学位論文要旨



No 216453
著者(漢字) 長縄,成実
著者(英字)
著者(カナ) ナガナワ,シゲミ
標題(和) ローラーコーンビットの動力学モデルの構築とそのビット振動解析への応用
標題(洋)
報告番号 216453
報告番号 乙16453
学位授与日 2006.02.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16453号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 増田,昌敬
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 佐藤,光三
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨 要旨を表示する

石油・天然ガス開発においては,いかに速くかつ安価に坑井を掘削するかが普遍的な課題である。このためロータリー掘削による坑井掘削の現場では,地上で計測されるビット荷重やトルク,掘進率などのデータを常時監視することによって坑井内の状態を把握し,より効率的に坑井を掘削する努力が従来よりなされてきた。しかし,計測データをもとに人間の目で直接見ることのできない地下数千メートルの坑井内の状態を正確に把握することは極めて難しい。坑井掘削は今なお経験的技術に依るところが大きく,いかにして掘削時の坑井内の状態を早く正確に把握するかが,これまで以上に重要な課題となっている。

ローラーコーンビットを用いた坑井掘削では,コーンの回転に伴ってビット歯先が坑底面の岩石に次々に衝突する作用により特有の軸方向の振動が発生し,このビット振動が坑底の状態を知るための重要な情報源となり得ることが以前より指摘されてきた。1980年代後半には,Cooperらによってビットの歯先摩耗がビット振動スペクトルのピーク周波数の変化として観察されることが室内実験によって確かめられ,振動解析を利用したビット摩耗診断の可能性を示す結果として注目された。しかしながら,ビット摩耗と振動特性との関係の定量的な評価は難しく,その後,実用的な診断システムの開発には至っていない。振動データを利用したビット摩耗診断の可能性が示され,現在ではMWDによる坑底振動データの取得が可能となっている状況のなかで,データ解析手法の確立が不十分なために,フィールドで計測されるデータが有効に活用されていないのが現状であるといえる。

こうした現状を踏まえ,本研究では,リアルタイムビット掘削制御技術の開発に関する基礎研究として,

ローラーコーンビットの掘削運動機構およびビットの軸方向振動を詳細に解析するための動力学モデルの構築

構築した動力学モデルと振動シミュレーション手法のビット振動解析への応用

を行った。本研究の目的は,ローラーコーンビットの掘削時振動を定量的かつ詳細に解析するためのツールと新しい解析手法を提示し,それを利用した坑底状態診断技術の実用化の可能性を示すことである。

本論文の第3章では,ビット試験機を用いて行った室内(常温,大気圧下)での岩石掘削実験の詳細について述べた。ビット径95.3〜120.6 mm(3-3/4〜4-3/4 in.)の比較的小径のビットを用いた実験と,実際の石油・天然ガス坑井の最終坑径掘削に最もよく用いられる215.9 mm(8-1/2 in.)径のフルスケールビットを用いた実験の2種類の実験により,さまざまな条件下でのビット荷重,ビットトルクおよびビットの軸方向加速度の計測を行った。実験データの振動解析に先立って,静的データを用いた掘進率解析やトルク解析,さらに機械効率検層とよばれるビット摩耗診断法を評価したところ,これらの従来の掘削挙動モデルや解析方法のうちのある1つの手法を単独で用いてビット摩耗状態を確実に診断することは,少なくとも実坑井では容易でないことが推察される結果となった。

ビット振動に着目した解析として,第4章ではFFT(fast Fourier transform)法を用いたスペクトル解析によって,掘削パラメータやビットの摩耗状態とスペクトル特性との関係の詳細な考察を試みた。段階的に歯先を摩耗させたフルスケールのローラーコーンビット数種類を用いた掘削実験で取得したデータに対してスペクトル解析を行った結果では,ビットの歯先摩耗が進行するとともに,スペクトル上に現れた顕著なピークの周波数が高周波数側に移動する挙動が観察された。これはCooperらの示した解析結果に一致し,ビット振動解析による摩耗診断の可能性が再確認できた。また,ほぼ同様のピークの移動の挙動は岩石の種類に依らず見られることも分かった。しかしながら,ビット振動データに対する通常のスペクトル解析手法の課題として,より定量的な解析には何らかの理論的なアプローチが必要であることが認識された。

