学位論文要旨



No 216478
著者(漢字) 寺社下,浩一
著者(英字)
著者(カナ) ジシャゲ,コウイチ
標題(和) マウス胎盤形成におけるビタミンEとα-tocopherol transfer proteinの機能解析
標題(洋)
報告番号 216478
報告番号 乙16478
学位授与日 2006.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16478号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

ビタミンE、は、1922年にラットの妊娠に必要である食事因子として見出され、その経緯から別名Tocopherol(「Tocos」はギリシャ語で「子供を産む」、「Phero」は「力を与える」という意味、以下toc)と命名されている。しかしながら、命名の由来である抗不妊因子としての作用機構や関連分子は不明なことが多い。α-tocopherol transfer protein (α-TTP) は、神経疾患を呈する先天性ビタミンE欠乏症の原因遺伝子であるが、肝臓においてα-tocと特異的に結合し血中α-toc濃度を規定する分子と考えられている。そこで本研究では、α-Ttp遺伝子欠損マウスを作製し、先天性ビタミンE欠乏症のモデル動物を樹立すると共に、α-Ttp遺伝子の機能とビタミンEの役割について検討した。

α-Ttpノックアウトマウスの樹立

α-Ttp遺伝子の第一エクソンをネオマイシン耐性遺伝子で置換したジーンターゲティングベクターを構築した。そして、そのベクターをES細胞に導入し、α-Ttp遺伝子が欠損したES細胞を得た後、α-Ttpノックアウトマウスを樹立した。ヘテロ欠損マウス同士の交配からは、野生型、ヘテロそしてホモ欠損マウスの産仔が、メンデルの法則どおり1:2:1の割合で得られた。

α-Ttpノックアウトマウスの肝臓におけるα-Ttpの発現量と血中α-tocopherol濃度の解析

α-Ttpが、血中α-toc濃度を規定する分子であることを証明するため、作製したα-Ttpノックアウトマウスの肝臓におけるα-Ttpの発現量と血中α-toc濃度を測定した。その結果、ホモ欠損マウスにおいてはα-TtpのmRNAが検出されず、ヘテロ欠損マウスでは野生型の約半分の発現量であった。血中α-toc濃度は、日本クレア製CE-2食(α-toc濃度45 mg/kg)を給餌したマウスより採取した血漿を用いた。その結果、ホモ欠損マウスの血中α-toc濃度は検出限界以下であり、ヘテロ欠損マウスの血中α-Tocは、野生型の約半分の濃度であった。この結果から、肝臓におけるα-Ttpの発現量が循環中のα-toc濃度を制御していることが判明した。

以上のことから、α-Ttpノックアウトマウスは、ビタミンEの生理機能の解明に利用できる有用なモデル動物になると思われる。

α-Ttpノックアウトマウスの繁殖能の解析

ホモ欠損マウスの繁殖能について検討を実施した。その結果、オスのホモ欠損マウスは繁殖能を保持していたが、メスのホモ欠損マウスにおいては、野生型のオスマウスと交配した場合でも、胎仔は神経管の奇形を呈し、交尾後10.5〜11.5日目に死亡した。そして死亡した胎仔の胎盤は、labyrinthine trophoblastsの形成不全を呈していた。この胎仔の死亡が、ホモ欠損メスから排卵された卵子に起因しているのか、それともそれ以外の母体側の要因で起こるのかを確認するために、ホモ欠損の受精卵を、野生型のレシピエントメスの卵管に移植した。その結果、ホモ受精卵は正常に発生することができた。一方、野生型の受精卵をホモ欠損のレシピエントメスの卵管に移植したところ、胎仔は妊娠中期に死亡した。これらの結果から、胎仔の死亡は、排卵以降の母体側に原因があることが明らかとなった。

胎仔、胎盤そして子宮におけるα-Ttpの発現

ホモ欠損マウス子宮内におけて胎仔が死亡することを受け、子宮、胎盤、そして胎仔におけるα-Ttpの発現について検討を行った。その結果、子宮におけるα-Ttpの発現は、着床直後に上昇し、その後分娩時にかけて発現量が緩やかに減少していくことを観察した。胎仔では、発生が進むにつれて、α-Ttpの発現量が上昇していくことが観察された。一方で、ホモ欠損マウス子宮内で異常が見られた胎盤では、α-Ttpの発現は、検出されなかった。これらの結果から、α-Ttpは、肝臓においてα-tocを全身に輸送する働きをしている一方で、子宮においても胚の着床に呼応するように発現量を増し、胎盤側にα-tocを輸送する働きをしていると考えられた。

