学位論文要旨



No 216472
著者(漢字) 千葉,俊介
著者(英字)
著者(カナ) チバ,シュンスケ
標題(和) (−)-Sordarinの合成
標題(洋) Synthesis of (−)-Sordarin
報告番号 216472
報告番号 乙16472
学位授与日 2006.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第16472号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 助教授 磯部,寛之
内容要旨 要旨を表示する

Sordarin(1)は、子嚢菌Sordaria araneosaの代謝産物であり、真菌のタンパク質合成を選択的に阻害するため、真感染症に対する新しいリード化合物として注目されている。Sordarinの構造は、多置換ノルボルネンを含む特異な四環性ジテルペン骨格に、異常構造を有する単糖がβ(1.2-cis)-グリコシド結合したものである(Figure.1).アグリコンsordaricin(2)の合成では、歪んだ多置換ノルボルネン骨格の構築と、連続する不斉炭素中心の立体化学の制御が、その合成の鍵となる。本研究では、硝酸銀-ペルオキソニ硫酸アンモニウム-ビリジンを用いるシクロプロパノールからのβ-ケトラジカルの触媒的発生法、およぴパラジウム触媒を用いる分子内アリル化反応による、多置換ノルボルナノン骨格の構築法を新たに開発して、sordaricinの合成に成功した。また、立体制御の困難なβ(1,2-cis)-グリコシド結合の、1,3-遠隔立体制御を利用する構築法を開発して、sordarin(1)の合成を初めて達成することができた。

Sordaricin(2)の合成

逆合成解析

過去にsordaricin(2)の合成が2例報告されているが、いずれも生合成経路として提唱されている分子内|4+2|環化付加反応を利用して、ノルボルネン骨格を構築している。しかし、この方法では誘導体合成の汎用性に問題があるので、筆者は、Schemelに示すような合成計画を立案した。Sordaricin前駆体となる多置換ノルボルナノン3を、三環性化合物4から、パラジウム触媒を用いる活性メチン部位C(6)の分子内アリル化により合成しようと考えた。4の第四級炭素C(7)、および、アリル炭酸エステル部位C(5)は、ビニル金属試薬の付加反応によって5から構築することとした。5は二環性化合物6のカルボニル基を足がかりとして誘導できると考えた。

銀(I)触媒によるシクロプロパノールの酸化的ラジカル反応の開発

二環性化合物6は.筆者の所属研究室で開発された、ピコリン酸マンガン(III)を用いるシクロプロパノールの酸化的ラジカル生成反応によって、立体選択的に合成することが可能である。しかし、この反応は金属酸化剤となるピコリン酸マンガン(III)を化学量論以上用いなければならならず、大量スケール合成が困難であった。そこで,この酸化的ラジカル反応の触媒化を目指すことにした。まず、1-フェニルシクロプロパノール(7)とシリルエノールエーテル8との分子間反応をモデルとして、触媒化の検討を行った。その結果、7と8のDMF溶液に、触媒量の硝酸銀(1)、再酸化剤としてペルオキソニ硫酸アンモニウム、添加剤としてピリジンを加えて反応させると、目的の1,5-ジケトン9が触媒的かつ、収率良く得られることを見出した(式1)。

次に、この触媒反応を分子内反応に応用して、二環性化合物6の合成を行った。キナ酸より誘導したシクロヘキセノン10から3工程を経て、分子内にアルケン部位を有するシクロプロパノール11を合成した。11に、先の触媒条件下、ラジカル捕捉剤として1,4-シクロヘキサジエンを加えて反応させると、ビシクロ[5.3.0]デカン-3-オン6を立体選択的に合成することができた。

Pd(0)触媒を用いる分子内アリル化反応による多置換ノルボルナノンの合成

6から三環性化合物5への変換には、β-ケトエステル等価体となる4炭素ユニットをC(3)へ位置、および立体選択的に導入する必要がある。ところが、6にLDAを作用させても、位置選択的にC(3)-リチウムエノラートを調製することはできない。これに対して、筆者はN,N-ジメチルヒドラゾンを用いることで位置選択性を制御できることを見出した。すなわち、6をN,N-ジメチルヒドラゾンに変換し、LDA、続いて12を作用させると、位置選択的にC(3)位でアルキル化が進行する。引き続き、ヒドラゾンを加水分解すると、C(3)-エピメリ化も同時に進行し、望みのカップリング体13を立体選択的に得ることができた。13をエタノール中、ナトリウムエトキシドを加えて加熱すると、アセタールの脱保護、続く脱水縮合反応が一挙に進行し、5が得られた。5に2つのビニル基を串入して、第四級炭素[C(5),C(7)]の構築を行い、環化前駆体4を合成した。このようにして得た4にジオキサン中、NaHを塩基として加え、触媒量のPd(PPh3)4を作用させ加熱すると、π-アリルパラジウムとナトリウムエノラートの分子内カップリング反応によって2つの第四級炭素間[C(5),C(6)]の結合が効率よく形成され、sordaricin前駆体となる多置換ノルボルナノン3を収率良く得ることができた。本環化反応を進行させるためには、あらかじめNaHを添加してナトリウムエノラートアニオンを生成させておくことが重要である。現時点で、その反応機構は明らかではないが、π-アリルパラジウムとナトリウムエノラ-トの分子内金属交換によって反応点が近づき、続く生成物の還元的脱離によってカップリング反応が進行しているのではないかと推測している。本反応は、専らアルケンとシクロペンタジエン誘導体の[4+2]付加環化反応で合成されていたビシク[2.2.1]骨格の、新しい構築法として利用できる。

