学位論文要旨



No 216477
著者(漢字) 中村,由和
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヨシカズ
標題(和) 表皮および胎盤におけるPhospholipase Cδ1,δ3の機能解析
標題(洋)
報告番号 216477
報告番号 乙16477
学位授与日 2006.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16477号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

ホスホリパーゼC(PLC)はイノシトールリン脂質代謝においてセカンドメッセンジャー産生のトリガーとなる酵素である。活性化されたPLCは、ホスファチジルイノシトール4、5-二リン酸を分解し、二つのセカンドメッセンジャー、イノシトール1、4、5-三リン酸とジアシルグリセロールを産生する。前者は小胞体からカルシウムイオンの遊離を促し、後者はプロテインキナーゼC(PKC)を活性化することで様々な細胞応答を促す。今日、哺乳動物では13種類のPLCが同定されており、それらは構造的に6つの型に大別される。このうちδ型のPLCは、進化的にも最も古くから保存されているPLCであるが、その生理機能はあまり明らかにされていなかった。そこで、本研究ではまずδ型のPLCのうちの一つであるPLCδ1の遺伝子欠損マウスを作製し、その機能解析を試みた。

PLCδ1遺伝子欠損マウスでは表皮の分化異常を伴う顕著な体毛減少が観察された

最初にPLCδ1の活性部位を含む一連のエクソンを欠損させるようなターゲティングベクターを構築し、PLCδ1遺伝子欠損マウスを作製したところ、PLCδ1遺伝子欠損マウスはメンデル比に従った割合で誕生し、交配も正常に行うことが判明した。しかしながら、生後8日目頃より、PLCδ1遺伝子欠損マウスでは体毛の顕著な減少が観察された。

そこで、まず、生後8 日目の皮膚より切片を作製し、ヘマトキシリン-エオシン(HE)染色により、組織構造の観察を行なったところPLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚では、表皮の肥厚や、毛管が閉塞され、毛が体表まで出て来られない様子が観察された。

PLCδ1遺伝子欠損マウスの初代培養表皮角化細胞や表皮組織ではカルシウムシグナルおよびPKCシグナルの抑制が観察された

次に、野生型およびPLCδ1遺伝子欠損マウス由来の初代培養表皮角化細胞を用いてカルシウムシグナルの解析を行った。表皮角化細胞では細胞外のカルシウム濃度を上げることにより、細胞内カルシウム動員が誘導されることが知られている。そこで、細胞外のカルシウム濃度を上げた際の表皮角化細胞における細胞内カルシウム濃度変化を検討した。

その結果、PLCδ1遺伝子欠損マウス由来初代培養表皮角化細胞では、刺激に依存した細胞内のカルシウム濃度の上昇が一過性で持続性がないことが明らかになった。

次に、もう一つのPLC下流シグナルであり、表皮角化細胞の増殖分化制御に重要であるPKCの活性化について検討してみた。PKCは活性化された際にある配列がリン酸化を受ける事が知られているためリン酸化PKCを特異的に認識する抗体を用いた免疫組織染色を行った。その結果、PLCδ1遺伝子欠損マウスの表皮および毛包の上部では野生型マウスと比べ、リン酸化PKCのシグナルの減少が観察された。

PLCδ1遺伝子欠損マウスでは毛包の表皮様分化が観察された

生後15日目以降になると、PLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚の形態異常はより顕著となり、PLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚では野生型と比べ脂腺が大きくなっている様子が観察された。また、PLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚では、表皮と非常によく似た層構造を成している空胞様の構造物(cyst)が多数存在する様子も観察された。そこで、これらの毛包由来のcystにおける各種分化マーカー蛋白質の発現を検討したところ、これらのcystでは、外側から中心に向かい、正常な表皮において基底層から角質層へ向かう場合と同様な分化マーカーの発現様式が観察され、分化マーカーの発現様式という観点からもPLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚において見られたcystは正常な表皮と非常によく似ていることが明らかになった。

PLCδ1は皮膚の上皮系幹細胞分化のバランスを制御していることが示唆された

以上のように、PLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚では表皮肥厚、脂腺肥大、表皮様cyst形成といった異常が観察された。皮膚の表皮系成分(毛包間表皮、脂腺、毛包)は同一の上皮系幹細胞に由来していることが知られている。PLCδ1は本来、表皮系幹細胞の分化の方向性を制御しており、PLCδ1存在下では幹細胞が表皮、毛包、脂腺へとバランスよく分化していくのに対し、PLCδ1欠損下では、毛包分化が抑制され、表皮、脂腺分化が促進され各種異常を引き起こされる事が強く示唆された。

PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスは胎生11.5日から13.5日において致死となった

PLCδ1遺伝子欠損マウスを作製、解析することにより、PLCδ1の上記の様な生理機能が明らかになった。しかしながらPLCδ1の広い組織分布にも関わらず、PLCδ1遺伝子欠損マウスにおいて、皮膚の他に目立った表現型は観察されなかった。その原因のひとつとして、PLCδ3というPLCδ1に最も配列相同性が高く、発現組織も重複しているPLCアイソザイムがPLCδ1欠損を機能的に相補してしまっている可能性が考えられた。そこで、次に、PLCδ1と同時にPLCδ3を欠損させたマウス(PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウス)の作製を試みたところ、これらのマウスは胎生10.5日目までは正常であったが、胎生11.5日目から胎児の死亡が見られはじめ、胎生13.5日目において全ての胎児が死亡もしくは重度の貧血となることが明らかになった。

PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスの胎盤ラビリンス層では、細胞増殖、細胞死の異常を伴う血管腔の減少が観察された

PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスの胎生中期における致死の原因を解明するために、PLCδ1とPLCδ3の胎児および胎児外組織における発現を調べた。その結果、PLCδ1、PLCδ3とも胎盤において強い発現が観察された。胎盤は胎児由来の部位と母体由来の部位から構成されており、母体-胎児間の栄養交換を担う組織である。胎盤の胎児由来部位は主にトロホブラストという細胞により構成されている。また、胎盤の胎児由来部位にはラビリンス層と呼ばれる母側血管と胎児側血管が入り組んだ層が存在し、主にこのラビリンス層において、母体-胎児間の栄養交換が行なわれている。そこで、次にPLCδ1、PLCδ3がトロホブラストに多く発現しているのか否かを調べたところ、PLCδ1、PLCδ3ともトロホブラストに多く発現していることが明らかになった。

PLCδ1、PLCδ3とも胎盤トロホブラストにおいて強い発現が観察されたため、胎盤の組織構造の解析をHE染色により行なった。その結果、PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスが死亡しはじめる胎生11.5日目になるとPLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスの胎盤ラビリンス層では、血管腔の顕著な減少が観察された。さらに、TUNEL染色により胎盤ラビリンス層における細胞死を検討したところ、PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスでは胎盤ラビリンス層では、多くの細胞の細胞死が観察された。これらの細胞死をおこしている細胞をHE染色により観察してみたところ、これらの細胞は、血管に沿うようにして存在している様子が観察され、これらの細胞の細胞死とPLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウス胎盤ラビリンス層の血管腔の減少に何らかの関係があることが強く示唆された。さらに、電子顕微鏡による観察により、細胞死をおこしている細胞の特定を試みたところ、細胞死をおこしている細胞は、血管内皮細胞のすぐ外側に存在するトロホブラストであることが判明した。トロホブラストは母体血管と胎児血管の間に存在し胎盤における母体-胎児間の物質輸送に必須な細胞である。それゆえトロホブラストの異常による母体-胎児間の栄養交換不良がPLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスの胎生11.5 日目から13.5日目における致死の原因であることが強く示唆された。

四倍体キメラ法により胎児特異的にPLCδ1/δ3両遺伝子を欠損させたマウスは胎生13.5日までの致死を回避した

以上のようにPLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスにおいてトロホブラストの異常による胎盤ラビリンス層血管腔の減少が観察されたが、この現象が胎児死亡に伴う二次的なものであり、真の死因が他の組織の異常に存在する可能性を四倍体キメラ法により検証した。その結果、胎生14.5日において、胎児本体特異的にPLCδ1/δ3両遺伝子を欠損させたマウスが目立った異常を伴うことなく正常に生存していることが確認され、PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスにおいて主な死因が胎盤にあることが確認された。

以上の結果から、本来、PLCδ1とPLCδ3は協調して正常な胎盤形成に必須な役割を果たしていることが明らかになった。トロホブラストはマウス発生において最初に分化してくる上皮系細胞である。また、PLCδ1単独の遺伝子欠損マウスも上皮系細胞である表皮角化細胞に異常をきたしたことを考慮すると、PLCδ1とPLCδ3は表皮角化細胞やトロホブラストをはじめとした各種上皮系細胞の正常な機能維持に必須なタンパク質であるのかもしれない。今後、胎児本体特異的にPLCδ1/δ3両遺伝子を欠損させることにより致死を回避したマウスを用いて、他の上皮系組織についても解析を行なう必要があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

