学位論文要旨



No 216449
著者(漢字) 石田,弘明
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,ヒロアキ
標題(和) 鉄道車両の高周波輪重変動下における脱線現象と安全性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 216449
報告番号 乙16449
学位授与日 2006.02.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16449号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 教授 須田,義大
内容要旨 要旨を表示する

鉄道は安全,正確な大量輸送機関として社会に貢献するとともに,近年,その省エネルギー性も注目され,温暖化ガス排出量の少ない効率的な交通システムとして期待されている.さらに高速化による到達時分の短縮は,鉄道の魅力を増して旅客の鉄道利用を促進できる有効な手段であり,積極的な速度向上が進められてきた新幹線では,1997年から最高速度300km/hでの営業運転を行っている.

列車の高速化に際し,特に200 km/hを超す高速域で顕在化してきた課題の一つに,レールの波状曲がりや波状摩耗に起因した高周波輪重変動がある.例えば,高速新幹線の特殊なケースとして確認された波長1〜1.5mの波状摩耗では,レール頭頂面の凹凸が全振幅0.5 mm以下とわずかであっても,270km/h走行時に周波数50〜70Hzの激しい軸箱上下振動加速度が観測される.このとき,著大な輪重が発生したり輪重が極めて小さくなる場合があることは,従来の間欠的な輪重測定により把握されているものの,その値を乗り上がり脱線や跳び上がり脱線に対する安全性の面からどう評価するべきかについて,過去に検討された例がない.そこで本研究では,この高周波輪重変動を精度良く測定する方法を開発し実現象を確認するとともに,輪重変動が脱線に及ぼす影響を明らかにして,走行安全性の観点からこれを適切に評価する手法を検討した.高速鉄道の基本的な要件である安全性・信頼性を確保し,さらなる速度向上の実現に資することが本研究の目的である.

本論文の前半では,板車輪の歪みを利用して,車輪/レールが車輪周方向のどの位置で接触していても輪重,横圧が測定できる連続測定法を検討し,ディジタル処理を用いて,走行中の車輪/レール間に作用する400Hz以下の輪重,100 Hz以下の横圧,脱線係数,前後接線力を測定する実用システムを開発した.

第2章では,輪重,横圧各々について,互いに十文字に直交する二つの歪ゲージブリッジ出力を用い,周期2πの正弦と余弦に類似した重み付け関数を掛け合わせることにより,ブリッジ出力から輪重,横圧,前後接線力の連続値が算出できることを示し.この算出法及び感度係数に相当する重み付け関数の具体的な作成方法を明らかにした.また,輪重ブリッジ出力を取り込み,これを利用することで,さらに輪重の測定精度を向上させる手法を示した.

第3章では,以上の原理を実際に応用して輪重,横圧を測定するため,車輪周方向の荷重作用位置をエンコーダにより検出する方法と,検出位置と歪ゲージブリッジ出力とのずれを補正する方法,精度の良い測定に必要なフィルタ処理の方法について検討した.また,輪重横圧連続測定値について,従来法より精度が向上した部分と,従来法と同じく測定値に含まれる誤差を定量的に示した.本章で開発した連続測定装置については,実車走行試験での連続測定波形とブリッジ出力波形との比較により,正確な輪重,横圧,脱線係数の連続値が出力されることを確認した.さらに,高速新幹線試験列車で輪重横圧連続測定を行い,初めて車輪/レール間作用力の周波数分析を行った結果,300km/hの高速域で走行安全上問題視されていた高周波輪重変動は,軸箱上下振動加速度と相関が高いこと,加振源の中に一定波長約1.2mのものが含まれることを示したほか,この輪重変動は走行速度が増加するほど振幅が増大し,高速走行時には瞬間的に輪重が零となる場合もあるが,その時間は極めて短いことを実車データで確認した.本研究の方法によれば,評価精度が向上するだけでなく,今まで計測されていなかった前後接線力や100Hzまでの脱線係数が連続的に測定できることから,これらを活用した従来にない安全性評価手法を適用することが可能となる.

本論文の後半では,実車の走行条件を考慮した輪軸の脱線シミュレーションを行い,高周波輪重変動下での安全性評価指標と評価基準を検討した.

