学位論文要旨



No 216447
著者(漢字) 大内田,史郎
著者(英字)
著者(カナ) オオウチダ,シロウ
標題(和) 東京駅丸ノ内本屋の意匠と技術に関する建築史的研究
標題(洋)
報告番号 216447
報告番号 乙16447
学位授与日 2006.02.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16447号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,博之
 東京大学 教授 伊藤,毅
 東京大学 教授 藤森,照信
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨 要旨を表示する

研究の目的

1914(大正3)年に竣工した東京駅丸ノ内本屋(1908-1914)は、第二次世界大戦(1939-1945)後の戦災復興工事(1945-1947)を経て、一昨年に開業90周年を迎えた。そして、2010年には、現存する部位を可能な限り保存しつつ、外観および南北ドーム(八角広室)の内観(本論では3階から天井までの見上げ部を示し、以下「ドーム内観」という)を創建時の姿に復原する、「保存・復原計画」が進められている。そのような節目において、本研究は、丸ノ内本屋の意匠と技術について建築史的な視点から調査・研究したものである。

創建時の丸ノ内本屋の意匠に関しては、古写真や文献、実施設計図等の各種史料によって判明している部分もあるが、とくに現存していない屋根やドームの内観については、未だに明らかになっていない部分も存在している。また、それらの意匠を可能にしていた技術に関しても、その全貌は明らかになっておらず、丸ノ内本屋に用いられていた意匠や技術の建築史的な位置付けや、それらが後の我が国の建築界に与えた影響等、丸ノ内本屋の意匠や技術の建築史的意義についても明確になっていない状況である。

さらに、丸ノ内本屋の歴史的変遷に関してみてみると、戦災復興工事については、松本延太郎(1910-2002)による手記(『東京駅戦災復興工事の想い出』(1991))が残されているが、戦前ならびに戦災復興工事以後の改修工事等の事柄については、多数の書籍にその内容や年表が取り上げられているものの、基本的には一部の主な事柄のみが繰り返し述べられているものであり、事柄が一部欠落している状況もみうけられる。

そのような状況の中で、本研究は、丸ノ内本屋の意匠や技術について明らかにするとともに、今後の「保存・復原計画」において必要とされる基礎的な資料となる点や、丸ノ内本屋の歴史的変遷について新たな知見を加えながら再整理するとともに、丸ノ内本屋の正確な記録の保存に寄与する点、さらには、とくに今後の「保存計画」における判断材料となる点においても重要であると考えられる。

以上を踏まえ、本研究の目的は、丸ノ内本屋の「保存・復原計画」において、意匠上とくに重要な部位となる外壁、屋根およびドーム内観に着目して、丸ノ内本屋の意匠や技術を解明しつつ、丸ノ内本屋の建築史的意義を明確すること、さらには、丸ノ内本屋の歴史的変遷を再整理することにある。研究の主題は大別すると次の3点である。

(1) 丸ノ内本屋の意匠と技術を明らかにし、「保存・復原計画」の基礎資料とすること。

(2) 丸ノ内本屋の建築史的意義を明確にすること。

(3) 丸ノ内本屋の歴史的変遷を再整理し、正確な記録の保存に寄与すること。

本論の構成と要旨

本論文の構成は、序論(第1章)、本論(第2章〜第6章)および結論(第7章)と、付論(第8章)からなり、丸ノ内本屋の意匠や技術ならびにそれらの建築史的意義を明らかにした第2章から第5章、丸ノ内本屋の歴史的変遷の再整理を行った第6章に大別される。既往の研究との関連性を含めた各章の要旨は、下記のように要約される。

第1章 序論

丸ノ内本屋の意匠と技術に関する建築史的研究の動向について、現時点におけるレヴューを行い、本研究の目的および研究の対象・方法について明確にする。

第2章 帯形からみた丸ノ内本屋の意匠に関する研究

辰野は赤煉瓦と白色の帯形や隅石・付柱の対比による、いわゆる「辰野式」の作品を数多く設計していったが、「辰野式」の定義、およびそのデザイン・ソース等については明確でない部分も存在している。とくに、丸ノ内本屋については、オランダのアムステルダム駅(1889年竣工)との類似性が長年にわたり指摘されているが、この説の確実な根拠は未だに発見されておらず、一方で鈴木博之や藤森照信による反論もなされている。

そこで、「辰野式」作品の中でもとくに特徴的である帯形の意匠に着目して「辰野式」作品を類型化し、その中での丸ノ内本屋の位置付けを明らかにする。さらに、辰野の留学先である英国における帯形の使用状況を分析することで、「辰野式」のデザイン・ソースの一端を明らかにすることを試みるとともに、明治・大正期の日本の他建築家による作品との比較検証を行うことで、日本の中での「辰野式」の位置付けを明らかにし、丸ノ内本屋の建築史的意義を明確にする。

