No | 216480 | |
著者(漢字) | 牧野,悠治 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マキノ,ユウジ | |
標題(和) | 粉末状製剤の鼻腔内動態に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216480 | |
報告番号 | 乙16480 | |
学位授与日 | 2006.03.08 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 第16480号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 鼻腔は鼻アレルギーの治療薬等の局所性薬剤の投与部位としてだけではなく、注射に替わるペプチド、蛋白質等全身性薬物の投与部位としても注目を集めている。鼻腔に投与された薬物は鼻腔粘膜に沈着した後、粘膜を透過して血中へ吸収されるか、あるいは粘膜繊毛輸送(mucociliary transport system)により食道へ排出される。該輸送は吸入した異物を排除する生体の防御手段の一つであるが薬物を鼻腔内により滞留させたり、あるいは粘膜から薬物をより吸収させようとする場合には障壁となる。従って鼻腔投与製剤開発にあたっては該輸送を如何に克服するかが課題である。 従来鼻腔内薬物動態研究については多くの方法が考案されてきたが、粘膜繊毛輸送による食道への排出に関する報告は少なく、かつ同一個体における排出と吸収の定量的解析はなかった。本研究では第一部で家兎を用いて鼻腔での薬物の吸収と排出とを同時に測定する定量的な実験系を確立した。また、第二部ではその系を用いて各種の粉末状製剤を鼻腔に投与した後の薬物と基剤との動態を比較解析し、薬物の吸収と食道への排出に及ぼす基剤の効果について考察した。 第一部:新規の家兎鼻腔内薬物動態解析法 目的 薬物の鼻腔からの吸収と食道への排出とを一個体で同時に測定可能な定量的実験方法の確立を目的とした。特に投与薬剤のマスバランスを測定し本実験系の定量性を確認することを目的とした。 実験 実験動物として家兎を用い、薬物としてのフルオレセインと基剤としての微結晶性セルロース(100-400 メッシュ画分)とを混合した粉末状薬剤を鼻腔に噴霧した。家兎は麻酔下、食道・気管を分離し、鼻腔側の食道に挿管し、該挿管部だけを外部に出して切開部を縫合した(Fig.1)。覚醒後、粉末状製剤を両鼻腔に噴霧した。投与後食道粘液を該挿管部から、また血液を耳静脈から経時的に採取しフルオレセインの吸収量と食道への排出量とを測定した。また終了後鼻腔を洗浄しフルオレセインの鼻腔内残留量を測定した。対照として非手術群の鼻腔内に同様に投与し吸収に及ぼす施術の影響も評価した。挿管部から採取した食道粘液量を測定し、実験中の粘液量の経時的推移を観察した。対照として術後薬剤を投与しない群の粘液量の推移も観察し薬剤投与群のそれと比較した。一方、フルオレセインについては、血中濃度は高速液体クロマトグラフィーにより、その他の食道粘液中濃度、鼻腔内残存量等については蛍光光度計により定量した。 結果と考察 (1)食道粘液量の推移 対照群(薬剤非投与群)と試験群(薬剤投与群)との食道粘液量は何れの群内でも時間により有意な変動はなく、また群間でも経時的に有意な差は認められなかった。従って本実験中食道粘液の分泌は経時的に安定しており、かつ粉末状薬剤を鼻腔に投与しても分泌量に影響はないことが明らかとなった。 (2)薬物の食道への排出 フルオレセインは食道中へ一次速度で排出され(Fig.2)、その半減期は約9.4 分と計算された。intactの家兎の粘膜繊毛輸送の半減期文献値は約10分と報告されておりよく一致した。 (3)薬物血中濃度の推移 手術群(本実験系)と非手術群(intact)とのフルオレセイン血中濃度の時間推移は類似しておりAUCに有意差はないことから手術の影響はないと推定された(Fig.3)。上記(1)項記載のように粘液繊毛輸送もintactと類似と推定されることも併せて本実験系は施術にも係わらず生理的な条件で実施されていると言える。本実験系の吸収を静注と比較した結果BAは約24%であった。 (4)投与薬物の物質収支 投与量に対し、鼻腔からの吸収量は約24%(上述)、食道への排出量は約61%、鼻腔内残存量は約4%となった。合計約89%が回収されたことは本実験系が定量的解析法であることを示すものである。 結論 本実験方法により家兎同一個体での薬物の鼻腔からの吸収と排出の同時測定が可能となった。また薬物血中濃度推移、粘液量の何れもが施術の影響を受けていないこと、投与薬物の物質収支が良好なことから、本実験方法が鼻腔内の薬物動態の定量的解析に有用な一手法であることが示された。 第二部:粉末状製剤の家兎鼻腔内動態 目的 鼻腔内に投与される種々の製剤の中で粉末状製剤は基剤に機能性材料を使用することにより、薬効の持続や鼻粘膜吸収を促進することで注目されている。しかしその機作については不明のところが多く、特に基剤の動態についての情報は少ない。本研究では第一部の解析法を用いて数種の基剤につき粉末状製剤の鼻腔内動態を検討し、薬物動態に及ぼす基剤の効果を考察した。 