学位論文要旨



No 216445
著者(漢字) 綿引,誠
著者(英字)
著者(カナ) ワタヒキ,マコト
標題(和) 実物大実験に基づく木造軸組工法住宅の静的動的挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 216445
報告番号 乙16445
学位授与日 2006.02.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16445号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 腰原,幹雄
 東京大学 教授 安藤,直人
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、木造軸組工法住宅の壁要素と実物大建物の静的動的挙動を実験的に比較検証し、地震時の挙動を的確に推定するための端緒となることを目的としたものである。第1章は序論であり、研究の目的と背景、研究方法、範囲を述べている。第2章は実物大建物の静的加力実験、第3章は壁の静的加力実験、第4章は実物大建物振動台実験、第5章は壁の振動台実験となっており、実験結果の分析と考察を行った。さらに、第6章では静加力実験と振動台実験の比較考察を行い、それぞれの実験の関係性を述べている。第7章では論文の内容のまとめと問題点を考察し、今後の課題を示した。

序論(第1章)

兵庫県南部地震の後、数多くの木造住宅の実物大建物振動台実験が行われ、真の耐震性能が直接的に確かめられた。一方で、建築基準法の性能規定化や住宅の品質確保の促進等に関する法律など背景として、耐震性能の的確な評価が求められるようになった。しかし、実物大建物の振動台実験によって真の耐震性能を把握できていても、実際に設計に用いられる耐力壁の評価は静的加力実験のものに止まっている。耐力壁単体の静的動的挙動はもちろんのこと、それぞれの壁が複合化された場合の静的動的挙動、そして実物大建物での静的動的挙動の比較検証は十分に行なわれていない。これらの関係性を把握することで、耐震性能評価の信頼性が飛躍的に向上することは明らかである。ここに、本研究の必要性および意義があることを述べた。

実物大建物の静的加力実験(第2章)

筋かいを耐力壁とし、内装下地に石膏ボード、外装材にサイディングを使用した木造住宅を対象として実物大建物静的加力実験を実施し、静的な挙動、軸力分布、損傷状況を把握するとともに、実際の建物の静的な復元力特性を直接的に確認した。

耐力壁の充足率が1.53である実物大建物は、建築基準法施行令が想定する地震力に対して3.6倍(=199/55)と大きな余力があることが分かった。最大層せん断力は、1/27rad.時で308kNであり、ベースシア係数に換算して1.74と高い耐力を示した。根太と合板で構成された2階の床構面は回転と共にその約2倍のせん断変形をしており、建物の南通りは北通りに対して約1.4倍の層間変形が起きていたことが分かった。

主要な耐力要素である筋かいの軸力は建物の変形と共に大きくなり、圧縮が引張軸力の1.5〜3.4倍を示した。各通りの筋かいの水平負担力の割合はほとんど変化せずに推移し、変形の大きい南通りの負担率は他より約3割小さく、これは配置壁量に比例する結果であることが分かった。筋かいの水平力負担率は初期の段階では20〜30%と低いが、最大荷重時49%と変形角が進むにつれ負担率は大きくなった。耐力壁(筋かい)の充足率が100%〜200%の場合を想定しても、今回の結果から換算すると筋かいの水平力負担率は最大40%〜60%であり、その他の要素が層せん断力に占める割合は非常に高いことが明らかになった。

壁の静的加力実験(第3章)

実物大建物を構成する壁要素の静的加力実験を行ない、それぞれの壁の静的な挙動と復元力特性を詳細に把握すると共に実物大建物との関係を分析した。

単体壁の復元力特性をモデル化し、軸組は重複しないようにして加算する方法で、筋かいと石膏ボード、サイディングを対象に静的復元力特性の加算則について検証を行った。壁の複合体の実験値との照合の結果、1/85rad.までの範囲では加算則はほぼ成立つが、最大荷重や靭性を評価することはできないことが分かった。同様の方法で、実物大建物の復元力特性を予測すると、余力として妥当性があると考えられる壁要素を全て加算した場合に同じ結果が得られた。

壁の加算による実物大建物の復元力特性の予測結果を用いて、各壁要素の水平力負担率を推定した。筋かいの水平力負担率は1/85rad.まで45〜50%の範囲で推移した。一方、実験値によれば20〜45%であり、実際の方が小さい傾向であった。さらに、大変形領域では推定値が大きく下回り、筋かいの場合、単体壁実験から作成した復元力モデルでは、1/85rad.程度までを少し過大に、それ以降は過小に評価していることが分かった。その他の要素の水平力負担率も石膏ボードが約40%、サイディングが約10%を示し、実際の建物の復元力特性を正確に予測するには決して無視できない要素であることが確認できた。

