学位論文要旨



No 216465
著者(漢字) 公文,保幸
著者(英字)
著者(カナ) クモン,ヤスユキ
標題(和) ラビリンチュラ属微生物の分離および培養法の改良 : 高度不飽和脂肪酸の大量生産をめざして
標題(洋)
報告番号 216465
報告番号 乙16465
学位授与日 2006.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16465号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 正木,晴彦
 東京大学 助教授 足立,博之
 東京大学 助教授 岩木,高善
内容要旨 要旨を表示する

高度不飽和脂肪酸(LCPUFA)の中でも特にドコサヘキサエン酸(DHA)はそれらの効果的な生理活性(記憶力増強作用・視力低下抑制作用・制癌作用・抗血栓作用など)により注目されている。現在、健康食品やサプリメント、そして家畜の餌などに利用されており、それらは主に魚油から得られているが、魚油には多種のLCPUFAが含まれているためDHAを分離精製することが難しく、また魚油から油を精製する際、環境ホルモンや重金属などを除くことができず問題になっている。さらに近い将来、魚の漁獲高の減少に伴い魚油が得にくくなることが予想されている。これらのことから魚油に代わる原料が求められており、微生物が注目されるようになってきている。DHA等のLCPUFAは主に海洋性の微生物、特に藻類の仲間によりその菌体内に蓄積されることが知られている。DHA以外のLCPUFA (n-6ドコサテトラエン酸(n-6 22:4)、n-6ドコサペンタエン酸(n-6 22:5)、n-3ドコサペンタエン酸(n-3 22:5)など)もヒトの体内で重要な役割を果たしていると考えられているが、そういった化合物は自然界において希少なため、生理作用の研究は進んでいない。

ラビリンチュラ類は海洋性の藻類の仲間に分類される単細胞の微生物であり、近年、DHAやそれよりも不飽和結合が1つ少ないn-6系ドコサペンタエン酸(n-6 DPA)等のLCPUFAを高濃度に蓄積できる微生物として注目されるようになってきた。ラビリンチュラ類にはスラウストキトリウム科、ラビリンチュラ科の2つの科が存在し、その中でラビリンチュラ科は1科1属の微生物として知られている。スラウストキトリウム科においては、その増殖性の速さと、液体培養が容易であることから多くの研究者によってLCPUFA生産に向けた研究が盛んに行われており、既に産業レベルで生産されている例もある。一方、ラビリンチュラ科においては有用な培養方法が無く、バクテリア等との複合培養を要し、液体培養ではほとんど生えることができなかったことから、LCPUFA生産を目的とした研究はおろか、他の研究分野においてもほとんど研究されていないのが現状である。

そこで筆者は、この論文で、ラビリンチュラ属におけるその分離と出現率の解析、マングローブ生態圏における役割、培養方法の改良、新規有用株の解析などを行う中で、特にラビリンチュラ属によるLCPUFAの生産の可能性について検討した。

まず、ラビリンチュラ属のなかで独特なLCPUFA組成を持つ株や生育活性の高い株を取得することを目指し、日本各地の沿岸域で植物サンプルを採取し分離を試みた。その結果、多くのラビリンチュラ属株を分離することができ、その中から、寒天培地による培養で安定して高い増殖を示す株やLCPUFA組成が変わった株(LCPUFAとしてn-6 DPAのみを含む株やDHAのみを含む株)も得られた。また、1390サンプル中481サンプルからラビリンチュラの増殖が見られ(出現率34.6%)、淡水湖を除くすべての採集地からラビリンチュラ属が出現した。これは温帯域から亜寒帯域の日本各地の沿岸にも幅広くラビリンチュラ属が存在していることを示した。

石垣島では定期的にマングローブの葉をサンプリングし、そこから出現するスラウストキトリウム科とラビリンチュラ科の数を調べた。その出現数と葉の種類・分解度そして水温との関係について調べる中で、両科は葉の種類に好みを持ち、水温が高い季節で、より分解が進んだマングローブ葉に多く付着していることが判った。このラビリンチュラ科の餌としてバクテリアを利用する特徴的な分離手法を用いた分離実験はマングローブ生態圏の腐生連鎖にラビリンチュラ科も重要な役割を担っていることを示唆した。

次に、スクリーニングで得られた生育活性の高いラビリンチュラ属株を用いて、ラビリンチュラ属微生物の増殖強化を試みた。本微生物は餌として他の微生物を要求することから、液体培養が困難であり、固体表面で餌に接触して溶菌し、その溶出物を摂取すると考えられている。そのため、増殖は固体表面に限られ、低い増殖量しか得られなかった。そこで、スクリーニングで得られた生育活性の高いラビリンチュラ属株を用いて、高いLCPUFA生産性を得ることを目的とし、ラビリンチュラ属の培養法の検討を行った。各種油脂を分散させた寒天培地を用いることによりラビリンチュラが培地表面だけでなく培地内にも潜っていき、立体的に増殖させることができた。そのとき、表面しか増殖を示さないグルコース培地に比べLCPUFA生産量は10倍以上と大幅に増加し、大豆油(SBO)を用いたときに0.59 g/lのLCPUFA量を得ることができた。さらに、同じ大豆由来の副産物でもある大豆レシチン(SBL)を培地に添加したときに、ラビリンチュラ属の増殖性とLCPUFA蓄積性はさらに増大した。SBLに含まれるホスファチジルイノシトールが表面の広がる速度に、トリグリセリドが立体的増殖に重要であることを明らかにした。それ以外にもカロテノイドなどの微量成分や、分散させた油滴のサイズもその増大効果に関与していると考えられた。高濃度(40 g/l)のSBLを培地に分散したとき、小笠原諸島より分離されたL25株において2.91 g/lのLCPUFA生産量が得られた(表1)。増殖の速い他のLCPUFA生産微生物に比べるとその量はまだ不十分ではあるが、安価な大豆レシチンを栄養源として利用できる点はラビリンチュラの応用に向けて大きな意味がある。