実験 薬物にはフルオレセインを、基剤には4種:微結晶性セルロース(MCC;水不溶性・水吸収性)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC;ゲル形成性)、乳糖(水溶解性)、ポリスチレン80μm標準粒子(PP;水不溶性)を使用した。MCC、HPC、乳糖は100-400メッシュ画分を使用した。HPCの鼻腔内動態解析には蛍光ラベルしたFITC-HPCを合成して使用した。家兎への薬剤投与実験方法は第一部と同様。基剤の鼻腔からの排出を検討するために基剤のみも鼻腔に噴霧した。またフルオレセインの製剤からの放出をFrantzcellによるin vitro実験で測定した。フルオレセイン定量、食道粘液量測定は第一部と同様。粘液中、鼻腔洗浄液中の基剤定量は、FITC-HPCでは蛍光強度測定により、MCC,PPでは新たに開発した画像解析による粒子数測定により実施した。 結果と考察 第一部のMCCと同様他の基剤でも製剤を鼻腔に噴霧時食道粘液分泌量に影響ないことを確認した。フルオレセインの吸収は、AUCの序列でMCC>PP>HPC>乳糖となり(Fig.4)、MCC,PPではほとんど吸収が認められない対照(フルオレセインの水性懸濁液)より有意に吸収された。またフルオレセインの食道への排出はHPCで他の3基剤より遅い結果となった(Fig.5)。基剤(HPC,MCC,PP)の食道排泄量測定では、PPは速やかに食道へ排出されたが、MCCとHPCでは排出は緩徐であった(Fig.6)。また各製剤投与時のフルオレセインの物質収支はHPCを除いて80%を超える良好な回収率が得られ本実験系の定量性を示した。一方各種粉末状製剤からのフルオレセインin vitro放出性はHPCを除いて速やかであった。 上記の結果から各種基剤のフルオレセイン鼻腔内動態に及ぼす効果を以下のように考察した。すなわち、水不溶性のMCCとPPでは何れもフルオレセインの吸収が促進されたが、PPが速やかに鼻腔から排出されるのに対しMCCは鼻腔内に滞留した。有意差はないもののMCCの吸収性がより高かったのはMCCの粘膜付着性により粘膜上にフルオレセインの局所的高濃度がより長時間達成されたためと推測した。HPCもMCCと同様に鼻腔内に滞留するが、ゲルが形成されるためフルオレセインの拡散が遅く吸収も排出も少ないと推定される。一方乳糖では速やかに溶解するためフルオレセインの局所的高濃度サイトが生成せず、速やかに拡散して食道へ排出されたと推定された。 結語 鼻腔に投与される薬剤の鼻腔局所での薬効持続化あるいは鼻粘膜からの吸収促進による注射の代替化を目的に多くの鼻腔内drug delivery systemが今後も研究開発されると予想されており、薬剤の鼻腔内動態の定量的解析は該システムの設計の基礎となるものである。本論文において確立された方法により、家兎一個体で薬剤の鼻腔からの吸収と食道への排出の同時でかつ定量的な解析が可能となり、鼻腔内滞留性あるいは鼻粘膜吸収性を促進する製剤・基剤の設計に大いに寄与するものである。 Fig.1 The view of the cannulation arrangement for in vivo studies in the rabbits Fig.2. Cumulative amount of fluorescein eliminated into the esophagus after nasal administraion of F/MCC formulations(mean±SD, n=6) Fig.3.Plasma fluorescein(F)concentration-time profiles of operated(n=6) and control(n=5)rabbits after nasel administration of F/MCC formulations.The dose was normalized to that of the operated group.Bars indicate SD Fig.4.Mean plasma concentration-time profiles of fluorescein(F) after nasal administration with various carriers The average F dose was 133.2 μg/head for MCC, 153.3 μg/head for HPC, 114.9 μg/head for PP, and 108.7μg/head for lactose(mean±SD,n=6) Fig.5 Cumulative amount of fouorescein eliminated into the esophagus after nasal administration with various carriers.The average F dose was 133.2μg/head for MCC,153.3μg/head for HPC,114.9μg/head for PP,and 108.7μg/head for lactose(mean±SD,n=6) Fig.6. Cumulative amount of carriers eliminated into the esophagus after nasal administration(mean±SD,n=6) | |