第3章 丸ノ内本屋の外壁材料の技術に関する研究

丸ノ内本屋の外壁を構成する主な材料としては、化粧煉瓦・花崗岩・擬石塗の3つを挙げることができるが、それぞれの材料の建築史的な位置付けや、それらが後の建築界に与えた影響については明確でない部分も存在している。化粧煉瓦については、(株)INAXが出版した『日本のタイル工業史』において、我が国における化粧煉瓦からタイルへの変遷や発展等の技術史的な展開が論じられており、花崗岩については、水野信太郎が産地別の特徴や幕末から明治期の代表的石造建築について論じている。しかしながら、それぞれの材料の特徴や意匠との関係については未だに明確になっていない。

そこで、丸ノ内本屋の外壁材料(化粧煉瓦・花崗岩・擬石塗)について史料を分析した上で当時の仕様との比較検証を行い、その意匠や技術を明らかにすることを試みる。さらに、辰野の他作品との比較検証を行うことで、丸ノ内本屋の外壁材料の建築史的意義を明確にする。

第4章 丸ノ内本屋の天然スレートの意匠と技術に関する研究

創建時の丸ノ内本屋において、屋根部はとくに特徴的な部分の一つであるが、その屋根部を構成する材料のうち、最も大きな割合を占める天然スレートの意匠や技術については、明確でない部分も存在している。天然スレートについては、石田潤一郎が我が国におけるその始まりや発展等の技術史的な展開を論じており、真鍋恒博らは他の屋根材との関連にも触れながら、我が国におけるその構法の変遷について論じている。しかしながら、その葺き方の特徴や傾向及び意匠と技術の関係については未だに明確になっていない。

そこで、創建時の丸ノ内本屋の天然スレートについて、史料を分析した上で当時の仕様との比較検証を行い、その意匠や技術を明らかにすることを試みる。さらに、辰野の他作品や日本の他建築家による作品との比較検証を行うことで、丸ノ内本屋の天然スレート葺の建築史的意義を明確にする。

第5章 丸ノ内本屋のドーム内観の意匠と技術に関する研究

創建時の丸ノ内本屋において、ドーム内観はとくに特徴的な部分の一つであり、様々な装飾が施されていたが、それらの装飾の意匠や左官技術については、明確でない部分も存在している。近代建築の装飾や左官技術については、倉方俊輔が明治期から大正期にかけての変遷について論じているが、その特徴や意匠と技術の関係については未だに明確になっていない。

そこで、創建時の丸ノ内本屋のドーム内観について、史料を分析した上で当時の仕様との比較検証を行い、その意匠や技術を明らかにすることを試みる。さらに、辰野の他作品や日本の他建築家による作品との比較検証を行うことで、丸ノ内本屋のドーム内観の建築史的意義を明確にする。

第6章 丸ノ内本屋の歴史的変遷に関する研究

丸ノ内本屋は創建時から度重なる改修工事や用途変更が繰り返され、様々な歴史的変遷を経て今日に至っている。しかし、その歴史的変遷に関して、とくに戦前ならびに戦災復興工事以後の改修工事等の事柄については、多数の書籍にその内容や年表が取り上げられているものの、基本的には一部の主な事柄のみが繰り返し述べられているものであり、事柄が一部欠落している状況もみうけられる。

そこで、丸ノ内本屋の歴史的変遷について、既往の研究における整理の一元化を行うとともに、本研究の史料の検証や、今日に至るまでの維持管理に関する資料等によって新たに判明した事柄の内容や時期等の歴史考証を行い、丸ノ内本屋の歴史的変遷を再整理する。

第7章 結論

上記の各章において得られた知見に基づき、全体のまとめを行うとともに、「保存・復原計画」の実施における今後の課題についても言及する。

第8章 (付論)丸ノ内本屋に関する史料の検証

本研究では、丸ノ内本屋ならびに辰野金吾に関する、古写真や文献、図面等の各種史料について、既存の史料を再整理するとともに、新たに得られた史料を検証した。これらの史料は、本論文の基礎的な資料になるだけに留まらず、今後の丸ノ内本屋の「保存・復原計画」や、辰野に関する研究等に大いに活用が可能なものである。

そこで、本研究ならびに「保存・復原計画」に伴う調査にて検証した史料について整理を行い、それぞれの種別ごとにリストとしてまとめる。また、丸ノ内本屋ならびに辰野金吾に関する種々のデータについても、付属資料としてまとめる。

上記の各章で得られた知見は、単に丸ノ内本屋の意匠と技術を明らかにし、建築史的意義を明確にするのみならず、丸ノ内本屋の「保存・復原計画」に必要な基礎的な資料となるものである。

