学位論文要旨



No 216474
著者(漢字) 寺谷,卓馬
著者(英字)
著者(カナ) テラタニ,タクマ
標題(和) 増加する高齢者肝細胞癌に対する治療
標題(洋)
報告番号 216474
報告番号 乙16474
学位授与日 2006.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16474号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 助教授 國土,典宏
 東京大学 助教授 大西,真
 東京大学 助教授 池田,均
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景および目的]

肝細胞癌はアジアのみならず、米国やヨーロッパでも増加している頻度の高い悪性疾患のひとつであり、これにはC型肝炎ウイルスの蔓延が関与していると考えられる。C型肝炎ウイルスに関連した肝細胞癌患者の年齢は、B型肝炎に比べて有意に高齢であり、さらに肝機能が低下した肝硬変を伴なうことが多いと以前から報告されている。C型肝炎ウイルスによる肝硬変では、多中心性の発癌性を有し、B型肝炎に比べて癌の再発率も高い。よって、C型肝硬変が多くみられる高齢者の肝細胞癌に対しては、若年者とは異なる治療が求められるであろう。一方、経皮的エタノール注入療法が導入される前までは、肝切除術が唯一、局所根治性を有する治療法であった。以前、高齢者で特に肝硬変に合併した肝細胞癌に対する肝切除は、有意に致死率や有病率が高いことがいくつかの論文で示されていたが、最近、高齢の肝細胞癌患者に対しても、若年者と同様に肝切除術が施行された報告もみられるようになった。我々は、全ての患者に対して、局所根治性を求めて経皮的局所療法を施行してきた。高齢の肝細胞癌患者に対する経皮的エタノール注入療法の成績を述べた報告は少なく、我々は経皮的エタノール注入療法を単独で施行した114例の高齢肝細胞癌患者について、後ろ向き・コホート研究により、臨床的特徴や予後を検討した。

[方法]

1985年から1997年の間に、東京大学医学部附属病院および関連施設に入院となった一連の肝細胞癌患者721名のうち、経皮的エタノール注入療法が単独で施行された573名を対象にした。これらは1)超音波検査にて全ての結節が描出可能であり、2)経カテーテル的肝動脈塞栓術が肝細胞癌に対する初回治療として無効であった場合、腫瘍減量術としての効果が期待でき、3)難治性腹水がないといった基準を満たしていた。経皮的エタノール注入療法が初回に施行されたときの年齢により、患者を分類した。453名が男性で、138名が女性、年齢の範囲は35歳から87歳であった。肝細胞癌と病理組織学的に診断されたのは308名で、残りの265名については、ダイナミックCT検査上の特徴的な所見から診断された。経皮的エタノール注入療法は超音波ガイド下に、15cm長の21G針を用いて施行した。病変の完全壊死が確認されるまで、週に1ないし2回の治療を継続した。完全壊死は全ての病変で、1 -2か月後のダイナミックCTにて確認された。腫瘍再発の追跡調査として、3か月毎の超音波検査や6か月毎のCT検査を施行した。また1995年10月以降は経皮的マイクロ波凝固療法、1999年2月以降は経皮的ラジオ波焼灼療法を導入した。経皮的エタノール注入療法後、輸血やドレナージ術等の観血的治療を要したもの、または入院期間が一週間以上延長した症例や腫瘍播種を合併症と診断した。エタノール注入時に生じる疼痛や短期間の発熱は合併症とは診断しなかった。追跡期間は初回経皮的エタノール注入療法施行日から死亡もしくは2004年12月31日までの期間と定義し、平均追跡期間は4.6年(0.6〜218.4月)であった。結果は平均値±標準誤差で示し、カイ二乗検定やStudent t testにて比較した。肝細胞癌再発率や生存率はKaplan-Meier法を用いて、初回経皮的エタノール注入療法の日時から計算され、log-rank testにて統計解析された。また死亡に寄与する因子について、Coxの比例ハザードモデルにて分析した。死亡解析には人年法を用い、治療時の年齢に関するリスク下患者表を作成し、報告されている1994年の日本における年齢、性に特定される死亡率と対応するリスク人年表のそれぞれの数値を掛けて算出した。標準化死亡比は、観察死亡者数を死亡期待値で割算して計算した。標準化死亡比に対する95%信頼区間は、ポアソン分布を用いて評価し、2群間の標準化死亡比を検定した。

[結果]

1985年から1990年までの間は、患者の平均年齢は60歳で、70歳以上の患者の割合は14%であったが、1996年から1997年の間は、患者の平均年齢は65歳で、70歳以上の患者の割合が29%であった。当院において、後期の高齢者(70歳以上)の割合が前期の約2倍となった。114名(20%)の患者が70歳以上の高齢者群となり、19名が80歳以上で、最高齢は87歳であった。年齢によって女性患者の比率は増加した(若年者群の21%対高齢者群の36%;P=0.009)。HBs抗原の陽性率については若年者群で明らかに有意に高かった(若年者群の12%対高齢者群の4%;P=0.0202)。総ビリルビン値や血清アルブミン値、プロトロンビン時間、Child分類といった肝機能に関連した臨床データは、両群間で有意差がなかった。一方、腫瘍の性質を反映した因子の中で、血清AFP値や腫瘍数は両群間で類似していたが、唯一、最大腫瘍径については高齢者群が平均32±1.5mmと若年者群の28±0.7mmに比べて統計学的に有意に大きかった。治療法について、両群間で有意差は認められなかった。肝細胞癌の再発は、両群間に有意差は認められなかった(P=0.6926)。合併症の発生率は、両群とも3%前後と低率で、両群間で有意差を認めなかった(P=0.7144)。初回経皮的エタノール注入療法からの生存率をKaplan-Meier法にて算出し、5年で若年者群44.1%に対し高齢者群32.0%、10年で16.8%対7.2%であった。両群間に統計学的有意差を認めた(P<0.0001)。死亡に寄与する因子について、Coxの比例ハザードモデルにて分析した結果、単変量および性別やHBs抗原、最大径GPT値を含めた多変量解析でも、年齢が70歳以上であることが統計学的に有意な因子であることが判明した。