Sordaricin(2)の合成

3のカルボニル部位は立体的に遮蔽されており、置換基導入が非常に困難であった。そこで、種々のイソプロピル基導入法を検討した結果、3をエノールトリフラートに変換し、イソプロピルGrignard試薬と2-チエニルシアノクプラートから調整されるイソプロピル銅試薬を、HMPAを添加して反応させると、収率良く目的のイソプロピル化体14を得ることができた。次に、14の2つの末端アルケンの酸化的開裂を、オゾンや四酸化オスミウム-過ヨウ素酸ナトリウムを用いて試みたが、複雑な混合物を与えた。これに対し、14に、フェニルホウ酸存在下、四酸化オスミウムを作用させると、ノルポルネン部位の内部オレフィンを損なうことなく2つの末端ビニル基が選択的に酸化され,ビスフェニルホウ酸エステル15が得られた。これを過ヨウ素酸ナトリウムで処理することにより、ジアルデヒド16に変換することができた。16より、C(17),C(19)位の酸化度の調整、および脱保護基を経て、sordaricin(2)の合成を完了した。

Sordarin(1)の合成

1.3-遠隔立体制御によるβ(1,2-cis)-選択的なグリコシル化反応の開発

先に述べたようにsordarin(1)はsordaricin(2)に単糖がβ(1,2-cis)-グリコシド結合したものである。一般にβ(1,2-cis)-グリコシドは、エクアトリアルに配向したグリコシド結合を待つため、立体電子効果(アノマー効果)を利用できず、また、2位に導入したアシル系置換基の隣接基関与を利用できないため、その構築は困難とされている。そこで、筆者は、sordarinの単糖部位の3位ヒドロキシ基の立体化学に着目し、これに導入したアシル基の1,3-遠隔関与を利用することによって、β(1.2-cis)-選択的なグリコシル化を行おうと考えた(Seheme 5)。

まず、sordaricinのモデルとしてネオペンチルアルコールを用いてグリコシル化のモデル実験を行った。通常、α-体の生成が優先するが、3位に4-メトキシベンゾイルオキシ基を有するフッ化糖20と、ネオペンチルアルコールの混合物に、ジエチルエーテル中MS4A存在下、塩化スズ(II)と過塩素酸銀の混合ルイス酸を作用させた場合、β:α=3:1の選択性で目的のβ(1,2-cis)-グリコシド21を収率良く与えることを見出した。

(-)-Sordarin(1)の合成

先の知見をもとに、sordaricinエチルエステル18とフッ化糖20の混合物に、エーテル中、過塩素酸銀と塩化スズの混合ルイス酸を作用させたところ、期待通り立体選択的(β:α=6.5:1)にグリコシル化が進行し、4-メトキシベンジル基の除去を経て、収率良くβ(1,2-cis)-グリコシド23を得た。最後に、4-メトキシベンゾイル基の除去、エステル部位の脱エチルを経て、sordarin(1)へと導いた。合成した1の各種スペクトルデータおよび生物活性は天然物のものと一致した。

Scheme 1.Retrosynthetic Analysis

Scheme 6.Synthesis of(-)-sordarin(1)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、抗真菌活性天然物(-)-Sordarinの合成について2章にわたり述べたものである。

Sordarin(1)は、子嚢菌Sordaria araneosaの代謝産物であり、真菌のタンパク質合成を選択的に阻害するため、真菌感染症に対する新しいリード化合物として注目されている。Sordarinの構造は、多置換ノルボルネンを含む特異な四環性ジテルペン骨格に、異常構造を有する単糖がb(1,2-cis)-グリコシド結合したものである(Figure. 1)。これまで、様々なsordarin類縁体が合成されているものの、アグリコンsordaricin部位の化学修飾は極めて困難であるために、そのほとんどが単糖部位を修飾したものである。構造活性相関を調べるためには、sordaricin部位の誘導体も合成できる、汎用性の高い合成ルートの開発が望まれていた。