第4章では,高周波輪重変動下における脱線現象を解析するため,車輪がレールから離れた場合や再び接触した後の輪軸の運動を解析する時刻歴シミュレーションの手法を検討した.車輪/レールの衝突を扱うために,上下・左右に弾性支持されたレールのモデルを導入し,輪軸に比べて十分に小さいレール質量を無視すると,接触点に作用する法線力,クリープ力を合理的に計算することができる.車輪/レールの1点接触及び2点接触の場合について,その計算方法を示すとともに,輪軸の左右変位及びロール・ヨーの回転変位で位置が定まる車輪踏面中心に着目し,この中正位置からの相対左右変位を用いて接触幾何計算を行うことで,脱線に至る輪軸の挙動を精度良く表現できる接触情報が得られることを示した.また,レールの質量を考慮した場合の解析法についても検討し,車輪/レール間に線形の接触ばねを仮定して接触点における法線力を算出する手法を示した.本章で開発したシミュレーションモデルを用いれば,車輪がレール上に乗り上がったり,跳び上がる様子を直接調べることが可能となり,レール表面の凹凸に起因した高周波輪重変動下での脱線現象と各種指標値との関係を解析することができる.

第5章では,高周波輪重変動下における車輪/レール間作用力や脱線係数の変化と車輪上昇量との関係をシミュレーションにより解析し,高速鉄道車両の脱線に対する安全性を評価するための指標とその目安値を検討した.

連続した凹凸のあるレールのモデルを用いて新幹線輪軸の脱線シミュレーションを行い,高周波輪重変動下では,輪重抜けにより上昇しかけた車輪は直後の輪重増加により押し戻されること,車輪が乗り上がりを開始するときの外力条件や脱線係数の値は,凹凸の有無によらずほぼ同じであることを示した.また,正弦半波形状のロールモーメントが作用した場合,正弦1波の凹凸上を通過した場合の急激な輪重減少による脱線の計算を行い,脱線係数の値が限界脱線係数を継続して超えている時間と車輪上昇量との間に一定の関係があること,輪重減少率が限界値を超える時間で車輪上昇量を評価するより実用的であることを把握した.そこで,実際への適用を考慮して,従来から乗り上がり脱線の評価に用いられている脱線係数の目安値を踏襲し,脱線係数がこの目安値を継続して超えている時間(脱線係数超過時間)に着目した検討を進めた.高速新幹線電車を想定した輪軸及び軌道条件で,凹凸レール上の走行とフランジ衝突時の脱線シミュレーションを行い,乗り上がりと跳び上がりが混在した脱線の場合には,輪重が零となり脱線係数が定義できない状態も脱線係数の目安値超過と見なせば,脱線係数超過時間と車輪上昇量との間に関係があることを示し,この脱線係数超過時間が0.015秒以下であれば,車輪上昇量は概ね1mm以下で極端な凹凸を仮定した場合でも脱線に至ることはないとの結果を得た.また,レール支持剛性,摩擦係数,静止輪重,輪軸質量の各パラメータや走行速度,アタック角,輪軸に働く横力等の走行条件が,実車で想定される範囲内で変化したときに車輪上昇量や脱線係数超過時間に及ぼす影響を解析し,レール質量を考慮した場合の検討も行った.そして,これらは車輪上昇量に影響を及ぼすが,脱線係数超過時間と車輪上昇量との関係を大きく変化させるものではないことを確認し,高速走行時に著大な脱線係数が観測された場合の安全性評価基準案として,脱線係数超過時間0.015秒という目安を提案した.

第6章では,縮尺1/5の鉄製模型輪軸を用いた脱線実験により,短時間の輪重減少による著大な脱線係数が観測されても車輪は上昇しないこと,脱線に至る外力条件は凹凸の有無によらず同じであることなど,輪軸の脱線シミュレーションと一致する結果が得られることを示した.また,衝撃横力負荷による跳び上がり脱線の実験を行い,脱線係数超過時間と車輪上昇量との間に一定の関係があることを確認した.そのうえで,実際に高速新幹線試験列車の輪重横圧連続測定を行い,脱線係数の連続値と脱線係数超過時間を計測した結果,高周波輪重変動に起因して発生する脱線係数著大値の超過時間は0.001〜0.003秒と極めて短く,第5章で提案した安全性評価基準案は,実車へ応用した場合にも有用であることを示した.最後に本研究の主な検討対象とは異なるが,特殊な事例として低速での構内側線用分岐器通過に関する走行試験結果を取り上げ,脱線係数超過時間0.015秒以下であれば確実に安全が確保されるものの,適用対象によっては走行実態を反映させるために,さらに評価指標の目安値を見直す余地があることを示した.

