学位論文要旨



No 216461
著者(漢字) 澤口,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) サワグチ,ヒデキ
標題(和) 高密度磁気記録システム用パーシャルレスポンス信号処理方式の高性能化に関する研究
標題(洋) Advanced Data Detection and Coding Techniques using Partial Response Signal Processing for High-Density Magnetic Recording Systems
報告番号 216461
報告番号 乙16461
学位授与日 2006.02.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第16461号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 森川,博之
 東京大学 助教授 松浦,幹太
内容要旨 要旨を表示する

デジタルメディア情報、ブロードバンドインフラストラクチャの飛躍的な普及に伴い、これを支える基盤技術として、磁気ディスク装置を始めとする大容量データストレージ技術は急速な進歩をとげてきた。

より高速、高密度な磁気ストレージ装置を実現する上では、磁気ヘッドや記録メディア、そして、これらを駆動する機構部品の改良とともに、ヘッドにより検知された微弱な磁気再生信号から、記録されたデジタルデータ情報を高い信頼度で復調するための符号化技術や再生信号処理技術の高性能化が必須となる。このようなデータの記録再生過程は、情報伝送・通信路の過程と等価なモデルと捉えられ、より高密度・高効率な情報の記録(伝送)を実現する目的から、情報理論・通信理論に基づく様々なデータ復号技術や記録符号化、誤り訂正符号化技術などの応用が活発に検討されうる。とりわけ、1990年以降、磁気ディスク装置の飛躍的な記録密度向上の背景には、PRML(Partial-Response Maximum-Likelihood)方式と総称される復号アルゴリズムを基本とした記録再生信号処理LSIの実用化が大きな役割を果たしてきており、半導体デバイスの高速・高集積化の急速な進展に支持されながら、ここには、高度デジタル信号処理を中心とする波形自動等化やパーシャルレスポンス伝送、ビタビアルゴリズムによる最尤データ復号などの技術が積極的に導入されてきた。

本研究では、こうした技術動向を背景としながら、高密度磁気記録に整合したより高効率なデータ記録再生システムと、信号品質の改善においてより高い利得を達成することを目的として、記録再生信号処理アルゴリズムの高性能化方式の検討およびLSI化に向けた実用化方式の提案を行ってきた。磁気ディスク装置への信号処理方式の実用化に対しては、性能面でのより高い改善利得の実現とともに、信頼性の維持と性能の安定性、そして、データ転送速度数ギガビット/秒に及ぶ単伝送路での記録再生を実現するため、高速性と簡便性とが併せて要求される。本論文は、こうした磁気ディスク装置の記録再生系に対する信号処理方式の一連の研究成果をまとめたものである。

高密度磁気記録の信号処理において、克服すべき課題は、大きく雑音要因と符号間干渉要因に分けられる。とりわけ、メディア上に記録された磁気情報は、ヘッド・メディア間の距離や構造寸法などの物理的制約から、空間的な広がりをもってヘッドから検知されることを避けられず、前後数ビットに及ぶ符号干渉となってデータ復号の性能に大きな影響を与える。即ち、高密度記録再生系は、極めて強い高周波帯域制約を受けるベースバンド伝送路モデルと見なすことができ、高記録密度化のための信号処理の開発においては、雑音に対する復号性能の向上とともに、この強い信号波形干渉との整合、両立を重視した帯域利用効率の高い記録再生符号化やデータ復号方式を検討することが必須の課題となる。こうした、符号間干渉に対する整合を実現する上で鍵となるのがパーシャルレスポンス伝送の概念であり、磁気記録信号処理の要と位置づけられる。本研究においては、一貫してこの課題に焦点をあて、パーシャルレスポンス伝送をベースとする符号化技術、最尤データ復号技術を論ずる。

第一章においては、本研究の背景と目的をより明確にするため、まず、磁気ディスク信号処理技術を理解するうえで必要となる磁気ディスク装置の構成とデータ記録再生の原理を簡略に述べる。併せて、本研究を論ずる上でベースとなる記録再生系モデル、およびPRML方式を始めとする磁気記録における信号処理や符号化技術の概要とその課題について詳述した後、本研究の目的と概要、論文構成をまとめる。

