学位論文要旨



No 216456
著者(漢字) 松下,正毅
著者(英字)
著者(カナ) マツシタ,マサキ
標題(和) PCR-PHFA法を応用した新しい遺伝子変異解析技術の確立と関連分析への応用
標題(洋) The development of new technologies for analysis of gene variations using polymerase chain reaction-preferential homoduplex formation assay and its application to association studies
報告番号 216456
報告番号 乙16456
学位授与日 2006.02.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第16456号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 講師 野入,英世
内容要旨 要旨を表示する

1塩基変異多型(SNP)タイピングなどの遺伝子診断によって、疾患感受性や薬の効き目のような個人における生理的な違いを遺伝子配列の違いとして説明することができると期待される。ハイブリダイゼーションや電気泳動を用いて遺伝子配列を解析する多くの方法が開発され、遺伝子変異を発見し検査するために利用されている。しかし、これらの方法は多くの解決すべき課題を持っている。一般に、これらの方法で解析を行うためにはターゲットごとに操作条件の最適化が必要である。

polymerase chain reaction-preferential homoduplex formation assay (PCR-PHFA)法は二種類の標識(ビオチンとジニトロフェニル基)を持つ増幅物と持たない増幅物との競合ハイブリダイゼーションによる鎖置換を原理とした遺伝子配列の検出法である。熱変性の後、徐々に温度を下げていく温度勾配下でのハイブリダイゼーションでは、ミスマッチをもつ二本鎖(heteroduplex)よりも完全に相補的な二本鎖(homoduplex)が優先的に形成される。したがって、このようは条件下で、完全に同一な配列をもつ標識増幅物と大過剰量の非標識増幅物とを用いてハイブリダイゼーションを行うとそれぞれの増幅物間での鎖置換が起こる。一方、1塩基でも配列が異なる場合では、配列が同じもの同士での二本鎖の再構成が優先的に起こるため、このような鎖置換が起こらない。判定は二種類の標識をもつ増幅物のストレプトアビジン固相マイクロタイタープレートを用いた発色による検出で行う。すなわち、検体が標準配列と異なる配列を持つ場合には鎖置換が起こらず、二種類の標識をもつ増幅物が再構成され、抗DNP抗体標識酵素による発色により配列の違いを検出することができる。本研究では、PCR-PHFA法を応用した遺伝子変異のスクリーニングおよび遺伝子タイピングの検討を行った。

遺伝子多型がすでに報告されているCTLA4遺伝子エクソン1領域を標的配列としてPCR-PHFA法をもちいた遺伝子変異のスクリーニング系を構築した。スクリーニング系では、標準配列由来の非標識増幅産物を競合物質として、検体由来の標識増幅産物を固相化ストレプトアビジンを用いて検出した。49Gアリルを標準配列としてリウマチ性疾患患者96例および健常対照群96例を対象に変異スクリーニングを行ったところ、49Gアリルとは異なる配列をもつ検体を検出することができた。これらの検体の配列を確認したところ、すべて49Aアリルであった。同様の方法でエクソン2、3および4についても変異スクリーニングを行ったが、新たな変異は確認されなかった。次にCD80およびCD86遺伝子の翻訳領域を標的配列として遺伝子変異のスクリーニング系を構築した。スクリーニング条件の最適化を行った結果、ハイブリダイゼーション時における温度と反応溶液組成はCTLA4遺伝子と同一条件となった。各エクソンについて関節リウマチ(RA)患者群101例、全身性エリテマトーデス(SLE)患者群57例、および健常対照群168例を対象に変異スクリーニングを行った結果、CD80遺伝子エクソン3、4および5、CD86遺伝子エクソン8の領域において変異を確認した。塩基配列を確認したところ、すべて新規のSNPであり、特にCD80遺伝子エクソン4およびCD86遺伝子エクソン8で見出された変異はアミノ酸の置換を伴うものであった。遺伝子型頻度、アリル頻度およびアリル陽性率を患者群と健常対照群とで比較を行ったが有意な差異は認められなかった。

次にPCR-PHFA法を応用したCTLA4遺伝子49G/A多型のタイピング法の構築を行った。アリルタイピングを行う場合、それぞれのアリルの配列をもつ標識増幅物と検体由来の非標識増幅物とで温度勾配下でのハイブリダイゼーションを行う。検体が標準配列として用いたアリルと同一アリルを持つ場合にはプレートによる発色が見られない。この方法を用いRA患者群461例、SLE患者群71例および健常対照群247例のCTLA4遺伝子49G/A多型のタイピングを行った。健常対照群と比較してRA患者群およびSLE患者群で49G/G遺伝子型の増加が認められたが統計学的有意差には至らなかった。RA患者においてDRB1*0405を持つ場合と持たない場合とで健常対照群と比較したところ、DRB1*0405陽性者において49Gアリル陽性率の有意な増加が観察された(77% vs 87%. p=0.044,odds ratio=2.04)。