実物大建物振動台実験(第4章)

実物大建物静的加力実験と同じ試験体を用いて、振動台実験を実施し、動的な挙動、軸力分布、損傷状況を把握すると共に、実際の建物の動的な復元力特性を直接的に確認した。

JMA-Kobe1000gal入力に対し、2階床での最大応答加速度は1825gal、小屋で2540gal、応答倍率でそれぞれ1.7倍・2.3倍という非常に大きな応答を示した。2階床に対する小屋での応答は1.4倍であり、施行令88条の層せん断力分布係数(Ai)と一致した。応答変位は1通り<5通り<9通りの順に大きく、1通りと9通りの差は1階で最大1.7倍、2階で1.4倍となった。フェーズが進み損傷が大きくなるにつれ、各通りの変形差は小さくなった。

試験体の初期剛性は非常に高く、その後1/60rad.付近まで一気に変形し、スリップの性状が強くなるものの層せん断力は増加を続け、-1/43rad.で297kNまで達した。フェーズ2はフェーズ1に比べ、初期剛性が低く全体的にスリップの性状が強く見られるが、最大層せん断力はさらに増加し、-1/33rad.で322kNを示した。改修したフェーズ3で初期剛性は回復したが、スリップ性状が強く、1/20 rad.近くまで変形、しかし、層せん断力は298kNとほとんど低下せず、高い靭性を示した。1/120rad時の層せん断力係数は、フェーズ1で1.17、フェーズ2で0.56、フェーズ3で0.59であり、想定よりもそれぞれ3.83倍、1.85倍、1.93倍の耐力を保有していた。

加振中の筋かいの水平力負担率は1階が30〜55%、2階が15%〜35%であり、同一フェーズの中では加振が進むにつれて大きくなることが分かった。層間変形角に対する筋かいの水平力負担率は、最大層せん断力記録時(1/33rad.)でも約40%であり、筋かい以外の要素が全体の約60%を占めていた。耐力壁の充足率が1.0〜2.0倍の場合を想定しても、今回の結果から換算すると筋かいの水平力負担率は最大30%〜50%であり、その他の要素が層せん断力に占める割合は非常に高いことが確認できた。

壁の振動台実験(第5章)

実物大建物を構成する壁要素の振動台実験を行ない、それぞれの壁の動的な挙動と復元力特性を詳細に把握すると共に、実物大建物との関係を分析した。

単体壁の復元力特性をモデル化し、軸組は重複しないようにして加算する方法で、筋かいと石膏ボード、サイディングを対象に動的復元力特性の加算則について検証を行った。壁の複合体の実験値との照合の結果、1/75rad.までの範囲では1〜4割程度剛性を実際よりも大きく見積もり過ぎる傾向があり、さらに最大荷重や靭性を評価することはできないことが分かった。同様の方法で、実物大建物の復元力特性を予測すると、余力として妥当性があると考えられる壁要素を全て加算した場合、1/75rad.程度までは、壁の動的復元力特性の加算則はほぼ成り立つが、静的の場合と同様に、それ以降大変形領域での加算則は成立しないということが明らかになった。

壁の動的復元力特性の加算による実物大建物の予測結果と実物大建物振動台実験結果を用いて、実大建物における各壁要素の水平力負担率を推定した。筋かいは1/75rad.まで30〜40%の範囲で推移し、実大実験の筋かい軸力から求めた結果とほぼ一致した。この範囲では壁の動的復元力特性の加算に基づいて算出した水平力負担率は、実際の水平力負担率をほぼ表していると言える。1/200rad.以内の変形領域では石膏ボードの水平力負担率が最も高く40%を超える。中小地震においては最も耐震性能に寄与している要素と言える。サイディングや垂壁・腰壁などの雑壁要素の水平力負担率は約10%程度であることが確認できた。

静加力実験と振動台実験の比較考察(第6章)

実物大建物を構成する壁要素の静的加力実験と振動実験、同仕様・同プランで実施した実物大建物の静的加力実験と振動実験の結果を比較し、それぞれの関係性を分析した。

壁実験の復元力特性の静的動的比較から、軸組(F)とサイディング(S)は静的動的特性がほとんど変わらず、筋かい(B)は動的に評価するとより靭性が乏しくなる傾向があり、石膏ボード(G)は動的剛性が静的剛性より2割程が高く、動的にはより小さい変形で最大荷重をむかえる傾向であることが分かった。実物大建物の荷重―変形関係を比較すると、同じ変形角では動的実験の荷重が上回り、1階では1/200rad.まで静的実験の119%〜123%を示した。それ以降は徐々に静的実験との差は小さくなった。