LCPUFAの中でDHAのみ生産する株(L72株)や、n-6 DPAのみ生産する株(L59株)について、それらの形態観察、系統解析、培養条件の検討によるLCPUFAの生産性レベルについて調べた。このような単一のLCPUFAを生産する株は各LCPUFAを精製する際にカラム精製を必要としないことから産業化に向けて大きな期待が持たれる。L59株はSBOを利用することができ、L72株はSBO、SBLの両方を利用することができた。これまでn-6 DPAを高蓄積する生物は見つかっておらず、このラビリンチュラL59株が最初の発見となった(図1)。この株を利用したn-6 DPAにおける生理機能の解明が期待される。

今回のラビリンチュラ属に関する、変わった特徴を有する分離株や分離に関する新しい知見と様々なデータ、そして大豆レシチンなどを用いた特殊な固体培養法の確立は今後のLCPUFAの微生物生産への道を開拓するものと考えられる。

表1各種ラビリンチュラ属株を最適条件下において40 g/l大豆レシチンを添加した培地で21日間培養した際のLCPUFA生産量。

図1 ラビリンチュラL59株の脂肪酸メチルエステルのGC分析

n-6 DPA: n-6 Docosapentaenoic acid.。

審査要旨 要旨を表示する

ドコサヘキサエン酸(DHA)などおもに炭素数22の長鎖高度不飽和脂肪酸(LCPUFA)は、ヒトの健康に有益なさまざまな生理活性により注目されている。LCPUFAは現在主に魚油から得られている。しかし魚油には多種のLCPUFAが含まれているため各種LCPUFAを分離精製することが難しく、またそれらを精製する際、環境ホルモンや重金属などを除くことができないため、魚油は安価な大量供給源とはなっていない。このことから魚油に代わる原料が求められており、微生物が注目されるようになってきている。

ラビリンチュラ属は海洋性の藻類の仲間に分類される単細胞の微生物であり、DHAやn-6系ドコサペンタエン酸(n-6 DPA)等のLCPUFAを高濃度に蓄積できる微生物である。しかし、ラビリンチュラ属においては有効な培養方法が無く、バクテリア等との複合培養を要し、さらには液体培養が困難であることから、LCPUFA生産を目的とした研究はおろか、他の研究分野においてもほとんど研究されていないのが現状である。

そこで本論文ではラビリンチュラ属に関して、その分離と出現率解析、マングローブ生態圏における役割、培養方法の改良、新規有用株の解析などを行う中で、特にラビリンチュラ属によるLCPUFA生産の可能性について検討している。

第1章では、日本各地の沿岸域からラビリンチュラ属の分離を試み、それらが温帯域から亜寒帯域の沿岸に幅広く存在していることを明らかにした。また寒天培地による培養で安定して高い増殖を示す株やLCPUFA組成がユニークな株を得ることに成功している。

第2章では、石垣島において定期的にマングローブの落ち葉をサンプリングし、そこから出現するラビリンチュラ属の存在を調べている。その出現数と葉の種類・分解度そして水温との関係について調べる中で、葉の種類に好みを持ち、水温が高い季節で、より分解が進んだマングローブ葉に多く付着していることを明らかにしている。また、この実験はマングローブ生態圏の腐生連鎖にラビリンチュラ属が重要な役割を担っていることを示唆している。

第3章では、高いLCPUFA生産性を得ることを目的として、スクリーニングで得られた生育活性の高いラビリンチュラ属株を用いて本属微生物の増殖強化を試みている。各種油脂を分散させた寒天培地を用いることにより、ラビリンチュラが培地表面だけでなく培地内にも潜り、立体的に増殖させることができた。そのとき、表面しか増殖を示さないグルコース培地に比べLCPUFA生産量は10倍以上と大幅に増加し、大豆油(SBO)を用いたときに0.59 g/lのLCPUFA量を得ることができた。さらに、大豆由来の副産物である大豆レシチン(SBL)を培地に添加したときに、ラビリンチュラ属の増殖性とLCPUFA蓄積性はさらに増大した。高濃度(40 g/l)のSBLを培地に分散したとき、小笠原諸島より分離されたL25株において2.91 g/lのLCPUFA生産量が得られた。安価な大豆レシチンを栄養源として利用できる点は本属微生物の応用に向けて大きな意味がある。

第4章では、LCPUFAとしてDHAのみ生産する株や、n-6 DPAのみ生産する株(L59株)について、それらの形態観察、系統解析、培養条件の検討によるLCPUFAの生産性レベルについて調べている。単一のLCPUFAを生産する株は各LCPUFAを精製する際にカラム精製を必要としないことから産業化に向けて大きな期待が持たれる。これまでn-6 DPAのみを高蓄積する生物は見つかっておらず、ラビリンチュラL59株が最初の発見となった。この株を利用した生理機能の解明が期待される。

以上本論文は、ドコサ系LCPUFAの供給系としてラビリンチュラ属藻類に着目し、LCPUFA大量生産供給系確立への道を指し示したものである。日本全国にまたがる広範囲での検索から、選抜株による培養条件の検討などに至る成果は学術上ならびに応用上貢献するところ大である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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