ホスホリパーゼC(PLC)はイノシトールリン脂質代謝においてセカンドメッセンジャー産生のトリガーとなる酵素である。活性化されたPLCは、ホスファチジルイノシトール4、5-二リン酸を分解し、二つのセカンドメッセンジャー、イノシトール1、4、5-三リン酸とジアシルグリセロールを産生する。前者は小胞体からカルシウムイオンの遊離を促し、後者はプロテインキナーゼC(PKC)を活性化することで様々な細胞応答を促す。今日、哺乳動物では13種類のPLCが同定されており、それらは構造的に6つの型に大別される。このうちδ型のPLCは、進化的にも最も古くから保存されているPLCであるが、その生理機能はあまり明らかにされていなかった。そこで、本研究ではまずδ型のPLCのうちの一つであるPLCδ1の遺伝子欠損マウスを作製し、その機能解析を試みた。

PLCδ1遺伝子欠損マウスでは表皮の分化異常を伴う顕著な体毛減少が観察された

最初にPLCδ1の活性部位を含む一連のエクソンを欠損させるようなターゲティングベクターを構築し、PLCδ1遺伝子欠損マウスを作製したところ、PLCδ1遺伝子欠損マウスはメンデル比に従った割合で誕生し、交配も正常に行うことが判明した。しかしながら、生後8日目頃より、PLCδ1遺伝子欠損マウスでは体毛の顕著な減少が観察された。

そこで、まず、生後8 日目の皮膚より切片を作製し、ヘマトキシリン-エオシン(HE)染色により、組織構造の観察を行なったところPLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚では、表皮の肥厚や、毛管が閉塞され、毛が体表まで出て来られない様子が観察された。

PLCδ1遺伝子欠損マウスの初代培養表皮角化細胞や表皮組織ではカルシウムシグナルおよびPKCシグナルの抑制が観察された

次に、野生型およびPLCδ1遺伝子欠損マウス由来の初代培養表皮角化細胞を用いてカルシウムシグナルの解析を行った。表皮角化細胞では細胞外のカルシウム濃度を上げることにより、細胞内カルシウム動員が誘導されることが知られている。そこで、細胞外のカルシウム濃度を上げた際の表皮角化細胞における細胞内カルシウム濃度変化を検討した。その結果、PLCδ1遺伝子欠損マウス由来初代培養表皮角化細胞では、刺激に依存した細胞内のカルシウム濃度の上昇が一過性で持続性がないことが明らかになった。

次に、もう一つのPLC下流シグナルであり、表皮角化細胞の増殖分化制御に重要であるPKCの活性化について検討してみた。PKCは活性化された際にある配列がリン酸化を受ける事が知られているためリン酸化PKCを特異的に認識する抗体を用いた免疫組織染色を行った。その結果、PLCδ1遺伝子欠損マウスの表皮および毛包の上部では野生型マウスと比べ、リン酸化PKCのシグナルの減少が観察された。

PLCδ1遺伝子欠損マウスでは毛包の表皮様分化が観察された

生後15日目以降になると、PLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚の形態異常はより顕著となり、PLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚では野生型と比べ脂腺が大きくなっている様子が観察された。また、PLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚では、表皮と非常によく似た層構造を成している空胞様の構造物(cyst)が多数存在する様子も観察された。そこで、これらの毛包由来のcystにおける各種分化マーカー蛋白質の発現を検討したところ、これらのcystでは、外側から中心に向かい、正常な表皮において基底層から角質層へ向かう場合と同様な分化マーカーの発現様式が観察され、分化マーカーの発現様式という観点からもPLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚において見られたcystは正常な表皮と非常によく似ていることが明らかになった。

PLCδ1は皮膚の上皮系幹細胞分化のバランスを制御していることが示唆された

以上のように、PLCδ1遺伝子欠損マウスの皮膚では表皮肥厚、脂腺肥大、表皮様cyst形成といった異常が観察された。皮膚の表皮系成分(毛包間表皮、脂腺、毛包)は同一の上皮系幹細胞に由来していることが知られている。PLCδ1は本来、表皮系幹細胞の分化の方向性を制御しており、PLCδ1存在下では幹細胞が表皮、毛包、脂腺へとバランスよく分化していくのに対し、PLCδ1欠損下では、毛包分化が抑制され、表皮、脂腺分化が促進され各種異常を引き起こされる事が強く示唆された。

PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスは胎生11.5日から13.5日において致死となった

PLCδ1遺伝子欠損マウスを作製、解析することにより、PLCδ1の上記の様な生理機能が明らかになった。しかしながらPLCδ1の広い組織分布にも関わらず、PLCδ1遺伝子欠損マウスにおいて、皮膚の他に目立った表現型は観察されなかった。その原因のひとつとして、PLCδ3というPLCδ1に最も配列相同性が高く、発現組織も重複しているPLCアイソザイムがPLCδ1欠損を機能的に相補してしまっている可能性が考えられた。そこで、次に、PLCδ1と同時にPLCδ3を欠損させたマウス(PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウス)の作製を試みたところ、これらのマウスは胎生10.5日目までは正常であったが、胎生11.5日目から胎児の死亡が見られはじめ、胎生13.5日目において全ての胎児が死亡もしくは重度の貧血となることが明らかになった。

PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスの胎盤ラビリンス層では、細胞増殖、細胞死の異常を伴う血管腔の減少が観察された

PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスの胎生中期における致死の原因を解明するために、PLCδ1とPLCδ3の胎児および胎児外組織における発現を調べた。その結果、PLCδ1、PLCδ3とも胎盤において強い発現が観察された。胎盤は胎児由来の部位と母体由来の部位から構成されており、母体-胎児間の栄養交換を担う組織である。胎盤の胎児由来部位は主にトロホブラストという細胞により構成されている。また、胎盤の胎児由来部位にはラビリンス層と呼ばれる母側血管と胎児側血管が入り組んだ層が存在し、主にこのラビリンス層において、母体-胎児間の栄養交換が行なわれている。そこで、次にPLCδ1、PLCδ3がトロホブラストに多く発現しているのか否かを調べたところ、PLCδ1、PLCδ3ともトロホブラストに多く発現していることが明らかになった。

PLCδ1、PLCδ3とも胎盤トロホブラストにおいて強い発現が観察されたため、胎盤の組織構造の解析をHE染色により行なった。その結果、PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスが死亡しはじめる胎生11.5日目になるとPLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスの胎盤ラビリンス層では、血管腔の顕著な減少が観察された。さらに、TUNEL染色により胎盤ラビリンス層における細胞死を検討したところ、PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスでは胎盤ラビリンス層では、多くの細胞の細胞死が観察された。これらの細胞死をおこしている細胞をHE染色により観察してみたところ、これらの細胞は、血管に沿うようにして存在している様子が観察され、これらの細胞の細胞死とPLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウス胎盤ラビリンス層の血管腔の減少に何らかの関係があることが強く示唆された。さらに、電子顕微鏡による観察により、細胞死をおこしている細胞の特定を試みたところ、細胞死をおこしている細胞は、血管内皮細胞のすぐ外側に存在するトロホブラストであることが判明した。トロホブラストは母体血管と胎児血管の間に存在し胎盤における母体-胎児間の物質輸送に必須な細胞である。それゆえトロホブラストの異常による母体-胎児間の栄養交換不良がPLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスの胎生11.5 日目から13.5日目における致死の原因であることが強く示唆された。

四倍体キメラ法により胎児特異的にPLCδ1/δ3両遺伝子を欠損させたマウスは胎生13.5日までの致死を回避した

以上のようにPLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスにおいてトロホブラストの異常による胎盤ラビリンス層血管腔の減少が観察されたが、この現象が胎児死亡に伴う二次的なものであり、真の死因が他の組織の異常に存在する可能性を四倍体キメラ法により検証した。その結果、胎生14.5日において、胎児本体特異的にPLCδ1/δ3両遺伝子を欠損させたマウスが目立った異常を伴うことなく正常に生存していることが確認され、PLCδ1/δ3両遺伝子欠損マウスにおいて主な死因が胎盤にあることが確認された。

以上の結果から、本来、PLCδ1とPLCδ3は協調して正常な胎盤形成に必須な役割を果たしていることが明らかになった。トロホブラストはマウス発生において最初に分化してくる上皮系細胞である。また、PLCδ1単独の遺伝子欠損マウスも上皮系細胞である表皮角化細胞に異常をきたしたことを考慮すると、PLCδ1とPLCδ3は表皮角化細胞やトロホブラストをはじめとした各種上皮系細胞の正常な機能維持に必須なタンパク質であるのかもしれない。今後、胎児本体特異的にPLCδ1/δ3両遺伝子を欠損させることにより致死を回避したマウスを用いて、他の上皮系組織についても解析を行なう必要があると考えられた。

以上のように、中村は遺伝子欠損マウスを用いてPLCδ1とPLCδ3の個体レベルでの生理機能解析を行った。本研究結果は、皮膚や胎盤の形態形成機構の分子レベルでの解明の一助となるものであり、PLCの生理機能解析という基礎的分野のみならず、美容分野や医療分野における貢献も期待されるものである。それゆえ、本研究は博士(薬学)の学位に値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42876