No | 216448 | |
著者(漢字) | 竹原,伸 | |
著者(英字) | Takehara, Shin | |
著者(カナ) | タケハラ,シン | |
標題(和) | 自動車のサスペンション制御と電動パワーステアリング制御に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216448 | |
報告番号 | 乙16448 | |
学位授与日 | 2006.02.16 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第16448号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 産業機械工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 車両の運動性能を向上させるため,サスペンション制御と電動パワーステアリング制御を対象に乗り心地性能と操縦性安定性を改善する研究を行なった.性能改善の狙いと制御方法の有効性を理論的に明らかにしてシミュレーション解析や実車検証を行なうとともに,制御システムの実用性についても検討し,以下の見解を得ることができた. サスペンション制御 快適な乗り心地特性を実現するには,車両振動を広い周波数領域にわたって分析し,悪化領域の要因や相互関係を充分理解して振動特性を確保することが必要である.制御式サスペンションはこのような快適性と同時に,制御効果を付加して商品としての価値が実感できることが求められている.従来の研究により低周波数領域については制御式サスペンションの効果は明らかにされていたが,中高周波数領域の乗り心地改善に制御を活用する研究は積極的に進められていない.これは,低周波数領域に比較して中高周波数の領域は制御効果が体感しにくいためと思われるが,商品価値を高めて実用化を促進するためには重要な研究分野であった. このような状況を踏まえて,本研究では低周波数から中高周波数領域まで制御を活用する方法に取り組み,特性改善が可能であることを示した.特に,中高周波数領域を制御によって改善すれば,制御式サスペンションの特長である低周波域の制御効果と組み合わせて一層の商品価値を向上できることを示し,乗り心地制御の機能拡大に貢献できたと考える.各周波数別項目別に整理すると以下の通りである. (i)低周波数域の制御 低周波数領域の特性確保に着目したスカイフックダンパ制御を適用する油圧アクティブサスペンションの研究を行なった.制御ロジックやシステムの構築,部品設計などを通して車両を試作し,低周波振動を約10dB改善できることを検証した.低周波数領域の制御を行なうと位相遅れなどの影響で高周波領域の振動特性が悪化するため,マルチダンピング構造や金属ベローズの採用など様々な発想や工夫をハード部品に折り込み,高周波振動特性を抑制した.低周波域はアクティブ制御,高周波域はパッシブに振動吸収することで良好な乗り心地特性を実現させた. (ii)中間周波数域の制御 中間周波数領域のブルブル振動を制御するためのシート制御について研究を行った.路面からの入力に対する車体振動にはサスペンション制御では低減できない不動点が存在するが,シート制御によりこの振動域の特性改善が可能であることを示した.シートを制御するには構造上,制御量を小さくすることが必要であるため制御効果と制御量を同時に最適化することが必要である.最適制御の適用では有効な解が得られないため,周波数成形最適制御を用いて両立解を導いた.この結果,ブルブル振動の低減と低周波数領域での制御量を両立させることが可能となり,狙いの特性を実現させることができた.また,スカイフックダンパ制御を行うサスペンション制御と周波数成形最適制御を適用するシート制御を統合すれば低周波数領域からばね下振動域まで良好な乗り心地特性を確保できることを示した. (iii)中高周波数域の制御 中高周波数領域の振動制御については仮想ダイナミックダンパ制御を発案して検討した.この制御は,ばね下に重量のあるダイナミックダンパやラバーを付加することなくサスペンションの制御によってばね下ダイナミックダンパと同等の効果を求めようとするものである.この制御は実際のダイナミックダンパが存在しないためダイナミックダンパの共振周波数領域の振動抑制の効果は小さいが,共振周波数領域以上の周波数での振動抑制に効果がある.