我々は両群の死因について調査し、肝非関連疾患(心血管系疾患、他臓器癌など)と肝関連疾患(肝細胞癌、肝不全、静脈瘤破裂)に分けて検討した。70歳未満の患者の肝非関連疾患による死亡率が、70歳以上と類似で、統計学的な差を認めなかった(371名中40例、10.8%対98名中11例、11.2%;P=0.9003)。全死亡に対する標準化死亡比は、若年者および高齢者とも有意に高値であった(若年者の標準化死亡比、11.32;95%信頼区間10.2-12.53;高齢者の標準化死亡比、3.78,95%信頼区間、3.07-4.60)。しかしながら、この2群間を比較すると、高齢者の標準化死亡比のほうが有意に若年者と比べて低値であった(P<0.0001)。

[考察]

肝細胞癌と診断される患者の年齢は、世界的にみても上昇する傾向が認められている。日本肝癌研究会によると、1982年から985年の間の肝細胞癌患者の平均年齢は男性58歳、女性62歳、HBs抗原陽性率が26%であったのに対し、1994年から1995年の間では、平均年齢は男性62歳、女性66歳、HBs抗原陽性率は17%となっている。経皮的エタノール注入療法にて治療された患者の平均年齢が上昇し、また70歳以上の患者の割合が徐々に増加しているため、この年齢層の患者に対して、適切な治療を行なうことがますます重要となりつつある。肝細胞癌患者に対する第一選択の治療法は、肝切除、肝移植または経皮的エタノール注入療法である。経皮的エタノール注入療法のような経皮的局所療法は、多くの病院で施行されるようになり、肝細胞癌に対して局所根治性をもつと考えられる治療として、新たな範疇を築いている。経皮的エタノール注入療法は手術よりも低侵襲性であり、肝機能不良例や高齢者の肝細胞癌に対しても実施できる。当院では、経皮的エタノール注入療法を施行する上での基準として、高齢者を除外項目としていない。それゆえ、対象を年齢によって若年者と高齢者の2群に分けて解析することが可能であった。本研究では、若年者と比べても高齢者で再発率、合併症率が高いということはなかった。治療成績について、70歳以上の高齢者(20%)の5年生存率は32.0%であり、確かに高齢者は若年者に比べて成績が悪かった。しかしながら、本研究対象の高齢者群の標準化死亡比を算出すると、若年者群よりも低値であるとの結果を得た(表8)。つまり、加齢による死亡状況の変化を考慮すると、高齢者群の治療成績が若年者群に比べて、むしろ良かったと解釈できる。また我々は、死因の観点から高齢者における肝細胞癌治療の意義を検討した。70歳以上の肝非関連疾患による死亡率は、70歳未満の肝非関連疾患による死亡率と類似していた。これは、高齢肝細胞癌患者が、肝疾患以外の原因、例えば心疾患や他臓器癌で亡くなりやすいわけではないことを意味している。大部分の若年者および高齢者が、肝関連疾患で死亡していることから、高齢者であっても肝細胞癌に対して根治的な治療が行なわれるべきである。我々の研究から、経皮的エタノール注入療法のような経皮的局所療法が、高齢の肝細胞癌患者に対して適切な治療法であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、増加する高齢の肝癌患者に対して、臨床的特徴や経皮的エタノール注入療法の成績を明らかにするため、114例の70歳以上の高齢肝細胞癌患者について、後ろ向き・コホート研究を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1985年から1990年までの間は、患者の平均年齢が60歳で、70歳以上の患者の割合が14%であったのが、1996年から1997年の間は、平均年齢が65歳で、70歳以上の割合は29%と高齢化が認められた。

70歳以上を高齢者群とし、70歳未満を若年者群として臨床像を比較した結果、HBS抗原の陽性率については若年者群で有意に高く、総ビリルビン値や血清アルブミン値といった肝機能に関連した臨床データは、両群間で有意差がなかった。しかし、最大腫瘍径については、高齢者群が平均32mmと若年者群の28mmに比べて有意に大きかった。

肝細胞癌の再発率について、両群間で有意差は認められなかった。

合併症率について、両群とも3%前後と低率で、両群間で有意差は認められなかった。

Kaplan-Meier法による初回経皮的エタノール注入療法からの生存率は、若年者群が5年で44.1%、10年で16.8%に対し、高齢者群で32.0%、7.2%と統計学的有意差を認めた。死亡に寄与する因子について、Coxの比例ハザードモデルで分析した結果、単変量および多変量解析でも、高齢者群であることが統計学的に有意な因子であることが判明した。

心疾患や他臓器癌などの肝非関連疾患による死亡率は、若年者群で10.8%に対し、高齢者群で11.2%と有意差を認めなかった。

若年者群の標準化死亡比は11.32であったのに対し、高齢者群で3.78となり、有意に低率であった。

以上、本論文は70歳以上の高齢肝細胞癌患者の臨床的特徴や経皮的エタノール注入療法の成績、死因を明らかにし、これまで報告の少なかった高齢肝細胞癌者に対する経皮的局所療法の合理性を示したものとして、学位の授与に値するものと考えられる。

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