第二章においては、最適な伝送路特性の実現と復号規模の低減を狙った判定帰還形等化方式と簡易最尤復号方式の組み合わせによるパーシャルレスポンス伝送路での復号方式について論ずる。ここでは、最尤検出に対する雑音白色化フィルタ理論を磁気記録再生系の伝送路特性に展開しながら、パーシャルレスポンス伝送等化の一般化を図る。さらに、判定帰還形等化の適用による規模削減を図りながら、最尤データ復号を実現するためのデータ検出方式の基本性能を解析により明らかにする。特に本章では、復号性能と実現規模との関係とともに、帰還型等化方式の実用上の課題である復号誤り伝播の低減と解析結果について議論を展開し、磁気記録系に適するデータ検出方式を探る。

第三章においては、連接符号化方式の応用によるパーシャルレスポンス方式の高性能化について論ずる。まず、連接符号化を可能にするため、ビタビ復号における最良データ検出の実現と、連接誤り符号設計のための誤り伝播長の短縮を図る狙いから、改良型高次パーシャルレスポンス方式を提案する。この改良型高次パーシャルレスポンス方式は、本研究独自の成果として、90年代後半から現在に至る現行磁気ディスク装置の信号処理方式としてのデファクトスタンダードを確立した技術である。

さらに、この高次パーシャルレスポンス方式に基づき、連接符号化方式の応用によるデータ検出の高性能化に焦点をあてる。ここでは、パーシャルレスポンス伝送路の有する記憶性に基づき、ビタビ最尤復号での特有の伝播事象に着目することにより、高効率なエラー検出方式を提案する。さらに、この符号化システムによるエラー訂正能力と信頼性を向上させるため、ビタビ復号との連接によるポストプロセッサ構成に基づいた新たな誤り訂正方式について提案を行い、その性能解析を行う。特に、このポストプロセッサ方式は、リストSOVA(Soft-Output Viterbi Algorithm)の原理に基づく軟判定情報を活用しての誤り訂正方式であり、パーシャルレスポンス伝送路に連接された高レート誤り符号の訂正能率を高めるための有効な復号方式となる。この方式は、実用上簡便かつ優位な高性能化を実現しており、本方式は、現行の磁気ディスク装置に様々な形態で適用されている。本章は、この理論的背景とともに、実用性の観点から、本方式提案に至るまでの一連の検討結果についてまとめる。

第四章においては、前章で議論した連接符号化システムに対して、繰り返し復号方式の応用を議論する。ここでは、リードソロモン外誤り訂正符号を含めたシステム性能向上のため、連接されたリードソロモン符号とPRMLデータ復号との間での相互情報の交換による復号性能の向上について提案を行い、この性能検討を行った。この簡易な繰り返し復号方式では、パーシャルレスポンス伝送路を一つの畳み込み符号化と見なし、インターリーブを介したリードソロモン符号との連接、硬判定のエラー訂正情報を利用したPRML系の繰り返し復号により、誤り伝播に対するリードソロモン誤り訂正の能率向上を図る。

第五章においては、パーシャルレスポンス信号処理の将来展開のために、ターボ復号に代表される軟判定繰り返し復号の応用による高性能化について論ずる。磁気記録系に対するターボ復号・LDPC(Low Density Parity Check)符号化などの軟判定繰り返し復号技術の適用は、1998年代から活発に議論されている。本章では、パーシャルレスポンス伝送路との整合を考慮したこれら適用検討の経過を概観しながら、繰り返し復号適用における課題について論述した後、磁気記録系への実用的なアプローチとして連接パリティ符号化に基づくターボ復号方式の適用検討について詳述する。とりわけ、本方式は、第三章で議論された連接符号化方式からの拡張性・簡便性とともに、高レート符号化と繰り返し復号収束性の速さに利点を有する。

第六章においては、高密度磁気記録において顕著となる記録メディアからの雑音要因に対して、パーシャルレスポンス伝送路での最尤復号との整合について焦点をあてる。より高密度な記録再生系では、メディア上の記録磁化形状の微小な乱れから、記録データに依存する雑音が増加するため、データと独立な定常雑音を前提とする従来からの最尤データ復号方式では、これによる性能低下が顕著となりうる。この課題に対処するため、本研究では、データ依存性雑音に対応した最尤データ復号方式の検討と提案を行った。本章では、まず自己回帰モデルに基づくメディア雑音のモデル化について論じた後、このモデルをベースとして最尤データ復号方式の拡張と高性能化を議論する。さらに、この最尤データ検出を実現する上でキーとなったポストプロセッサ方式による構成方法とその性能解析について述べる。

