学位論文要旨



No 216470
著者(漢字) 木村,尚紀
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ヒサノリ
標題(和) 関東地方南東沖におけるプレート構造と繰り返し地震
標題(洋) Structure of the Philippine Sea plate and repeating earthquakes off the southeastern coast of the Kanto district
報告番号 216470
報告番号 乙16470
学位授与日 2006.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16470号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩,貴哉
 東京大学 教授 瀬野,徹三
 東京大学 教授 佐藤,比呂志
 東京大学 教授 平田,直
 東京大学 講師 井出,哲
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

近年,プレートの運動を示す繰り返し地震と呼ばれる現象が見出され,プレート間すべりの推定に役立てられている.しかし,繰り返し地震の発生場は必ずしも十分調査されていない.そこで本研究では人工震源を用いプレート構造の詳細なイメージングを行い,繰り返し地震の発生場を詳細に解明することを目的とした.そのために,関東地方南東沖で実施されたマルチチャンネル反射法構造探査データの解析を行い,ついで自然地震の後続位相の検討からプレート構造と自然地震の位置関係を推定し,関東地方で繰り返し地震を検出しその発生場を推定した.関東地方南東部は,プレートの沈み込み口が陸域の直近に位置し内陸の地震観測網のすぐ下でプレート境界方の地震活動が発生し,このような研究には最適な場所である.

人工震源を用いたプレート構造のイメージング

関東地方南東沖で実施されたマルチチャンネル反射法構造探査のデータの処理・解析を行った.その結果,フィリピン海プレートの境界が深さ17 kmまでイメージングされた.また,フィリピン海プレートの最上部にシート状の構造が見出され,同程度の深さまで存在することが明らかとなった.房総半島・九十九里浜沖の測線では,深さ14−20kmに低速度層の存在することが明らかとなった.同領域では,下部地殻相当の深さのフィリピン海プレートのイメージングが本研究によって初めて得られた.

プレート構造と自然地震の位置関係

房総半島九十九里浜沖の地震では, PとSの間にRadial成分に富んだ相がしばしば観測される(図2,以後X1と呼ぶ). X1はSより早く到着することからP・SV変換された波と推定される. X1の走時の震源深さ・震央距離依存性を調べた結果,広い範囲の深さの地震についてP波との走時差が連続的に変化することから,震源域上方の速度不連続面における変換波であることが明らかとなった. X1の走時は,深さ20km前後に変換面を置いた場合におおよそ再現された.前述の反射法構造探査の結果と比較すると,このような不連続面として房総沖で見出された低速度層がもっとも妥当である.深さ50-60kmの自然地震についてP波初動部分の波形のピークで時刻をそろえstackingを行い, P波初動1sの波形とX1のRadial成分との相互相関解析を行った.その結果,両者は同位相であることが判明した.このことからX1は低速度層下面のPS変換波であることが明らかとなった.

繰り返し地震の発生場

関東地方で,防災科学技術研究所・関東東海地殻活動観測網によって蓄積されたデジタル波形データを用い繰り返し地震の解析を行った.1979年以降に発生したフィリピン海プレートの沈み込みに関連した約23000のイベントについて検討した結果,263グループ,813イベントの繰り返し地震が見出された.関東地方東部で発生する繰り返し地震は,フィリピン海プレートに関連した震源域の最上部に分布し,低角逆断層型のメカニズム解を持ち,過去に20年間にわたってほぼ一定の間隔・規模で繰り返してきたことからプレート境界におけるすべりを表していることが明らかとなった.次に,九十九里浜沖を対象としてDouble Difference法を用いて相対震源決定を行った.この結果,繰り返し地震は震源域の最上部に分布することが明らかとなった.相対震源決定で得られた震源分布には,特に深さの絶対値にはある不確定性が含まれているため,2.でイメージングされた構造を用い,直達S波と3.で見出された位相X1との走時差を用いてこれを推定した.各々の深さの変化量について走時差の理論値を求め,観測された走時差との残差が最も小さくなる変化量をグリッドサーチにより推定した.この結果最適な変化量は-2.5 kmと推定され,この値を適用したところ繰り返し地震は低速度層下面から1.0 km以内に発生していることが明らかとなった.以上から,九十九里浜沖の低速度層下面の極近傍にプレート間すべりを表すと考えられる繰り返し地震が分布し,このことから低速度層の下面に沿ってプレート間すべりの発生している可能性の高いことがわかった.

フィリピン海プレートの沈み込み様式

2.でイメージングされた低速度層の上面は極めて鋭い速度不連続が推定され内部は極めて透過ある.このような特徴と周辺の構造との比較の結果,低速度層の実体としてフィリピン海プレート最上部に見出される海底火山噴出物の層に相当する可能性の高いことがわかった. 4.の結果とあわせて総合的に解釈するとフィリピン海プレート最上部のシート状の構造がプレート本体から剥離され内陸地殻に付加されていく底付け付加(Underplating)と呼ばれる現象の発生している可能性の高いことが明らかとなった(図4).

図1. 反射法構造探査により得られた関東地方南東沖のイメージング(縦横比は1:2).