α-tocopherol過剰食あるいは抗酸化剤によるα-Ttpノックアウトマウスの不妊治療

ホモ欠損マウスのビタミンE欠乏状態を治療すべく、α-toc過剰食を給餌し、血中のα-toc濃度を上昇させることができるかどうか検討を行った。CE-2食を給餌していたホモ欠損マウスに、α-toc過剰食(α-toc濃度819mg/kg)を給餌し、血中α-toc濃度の変化を解析した。その結果、CE-2給餌時は検出限界以下であった血中α-toc濃度が、α-toc過剰食給餌後24時間で約150μg/dlの濃度まで上昇することが分かった。この濃度は、ヘテロ欠損マウスにCE-2を給餌した場合とほぼ同等であった。α-toc過剰食を給餌した後に、再度CE-2食給餌に変更すると、血中α-toc濃度は、変更後8時間で約50%まで減少した。このことから、α-toc過剰食とCE-2食とを給餌仕分けることにより、ホモ欠損マウスの血中α-toc濃度を調整できることが明らかとなった。

次に、このα-toc過剰食を給餌することにより、ホモ欠損メスマウスの不妊を治療できるかどうか検討した。また、α-tocとは別の脂溶性抗酸化剤としてBO-653(中外製薬合成品)も、CE-2に混在させ給餌した。その結果、α-toc過剰食とBO-653添加食のどちらを給餌した場合も、ホモ欠損メスマウスから正常に産仔が得られ、不妊の治療に成功することができた。α-toc過剰食だけでなく、抗酸化剤摂取によっても不妊が治療できたことから、ビタミンE欠乏による胎仔の死亡の原因は、酸化ストレスによることが示唆された。

胚発生にとってα-tocopherolが必要な時期の検討

胚発生にとってどの期間α-tocが必要か検討を行うために、ホモ欠損マウスに、妊娠中の特定期間のみα-toc過剰食を給餌し、胚が正常に分娩時まで発育するかどうか観察した。その結果、ホモ欠損マウス子宮内の胎仔の発生には、交尾後6.5日目から13.5日目までのα-toc過剰食給餌が必須であり、6.5日前と13.5日後は不要であった。マウスの胎盤形成は、交尾後6.5日目より開始され、交尾後13.5日目に成熟することが報告されている。この胎盤形成期間とtoc必須期間が完全に一致していたことから、tocは胎盤形成にとって必要であることが推測された。

α-Ttpノックアウトマウス胎仔の血中α-tocopherol濃度の解析

胎仔そのもの発生にとってα-tocが必須かどうか検討するために、ホモ欠損胎仔の血中α-toc濃度の測定を行った。その結果、ホモ欠損胎仔は正常に発生していたが、血中α-toc濃度は検出限界以下であった。そして、野生型胎仔の血中α-toc濃度も、検出はされるものの成体の野生型マウスの血中濃度の約5%程度と非常に低かった。これらの結果から、胎仔の発生そのものには、α-tocが必須でないことが示唆された。

胎盤形成・維持にとってα-tocopherolを必要としている部位(細胞)の検討

α-tocが胎仔の発生そのものより胎盤形成にとって必要不可欠であることが示唆されたため、次に、胎盤のどの細胞にとってα-tocが必要なのか検討を加えた。すなわち、ホモ欠損メスマウスに、交尾後11.5日目までα-toc過剰食を給餌することにより胎盤を形成させ、その後CE-2給餌に変え母体の血中α-toc濃度を低下させ、胎盤のどの細胞が最初に影響を受けるのかを観察した。その結果、胎仔が生存している段階において最初に異常が観察されたのは、胎盤のlabyrinthine regionの第2,3層にある一部のsyncytiotrophoblast細胞のnecrosis像であった。そして、胎仔が死亡している段階になると、ほとんどのsyncytiotrophoblast細胞のnecrosisと胎仔側血管内皮のnecrosisが観察された。しかし一方で、labyrinthine regionの第1層は残存し、母体側血管は腔の狭小化は見られるものの残存はしていた。その他に異常は見られなかった。以上の結果から、α-toc欠乏による胎仔の死亡は、胎盤形成不全、特にsyncytiotrophoblastのnecrosisが原因であることが示唆された。

