学位論文要旨



No 216466
著者(漢字) 安村,直樹
著者(英字) Yasumura,Naoki
著者(カナ) ヤスムラ,ナオキ
標題(和) 森づくりを見据えた住宅生産システムのあり方 : 地域材を使うこと
標題(洋)
報告番号 216466
報告番号 乙16466
学位授与日 2006.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16466号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 助教授 古井戸,宏通
 東京大学 助教授 石橋,整司
内容要旨 要旨を表示する

本論では、地域材を構造部に用いる住宅である地域材住宅を取り上げて、森づくりを見据えた住宅生産システムのあり方について考察した。ここで住宅生産システムとは、森林から素材を生産し、製材、部材加工、施工という工程を経て住宅が生産されるまでの一連の流れを指す。結論として、森づくりを見据えた住宅生産システムには、地域材の利用を通して上下流が連携して合理的なルールを確立出来るシステムが求められると言えた。さらに、地域材住宅事業体は現にそのようなシステムを有しているものと結論づけることが出来た。

林業の低迷を解消し、森林の諸機能を十全に発揮させるための手段として地域材住宅に着目した。地域材住宅がもたらす林業への影響についてのこれまでの議論はいわゆる並材の積極的な利用を指摘するにとどまっていて、より詳細な、例えば森林資源の齢級構成との関連についての考察は見られない。したがって本論の第一の課題を、地域材住宅で林業、林産業は何が変わったのか、変わりうるのかを明らかにすること、とした。また、木材の良さは多くの人が直感的に理解できるだろうから、地域材住宅が作り手や住まい手にとって経済合理的であれば、一定程度の需要を確保することが期待できる。ところが住宅生産システムでの、外材や国産材に対する地域材利用の有利性についての検討はなされていない。そこで本論の第二の課題を、近くの木材を用いること、多様な業界が直接やりとりすることが住宅の価値向上や住宅生産システムの改善に寄与するのか、地域材利用の意義を明らかにすること、とした。

以上のような課題に対し、本論は大きく二部に分けて論じられる。第1章と第2章は文献調査とアンケート調査によって、地域材住宅がこれまでに果たしてきた役割と今後望まれる役割について考察した。

第1章では木造住宅政策史を概観し、地域材住宅を含む木造住宅が戦後これまでに、どのように位置づけられてきたかを主に文献調査によって整理した。木造住宅の位置づけは多様であって、国産材の振興を通じた森林・林業の振興、住宅の品質向上や住環境の改善、中小工務店の育成がその役割として期待されてきた。木造住宅に関するこれらの事実を踏まえて、今後の地域材住宅のあり方を展望すると、地域にあった住宅や大工・工務店の基本的課題を解決するための住宅が求められると判断された。地域らしさを醸し出す手段として地域材の利用が、上下流の連携による合理的な住宅生産が期待される。

第2章では地域材住宅事業体65団体へのアンケート調査から地域材住宅の平均像を明らかにした。さらに地域材住宅事業体の活動の目的や内容の時代的な変遷を整理した上で、先に示された地域材住宅の役割と比較しつつ、これまでに果たしてきた役割について考察した。平均像としては、80年代には坪単価の高い地域材住宅が見られたものの、90年代に入り坪単価・床面積とも、一般的な在来工法木造住宅とほぼ同水準になってきたことが明らかになった。これまで地域材住宅事業は森林・林業の振興を重視して行われてきたが、1990年代に入って木材産地ツアーなど交流を前面に出した住まい手対策を行うようになってきていることが明らかになった。

第3章から第5章にかけては地域材住宅事業体への事例調査によるものである。スギ人工林の齢級構成が全国と比較して高い傾向にあって、スギ素材生産量が過去15年にわたって全国と比べ多めに推移してきたことから、人工林問題を先行して解決する地域であると期待される宮崎、高知、熊本の事例を取り上げた。

第3章では宮崎県諸塚村の「諸塚方式産直住宅」の事例を取り上げた。森林所有者が事業に強く関与していることから、林業への影響について評価するのに特にふさわしいと考えた。ここでは住宅用部材に葉枯らし材を用いているが、まち側との連携が葉枯らし材に付加価値を生じさせ、立木価格の上昇につながっていることを明らかにした。森林所有者や森林組合作業班員など諸塚村の林業関係者へのアンケート調査によって、産直住宅による立木価格の上昇が、一部の森林所有者の森林管理への意欲を強くかき立てていることが示唆された。間伐には不向きであるなど葉枯らし材生産にはデメリットもあるが、諸塚村では現状の3倍程度まで葉枯らし材の潜在的な生産力のあることが、同じくアンケート調査で明らかとなった。諸塚村と森林組合では葉枯らし材生産には再造林の確約を求めている。今後量的な拡大に伴って、産直住宅事業の森林管理に及ぼす影響は大きくなると期待される。