さらに、明治・大正期の歴史的建造物を評価するための指標として、今後一層増加するであろう歴史的建造物の調査や保存・復原・修復の計画の立案等にも資するものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は1914(大正3)年に竣工した東京駅丸ノ内本屋(1908-1914)の意匠と技術について建築史的な視点から調査・研究したものである。

東京駅丸ノ内本屋は、第二次世界大戦(1939-1945)後の戦災復興工事(1945-1947)を経て、一昨年に開業90周年を迎えた。そして、2010年には、現存する部位を可能な限り保存しつつ、外観および南北ドーム(八角広室)の内観(を創建時の姿に復原する、「保存・復原計画」が進められている。

創建時の丸ノ内本屋の意匠に関しては、未だに明らかになっていない部分も存在している。また、それらの意匠を可能にしていた技術に関しても、その全貌は明らかになっておらず、丸ノ内本屋に用いられていた意匠や技術の建築史的な位置付けや、それらが後の我が国の建築界に与えた影響等、丸ノ内本屋の意匠や技術の建築史的意義についても明確になっていない状況である。

さらに、丸ノ内本屋の歴史的変遷に関してみてみると、戦災復興工事については、松本延太郎(1910-2002)による手記(『東京駅戦災復興工事の想い出』(1991))が残されているが、戦前ならびに戦災復興工事以後の改修工事等の事柄については、基本的には一部の主な事柄のみが繰り返し述べられているものであり、事柄が一部欠落している。

本研究の目的は、丸ノ内本屋の「保存・復原計画」において、意匠上とくに重要な部位となる外壁、屋根およびドーム内観に着目して、丸ノ内本屋の意匠や技術を解明しつつ、丸ノ内本屋の建築史的意義を明確すること、さらには、丸ノ内本屋の歴史的変遷を再整理することにある。研究の主題は大別すると次の3点である。

(1) 丸ノ内本屋の意匠と技術を明らかにし、「保存・復原計画」の基礎資料とする。

(2) 丸ノ内本屋の建築史的意義を明確にする。

(3) 丸ノ内本屋の歴史的変遷を再整理し、正確な記録の保存に寄与する。

本論文の構成は、序論(第1章)、本論(第2章〜第6章)および結論(第7章)と、付論(第8章)からなる。

第1章 序論

丸ノ内本屋の意匠と技術に関する建築史的研究の動向について、現時点におけるレヴューを行い、研究の目的および研究の対象・方法について明確にする。

第2章 帯形からみた丸ノ内本屋の意匠に関する研究

辰野は赤煉瓦と白色の帯形や隅石・付柱の対比による、いわゆる「辰野式」の作品を数多く設計していったが、「辰野式」の定義、およびその位置付けを明らかにし、丸ノ内本屋の建築史的意義を明確にする。

第3章 丸ノ内本屋の外壁材料の技術に関する研究

丸ノ内本屋の外壁を構成する化粧煉瓦・花崗岩・擬石塗の建築史的な位置付けや、それらが後の建築界に与えた影響について、史料を分析した上で当時の仕様との比較検証を行い、その意匠や技術を明らかにすることを試みる。

第4章 丸ノ内本屋の天然スレートの意匠と技術に関する研究

創建時の丸ノ内本屋の屋根部を構成する材料のうち、最も大きな割合を占める天然スレートの意匠や技術について、史料を分析した上で当時の仕様との比較検証を行い、その意匠や技術を明らかにすることを試みる。

第5章 丸ノ内本屋のドーム内観の意匠と技術に関する研究

創建時の丸ノ内本屋ドーム内観はとくに特徴的な部分の一つであり、様々な装飾が施されていた。そこで、創建時の丸ノ内本屋のドーム内観について、史料を分析した上で当時の仕様との比較検証を行い、その意匠や技術を明らかにする。

第6章 丸ノ内本屋の歴史的変遷に関する研究

丸ノ内本屋の歴史的変遷について、既往の研究における整理の一元化を行うとともに、新たに判明した事柄の内容や時期等の歴史考証を行い、丸ノ内本屋の歴史的変遷を再整理する。

第7章 結論

上記の各章において得られた知見に基づき、全体のまとめを行うとともに、「保存・復原計画」の実施における今後の課題についても言及する。

第8章 (付論)丸ノ内本屋に関する史料の検証

丸ノ内本屋ならびに辰野金吾に関する、古写真や文献、図面等の各種史料について、既存の史料を再整理する。これは今後の丸ノ内本屋の「保存・復原計画」や、辰野に関する研究等に大いに活用が可能なものである。

こうした点を明らかにした本論文は近代建築史研究の成果として極めて有益なものであり、これら分野の発展に資するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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