最後に

これまで toc欠乏による胎仔の死亡が、胎仔側と母体側のどちらに起因があるのか、更に胎盤と胎仔のどちらに起因があるのか、を見分ける方法がなかった。本研究により、tocは胎仔そのものの発生には必須でなく、胎盤の形成、特にsyncytiotrophoblastの維持・機能に抗酸化ストレス剤として重要な働きをしていることを明らかにすることができた。胎盤における酸化ストレスは、syncytiotrophoblast細胞の胎盤性ホルモンの産生等の機能が、酸化ストレスの発生源となっているのか、あるいは多くのlipid dropletが細胞質中に存在しているこの細胞の特性が、酸化脂質の影響を受けやすいのだと考えられる。

α-Ttp遺伝子欠損マウスの不妊は、α-tocの過剰摂取で血中のα-toc濃度を正常域に上げることにより治療可能だが、自然の食物でこの濃度を確保するためには、ビタミンE含有量が高い豆類を摂取するとしても、1日当り体重の30%量以上を摂取しなければならない。したがって、α-Ttp遺伝子を保有していなければ、有胎盤類の繁殖・繁栄は困難であったと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

ビタミンEはラットの妊娠に必要である食事因子として見出され、その経緯からTocopherol(「Tocos」はギリシャ語で「子供を産む」、「Phero」は「力を与える」という意味、以下toc)と命名された。しかし、抗不妊因子としての作用機構や関連分子は不明なことが多い。α-tocopherol transfer protein (α-TTP) は、神経疾患を呈する先天性ビタミンE欠乏症の原因遺伝子であり、肝臓においてα-tocと特異的に結合し血中α-toc濃度を規定する分子である。寺社下は、α-Ttp遺伝子欠損マウスを作製し、先天性ビタミンE欠乏症のモデル動物を樹立すると共に、α-Ttp遺伝子の機能とビタミンEの役割について検討した。

α-TTPヘテロ欠損マウス同士の交配からは、野生型、ヘテロそしてホモ欠損マウスの産仔が、メンデルの法則どおり1:2:1の割合で得られた。次に寺社下は、α-Ttpが血中α-toc濃度を規定する分子であることを証明するため、作製したα-Ttpノックアウトマウスの肝臓におけるα-Ttpの発現量と血中α-toc濃度を測定した。その結果、ホモ欠損マウスの血中α-toc濃度は検出限界以下であり、ヘテロ欠損マウスの血中α-Tocは、野生型の約半分の濃度であることが判明した。この結果から、寺社下は肝臓におけるα-Ttpの発現量が循環中のα-toc濃度を制御していることを証明した。

次に寺社下は、ホモ欠損マウスの繁殖能について検討を実施した。その結果、オスのホモ欠損マウスは繁殖能を保持していたが、メスのホモ欠損マウスにおいては、野生型のオスマウスと交配した場合でも、胎仔は神経管の奇形を呈し、交尾後10.5〜11.5日目に死亡した。そして死亡した胎仔の胎盤は、labyrinthine trophoblastsの形成不全を呈していた。この胎仔の死亡が、ホモ欠損メスから排卵された卵子に起因しているのか、それともそれ以外の母体側の要因で起こるのかを確認するために、寺社下は、ホモ欠損の受精卵を野生型のレシピエントメスの卵管に移植した。その結果、ホモ受精卵は正常に発生することができた。一方、野生型の受精卵をホモ欠損のレシピエントメスの卵管に移植したところ、胎仔は妊娠中期に死亡した。これらの結果から、寺社下は、胎仔の死亡は、排卵以降の母体側に原因があることを明らかにした。

ホモ欠損マウス子宮内におけて胎仔が死亡することを受け、子宮、胎盤、そして胎仔におけるα-Ttpの発現について検討を行った。その結果、子宮におけるα-Ttpの発現は、着床直後に上昇し、その後分娩時にかけて発現量が緩やかに減少していくことを観察した。すなわち、α-Ttpは、肝臓においてα-tocを全身に輸送する働きをしている一方で、子宮においても胚の着床に呼応するように発現量を増し、胎盤側にα-tocを輸送する働きをしている可能性を示した。

