学位論文要旨



No 216454
著者(漢字) 越智,恒男
著者(英字)
著者(カナ) オチ,ツネオ
標題(和) 鋼繊維及びPET繊維補強コンクリートの開発と応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 216454
報告番号 乙16454
学位授与日 2006.02.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16454号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 助教授 島田,荘平
 東京大学 助教授 福井,勝則
 東京大学 講師 定木,淳
内容要旨 要旨を表示する

コンクリートは,鉄鋼材料と並んで土木,建築の主要材料として古くからあらゆる構造物に使用され,優れた特性を持つ反面,引張強度が圧縮強度に比べて小さい,ひび割れしやすい,破壊時の挙動が脆性的であるなどの欠点を有する.そのため,重要なコンクリート構造物には鉄筋を併用するなどの方法で,安全性,耐久性に対する設計・施工面での配慮が重要となる.本研究で取り上げる繊維補強コンクリートは,不連続の短い繊維をコンクリートやモルタルの中に一様に分散・配向させることによって,脆性的なコンクリートやモルタルの引張,曲げ靱性,ひび割れに対する抵抗性,耐衝撃性などの改善を図った複合材料である.コンクリート補強用短繊維には,炭素鋼を素材とする鋼繊維,炭素を原料としたカーボン繊維,プラスチックを原料とした化学繊維などの無機或いは有機物繊維がコンクリート補強材として利用されている.当初は鋼繊維を混入した鋼繊維補強コンクリートが主に利用されていたが,最近になって,表面に露出した鋼繊維の錆や吹付け時の鋼繊維の跳ね返りや吹付け後の露出面で露出した鋼繊維の錆や指などを切創する可能性あるなどを指摘する声が上がってくるようになり,覆工コンクリートや吹付けコンクリートにはプラスチック繊維も使用されるようになった.

本論文では鋼繊維及びPET繊維補強コンクリートの開発と応用に関する長年にわらる研究成果を述べる.まず,第2章では,コンクリート補強用各種短繊維の特性と繊維補強コンクリートに関する強化機構について調査・検討結果を述べる.

第3章では著者が長年取り組んできた鋼繊維の製造技術開発及び鋼繊維補強コンクリート(SFRC)の力学特性,耐久性と適用に関する研究について述べる.SFRCは,繊維補強コンクリートの中で最も曲げ強度,せん断強度及び破壊靭性が大きく,耐衝撃性,耐疲労性,耐磨耗性に優れており,ひび割れ,乾燥収縮,温度変化に対する抵抗性が大きいなどの特性を有する複合材料であることを示すとともに,土木・建築及びアルミナセメント耐火物など広い分野にわたる用途開発をおこない多くの知見を得たことを述べる.例えば,SFRCをトンネル覆工に利用した場合には,以下の効果が挙げられることを明らかにした.

覆工コンクリートの巻き厚減少 無筋コンクリートに比べて,SFRCは曲げ強度,せん断強度などの強度特性が改善され,変形性能や靭性が向上するため,巻き厚を減少できる場合が多い.

亀裂破損の防止 SFRCは靭性や変形性能が大きいので,地山の変動に対しても充分に追従して構造亀裂の発生やコンクリートの破損を防ぐ.

安全性・信頼性の向上 SFRCは耐衝撃性,靭性が大きいため,地震,火災などの災害時の破壊までのエネルギー吸収能力が大きくなるので,安全性や信頼性が向上する.

早期強度の確保 NATM工法において一次覆工に吹付けSFRCを採用することによって地山に密着された薄肉で靭性の高いライニング層により,比較的地山の地質条件の良好な場所では支保工の設置を省略できる.また,SFRCの優れた靭性により膨張性地山,断層破砕帯,褶曲部など地殻構造的に大きな地圧が作用する悪条件下においても有効にその効果が発揮される.

吹付け 鉱山,先進導坑などの簡易仮設トンネルで吹付けSFRCを採用すれば,枠型,仮設材も不要で,種々な形状の自由面に所定厚みのライニングすることができる.法面保護工の場合には,従来工法に比べ吹付け厚さの減少,ラス金網敷設の省略などが期待でき,ひび割れに対する抵抗性や凍結融解作用に対する抵抗性がプレーンコンクリートに比べて大幅に改善されるなどにより,構造物の耐久性が向上するという利点があげられる.