第4章では香川県高松市の「木と家の会」と高知県嶺北地域の「れいほく森林と木の会」の事例を取り上げた。両会は森林・木材協定を締結し、住宅用部材を生産する協定林には再造林や間伐を求めている。さらに嶺北地域の森林資源が今後若齢化することを見据えて、若齢木の利用も想定した木材の規格化を図っている。この規格に基づいた住宅は、木口の対角線長が280mm以上の部材の割合が、そうでない住宅の1/4であることが、両者の木拾い表の比較分析によって明らかになった。さらに規格化はストックを可能にし、住宅用部材の安定的な供給を実現する。これらの諸効果を十分に発揮するためにも、量的な拡大を図る努力がなされている。この取組は「サンゲンカク」という住宅に集約され、住宅との関わり方を住まい手に訴求する、継ぎ手を減らして作り手の負担を軽減する点に特徴が見られる。以上、嶺北地域の森林資源、香川県の住宅市場や施工技術水準と言った、地域の諸条件に適合するように、両会は住宅生産システムを合理的に変化させていると考えられた。上下流が連携して実現できる、地域材住宅ならではのメリットであると言えた。

第5章では熊本市の新産住拓株式会社の事例を取り上げた。当社はいわゆる地域ビルダーであって、地域材住宅事業体としては最も年間建築実績が多い一つである。まず熊本県内における当社のシェア推移と共に住宅コンセプトの変遷を時系列的に比較した。80年代後半に熊本県の住宅市場が拡大する過程で失った競争力を、90年代半ば以降取り戻しつつある。それは耐震性・健康といった住宅品質の高さを、わかりやすく住まい手に伝えた結果であると考えられた。さらに山林見学ツアーを含めた生産工程の公開やSGECの林産物取扱事業体の認定が、住宅生産システムの品質向上に貢献したと判断された。次に木材流通の変遷についても整理した。92年にコスト低減を目的として本社工場にプレカットが導入され、さらに96年からは素材も直接自社で調達する結果となった。コスト低減を目指した結果、地域材利用にたどり着いたのは興味深い。地域材利用が住宅品質向上の原資となって、自社の住宅の競争力を向上させたと考えられた。この背景には木材産地との強い結びつきによる、木材の量的・質的両面に及ぶ安定的な供給システムがあって、そこに地域材利用のメリットが生じていた。

以上より設けた課題に即してまとめると、地域材住宅で林業、林産業が変わった点、変わりうる点については、立木価格を上昇させうるなど林業への質的効果は少なくないものが見受けられた。住宅に対する需要が多様化するなかで、消費地と直接連携することで、そのニーズに配慮しながら木材生産・供給が可能となった意味は大きいと考えられる。量的効果は現在のところ限定的ではあるが、今後の量的な拡大に伴って、森林管理に大きく影響することが期待できる。

住宅の価値を向上させる上での地域材利用の意義については、次のように結論できる。やま側からまち側まで多くの関係者が携わる地域材住宅においては、上流も下流も双方とも見据えて住宅生産システムを構築することが出来る。やま側については森林資源、まち側については施工技術水準や住宅市場などそれぞれの条件に配慮しながら、やりとりする部材の規格や住宅の設計などに関するルールを上下流連携によって確立していけることが地域材利用の最大の意義と言える。こうしたルールに基づいて建築された住宅は木材産地、住宅生産者に合理的なものであるために価格、品質に関する競争力が強く、結果として多くの消費者にとっても合理的な住宅となる。

地域や時代の諸条件に応じて変化する様子を、例えば住まい手との関わり方にみると、地域材住宅の訴求点は1)住宅そのもの、2)生産システムの品質・機能、3)住宅との関わり方とおおまかに三分類することが出来る。住宅の量の時代が終焉し、質の時代に入っていた1980年代においては住宅の品質そのものが訴求されることが多かった。多様化・個性化の時代と称される1990年代には、住宅生産システムの機能や品質が訴求されるようになる。大手住宅メーカのシェアが高い香川県においては、大手が住宅プランを広告の主としていることを受けて、住宅との関わり方を訴求する取組が見られた。時代や地域によってそれぞれの地域材住宅事業体が訴求点を使い分けてきたと指摘できる。