第5章では,ミルドツースタイプの歯先をもったローラーコーンビットを対象として,ビットの軸方向変位運動に関する動力学モデルを構築した。ここでは,ビットを剛体とみなし,ドリルストリングを1自由度のばねで表した簡易な運動方程式を用いてビットの軸方向運動を記述した。ビット歯先が岩石に貫入するときに作用する力の定式化では,運動学モデルによる詳細な記述に基づいて,摩耗による歯先の形状変化およびコーンの回転に伴って変化するビット歯先と岩石面との接触状態を考慮したモデル化を行った。また,自由に回転できるコーンの回転挙動に対して拘束条件を設けることによって,コーン回転速度を定式化した。第6章で,モデルの妥当性の検証を行い,比較的単純な形の運動方程式を用いながらも,ローラーコーンビット特有の軸方向振動を適切にシミュレーションできることを示した。シミュレーションによって得られたビット荷重振動のパワースペクトルの形状は,実験結果の特徴を非常によく再現できた。コーン回転速度のモデル化に課題は残ったものの,本研究で構築したビット動力学モデルと振動シミュレーション手法は,ローラーコーンビットの振動解析に対して大変有用なツールであることを確認した。

最後に第7章において,構築したモデルとシミュレーション手法を応用することで,ビットの振動解析による摩耗診断がどのように実現できるかについて2つの具体例を示した。

まず,構築した動力学モデルを用いたビット振動シミュレーション結果に対して,時間−周波数スペクトル解析によるビット摩耗状態の追跡・予測が可能かどうかを検証した。通常の単一の振動スペクトルによる解析では,どのピークがどの歯先列に由来するものかを同定することができなかったが,時間−周波数スペクトルによる連続モニタリングを行うことによって,完全ではないもののスペクトルピークを同定することが可能になり,ピーク位置の移動を追跡することによる定量的なデータ解析が行えることが分かった。実際の掘削時のビット摩耗診断においても,測定データの振動スペクトルの連続モニタリングが有効であると考えられる。また,スペクトルの連続モニタリングは,ベアリングの摩耗や破損によってコーンの回転が停止した場合の診断への適用も期待できる。

次に,掘削時に計測されるローラーコーンビットの振動データから,掘削中のコーンの回転速度を逆問題的に推定する手法を提示した。ビット歯先の摩耗によってコーン回転速度が増加することが,理論的考察および実験の結果から分かっており,実坑井において直接測定できない掘削中のコーン回転速度をモニタリングできれば,摩耗診断の有効な手段となり得る。掘削実験データに対して本推定法を適用した結果,掘削条件の影響をさほど受けることなく,3つのコーンそれぞれの回転速度を推定することができた。より高い推定精度を得るには,ある程度長い時刻歴データが必要であるが,相互スペクトルによる解析を併用することで推定誤差を低減でき得ることも示した。ビットの動力学モデルを利用した解析を行うことによって,ビット振動の計測データから,雑音に埋もれた有用な情報を取り出すことが可能であることを示した。

以上のように本研究では,ローラーコーンビット特有の振動を詳細かつ定量的に解析するツールとして,ビット動力学モデルおよびビット振動のシミュレーション手法を構築し,これを用いることで,従来用いられてきたスペクトル解析手法では成し得なかったビット摩耗診断のためのより定量的な振動解析が行えることを具体的に示した。本研究の成果は,石油・天然ガス開発における坑井掘削現場において取得できる限られたデータを最大限に利用して,地下数千メートルの坑底の状態を「推定」し,的確に把握するための技術の根幹を成すものであり,石油・天然ガス開発に限らず,地熱開発や学術ボーリングなどの広範囲にわたる坑井掘削技術の発展に大いに寄与するものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,石油・天然ガスの坑井掘削におけるローラーコーンビットの掘削運動機構およびビットの軸方向振動を定量的に解析するための動力学モデルの構築が行われ,掘削時ビットの軸方向振動のシミュレーション手法が開発された.動力学モデルを利用した振動のシミュレーションによる坑底でのビット磨耗状態診断技術の実用化の可能性を提示した論文である.本論文は次の7章からなる.