続いて、寺社下はホモ欠損マウスのビタミンE欠乏状態を治療すべく、α-toc過剰食を給餌し、血中のα-toc濃度を上昇させることができるかどうか検討を行った。CE-2食を給餌していたホモ欠損マウスに、α-toc過剰食(α-toc濃度819mg/kg)を給餌し、血中α-toc濃度の変化を解析した。その結果、CE-2給餌時は検出限界以下であった血中α-toc濃度が、α-toc過剰食給餌後24時間で約150μg/dlの濃度まで上昇することが分かった。この濃度は、ヘテロ欠損マウスにCE-2を給餌した場合とほぼ同等である。α-toc過剰食を給餌した後に、再度CE-2食給餌に変更すると、血中α-toc濃度は、変更後8時間で約50%まで減少した。これらの結果から、寺社下はα-toc過剰食とCE-2食とを給餌仕分けることにより、ホモ欠損マウスの血中α-toc濃度を調整できることを初めて示した。次に、このα-toc過剰食を給餌することにより、ホモ欠損メスマウスの不妊を治療できるかどうか検討した。また、α-tocとは別の脂溶性抗酸化剤としてBO-653(中外製薬合成品)も、CE-2に混在させ給餌した。その結果、α-toc過剰食とBO-653添加食のどちらを給餌した場合も、ホモ欠損メスマウスから正常に産仔が得られ、不妊の治療に成功することができた。α-toc過剰食だけでなく、抗酸化剤摂取によっても不妊が治療できたことから、ビタミンE欠乏による胎仔の死亡の原因は、酸化ストレスによることが示唆された。

さらに、寺社下は、胚発生にとってどの期間α-tocが必要か検討を行うために、ホモ欠損マウスに妊娠中の特定期間のみα-toc過剰食を給餌し、胚が正常に分娩時まで発育するかどうか観察した。その結果、ホモ欠損マウス子宮内の胎仔の発生には、交尾後6.5日目から13.5日目までのα-toc過剰食給餌が必須であり、6.5日前と13.5日後は不要であることを明らかにした。マウスの胎盤形成は、交尾後6.5日目より開始され、交尾後13.5日目に成熟することが報告されている。この胎盤形成期間とtoc必須期間が完全に一致していたことから、tocは胎盤形成にとって必要であることが推測された。胎仔そのもの発生にとってα-tocが必須かどうか検討するために、ホモ欠損胎仔の血中α-toc濃度の測定を行った。その結果、ホモ欠損胎仔は正常に発生していたが、血中α-toc濃度は検出限界以下であった。そして、野生型胎仔の血中α-toc濃度も、検出はされるものの成体の野生型マウスの血中濃度の約5%程度と非常に低かった。これらの結果から、胎仔の発生そのものには、α-tocが必須でないことが示唆された。

α-tocが胎仔の発生そのものより胎盤形成にとって必要不可欠であることが示唆されたため、次に、寺社下は胎盤のどの細胞にとってα-tocが必要なのか検討を加えた。その結果、胎仔が生存している段階において最初に異常が観察されたのは、胎盤のlabyrinthine regionの第2,3層にある一部のsyncytiotrophoblast細胞のnecrosis像であることを示した。そして、胎仔が死亡している段階になると、ほとんどのsyncytiotrophoblast細胞のnecrosisと胎仔側血管内皮のnecrosisが観察された。しかし一方で、labyrinthine regionの第1層は残存し、母体側血管は腔の狭小化は見られるものの残存はしていた。その他に異常は見られなかった。以上の結果から、寺社下はα-toc欠乏による胎仔の死亡は、胎盤形成不全、特にsyncytiotrophoblastのnecrosisが原因であることを示した。

これまで toc欠乏による胎仔の死亡が、胎仔側と母体側のどちらに起因があるのか、更に胎盤と胎仔のどちらに起因があるのか、を見分ける方法がなかった。本研究は、tocは胎仔そのものの発生には必須でなく、胎盤の形成特にsyncytiotrophoblastの維持・機能に抗酸化ストレス剤として重要な働きをしていることを明らかにしたものであり、博士(薬学)に十分値するものと判断した。

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