学位論文要旨



No 216469
著者(漢字)
著者(英字) Kremenskoy Maksym
著者(カナ) クレメンスコイ マキシム
標題(和) 哺乳類の発生期におけるゲノムワイドなCpGアイランドのメチル化解析
標題(洋) Genome-wide Analysis of DNA Methylation of CpG Islands during Mammalian Development
報告番号 216469
報告番号 乙16469
学位授与日 2006.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16469号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 西原,真杉
 東京大学 特任教授 八木,慎太郎
 東京大学 助教授 今川,和彦
 東京大学 助教授 山内,啓太郎
 東京大学 助教授 田中,智
内容要旨 要旨を表示する

DNAメチレーションはX染色体の不活性化、インプリンティング、トランスポゾンの不活性化、そして不必要な転写ノイズの抑制に関連することが示されてきた。DNAメチレーションは細胞、組織特異的発現をする遺伝子の制御にも関与しており、T-DMR(組織細胞特異的メチル化領域)のメチル化を伴い遺伝子発現制御を行う。T-DMRはCpGアイランドと呼ばれるCpG出現頻度の高い領域に見いだされる。CpGアイランドはハウスキーピング遺伝子のように恒常的に発現する遺伝子のみならず、組織・細胞特異的発現をする遺伝子の転写開始点付近に存在し、転写制御に関わる機能を果たす。

分化した細胞、組織はそれぞれ特有の形質を持つが、同様に特有の多数のT-DMRのメチル化状況からなるDNAメチル化プロフィールを持つ。さらに、細胞・組織特異的なDNAメチル化プロフィールの形成が分化に伴って起こっており、正常なメチル化プロフィールの形成が正常な形質発現に関わることが示唆されている。

家畜の繁殖において、優れた形質を持つ動物の産生は重要な課題であり、これを達成するためにクローン動物の作出が試みられて来た。核移植におけるクローン動物の作出において、異常な発生と着床後の胎仔の流産は大きな課題である。正常な発生を達成するためには、分化した組織、細胞を特徴づける遺伝子が、連続して正しく発現する必要がある。この過程に正常なDNAメチル化プロフィールの形成は必須であると考えられ、クローン動物発生過程で異常なDNAメチル化プロフィールの形成が起こっているものと考えられる。

本仮説に基づき、本研究では、家畜の発生に伴うDNAメチル化プロフィールの形成過程を、モデルとしてマウスES細胞の分化によって算出されるテラトーマ、さらに成体核移植により作出されたクローンウシの胎仔、胎盤、及び移植供与核のDNAメチル化プロフィールを、ゲノムワイドに調べた。また正常な発生に重要な役割を果たす2つの遺伝子のDNAメチル化状況を解析し、家畜の発生、特にクローンウシの発生に果たすDNAメチル化の役割について検討を加えた。

第1章

胚性幹細胞(ES細胞)から胚様体(EB)への分化は、哺乳類発生初期に決定される細胞系譜を、in vitroで研究する系として有効である。この系を用いることにより、組織細胞特異的メチル化領域(T-DMR)が247箇所のCpGアイランドに存在することが既に示されている。この結果は、哺乳類の発生においてCpGアイランドのメチル化パターンの形成が重要なエピジェネティック事象であることを示している。

本章では、ES細胞、EB、ES細胞から発生した奇形腫のCpGアイランドのメチル化状態体を、制限酵素NotIをランドマークに用いたRLGS(Restriction landmark genomic scanning)法を用いることにより、ゲノムワイドに解析した。この結果を、正常な胎仔(10.5日胚)と成体の組織のゲノムDNAのCpG:アイランドのメチル化状況と比較した。これらの結果を基に、奇形腫に特異的にメチル化、非メチル化される新規なT-DMRを含む259箇所のT-DMRからなるDNAメチル化パネルを構築した。DNAメチル化パターンは複雑であり、ES細胞、EB、奇形腫ごとに異なっており、この結果はメチル化及び脱メチル化の新生が分化に伴い起こっていることを証明している。細胞間、組織間でDNAメチル化パターンを比較したところ、奇形腫がES細胞からエピジェネティックに最も異なっていることが明らかとなった。本研究により作成したDNAメチル化プロフィールの解析は、ES細胞、胎仔、EB、奇形腫、そして体細胞組織の発生、分化に関し新たな洞察を提供する。

