している。振動台実験の結果から、バイリニア+スリップ型の1質点系に置換した単体壁の解析モデルを設定し、複合要素はそれを並列化するモデルを用いた解析を行い、実験値と比較的よく一致することを明らかにしたのち、動的性状を考慮した建物全体の耐震性能を説明するフローチャートを提案している。

第6章「結論と今後の課題」では、本研究の結果明らかにされた耐力壁の様々な動的性状についてまとめている。また、今後の課題として、本研究で対象としていない仕様の動的性状の把握、荷重速度依存性のメカニズムの全体把握、現状の性能評価法の見直しを挙げている。

以上のように本論文は、木造軸組工法耐力壁の動的性状について、様々な種類の壁実験、釘接合部実験、加算則の検証、新耐力壁や地震応答予測法の提案といった多面的な検討を行い、木造軸組工法住宅の耐震性のさらなる向上、および設計法や耐力壁の性能評価法を高度化させるための貴重な知見を得たものであり、建築学上の発展に寄与するところがきわめて大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

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