ダム・河川構造物の場合にはひび割れに対する拘束性があることや,土砂,石礫などの流出による越流部の衝撃破壊や摩耗に対して改善効果があることを明らかにした.

路面舗装への適用の場合には,以下の効果があげられることを明らかにした.

舗装厚さを薄くできる プレーンコンクリートや鉄筋コンクリートに比べ,曲げ強度,繰返し疲労強度が大きいので,舗装厚さを薄くすることができる.

収縮目地間隔を大きくできる 膨張,収縮,そりなどをある程度自由に起こさせることによって応力を軽減する目的で目地を設けているが,引張,曲げに対する抵抗性に優れているので,収縮目地間隔を3 〜 5倍に大幅に延長することができる.その結果,走行車両の快適性が向上し,通過車両の発生騒音も低減できる効果がある.

舗装寿命が長くなる ひび割れ抵抗性や摩耗性もよく,繰り返し疲労に対する抵抗性も大きいので,舗装道路のいたみが少なくなり,道路寿命の延長が図れる.

欠けが減少する 通過車両の衝撃,路面のひび割れなどに起因するコンクリートの欠けに対し,抑止効果があり,コンクリート欠けが減少する.

凍結融解作用に対し,優れた抵抗性を示すAE剤を入れたSFRCは,寒冷地帯に特に大きい効果を発揮し寿命延長が期待できる.

そり応力が生じにくい 普通コンクリートに比べて熱伝導率が大きいので,全体への熱伝導が早く,上下面の熱膨張差による舗装版のそり応力が低減できる.

第4章では,著者が提案し,開発した再生PET樹脂を使用したコンクリート補強用のPET繊維について述べる.年間150億本も生産されていると言われているペットボトルのうち,廃棄されたペットボトルを再生したPET樹脂を土木・建築などのコンクリート構造物のコンクリート補強用短繊維に再利用することによって,コンクリートの脆性的性質を靭性のある性能に改善できことが検証できた.この再生PET繊維は,循環型経済システムの中で構築・確立されているリサイクルシステムの中から生み出された繊維であり,製品としての信頼性だけでなく,環境に優しい材料であることが意義深い.本研究から得られた知見の要約と今後の研究開発の方向性をまとめると以下のようになる.

PET繊維は引張強度が高いため,ひび割れ抑制効果があり,コンクリートの靭性を著しく増加させる.また,耐アルカリ性などが他のプラスチックと比較して良好であり,鋼繊維のように腐食しないため,耐久性に優れている.比重が1.32で水に沈み,分散性に優れていることから生コン車に直接投入・攪拌してもファイバーボールの発生もなく均一に混ざる.

PET繊維補強コンクリートを打設したり吹付けても繊維が適度に分散・配向し,浮き上がりや偏りはみられず,比較的円滑な表面状態であり,分散性,施工性が良好である.また,鋼繊維補強コンクリートを吹付けする場合には,鋼繊維が選択的に多く跳ね返るためリバンド率が高くなり,リバンド率は一般的に約30 %にも達するといわれているが,PET繊維補強コンクリートのリバンド率はその1/2である.

PET繊維を混入することにより,曲げ強度及び曲げ靭性係数は,PET繊維混入率にほぼ比例して増加し,鋼繊維の場合と比較して遜色はない.

日本道路公団が行う第二東名・名神甲南トンネル工事にPET繊維を混入した繊維補強覆工,繊維補強吹付けコンクリートが採用されたことからもわかるように,コンクリート片の剥落現象を未然に防止するコンクリート構造物や海洋コンクリート構造物,法面保護工などの分野に適用できる.

以上述べた研究の結果,PET繊維補強コンクリートは,鋼繊維補強コンクリートに比べ優るとも劣らない性能を有するため,鋼繊維と同様の用途に適用でき,上述の適用分野以外にも建築土間床,コンクリート二次製品などに好適であると考えられる.今後,さらに使用実績を積み重ねていくとともに,PET繊維補強コンクリートの基礎特性の研究並びに利用技術の進展にともない,鋼繊維補強コンクリートでは適用できないトンネル覆工耐火コンクリートや高層ビル高強度耐火コンクリートなどの新しい分野への発展が期待できる.