第2章

核移植における動物の作出において、異常な発生と着床後の胎仔の流産は大きな課題である。クローン動物の低生存率の原因の一つは異常なDNAメチル化である。哺乳類ゲノムにおいて、CpGアイランドはハウスキーピング遺伝子の転写開始点に良く存在し、組織特異的な遺伝子に伴って存在する。CpGアイランドのDNAメチル化状態が正しく連続して起こる機構が、細胞・組織・器官の特徴を決める細胞種特異的な遺伝子発現に必須である。

CpGアイランドに存在するT-DMRはマウス、ラット、ヒトゲノムにおいて検討されてきたが、ウシゲノムでの報告は無い。レプチンは母体と胎児胎盤間の相互作用の制御に関わり、胎仔、胎盤の生長に役割を持つ。POU5F1はオクタマー結合転写因子4をコードし、動物の発生に関与する。

本章では人工授精と核移植によって作出された妊娠48日および59日目のウシ胎仔とその胎盤におけるLeptin遺伝子、POU5F1遺伝子のCpGアイランドのDNAメチル化状態を解析した。DNAメチル化は、クローンの胎仔、胎盤、子宮内膜組織において異なっていることを、バイサルファイトシークエンス法およびパイロシークエンス法によって確認した。ウシのLeptin遺伝子、POU5F1遺伝子に見いだしたこれらの組織特異的DNAメチル化可変領域において、核移植により作出された胎仔では、人工授精により作出された胎仔に比べDNAメチル化状態の変化が大きいことを見いだした。

第3章

CpGアイランドはハウスキーピング遺伝子、および多くの組織特異的遺伝子の転写開始領域にあり、CpGアイランドに起こるDNAのメチル化は、正常な胎仔の発生、細胞分化に重要な機能を果たしている。体細胞の核移植により、多くの哺乳類種において成体を得ることが出来るようになったが、最終段階まで発生する成功率はいまだ数パーセントと低い。高率に観察される妊娠初期の流産、周産期の死には、ドナー核の核移植後に起こるCpGアイランドの異常なエピジェネティック変化が関与しているものと考えられるが、それについて十分な解析の報告が無い。

第3章に於て、Restriction Landmark Genome Scanning (RLGS)法を用いて、培養卵丘細胞から得た核移植ドナーの核、およびクローン胎仔の組織のゲノム全域のDNAメチル化プロフィールを初めて調べた。RLGSプロフィールに現れる約2600箇所のメチル化されていないNotIサイトのうち、35箇所でメチル化の違いが観察された。この解析により、人工授精によって作出された胎仔および核移植で得られた胎仔の胎盤、胎仔組織には、組織特異的なDNAメチル化を受けるCpGアイランドがあることが明らかとなった、さらにクローン動物の脳、胎盤で、DNAメチル化の異常と思われる複数の部位を見いだした。

総括

正常に組織が分化発生するためには、ゲノムワイドに存在するT-DMRのDNAメチル化プロフィールの形成が必須である。奇形腫は、多くの分化した細胞を含むため、動物の初期発生時の細胞分化のモデルとして用いられてきた。本研究における奇形腫をモデルに用いた解析により、分化に伴いDNAメチル化プロフィールが形成されることが確認され、さらに異常なDNAのメチル化プロフィールの形成が、奇形腫の形成に関与していることが示唆された。

畜産において、優れた形質を持つ動物の繁殖は大きな課題であり、クローン技術の開発が行われてきた。実験動物であるマウスを用い、成体まで発生した個体の組織でも、DNAメチル化状態の異常が報告されている。本研究により、クローンウシの胎児期に組織特異的なDNAのメチル化プロフィールが、異なるDNAメチル化プロフィールを持つ供与核から正しく形成されていくことが確認された。その一方、異常なDNAメチル化を示す部位も多数存在し、DNAメチル化プロフィール形成の異常が、クローンウシに頻繁に観察される発生異常に関与していることが示唆された。

本研究で得られたT-DMRのメチル化状況を示すパネルは、クローン個体の正常さを知る指標として用いることが可能と考えられ、クローン胎仔で発見された異常なT-DMRの同定と解析により、クローン個体のDNAメチル化状況を指標とする診断法の開発につながることが期待できる。

またメチル化が異常であったT-DMRのメチル化状況を正常に戻すことが可能となれば、クローン技術の飛躍的な発展につながることが期待される。すでにアンチセンスRNAを用いることによりDNAメチル化状況を変化させることが出来ることが一部の遺伝子座で確認されており、今後、正常発生にクリティカルな遺伝子座の同定と、その治療法の開発が求められる。

本研究で得られた結果は、畜産分野のみならず再生医療分野にも適用可能である。発生分化に伴う正常なDNAメチル化プロフィールの樹立は共通する課題であり、本研究で得られた結果は、新たな技術を生み出す重要な手がかりを提供している。