本研究では,高速新幹線で観測される高周波輪重変動現象を対象とし,これを精度良く連続的に測定する方法と,新たに測定されるデータを用いて脱線に対する安全性を評価する手法を検討した.また,この目的のために輪軸の脱線を取り扱うシミュレーション手法を開発した.さらにこれらを活用して,具体的な安全性評価基準案を導き,脱線と車輪/レール間作用力との関係,車輪上昇に伴う指標値の変化,各種のパラメータが脱線に及ぼす影響等,運動力学的な側面から高速走行時の脱線現象を説明した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「鉄道車両の高周波輪重変動下における脱線現象と安全性評価に関する研究」と題し,7章からなっている.

第1章は「序論」と題し,本研究の背景と目的を述べている.列車の高速化に際し,特に200km/hを越す高速域で顕在化してきた課題の一つに,レールの波状曲がりや波状摩耗に起因した高周波輪重変動がある.例えば,高速新幹線の特殊なケースとして確認された波長1〜1.5mの波状摩耗では,レール頭頂面の凹凸が全振幅0.5mm以下とわずかであっても,270km/h走行時に周波数50〜70Hzの激しい軸箱振動加速度が観測される.このとき,著大な輪重が発生したり輪重が極めて小さくなる場合があることは,従来の間欠的な輪重測定により把握されているものの,その値を乗り上がり脱線や跳び上がり脱線に対する安全性の面からどう評価するべきかについて,過去に検討された例がない.そこで本研究では,この高周波輪重変動を精度良く測定する方法を開発し,実現象を確認するとともに,輪重変動が脱線に及ぼす影響を明らかにして,走行安全性の観点からこれを適切に評価する手法を提案している.高速鉄道の基本的な要件である安全性・信頼性を確保し,さらなる速度向上の実現に資することが本研究の目的である.

第2章は「輪重・横圧連続測定法の検討」と題し,輪重,横圧各々について,互いに十文字に直交する二つの歪ゲージブリッジ出力を用い,周期2πの正弦と余弦に類似した重み付け関数を掛け合わせることにより,ブリッジ出力から輪重,横圧,前後接線力の連続値が算出できることを示している.さらに,この算出法及び感度係数に相当する重み付け関数の具体的な作成方法を明らかにし,これを利用することで,輪重を精度良く測定する手法を示している.

第3章では「輪重横圧連続測定装置の開発と高周波輪重変動の計測」と題し,まず,前章の原理を応用して,車輪周方向の荷重作用位置をエンコーダにより検出する方法,検出位置と歪ゲージブリッジ出力とのずれを補正する方法,精度の良い測定に必要なフィルタ処理の方法について調べている.また,輪重横圧連続測定値について,従来法より精度が向上した部分と,従来法と同じく測定値に含まれる誤差を定量的に分析している.この測定装置で実車走行試験での連続走行波形とブリッジ出力波形との比較により,正確な輪重,横圧,脱線係数の連続値が出力されることが確認されている.さらに,高速新幹線試験列車で輪重横圧連続測定を行い,車輪/レール間作用力の周波数分析を行った結果,300km/hの高速域で走行安全上問題視されていた高周波輪重変動は,軸箱上下振動加速度との相関が高いこと,加振源の中に一定波長約1.2mのものが含まれていることを示したほか,この輪重が零となる場合もあるが,その時間は極めて短いことを実車データで確認している.本研究の方法により,評価精度が向上するだけでなく,100Hzまでの脱線係数が連続的に測定できることから,これらを活用した従来になり安全性評価手法を適用できる可能性を示している.

第4章は,「輪軸の脱線シミュレーション」と題し,車輪/レールの衝突を扱うために,上下・左右に弾性支持されたレールのモデルを導入した計算方法を示すとともに,新しく提案した接触幾何計算により,脱線にいたる輪軸の挙動を精度良く計算する手法が述べられている.

第5章は,「高周波輪重変動下での脱線に対する安全性評価指標の検討」と題し,高周波輪重変動下における車輪/レール間作用力や脱線係数の変化と車輪上昇量との関係をシミュレーションにより解析し,高速鉄道車両の脱線に対する安全性を評価するための指標とその基準値を提案している.

第6章は,「安全性評価指標の検証と実車への応用」と題し,縮尺1/5の模型輪軸を用いた脱線実験により,短時間の輪重減少による著大な脱線係数が観測されても車輪は上昇しないこと,脱線に至る外力条件は凹凸の有無によらず同じであることなど,シミュレーションと一致する結果が得られることを示している.

第7章は,「結論」と題し,本論文の結果を要約したものである.

以上のように、本論文では、高速新幹線で観測される高周波輪重変動を対象とし,これを精度良く連続的に測定する方法と,新たに測定したデータを用いて脱線に対する安全性を評価する手法を提案しており,鉄道車両工学の分野における意義は大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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