都合約30年にわたる研究と活動の成果について以下で簡潔にまとめてみる.

(鋼繊維補強コンクリート)

1.鋼繊維の製造方法の一つである薄板せん断法を,わが国で初めて開発した.

2.力学特性の解明に寄与した.鋼繊維混入の影響は次のとおりである.

どのような荷重条件でも完全に破壊するまでに要するエネルギーは顕著に増大する.繰り返し荷重下の疲労や,衝撃荷重の場合ももちろんこれは当てはまる.

強度の増大は荷重条件によって顕著な場合とそうでない場合とに分けられる.顕著なのは曲げ強度であり,受ける影響が小さいのが圧縮強度である.

打ち込んだSFRCに加えて,吹付けSFRCについても検討し,後者の異方性について明らかにした.

3.鋼繊維の錆びが開発当初から懸念されたが,通常の使用では(例えば水の比較的少ないトンネル覆工)表面を除いて錆びは発生しない.但し,海洋環境下では10年程度でかなり劣化する場合があるので注意が必要である.

4.凍結融解に対する抵抗性は,AEコンクリートとすれば著しく改善され,例えば鋼繊維混入率1%でプレーンコンクリートと比較して寿命が約2倍になる.

5.SFRCの道路舗装,空港舗装,トンネル,法面保護工,併進工法への応用に成功した.個別の応用については,多くの技術者の協力を得たが,著者は一貫して全ての用途開発に携わり,いずれの用途においてもSFRCが有効であることを示した.

(PET繊維補強コンクリート)

1.プラスチックの中でも強度,親水性,耐薬品性の点で比較的良好な特性を示し,さらに安い材料コストの廃PETボトルから再生したPET繊維を発案し,その製造方法を開発した.

2.試作したPET繊維を用いて手練りによる混練試験を実施したところ容易に混ざることが判明した.興味深いことに,3%までPET繊維混入率を増加させてもファイバーボールが発生することなく,何ら問題なく混ざりあうことがわかった.この結果からPET繊維の第一の特徴は取り扱いやすさといえよう.

3.PET繊維補強コンクリートを打設しても吹付けても繊維が浮き上がったり,偏ったりすることなく,PET繊維補強コンクリートの表面は比較的円滑な状態であり,分散性,施工性が非常に良好であることが判明した.また,吹付けの場合のリバンド率は,SFRCの30%に対し,約1/2であることを示した.

4.最も危惧されたのは耐アルカリ性であったが,セメント・アルカリに対するいくつかの耐久性試験を行った結果,通常のコンクリート中では問題ないことが判明した.

5.鉱山坑道,トンネル覆工,林道舗装への応用を試みたところ,良好な成果をあげた.

審査要旨 要旨を表示する

越智恒男氏により提出された論文では,鋼繊維及びPET繊維補強コンクリートの開発と応用に関する長年にわたる研究成果が述べられている.

本論文の第3章では,鋼繊維補強コンクリート(SFRC)は,繊維補強コンクリートの中で最も曲げ強度,せん断強度及び破壊靭性が大きく,耐衝撃性,耐疲労性,耐磨耗性に優れており,ひび割れ,乾燥収縮,温度変化に対する抵抗性が大きいなどの特性を有する複合材料であることを示すとともに,土木・建築及びアルミナセメント耐火物など広い分野にわたる用途開発をおこない多くの知見を得たと述べられている.例えば,SFRCをトンネル覆工に利用した場合には,以下の効果が挙げられることを明らかにした.覆工コンクリートの巻き厚減少,亀裂破損の防止,安全性・信頼性の向上,早期強度の確保,吹付けに容易に適用できる.また,ダム・河川構造物の場合にはひび割れに対する拘束性があることや,土砂,石礫などの流出による越流部の衝撃破壊や摩耗に対して改善効果があることを明らかにした.さらに,路面舗装への適用の場合には,以下の効果があげられることを明らかにした.舗装厚さを薄くできる,収縮目地間隔を大きくできる,舗装寿命が長くなる,欠けが減少する,凍結融解作用に対し,優れた抵抗性を示すAE剤を入れたSFRCは,寒冷地帯に特に大きい効果を発揮し寿命延長が期待できる,そり応力が生じにくい.

