学位論文要旨



No 216475
著者(漢字) 川村,恒二
著者(英字)
著者(カナ) カワムラ,コウジ
標題(和) ブレベトキシンBの全合成と多環状エーテルの収束的合成法の開発
標題(洋)
報告番号 216475
報告番号 乙16475
学位授与日 2006.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16475号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

メキシコ湾で多発する赤潮の原因種である渦鞭毛藻Gymnodinium breve の毒ブレべトキシンB(BTX-B,1)は,1981年に中西らによって海洋産多環状エーテル系天然物として初めて単離、構造決定された。BTX-B(1)は、6,7及び8員環エーテルが梯子状にtrans-縮環した特異な化学構造を持ち、また生体内のNaイオンチャネルに結合し、強い神経毒性を示すなど顕著な生物活性を有している。その最初の全合成は、Nicolaouらにより、1995年に達成されているが、以後その報告例はない。そこで、より効率的にBTX-B(1)の全合成を行うことができれば,その生物活性発現機構の解明等に有用であると考え検討を行った。その結果、SmI2を用いる還元的環化反応を基盤とした効率的多環状エーテル合成法を駆使して、BTX-B(1)の全合成に成功した。また,多環状エーテル系天然物を効率的に全合成する際に有用となる新規な収束的合成法を開発することができた。

ブレベトキシンB(1)の全合成

<合成計画>

左右セグメントとしてABCDEFG環2とIJK環3を合成し、両者をWittig反応で結合しH環を構築後、更に両末端を同時に酸化することによりBTX-B(1)の全合成を完成させることとした(Scheme 1)。左セグメントABCDEFG環2はD環をコアとした2方向型合成法により合成し、側鎖4炭素を有する右セグメントIJK環3はI環より順次合成することとした。

<左セグメントABCDEFG環2の合成>

まず、a-メチル基を有するD環の構築を行った(Scheme 2)。Tri-O-acetyl-D-glucal(4)より導いたa,b-不飽和エステル6に対し、銅salen錯体7を触媒とするマイケル付加反応に付しa-メチル体8を得た。ついでアルデヒド9に導き、SmI2を用いる還元的環化反応に付し、コアとなるtrans-オキセパン10(D環)を立体選択的に得ることができた。ビスメチルケトン12へ導いた後、SmI2を作用させると立体選択的ダブル環化反応が進行し、CDE環13が一挙に構築できた。

次に左右官能基の反応性の差を利用して、B及びF環の合成を行った(Scheme 3)。CDE環13をアルデヒド-ラクトール14へ導き、one-potでWittig反応を連続して行い、ケトエステル15を得ることができた。ビスアリルアルコール17へと変換した後、まず、(-)-DIPTを、ついで(+)-DIPTを用いてSharpless AEを行い、ビス-a-エポキシアルコール18を得た。ビスビニルエポキシド19へ導き、低温でPPTSを作用させると位置及び立体選択的環化反応が進行しF環が構築され、生じた水酸基をTBS保護し20とした後、室温でPPTS処理するとB環が構築され、BCDEF環21を得ることができた。21の水酸基にアリル基を導入し22とし、オレフィンメタセシスに付すとA環が構築され、23を得ることができた。b-エポキシアルコール25へ導き、TBS基を除去後、メチルエポキシドの6-endo閉環によりG環を構築し26を得ることができた。更に1炭素増炭し、ABCDEFG環に相当するホスホニウム塩2に導いた(52行程)。

<右セグメントIJK環3の合成>

次に右セグメントIJK環3の合成を行った(Scheme 4)。2-Deoxy-D-ribose(27)より導いたアルデヒド28にSmI2を作用させ立体選択的にI環29を得た。ビニルエポキシド31へと導き、脱TBS化後、PPTSを作用させJ環を構築し、IJ環32を得ることができた。更に、ブロモアセテート33に導きSmI2によるReformatsky型反応に付すとK環が構築され、b-ヒドロキシ-ラクトン34が立体選択的に得られた。保護基の変換等を行い35とした後、TMSOTf存在下、2[(trimethylsilyl)methyl]-2-propen-1-yl acetate を作用させ、側鎖4炭素を一挙に立体選択的に導入し、36を得ることができた。その後、保護基の変換、チオケタール化等を経て、IJK環3を合成した(31行程)。

<BTX-B(1)の全合成>

ABCDEFG環2及びIJK環3が合成できたので、両者のカップリングを経るBTX-B(1)の合成を目指した(Scheme 5)。まず、Wittig反応により両セグメントをカップリングし、(Z)-オレフィンを得た。TMS基を除去後、過塩素酸銀を作用させ、モノチオアセタール38に導いた後、AIBN存在下Ph3SnHで還元しH環を構築し、ABCDEFGHIJK環39を得ることができた。TBDPS基を脱保護後、PCC酸化するとまず側鎖のアリルアルコール部位、ついでA環のアリルエーテル部位が酸化されラクトン-アルデヒド40が得られた。最後にTBS基を除去しBTX-B(1)の全合成を達成した(最長linearルート59行程。全行程数90)。

新規な収束的合成法の確立

<合成計画>

次に、多環状エーテル系天然物の構成単位であるエーテル環を多環状化合物とする効率的な手法である、収束的合成法の開発を行うことを計画した(Scheme 6)。SmI2を用いる環化反応を行った後、数行程で容易に得られる化合物42と43をエステル結合し、ハロエステル44とした後に還元的環化反応を行いヘミアセタール45へと導き、数行程で4環性多環状エーテル47を得ようと考えた。