PCR-PHFA法によるタイピングは標準配列との比較により判定を行うため、近い領域に存在する複数箇所のSNPをハプロタイプとして判定することができる。これを利用してTNFA遺伝子5'領域のタイピング系を構築した。日本人健常者107例を対象として、TNFA遺伝子5'領域に存在する多型、-1031T/C、-863C/A、-857C/TをPCR-SSCP法でタイピングを行った結果、4種類のハブロタイプとして存在すると予想された。そこで、これら4種類のハブロタイプを想定し、同じ107例を対象として4種類の標識増幅物を用いたハブロタイピングを行った結果、各多型部位の遺伝子型の組合せから推定されるハブロタイプとすべて-致した。さらに164例を追加し、日本人健常者271例のハプロタイピングを行い、それらの結果とHLAタイピングの結果を用いて日本人集団におけるMHC領域遺伝子のハプロタイプ推定を行った。有意な連鎖不平衡が見られたのはTNFA-UO1(TCC)とHLA-A*3303、B*5201、B*4403、B*4601、B*702、DRB1*1502、DRB1*0101、およびDRB1*1302、TNFA-UO2(TCT)と HLA-B*5401、B*3501、DRB1*0405 および DRB1*0407、TNFA-UO3(CAC)とHLA-B*4006、B*4002、DRB1*0803、DRB1*0802、DRB1*0403およびDRB1*0901、TNFA-UO4(CCC)とHLA-B*4801であった。4 遺伝子座で推定されたハプロタイプから、A*3303-B*4403-TNFA-UO1-DRB1*1302、A*2402-B*5201-TNFA-UO1-DRB1*1502およびHLA-A*2402-B*5401-TNFA-UO2-DRB1*0405が日本人集団における主要なハブロタイプであると考えられた。

PCR-PHFA法は標的配列ごとの反応条件の最適化を必要とせず、短時間でスクリーニング系の構築が可能であった。条件設定のための経験や熟練が不要であり、また、必要な機器はサーマルサイクラーとプレートリーダーだけであるため、PCR-PHFAは多くの実験室で実施が可能である非常に汎用性の高い方法である。また、電気泳動を用いた方法と比較して、PHFAでは数値によって検出を行うので客観的な判定ができることも汎用性の面では有意であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は簡便に遺伝子変異を解析する方法を確立するために、polymerase chain reaction -preferential homoduplex formation assay (PCR-PHFA)法を応用した遺伝子の変異スクリーニング法および遺伝子タイピング法を構築し、疾患感受性遺伝子検索のための関連分析への応用を試みたものであり、下記の結果を得ている。

遺伝子多型がすでに報告されているCTLA4遺伝子エクソン1領域を標的配列としてPCR-PHFA法をもちいた遺伝子変異のスクリーニング系を構築した結果、既知の変異をすべて検出することができた。これらの結果は別法で解析した結果とすべて一致しており、この方法を用いて未知の遺伝子変異をスクリーニングすることが可能である事が示された。また、CTLA4遺伝子の他のエクソンについても変異スクリーニングを行い、その他の領域には変異がない事が示された。

免疫系シグナル伝達において重要な役割を果たしている、CD28、CD80およびCD86遺伝子についてPCR-PHFA法を用いた変異スクリーニング系を構築した。この方法を用いて各遺伝子の変異をスクリーニングした結果、CD80遺伝子エクソン3、4および5、CD86遺伝子エクソン8の領域において変異を確認し、すべて新規のSNPであり、特にCD80遺伝子エクソン4およびCD86遺伝子エクソン8で見出された変異はアミノ酸の置換を伴うものであることが示された。

PCR-PHFA法を用いたTNFA遺伝子5'非翻訳領域のタイピング法を構築し、日本人健常者271例のハプロタイピングを行い、それらの結果とHLAタイピングの結果を用いて日本人集団におけるMHC領域遺伝子のハプロタイプ推定を行った。4遺伝子座で推定されたハプロタイプから、A*3303-B*4403-TNFA-UOl-DRB1*1302、A*2402-B*5201-TNFA-UO1-DRB1*1502およびHLA-A*2402-B*5401-TNFA-UO2-DRB1*0405が日本人集団における主要なハプロタイプであると考えられた。

CTLA4遺伝子49G/A多型と新規に見出した変異についてPCR-PHFA法を用いた遺伝子タイピング法の構築を行った。慢性関節リウマチ患者群、全身性エリテマトーデス患者群および健常対照群のアリルタイピングを行い、疾患との関連を検討した結果、RA患者においてDRB1*0405を持つ場合と持たない場合とで健常対照群と比較したところ、DRB1*0405陽性者において49Gアリル陽性率の有意な増加が観察された(77% vs.87%,p=0044,odds ratio=2.04)。新規に見出した変異と疾患との関連はないことが示された。

以上、本論文はPCR-PHFA法を応用した遺伝子解析法を確立し、免疫系シグナル伝達に関与する遺伝子の変異解析から、新規の変異を同定した。これらの変異とリウマチ性疾患との関連は見出されなかったが、PCR-PHFA法が簡便に遺伝子変異を解析できることを示した。また、PCR-PHFA法は複数箇所の変異部位をハプロタイプとしてタイピングすることが可能であることも示した。本研究はこれまでは条件検討に多大な労力が必要であった電気泳動を用いた遺伝子変異解析法に代わって、簡便に解析可能な方法論の確立に重要な貢献をなすと考え、学位の授与に値するものと考えられる。

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