審査要旨 要旨を表示する

家畜の繁殖において、優れた形質を持つ動物の産生は重要な課題であり、これを達成するためにクローン動物の作出が試みられて来た。核移植におけるクローン動物の作出において、異常な発生と着床後の胎仔の流産は大きな課題である。正常な発生を達成するためには、分化した細胞・組織を特徴づける遺伝子が、秩序正しく発現する必要がある。哺乳類のゲノムには、細胞・組織特異的にメチル化修飾状態が変化する領域(T-DMR)が多数存在し、近傍の遺伝子発現を制御していると考えられている。T-DMRのメチル化あるいは非メチル化の組み合わせは膨大で、細胞種に特異的なDNAメチル化プロファイルが形成されている。哺乳類胚発生には、このDNAメチル化プロファイルのダイナミックな変化が伴う。本論文では、発生に伴うDNAメチル化プロファイルの形成過程とその異常に関する知見を得る目的で、マウス胚性幹細胞(ES細胞)から形成されるテラトーマ、および、体細胞核移植(NT)により作出されたクローンウシの胎仔、胎盤組織をモデルにDNAメチル化プロファイルを解析したもので、3章より構成されている。

第1章では、マウスES細胞、胚様体(EB)、およびES細胞から発生誘導したテラトーマのCpGアイランドを中心としたDNAメチル化状態が、制限酵素NotIをランドマークに用いたRLGS (Restriction landmark genomic scanning)法により解析された。予想どおり、DNAメチル化プロファイルは、ES細胞、EB、テラトーマで互いに異なっており、分化に伴いDNAメチル化と脱メチル化の両方が起きていることが証明された。

第2章ではウシゲノムにおける2つのCpGアイランドを有した遺伝子座のDNAメチル化解析が行われた。Leptin遺伝子は母体と胎仔胎盤間の相互作用の制御に関わり、胎仔、胎盤の成長に役割を持つタンパク質をコードする。また、POU5F1遺伝子はオクタマー結合転写因子4をコードし、哺乳類初期発生に重要である。人工授精とNTによって作出されたクローンウシ胎仔(妊娠48日および59日齢)、およびそれらの胎盤組織における、両遺伝子座のCpGアイランドのDNAメチル化状態を解析すると、ウシ胎仔、胎盤、子宮内膜組織においてDNAメチル化状態が異なっていることが明らかになった。CpGアイランドに存在するT-DMRはマウス、ラット、ヒトゲノムにおいて発見されていたが、ウシゲノムでの報告は無い。両遺伝子座に見いだされたこれらのT-DMRにおいて、NTにより作出された胎仔では、人工授精により作出された胎仔に比べDNAメチル化状態の変化が大きいことも見出された。

第3章では、RLGS法を用いて、培養ウシ卵丘細胞から得た核移植ドナーの核、およびNTクローンウシ胎仔組織のゲノム全域のDNAメチル化プロファイルが調べられた。RLGSプロファイルに現れる約2600箇所のNotI認識部位のうち、35箇所でDNAメチル化の違いが観察された。この解析により、人工授精によって作出された胎仔およびNTで得られた胎仔の胎盤、胎仔組織には、組織特異的なDNAメチル化を受けるCpGアイランドがあることが明らかとなった。さらにクローン動物の脳、胎盤で、DNAメチル化の異常と思われる複数の部位が発見された。

本研究では、テラトーマをモデルに用いた解析により、分化に伴いDNAメチル化プロファイルが形成されることが確認され、さらに異常なDNAのメチル化プロファイルの形成が、テラトーマの形成に関与していることが示唆された。また、クローンウシ胎仔期の研究では、組織特異的なDNAメチル化プロファイルが、異なるDNAメチル化プロファイルを持つ供与核からも一部正しく形成されていくことが確認された。しかし、異常なDNAメチル化を示す部位も多数存在し、DNAメチル化プロファイル形成の異常が、クローンウシに頻繁に観察される発生異常に関与していることが示唆された。このように、マウスES細胞を用いテラトーマ形成に伴うDNAメチル化プロファイル形成が明らかにされ、正常と異常な細胞分化についてのエピジェネティクス情報が得られた。また、ウシを対象に、正常発生とクローン発生におけるDNAメチル化解析も行われた。発生・分化に伴う正常なDNAメチル化プロファイルの確立は共通する課題であり、本研究で得られた結果は、新たな技術を生み出す重要な手がかりを提供している。これらは、基礎生物学で重要な知見であるのみならず家畜繁殖分野および再生医療分野にも適用可能である。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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