<新規な収束的合成法の確立>

既知物質48のTBSを除去し、49を得た(Scheme 7)。一方、前述の29から3工程で得られる50と、49をエステル化し、51へと導き、触媒量のNiI2存在下、SmI2を作用させると、還元的環化反応が進行し、ヘミアセタール52を得ることができた。52を脱水しエノールエーテル53とした後、ハイドロボレーションを行うと、位置及び立体選択的に反応が進行し54を得ることができた。54を酸化後、ヘミアセタール55へと導き、ルイス酸存在下、Et3SiHを作用させることにより、4環性エーテル化合物56を高収率で得ることができた。以上の様に、合成容易な2つの単環性化合物からわずか7工程で4環性化合物へと誘導可能な効率的収束的合成法を確立することができた。

審査要旨 要旨を表示する

メキシコ湾で多発する赤潮の原因種である渦鞭毛藻Gymnodinium breveの毒ブレべトキシンB(BTX-B,1)は、1981年に中西らによって海洋産多環状エーテル系天然物として初めて単離、構造決定された。BTX-B(1)は、6,7及び8員環エーテルが梯子状にtrans-縮環した特異な化学構造を持ち、また生体内のNaイオンチャネルに結合し、強い神経毒性を示すなど顕著な生物活性を有している。その最初の全合成は、Nicolaouらにより、1995年に達成されているが、以後その報告例はない。そこで、川村は、より効率的にBTX-B(1)の全合成を行うことができれば,その生物活性発現機構の解明等に有用であると考え検討を行った。その結果、SmI2を用いる還元的環化反応を基盤とした効率的多環状エーテル合成法を駆使して、BTX-B(1)の全合成に成功した。さらに、多環状エーテル系天然物を効率的に全合成する際に有用となる新規な収束的合成法を開発することができた。

川村は、BTX-B(1)を左右のユニット(A-G環部,IJK環部)に分けた収束的合成を計画し実行した。Tri-O-acetyl-D-glucal(2)より導いたα,β-不飽和エステル3に対し、銅salen錯体4を触媒とするマイケル付加反応に付しα-メチル体5を得た。ついでアルデヒド6に導き、SmI2を用いる還元的環化反応に付し、コアとなるtrans-オキセパン7(D環)を立体選択的に得ることができた。ビスメチルケトン8へ導いた後、SmI2を作用させると立体選択的ダブル環化反応が進行し、CDE環9が一挙に構築できた。

次に左右官能基の反応性の差を利用して効率的にビスビニルエポキシド10へ導き、低温でPPTSを作用させると位置及び立体選択的環化反応が進行しF環が構築され、生じた水酸基をTBS保護し11とした後、室温でPPTS処理するとB環が構築され、BCDEF環12を得ることができた。12の水酸基にアリル基を導入し13とし、オレフィンメタセシスに付すとA環が構築され、14を得ることができた。β-エポキシアルコール15へ導き、メチルエポキシドの6-endo閉環によりG環を構築し16を得ることができた。さらに数行程でABCDEFG環に相当するホスホニウム塩17に導いた(52行程)。

次に右セグメントIJK環3の合成を行った(Scheme 3)。2-Deoxy-D-ribose(18)より導いたアルデヒド19にSmI2を作用させ立体選択的にI環20を得た。ビニルエポキシド21へと導き、PPTSを作用させJ環を構築し、IJ環22を得ることができた。更に、プロモアセテート23に導きSmI2によるReformatsky型反応に付すとK環が構築され、β-ヒドロキシラクトン24が立体選択的に得られた。その後、保護基の変換、側鎖4炭素の導入等を行い、IJK環25を合成した(31行程)。

得られたABCDEFG環17とIJK環25をWittig反応により連結し(Z)-オレフィンを得た。TMS基を除去後、過塩素酸銀を作用させモノチオアセタールに導いた後、AIBN存在下Ph3SnHで還元しH環を構築し、TBDPS基を脱保護し26を得た。ついでPCC酸化すると側鎖のアリルアルコール部位、A環のアリルエーテル部位が一挙に酸化され、最後にTBS基を除去しBTX-B(1)の全合成を達成した(最長linearルート59行程。全行程数90)。

次に、川村は多環状エーテル系天然物の構成単位であるエーテル環を多環状化合物とする効率的な手法である、収束的合成法の開発を行った。容易に得られる27と28をエステル化し、29へと導き、触媒量のNiI2存在下、SmI2を作用させると、還元的環化反応が進行し、ヘミアセタール30を得ることができた。30を脱水しエノールエーテル31とした後、ハイドロボレーションを行うと、位置及び立体選択的に反応が進行し32を得ることができた。32を酸化後、ヘミアセタールへと導き、ルイス酸存在下、Et3SiHを作用させることにより、4環性エーテル化合物33を高収率で得ることができた。

以上のように、川村はBTX-B(1)の効率的な全合成経路を確立した。このことにより1の生物活性発現機構の解明やその誘導体合成による構造活性相関研究の道を開いた。さらに、川村は多環状エーテル系天然物の全合成に有用となる新規な収束的合成法を確立した。このことによりその他の多環状エーテル系天然物の全合成が効率的に行われ、その作用機序解明研究の進展が期待される。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

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