以上をまとめると、森づくりを見据えた住宅生産システムには、地域材の利用を通して上下流が連携して、地域に適合した合理的なルールを確立出来るシステムが求められると言え、地域材住宅事業体は現にそのようなシステムを有しているものと結論できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、地域材を構造部に用いて建てられる住宅、即ち地域材住宅を取り上げ、それが森づくりを見据えた住宅生産システムとして成り立っているのかという視点から、その意義について考察したものである。本論文は大きく二部から構成される。前半の第1章と第2章では文献調査とアンケート調査によって、地域材住宅がこれまでに果たしてきた役割と今後望まれる役割について考察した。後半の第3章から第5章においては事例調査によって地域材住宅事業体の実状を明らかにした。スギ人工林の齢級構成が全国と比較して高い傾向にあって、スギ素材生産量が過去15年にわたって全国と比べ多めに推移してきたことから、人工林問題を先行して解決する地域であると期待される宮崎、高知、熊本の事例を取り上げた。

第1章では木造住宅政策史を主に文献調査によって概観し整理した。国産材の振興を通じた森林・林業の振興、住宅の品質向上や住環境の改善、中小工務店の育成がその役割として期待されるなど、木造住宅の位置づけは多様であった。木造住宅に関するこれらの事実を踏まえて、今後の地域材住宅のあり方を展望すると、地域にあった住宅や大工・工務店の基本的課題を解決するための住宅が求められており、地域らしさを醸し出す手段として地域材の利用、上下流の連携による合理的な住宅生産が期待されると判断された。

第2章では地域材住宅事業体65団体へのアンケート調査から地域材住宅の平均像を明らかにした。さらに地域材住宅事業体の活動の目的や内容の時代的な変遷を整理し、90年代に入り坪単価・床面積とも、一般的な在来工法木造住宅とほぼ同水準になってきたこと、木材産地ツアーなど交流を前面に出した住まい手対策を行うようになってきていることを明らかにした。先に示された地域材住宅の役割と比較しつつ、これまでに果たしてきた役割についてを考察した。

第3章では宮崎県諸塚村の「諸塚方式産直住宅」の事例を取り上げた。ここでは住宅用部材に葉枯らし材を用いているが、まち側との連携が葉枯らし材に付加価値を生じさせ、立木価格の上昇につながっていることを明らかにした。こうした立木価格の上昇が、一部の森林所有者の森林管理への意欲を強くかき立てていることが示唆された。諸塚村では現状の3倍程度まで葉枯らし材の潜在的な生産力のあること、諸塚村と森林組合では葉枯らし材生産には再造林の確約を求めていることから、今後量的な拡大に伴って、産直住宅事業の森林管理に及ぼす影響は大きくなると期待される。

第4章では香川県高松市の「木と家の会」と高知県嶺北地域の「れいほく森林と木の会」の事例を取り上げた。両会は森林・木材協定を締結し、住宅用部材を生産する協定林には再造林や間伐を求めている。さらに嶺北地域の利用可能な森林資源が今後若齢化することを見据えた木材の規格化を図っている。協定による諸効果を十分に発揮するためにも、量的な拡大を図る努力がなされている。嶺北地域の森林資源、香川県の住宅市場や施工技術水準と言った、地域の諸条件にあわせた住宅生産システムを採っていることを明らかにした。

第5章では熊本市の新産住拓株式会社の事例を取り上げた。まず熊本県内における当該社のシェア推移と共に住宅コンセプトの変遷を時系列的に比較することによって、耐震性・健康といった住宅品質の高さを、わかりやすく住まい手に伝えることが支持に繋がっていることを明らかにした。次に木材流通の変遷についても整理し、コスト低減を目指した結果、地域材利用にたどり着いたことを明らかにした。木材産地との強い結びつきが木材の量的・質的両面に及ぶ安定的な供給システムを成立させていることが示唆された。

終章では課題に即して総括した。地域材住宅事業は立木価格を上昇させうるなど、林業への質的効果は少なくないものが見受けられた。量的効果は現在のところ限定的ではあるが、今後の事業の拡大に伴って、森林管理に大きく影響することが期待される。多くの関係者が携わる地域材住宅においては、やま側は森林資源、まち側は施工技術水準や住宅市場などそれぞれの条件を熟知しており、やりとりする部材の規格や住宅の設計などに関する合理的なルールを確立することにより、森づくりを見据えた住宅生産システムを構築していけることが地域材利用の最大の意義と結論した。

以上、本論文は、木造住宅事業(林業政策)の適切な森林管理(森林資源政策)への寄与を探り、森林・林業基本法の理念実現に資する意欲的な取組であり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/40231