また,中高周波数領域で問題になる制御遅れによる発振などの影響を検討し,制御遅れを考慮したパラメータ設定が可能であり,現実的な制御方法であることも証明した.さらに,スカイフックダンパ制御との協調制御を行なうと低周波数領域から高周波数領域までの振動を幅広く抑制できることが分かった.ばね下の仮想ダイナミックダンパ制御は新しい発想に基づく制御方法であり,高周波数領域でもサスペンション制御が有効であることを示した. 電動パワーステアリング制御 電動パワーステアリング(EPS)は,油圧パワーステアリングに対して省エネルギに効果があり今後の拡大適用が望まれている.しかし,EPSにはステアリング系に慣性の大きいモータが介在するため外乱による車両安定性と操舵特性の両立が課題となっている.従来より活用されている減衰力制御は,外乱による車両安定性を確保するためモータ回転角速度に比例した力を発生させるが,操舵時にも反力を発生させるため操舵力が重くなるなどの問題がありパラメータ調整を困難にさせている.また,ステアリング制御の研究の多くは制御効果が明快な4輪操舵やステアバイワイヤ制御であり,EPSの開発は商品化に向けた実用化開発が主体となっている.これはEPSが構造上,ステアリングシャフトやギアなど物理的にステアリングホイールとタイヤが連結したシステムであるため制御自由度が小さく,明確な改善効果が現れにくいのが理由と考えられる. このような背景から本研究は,従来のEPS開発を基礎研究段階から再検討し,EPSの基本機能や要件を満足させる制御ロジックについて検討した.理想的な操舵力特性と外乱による車両安定性を両立させる制御ロジックの構築が課題である.この課題を達成させる方法として外乱オブザーバ制御に着目した.外乱オブザーバ制御は,伝達関数(制御量/目標値)を1に近づけることと,伝達関数(制御量/等価外乱)をゼロに近づけることを両立させるという特徴がある.この特徴を利用して操舵入力目標については1に近づけ,外乱に対してはゼロに近づけることで操舵特性と車両安定性を両立させることが可能になる.また,外乱オブザーバ制御は車両の個体差や積載条件の変動を等価外乱として導出するため,それを打ち消すことによって個体差や条件の変化に対してもばらつきの小さい車両運動性能を実現することができる. この考えに基づき,舵角速度オブザーバ制御(SVOC:Steering Velocity Observer Control)とヨーレイトオブザーバ制御(YROC:Yaw Rate Observer Control)を発案して実現の可能性を検討した.SVOCはモデル対象をステアリング系に限定することで制御を簡素化し,実用面を重視した制御ロジックである.一方,YROCはモデル対象を車両全体に拡大して車両運動に対して理想的な制御を求めようとしたものである. (i)舵角速度オブザーバ制御(SVOC) SVOCは操舵トルクを入力とし,制御器としてステアリング系簡易モデルを適用した制御ロジックであり,簡素で実践的な制御方式である.操舵入力に対しては適切なアシスト力を発生させ,外乱に対しては減衰力を発生させることを車両解析モデルを用いて検証した.次に実車で効果を確認するため,EPSを搭載した車両の走行テストによりステアリング系パラメータを同定し,車載用コントローラを開発した.これを実車に搭載して走行テストを行った結果,滑らかな操舵特性と外乱による車両安定性を従来の制御よりも高いレベルで両立させることができた.また,積載条件やステアリングギアのフリクションのばらつきに対しても操舵特性や車両安定性の変化が小さくロバストな特性を実現できことを確認した.このシステムは,現在商品化されているシステムに対して制御部分のみを改善すれば実現できるため早期実用化が期待できる. (ii)ヨーレイトオブザーバ制御(YROC) YROCは車両系全体を制御モデルとする方法で制御ロジックやシステム構成は複雑になるが,車両ヨーレイトを検知して制御するためSVOCよりも優れた車両安定性を期待することができる.車両解析モデルで検討し,YROCは外乱に対して車両安定性に効果が大きいことを示した.次に,SVOCと同様な手順でコントローラを設計するため車両テストを実施したが,実車での安定性が得られなかったためH∞制御を適用するモデルフォローイング制御(YRFC)に制御ロジックを変更した.