図2. 房総半島沖の地震(星印)の勝浦観測点(KTU)における波形例(1-4 Hz)および位相X1の粒子軌跡.

図3. 相対震源決定された九十九里浜沖の震央分布(上図:図2の矩形領域に相当)および南北断面図(下図).青丸および赤丸は1994/05/01より前および以後の繰り返し地震.反射法構造探査の測線(緑実線)およびイメージングされた低速度層の上下面をあわせて示す.震源深さは推定された変化量が適用されている.

図4. 関東地方南東沖のフィリピン海プレートの沈み込み様式の模式図.深部では低速度層下面近傍でプレート間すべりが発生し,浅部では上面で発生している.深部のすべり域はスロースリップイベント発生域の深部に位置する.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,6章から構成されている.第1章はイントロダクションである.これまでの構造探査や自然地震を用いたプレート構造の推定に関する研究を紹介し,各々の方法の問題点(分解能,イメージングの連続性等)を指摘している.更に,プレート境界の地震活動として注目されている繰り返し地震についての研究を振り返り,その発生場や微細構造が十分わかっていない点を指摘している.

第2章は,関東地方南東沖のプレート構造の反射法イメージングについて述べられている.即ち、2つの既往反射法探査データ(防災科学技術研究所測線及び石油公団測線)を入念に再解析した。前者では,関東地方南東沖のフィリピン海プレートの沈み込み構造を,深さ17kmまで明瞭なイメージが得られた.また、後者のデータからは、深さ14-20kmに速度の逆転層(低速度層)のあることを初めて明らかにした。本論文対象域のプレートの沈み込み構造は,これまで十分にわかっていなかった.プレート境界近傍の微細構造としての低速度体の存在を明らかにしたという点で高く評価される。

第3章では,プレート構造と自然地震の位置関係について述べられている.房総半島九十九里浜沖の地震で観測される後続波に着目し,その走時,極性及び振幅の震源深さ・震央距離依存性を総合的に調べた結果,この波は第2章で発見された低速度層の下面からのP-SV変換波であることが明らかになった.本研究では,第2章で求めた構造を元に,相互相関法とstacking法を組み合わせるなどしてS/Nを上げて,変換波の同定を絞り込んだ.この研究の手法には評価すべきものがあり,また,低速度体が単に構造探査域直下だけでなく,広範に分布している可能性を示したこともプレート境界の微細構造に関する重要な知見と考える.

第4章では,関東地方における繰り返し地震の発生場を取り扱っている.過去の微小地震23,000個を調べ,関東地方東部では低角逆断層型の繰り返し地震が過去に20年間にわたってほぼ一定の間隔・規模で発生し,それがプレート境界におけるすべりを表わしていることを示した.更に,九十九里浜沖における繰り返し地震についてその震源を精度よく決定する目的で,Double Difference法を用いて相対震源決定を行った.その後に絶対位置推定の補正量を,第3章で述べた変換波と直達S波の走時差から推定した.尚,この計算には,第2章で得られた構造を用いている.その結果,繰り返し地震は低速度層下面から1.0 km以内に分布することが明らかとなった.即ち,九十九里浜沖の低速度層下面の極近傍にプレート間すべりを表すと考えられる繰り返し地震が分布し,このことから低速度層の下面に沿ってプレート間すべりの発生している可能性の高い.これまでの研究では,繰り返し地震の発生場所はプレート境界であるという漠然とした認識にとどまっていた.これに対し,本研究では,繰り返し地震発生場とプレート構造の位置関係を直接的に示した.この点は,高く評価すべきであろう.

第5章は議論に当てられ,本論文の結果をフィリピン海プレートの沈み込み様式の点から考察している.第2章で得られた構造の反射法イメージのパターン,周辺において過去に得られた地震波速度構造等の結果に基づき,第2章及び第3章で発見された低速度体がフィリピン海プレート最上部に見出される海底火山噴出層に相当する可能性の高いとした.この立場に立って本論文の結果を総合的に解釈すると,フィリピン海プレート最上部のシート状の構造がプレート本体から剥離され内陸地殻に底付け付加(Underplating)作用が進行している可能性の高いことになる.本論文で示された結果は,対象領域の沈み込み様式を考える上で重要な拘束条件となることは間違いないであろう.

第6章は,本論文のまとめであり,得られた結果が簡潔にまとめられている.

本研究の対象域では良質の構造探査データと自然地震データがそろっている.本研究はこれらのデータを有機的に解析することによって,これまでの研究の難点を克服し,関東地域のプレート構造と詳細な地震活動解明を目指した.関東地方南東沖におけるフィリピン海プレートの沈み込みの構造を,反射法データから詳細にイメージングした.この結果を土台にし,自然地震によるプレート構造の推定を行い,繰り返し地震の発生場所を,プレート沈み込み構造の中で明確に位置づけた.この様な研究は過去に行われたことはなく,高く評価されるべきであろう.

尚,本論文第4章は,防災科学技術研究所笠原敬司,東京大学地震研究所平田直,五十嵐俊博との共同研究であるが,論文提出者が主体的な解析・解釈を行っており,その寄与は十分と判断する.

よって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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