第一章では、アグリコンsordaricin (2)の合成について述べている。

過去にsordaricin (2)の合成が2例報告されているが、いずれも生合成経路として提唱されている分子内[4+2]環化付加反応を利用することで、そのノルボルネン骨格が構築されている。ところが、両合成ルートは、連続する不斉中心の構築や、環化前駆体となる多置換シクロペンタジエンの合成に多段階を要している。従来、ノルボルネンなどのビシクロ[2.2.1]骨格は、アルケンとシクロペンタジエン誘導体の[4+2]付加環化反応で合成されてきた。これに対して筆者は、遷移金属触媒を用いる分子内アリル化反応による、多置換ノルボルナノン3の新たな合成法を考案した(Scheme 1)。

まず、筆者は、触媒量のAgNO3、再酸化剤として(NH4)2S2O8、添加剤としてピリジンを用いるシクロプロパノールの触媒的一電子酸化による、効率的なb-ケトラジカル生成法を開発した。この反応を用いて、キナ酸より誘導した二環性シクロプロパノール7から、ビシクロ[5.3.0]デカン-3-オン6を立体選択的に合成することに成功している(Scheme 2)。

6から合成した三環性化合物4に、1,4-ジオキサン中、NaHと触媒量のPd(PPh3)4を作用させると、p-アリルパラジウムとナトリウムエノラートの分子内カップリング反応によって、2つの第四級炭素間[C(5)-C(6)]の結合が構築され、多置換ノルボルナノン3が収率良く得られることを見出した。本環化反応では、あらかじめNaHを添加してナトリウムエノラートを生成させておくことが重要である。筆者は、その反応機構について、p-アリルパラジウムとナトリウムエノラートの分子内金属交換によって反応点が近づき、続く生成物の還元的脱離によってカップリング反応が進行していると推測している。さらに本反応は、種々の置換基を有するビシクロ[2.2.1]骨格の構築法として広く利用できることも明らかにしている。3から、イソプロピル基の導入、OsO4-PhB(OH)2を用いる末端アルケンの選択的ジヒドロキシ化を経て、(-)-sordaricin (2)へと導いている。

第二章では、sordarin (1)の合成について述べている。

先述したように、sordarin (1)はsordaricin (2)に単糖がb(1,2-cis)-グリコシド結合したものである。b(1,2-cis)-グリコシドは、エクアトリアルに配向したグリコシド結合を持つため、アノマー効果を利用できず、また、2位に導入したアシル系置換基の隣接基関与を利用できないため、その構築は困難とされている。筆者は、sordarinの単糖部位の3位ヒドロキシ基の立体化学に着目し、これに導入したアシル基の1,3-遠隔関与を利用することによって、b(1,2-cis)-選択的なグリコシル化を試みている(Scheme 4)。

まず、モデル実験によるb(1,2-cis)-選択的なグリコシル化法の開発を検討した。その結果、3位に4-メトキシベンゾイルオキシ基を有するフッ化糖8と、ネオペンチルアルコールの混合物に、ジエチルエーテル中MS 4A存在下、SnCl2とAgClO4の混合ルイス酸を作用させた場合、b-選択的に目的のグリコシド9を与えることを見出した(式1)。

この知見をもとに、sordaricinエチルエステル10とフッ化糖8の混合物に、エーテル中、SnCl2とAgClO4の混合ルイス酸を作用させたところ、期待通り立体選択的(b : a = 6.5 : 1)にグリコシル化が進行し、4-メトキシベンジル基の除去を経て、収率良くb(1,2-cis)-グリコシド12を得ることに成功した。最後に、4-メトキシベンゾイル基の除去、エステル部位の脱エチルを経て、sordarin (1)へと導いた。合成した1の各種スペクトルデータおよび生物活性は、天然物のそれと一致することを確認している。

以上述べたように、筆者は、硝酸銀-ペルオキソ二硫酸アンモニウム-ピリジンを用いるシクロプロパノールからのb-ケトラジカルの触媒的発生法、およびパラジウム触媒を用いる分子内アリル化反応による、多置換ノルボルナノン骨格の構築法を新たに開発して、sordaricin (2)の合成に成功している。また、立体制御の困難なb(1,2-cis)-グリコシド結合の、1,3-遠隔立体制御を利用する構築法を開発して、sordarin (1)の合成を初めて達成している。これらの研究業績は、有機合成化学や天然物化学の分野に貢献すること大である。本研究は、奈良坂紘一、北村充、曹征雁、Serry Atta Atta El Bialy、との共同研究であるが、論文提出者の寄与は十分であると判断される。従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

Scheme 1. Retrosynthetic Analysis

Scheme 6. Synthesis of (-)-sordarin (1)

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