本論文の第4章では,著者が提案し,開発した再生PET樹脂を使用したコンクリート補強用のPET繊維について述べられてる.年間150億本も生産されていると言われているペットボトルのうち,廃棄されたペットボトルを再生したPET樹脂を土木・建築などのコンクリート構造物のコンクリート補強用短繊維に再利用することによって,コンクリートの脆性的性質を靭性のある性能に改善できことを検証した.この再生PET繊維は,循環型経済システムの中で構築・確立されているリサイクルシステムの中から生み出された繊維であり,製品としての信頼性だけでなく,環境に優しい材料であることが意義深い.PET繊維は引張強度が高いため,ひび割れ抑制効果があり,コンクリートの靭性を著しく増加させる.また,耐アルカリ性などが他のプラスチックと比較して良好であり,鋼繊維のように腐食しないため,耐久性に優れている.比重が1.32で水に沈み,分散性に優れていることから生コン車に直接投入・攪拌してもファイバーボールの発生もなく均一に混ざる.日本道路公団が行う第二東名・名神甲南トンネル工事にPET繊維を混入した繊維補強覆工,繊維補強吹付けコンクリートが採用されたことからもわかるように,コンクリート片の剥落現象を未然に防止するコンクリート構造物や海洋コンクリート構造物,法面保護工などの分野に適用できる.

審査の結果,下記の点を明らかにしたことが評価できることがわかった.

(鋼繊維補強コンクリート)

1.鋼繊維の製造方法の一つである薄板せん断法を,わが国で初めて開発した.

2.力学特性の解明に寄与した.すなわち,どのような荷重条件でも完全に破壊するまでに要するエネルギーは顕著に増大する.繰り返し荷重下の疲労や,衝撃荷重の場合ももちろんこれは当てはまる.強度の増大は荷重条件によって顕著な場合とそうでない場合とに分けられる.顕著なのは曲げ強度であり,受ける影響が小さいのが圧縮強度である.打ち込んだSFRCに加えて,吹付けSFRCについても検討し,後者の異方性について明らかにした.

3.鋼繊維の錆びが開発当初から懸念されたが,通常の使用では表面を除いて錆びは発生しない.但し,海洋環境下では10年程度でかなり劣化する場合があるので注意が必要である.

4.凍結融解に対する抵抗性は,AEコンクリートとすれば著しく改善され,例えば鋼繊維混入率1%でプレーンコンクリートと比較して寿命が約2倍になる.

5.SFRCの道路舗装,空港舗装,トンネル,法面保護工,併進工法への応用に成功した.個別の応用については,多くの技術者の協力を得たが,著者は一貫して全ての用途開発に携わり,いずれの用途においてもSFRCが有効であることを示した.

(PET繊維補強コンクリート)

1.プラスチックの中でも強度,親水性,耐薬品性の点で比較的良好な特性を示し,さらに安い材料コストの廃PETボトルから再生したPET繊維を発案し,その製造方法を開発した.

2.試作したPET繊維を用いて手練りによる混練試験を実施したところ容易に混ざることが判明した.興味深いことに,3%までPET繊維混入率を増加させてもファイバーボールが発生することなく,何ら問題なく混ざりあうことがわかった.この結果からPET繊維の第一の特徴は取り扱いやすさといえよう.

3.PET繊維補強コンクリートを打設しても吹付けても繊維が浮き上がったり,偏ったりすることなく,PET繊維補強コンクリートの表面は比較的円滑な状態であり,分散性,施工性が非常に良好であることが判明した.また,吹付けの場合のリバンド率は,SFRCの30%に対し,約1/2であることを示した.

4.最も危惧されたのは耐アルカリ性であったが,セメント・アルカリに対するいくつかの耐久性試験を行った結果,通常のコンクリート中では問題ないことが判明した.

5.鉱山坑道,トンネル覆工,林道舗装への応用を試みたところ,良好な成果をあげた.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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