この結果,車両を安定して制御することが可能になり,解析予測の通りに優れた車両安定性と応答性を実現することができた.商品化するためには操舵特性の改善など解決すべき課題があるが,YROC/YRFCのポテンシャルの高さを証明することができた. 以上のように,サスペンション制御とステアリング制御を対象に実験的・解析的なアプローチを行ない,乗り心地,操舵性能,車両安定性など車両運動性能に対する制御技術の有効性を示すことができた.制御技術は性能向上だけでなく,技術そのものが車の魅力を高める役割を担っている.将来,車両運動性能は人と車との調和を目指した新しい概念に向かいつつあり,車両運動性能における制御技術適用のさらなる研究が望まれる. | |
審査要旨 | 本論文は,「自動車のサスペンション制御と電動パワーステアリング制御に関する研究」と題し,5章からなっている. 第1章は「序論」と題し,本研究の背景と目的を述べている.自動車の運動性能を支配するサスペンションシステムとステアリングシステムでは,近年,低コストで高効率なシステムが求められている.本論文では,新しい制御法をこれらのシステムに適用することにより従来技術では到達できないレベルの車両運動性能を実現することを目的としている. 第2章は,「車両運動制御の事例と研究動向」と題し,関連するシステムの事例と研究動向を要約している. 第3章は「サスペンション制御」と題し,油圧アクティブサスペンション,シート制御,可変ダンパ制御について述べている.制御法としては,周波数領域を低周波領域,ばね下の固有振動数付近の中間周波数領域,これより高い中高周波領域の三つに分割し,それぞれについて最適な制御を行うことにより,従来より制振効果が高まることを具体的な制御法とサスペンションシステムにより提案している.低周波領域に関しては,スカイフック制御を改良している.中間周波数領域に関しては,サスペンション制御によりこれを低減することは難しいためシート制御によりこの周波数域の乗り心地を改善することを提案し,この目的に適した周波数成形最適制御を適用することにより,限られたストロークで十分な制振性能が得られることを示している.中高周波領域に関しては,油圧アクティブ制御においてはマルチダンピング方式を,可変ダンパ制御においては仮想ダイナミックダンパ方式を提案している.すなわち,ハードウェアの特性と制御したい周波数とにあわせた制御系設計を行うことにより良好な乗り心地が実現できることを示している.さらに実用的なシステムとするために,車高一定制御,車両姿勢制御,アクチュエータ系の遅れを考慮した制御ロジックをも組み込み,実車実験とシミュレーションにより所望の性能が得られることを確認している. 第4章は,「電動パワーステアリング制御」と題し,省エネルギの観点から普及が急速に進んでいる電動パワーステアリングの制御について考察している.従来の油圧パワーステアリングを延長した単にステアリングトルクを支援する制御方法ではなく,理想的な操舵力特性と外乱絶縁特性とを実現する制御法を求めるという観点から制御系の設計方法を示し,さらに,車両の個体差や積載条件の変動も補償することにより,操舵特性と車両安定性を両立させることを目的としている.具体的には,外乱オブザーバを応用した舵角速度オブザーバ制御とヨーレートオブザーバ制御を提案している.舵角速度オブザーバ制御は操舵トルクを入力とし,操舵入力に対しては適切な支援を,外乱に対しては適切な減衰力を発生させることを目的として制御系である.制御結果は制御パラメータの調整法とともにシミュレーション,実車実験により,所望の性能が得られることを確認している.また,積載条件やステアリングシステムの摩擦のような個体差や経年変化の大きいパラメータ変動に関して,制御の結果,操舵特性や車両安定性が変化しにくいことを確認している.ヨーレートオブザーバ制御は車両系全体を制御モデルとし,車両ヨーレートを入力とする制御系である.ロバスト性の確保のためにH無限大制御を組み込み,操舵入力への支援,車両安定性の確保とともに優れた応答性を実現している. 以上のように、本論文は、運動性能の基幹システムであるサスペンションシステムとステアリングシステムを対象に乗り心地と操縦性・安定性を高いレベルで両立させる制御手法を示しており,自動車工学の分野における意義は大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/38179 |