壁の復元力特性の加算則は動的に剛性を過大評価する傾向があり、静的加算の方が適合度は高い。しかし、どちらの場合も最大耐力や靭性を評価することはできなかった。壁の静的復元力特性の加算による予測と実大建物の動的実験の結果を照合した。余力として妥当性があると考えられる壁要素を全て加算することで、1/75rad.程度までの剛性については約9割の精度で予測可能だが、これを超える大変形領域での最大耐力と靭性を評価することはできなかった。

実大実験の筋かいの軸力を比較すると、同じ変形の範囲では静的な軸力も動的な軸力もほぼ同じ性状を示した。実大実験の筋かいの水平力負担率は、静的実験が20〜50%程度、動的実験は30〜45%程度であり、動的実験では筋かい以外の効果がより作用していることが確認できた。さらに、ホールダウン金物の引張力(測定値)は計算で想定する値よりも小さいことや、この実物大建物の等価粘性減衰定数heqは約0.17であり、静的にも動的にもほぼ同等に評価できることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、木造軸組工法住宅の実物大建物とそれを構成する壁要素について、静的加力実験と振動台実験を行い、その結果をもとにそれぞれの静的動的挙動を比較検討し分析を行なったものであり、7章からなっている。

第1章「序論」では、既往の研究においては、耐力壁単体や実物大建物の静的加力実験および振動台実験は単独で行われているものが多く、それらの既往研究では静的動的挙動の比較分析は十分に行なわれていないとし、本論文は、これら二つの挙動の関係を明らかにすることが目的であることを述べている。

第2章「実物大建物の静的加力実験」では、耐力壁に筋かいを用いた軸組工法住宅の実物大建物による静的加力実験を行ない、全体の挙動とあわせて各部位の挙動を分析している。その結果、たとえば、筋かいの水平力負担率は初期の段階では20〜30%と低く、最大荷重時でも50%程度にとどまり、その他の要素が層せん断力を負担する割合が高いことなどを明らかにしている。

第3章「壁の静的加力実験」では、実物大建物を構成する筋かいなどによる壁要素の静的加力実験を行ない、それぞれの静的な挙動と復元力特性を詳細に把握すると共に、実物大建物との関係を分析している。その結果に基づき、壁の静的復元力特性に加算則が成り立つ範囲を明らかにしている。また、壁の加算則による実物大建物の静的復元力特性の予測結果を用いて、各壁要素の水平力負担率を推定している。

第4章「実物大建物振動台実験」では、第2章と同じ実物大建物を用いて振動台実験を実施し、動的な挙動、損傷状況などを把握すると共に、実際の建物の動的な復元力特性を直接的に確認している。JMA-Kobeを1000galに拡大した入力に対し、想定を上回る剛性と耐力を保有し、建物として粘りを有する構造であることを明らかにしている。さらに、加振中の筋かいの水平力負担率は損傷の進行とともに徐々に増加していくが、最大でも50%程度であることなどを明らかにしている。

第5章「壁の振動台実験」では、実物大建物を構成する壁要素の振動台実験を行い、壁の動的な挙動と復元力特性を詳細に把握すると共に、実物大建物との関係を分析している。その結果、壁の動的復元力特性の加算則が成り立つ範囲を明らかにしている。また、壁の加算則による実物大建物の動的復元力特性の予測結果を用いて、各壁要素の水平力負担率を推定している。

第6章「静加力実験と振動台実験の比較考察」では、第2章から第5章までの実験結果を比較分析し、それぞれの関係について述べている。まず、壁実験の復元力特性の静的動的比較からそれぞれの構造的特性を分析し、石膏ボードの壁は動的剛性が静的剛性より2割程高いことなどを示している。さらに、実物大建物においても同様に動的剛性が高くなることを確認している。また、壁の静的復元力特性の加算則によれば、実大建物の動的復元力特性について1/75rad.程度までの変形領域で剛性を約9割の精度で予測可能なことを示し、同時に今回の実験では、これを超える大変形領域での最大耐力と靭性については評価できないとして、評価範囲を明らかにしている。それに加え、実大実験の筋かいの水平力負担率は、静的実験では20〜50%程度、動的実験では30〜45%程度であり、動的実験では筋かい以外の要素の分担が大きいことを明らかにしている。

第7章「まとめと今後の課題」では、本論文の成果を総括するとともに、今後検討すべき課題を示している。

以上のように本論文は、木造軸組工法住宅の耐震性に関して、実物大建物とそれを構成する壁要素の静的加力実験と振動台実験の比較分析を行って、その地震時の挙動を解明するための貴重な知見を得たものであり、建築学上の発展に寄与するところがきわめて大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク