学位論文要旨



No 216471
著者(漢字) 田中,愛幸
著者(英字) Tanaka,Yoshiyuki
著者(カナ) タナカ,ヨシユキ
標題(和) 球対称地球モデルを用いた余効変動理論の拡張
標題(洋) Computing Global Postseismic Deformation in a Spherically Symmetric, Non-Rotating, Viscoelastic and Isotropic (SNRVEI) Earth Without Artificial Assumptions
報告番号 216471
報告番号 乙16471
学位授与日 2006.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16471号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 孫,文科
 東京大学 教授 川勝,均
 東京大学 教授 加藤,照之
 東京大学 教授 松浦,充宏
 東京大学 教授 大久保,修平
内容要旨 要旨を表示する

近年、スマトラ島沖地震等の大規模な地震により生じる地殻変動や重力変化が、震源からの距離が1,000kmを超えるような遠地において、GPS等の宇宙測地技術や超伝導重力計等によって観測され始めている。このような大スケールの変形を精密にモデル化するため、地球をよく使われる半無限媒質の代わりに球体として扱う理論分野がグローバル変形の分野である。

そのような分野において、球対称地球モデルを用いた粘弾性余効変動の理論が、これまでにいくつか提出されてきた。ところが、それらのどれもが、ある奇妙な仮定を採用している。その仮定とは、圧縮性(体積・密度の変化)が無視できるという仮定、そして、連続的に変化していると考えられる地球の層構造(弾性定数・密度・粘性)が数層程度で近似可能であるという仮定の2つである。実は、これらの仮定が、仮定を用いない場合に対してどれほど差をもたらすのかを検証した例は少ない。それでもなお、それらの仮定が用いられているのは、これまでの手法の土台であるノーマルモード法が、仮定を用いなければ現実的には破綻してしまうからである。

本研究では、それらの仮定を用いずに粘弾性余効変動を計算する手法を世界で初めて開発し、これまで知ることのできなかった圧縮性と連続的な層構造による効果を計算した。その結果、従来手法との差は変位速度で1cm/年を超え、GPS等、現在の観測手法によって、十分検出可能であることが確かめられた。

本手法の開発により、粘弾性に基づく変動の計算手法が改善されたことは、余効変動のメカニズムの再評価を促す。実例として、2003年十勝沖地震により生じた余効変動の、遠地でのGPS観測結果に本手法を適用した。その結果、単純な震源モデルと合理的な範囲内の地殻下部の粘性を用いて、余効変動の時系列が説明できた。このことは、その余効変動のメカニズムを余効すべりとして説明したこれまでの研究結果に対する反証となる。

結論として、観測技術に見合う計算手法の開発を行ったこと、そして、それを用いて余効変動における粘弾性の役割の再評価の可能性を開いたという2点が、本研究の主な業績である。今後の課題として、水平不均質の取り込み、スマトラ島沖地震等のイベントや地震サイクルへの本手法の適用、海面上昇検出のための検潮所の上下変動の補正等に応用していく予定である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,球対称地球モデルを用いて余効変動を計算する新しい手法について論じたものである.

第一章では,本研究の背景と動機が述べられている.まず,余効変動の観測事例が紹介されている.続いて,空間スケールの大きな変動を扱うための,球対称地球モデルを用いた余効変動理論の必要性が示され,これまでの研究における計算手法と問題点のレビューが行われている.そして,それらの問題点を回避するために用いられてきた仮定を使用しない新しい計算手法を開発し,これまでの手法との差を明らかにすべきであるという,本研究の第一の動機が述べられている.一方,余効変動のメカニズムについてはまだ議論があることが示され,そのメカニズムの特定が地震サイクルにおいて重要な意味を持ち,改善された手法を用いて粘性緩和の寄与を再評価すべきであるという,第二の動機が述べられている.

第二章では,これまでの手法の理論的枠組みであるノーマルモード法と,無数のモードの存在によって計算が破綻する仕組みが,詳細に記されている.さらに,それらを避けるために非圧縮を仮定し,また,地球の層構造を単純化したモデルを用いられてきたことが述べられている.

第三章では,第二章で述べた無数のモードを評価することのできる,数値逆ラプラス積分を利用した新しい手法の原理と計算手続きが詳細に解説され,相反定理(Okubo,1993)を用いてグリーン関数を定式化している.

第四章では,新しい手法で求めたグリーン関数の計算結果が網羅的に示されている.これらの計算結果の確からしさが,過去の研究の結果と比較して示されている.続いて,震源の深さやリソスフェアの厚さの違いによるグリーン関数の多様な変化が,アセノスフェアにおける応力緩和の大きさの違いによって統一的に説明されている.さらに,これまでの手法で求めた変位速度や永久変位と,本手法で求めたそれらとの差が,現在の観測技術によって検出可能かどうか調査している.逆断層と横ずれ断層のマグニチュード8程度の大地震についてそれらを求めた結果.最大で数十パーセントの違いが見られ,GPSやVLBI等により十分検出可能であることが確かめられた.

第五章では,本手法を2003年十勝沖地震に伴う余効変動へ適用している.その結果,地震発生後約1ヶ月間の急激な変化を除けば,GPSの変位データは粘性緩和で説明できることが示されている.これは,現在までの余効変動を余効すべりのメカニズムのみで説明した過去の研究に対する反証を提供している.続いて,グローバルな地球変形への応用として,2004年12月のスマトラ沖地震による地球の扁平率の変化を見積もり,検出可能なポストサイスミックな変化が生じないことが示されている.

第六章は結論の章であり,理論精度を観測精度に合わせるためには,これまでの計算で無視されてきた圧縮性や層構造の効果を取り入れるべきであり,さらに,余効変動のメカニズムとしての粘性緩和の寄与を見直す余地があると結論づけている.最後に,研究の今後の展望について簡単に述べている.

以上を要するに,本研究は,球対称地球モデルを用いた余効変動理論において,これまで無視されてきた圧縮性や層構造の効果を考慮することのできる手法をはじめて開発したものであり,研究の過程において,逆ラプラス積分の経路を計算精度が落ちないように工夫する,計算結果に物理的な解釈を加える,実際のデータに適用して実用性を詳しく論じている,余効変動メカニズムが再評価される可能性を示すなど,本学博士の学位授与に十分な研究成果であると考えられる.

なお,本論文のうち垂直変位,重力,ジオイドの変化については,奥野淳一,大久保修平との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/40232