第1章では,本研究の背景として,石油・天然ガスの坑井掘削におけるリアルタイムビット掘削制御技術の重要性と論文の構成を述べている.

第2章では,ローラーコーンビットの掘削挙動とビット振動解析に関する先行研究の現状と課題を整理している.

第3章では,ビット試験機を用いて実施した岩石掘削実験の詳細と従来手法による解析結果を纏めている.小径のビットと実際の石油・天然ガス坑井掘削に用いられるフルスケールビットを用いた2種類の掘削実験の解析の結果,静的データを用いた掘進率解析やトルク解析,機械効率検層と呼ばれる従来のビット摩耗診断法では,実坑井でのビット摩耗状態を確実に診断することが難しいことが示されている.

第4章では,岩石掘削実験で得られたビット振動に対してFFT法を用いたスペクトル解析を適用し,掘削パラメータやビットの摩耗状態とスペクトル特性との関係に関する詳細な考察が行われている.段階的に歯先を摩耗させたフルスケールビット数種類を用いた掘削実験で取得した振動データに対してスペクトル解析を行った結果,スペクトル上に現れる顕著なピークの周波数はビットの歯先摩耗の進行とともに高周波数側に移動する現象が観察された.この現象は岩石の種類に依らないことから,振動のスペクトル解析によるビット摩耗診断の可能性が確認された.しかし一方で,通常のスペクトル解析手法ではスペクトルピークの同定が難しく,より定量的な解析にはビットの動力学モデルに基づく理論的なアプローチの必要性が論じられている.

第5章では,ミルドツースタイプの歯先をもったローラーコーンビットを対象として,ビットの軸方向変位運動に関する動力学モデルの構築理論が述べられている.本モデルでは,ビットを剛体とみなし,ドリルストリングを1自由度のばねで表した運動方程式を用いてビットの軸方向運動を記述している.ビット摩耗による歯先の形状変化およびコーンの回転に伴って変化するビット歯先と岩石面との接触状態を考慮して,ビット歯先が岩石に貫入するときに作用する力の定式化が行われている.また,所定の拘束条件を設けることよって自由に回転できるコーンの回転速度が定式化されている.

第6章では,室内実験との比較によって,構築した動力学モデルの妥当性の検証が行われている.ローラーコーンビット特有の軸方向振動をモデルが適切に予測できたこと,シミュレーションで得られたビット荷重振動のパワースペクトルの形状が実験結果の特徴を良く再現できたことから,本研究で構築したビット動力学モデルと振動シミュレーション手法は,ローラーコーンビットの振動解析に対して大変有用なツールであることが確認されている.

第7章では,ビット動力学モデルを利用した振動シミュレーションの坑底状態診断技術への応用例が提唱されている.第一は,時間−周波数スペクトル解析によるビット摩耗状態のモニタリングである.時間−周波数スペクトルによる連続モニタリングを行うことによってスペクトルピークの同定が可能になり,ピーク位置の移動を追跡することによるビット磨耗状態の定量的なデータ解析が行えることが判明した.この振動スペクトルの連続モニタリング手法は,実際の掘削時のベアリングの摩耗や破損によってコーンの回転が停止した場合の診断手法としても期待できる.第二は,掘削時のビット振動データからのコーン回転速度の推定手法である.本研究で提唱した推定法を適用すると,掘削条件の影響をさほど受けることなく,3つのコーンそれぞれの回転速度を推定できることが示された.実坑井において直接測定できない掘削中のコーン回転速度のモニタリング手法は,ビット摩耗診断の有効な手段を与えている.

以上のように,本研究では,ローラーコーンビット特有の振動を詳細かつ定量的に解析するツールとして,ビット動力学モデルおよびビット振動のシミュレーション手法を構築し,従来の解析手法では成し得なかったビット摩耗診断のための定量的な振動解析手法を提唱した.本研究の成果は,石油・天然ガス開発における坑井掘削現場において,地下数千メートルの坑底の状態を的確に推定・把握するための技術の根幹を成すものである.MWD(Measuring While Drilling)による坑底振動データを利用した坑井内状態診断技術の実用化への道を切り開く独創的な研究である.

よって本論文は博士 (工学) の学位請求論文として合格と認められる.

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