第七章においては、近年実用化が進められている垂直磁気記録方式に向けての最適パーシャルレスポンス技術について焦点を当て、実用化に至る過程を述べる。垂直磁気記録に対するデータ復号方式の高性能化には、記録再生信号の特徴である直流・低周波成分の有効な活用が重要となる。本章では、この点を踏まえた新たなパーシャルレスポンス信号処理技術の提案を行うとともに、低周波信号歪み、メディア雑音の存在など実用課題を考慮した性能解析に議論を展開し、垂直磁気記録用信号処理方式の基礎を確立する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Advanced Data Detection and Coding Techniques using Partial Response Signal Processing for High-Density Magnetic Recording Systems (高密度磁気記録システム用パーシャルレスポンス信号処理方式の高性能化に関する研究)」と題し,高速・高密度な磁気記録装置の実現に不可欠な記録再生信号処理技術を論じたものである.高密度記録の達成には,微弱な再生信号からのデータ復元の信頼性を確保する利得性能とともに,強い符号間干渉との整合性を重視した高効率符号化方式や復号方式の開発が重要となる.この観点から本論文は,現行のPRML(Partial-Response Maximum-Likelihood)復号方式の概念を基礎に,高利得性能と高速・簡便性を両立する誤り訂正符号と最尤復号の新たな方式を提案している.論文構成は序論を含め8章からなる.

第1章は「Introduction to Magnetic Recording Channels(序論)」で,本研究の背景と目的,高密度磁気ディスク信号処理系の原理と課題を明らかにした後,研究の位置付けと構成をまとめている.

第2章は「Decision Feedback Equalization with Maximum-Likelihood Detector for High-Density Magnetic Recording Channels(高密度磁気記録チャネルのための最尤判定帰還型等化方式)」と題し,磁気記録系での最適パーシャルレスポンス伝送路特性の実現と復号規模の低減との両立を狙い,判定帰還形等化と簡易最尤復号の連携によるデータ復号の高性能化を論じている.

第3章は「Concatenated Error-Correction Coding Technique for High-Order Partial-Response Channels(高次パーシャルレスポンスチャネルのための連接誤り訂正符号化方式)」と題し,パーシャルレスポンス系に特有の誤り伝播事象に着目した高効率誤り検出方式の提案と性能検証を行っている.特に本章では,誤り伝播を短縮し符号設計を容易にする改良型高次パーシャルレスポンス方式,従来のビタビ最尤復号器と連接したポストプロセッサによる誤り訂正方式を提案し,復号性能と簡便性を両立する新たな符号化システムの構成を論じている.

第4章は「Iterative Decoding for Concatenated Error Correction Coding in PRML Channel Systems(PRMLチャネルにおける連接誤り訂正符号への繰返し復号方式)」と題し,外符号として用いられているリードソロモン符号とPRML系との繰り返し復号による連接符号化システムの性能向上を論じ,パーシャルレスポンス系と符号系の相互連携による,より高効率な誤り訂正システム構築の提案と性能検証がなされている.

第5章は「Turbo Decoding for High-Rate Concatenated Parity-Check Codes on PRML Channel(PRMLチャネルにおける高レート連接パリティ符号化ターボ復号方式)」と題し,軟判定繰り返し誤り訂正によるPRML方式の高性能化に着目し,利得性能と簡便性・復号収束性との両立の観点からパリティ符号による実用的なターボ復号方式の提案し,その磁気記録系への応用を論じている.

第6章は「Post-Processing Detection for PRML Channels in the Presence of Data-Dependent Media Noise(データ依存性媒体雑音下でのPRMLチャネルに向けたポストプロセッサデータ検出方式)」と題し,高密度磁気記録においてより顕著となる記録媒体からのデータ依存性雑音に焦点をあて,性能向上のための最尤復号の拡張と,この実現のキーとなるポストプロセッサによる簡易構成手段を論じている.

第7章は「Optimal PRML Channel for High-Density Perpendicular Magnetic Recording Systems(高密度垂直磁気記録システムのための最適PRMLチャネル)」と題し,低周波信号の活用と雑音の抑制に着目した最適パーシャルレスポンス技術の提案を行い,垂直磁気記録方式の次世代実用化を加速する信号処理技術の基礎を与えている.

最後に第8章は「Conclusion(結言)」で,本研究の総括を行い,併せて将来展望について述べている.

以上これを要するに,本論文は,高密度磁気記録系に対する信号処理技術の高性能化を多様な角度から検討・評価するとともに,現行磁気ディスク装置に標準的に幅広く適用されている信号処理LSI方式の一連の提案を行ったものであり,電子情報学,特に情報伝送・記録工学上貢献するところが少なくない.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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