審査要旨 | 鼻腔は鼻アレルギーの治療薬等の局所性薬剤の投与部位としてだけではなく、注射に替わるペプチド、蛋白質等全身性薬物の投与部位としても注目を集めている。鼻腔に投与された薬物は鼻腔粘膜に沈着した後、粘膜を透過して血中へ吸収されるか、あるいは粘膜繊毛輸送(mucociliary transport system)により食道へ排出される。該輸送は吸入した異物を排除する生体の防御手段の一つであるが薬物を鼻腔内により滞留させたり、あるいは粘膜から薬物をより吸収させようとする場合には障壁となる。従って鼻腔投与製剤開発にあたっては該輸送を如何に克服するかが課題である。 従来鼻腔内薬物動態研究については多くの方法が考案されてきたが、粘膜繊毛輸送による食道への排出に関する報告は少なく、かつ同一個体における排出と吸収の定量的解析はなかった。本研究では第一部で家兎を用いて鼻腔での薬物の吸収と排出とを同時に測定する定量的な実験系を確立した。また、第二部ではその系を用いて各種の粉末状製剤を鼻腔に投与した後の薬物と基剤との動態を比較解析し、薬物の吸収と食道への排出に及ぼす基剤の効果について考察した。 第一部:新規の家兎鼻腔内薬物動態解析法 実験動物として家兎を用い、薬物としてのフルオレセインと基剤としての微結晶性セルロース(100-400 メッシュ画分)とを混合した粉末状薬剤を鼻腔に噴霧した。家兎は麻酔下、食道・気管を分離し、鼻腔側の食道に挿管し、該挿管部だけを外部に出して切開部を縫合した。覚醒後、粉末状製剤を両鼻腔に噴霧した。投与後食道粘液を該挿管部から、また血液を耳静脈から経時的に採取しフルオレセインの吸収量と食道への排出量とを測定した。また終了後鼻腔を洗浄しフルオレセインの鼻腔内残留量を測定した。挿管部から採取した食道粘液量を測定し、実験中の粘液量の経時的推移を観察した。 食道粘液量は薬物投与により変化することはなかった。フルオレセインは食道中へ一次速度で排出され、その半減期は約9.4分と計算された。intactの家兎の粘膜繊毛輸送の半減期文献値は約10分と報告されておりよく一致した。 薬物血中濃度の推移−手術群(本実験系)と非手術群(intact)とのフルオレセイン血中濃度の時間推移は類似しておりAUCに有意差はないことから手術の影響はないと推定された。上記(1)項記載のように粘液繊毛輸送もintactと類似と推定されることも併せて本実験系は施術にも係わらず生理的な条件で実施されていると言える。本実験系の吸収を静注と比較した結果Bio Availabilityは約24%であった。 投与量に対し、鼻腔からの吸収量は約24%(上述)、食道への排出量は約61%、鼻腔内残存量は約4%となった。合計約89%が回収されたことは本実験系が定量的解析法であることを示すものである。 本実験方法により家兎同一個体での薬物の鼻腔からの吸収と排出の同時測定が可能となった。また薬物血中濃度推移、粘液量の何れもが施術の影響を受けていないこと、投与薬物の物質収支が良好なことから、本実験方法が鼻腔内の薬物動態の定量的解析に有用な一手法であることが示された。 第二部:粉末状製剤の家兎鼻腔内動態 鼻腔内に投与される粉末状製剤の基剤の動態についての情報は少ない。そこで、第一部の解析法を用いて数種の基剤につき粉末状製剤の鼻腔内動態を検討し、薬物動態に及ぼす基剤の効果を調べた。 薬物にはフルオレセインを、基剤には4種:微結晶性セルロース(MCC;水不溶性・水吸収性)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC;ゲル形成性)、乳糖(水溶解性)、ポリスチレン80μm標準粒子(PP;水不溶性)を使用した。MCC、HPC、乳糖は100-400メッシュ画分を使用した。HPCの鼻腔内動態解析には蛍光ラベルしたFITC-HPCを合成して使用した。家兎への薬剤投与実験方法は第一部と同様。基剤の鼻腔からの排出を検討するために基剤のみも鼻腔に噴霧した。またフルオレセインの製剤からの放出をFrantz cell によるin vitro実験で測定した。粘液中、鼻腔洗浄液中の基剤定量は、FITC-HPCでは蛍光強度測定により、MCC,PPでは新たに開発した画像解析による粒子数測定により実施した。 第一部のMCCと同様他の基剤でも製剤を鼻腔に噴霧時食道粘液分泌量に影響ないことを確認した。フルオレセインの吸収は、AUCの序列でMCC>PP>HPC>乳糖となり、MCC,PPではほとんど吸収が認められない対照(フルオレセインの水性懸濁液)より有意に吸収された。またフルオレセインの食道への排出はHPCで他の3基剤より遅い結果となった。基剤(HPC,MCC,PP)の食道排泄量測定では、PPは速やかに食道へ排出されたが、MCCとHPCでは排出は緩徐であった。また各製剤投与時のフルオレセインの物質収支はHPC を除いて80%を超える良好な回収率が得られ本実験系の定量性を示した。一方各種粉末状製剤からのフルオレセインin vitro放出性はHPCを除いて速やかであった。 上記の結果から各種基剤のフルオレセイン鼻腔内動態に及ぼす効果を以下のように考察した。すなわち、水不溶性のMCCとPPでは何れもフルオレセインの吸収が促進されたが、PPが速やかに鼻腔から排出されるのに対しMCCは鼻腔内に滞留した。有意差はないもののMCCの吸収性がより高かったのはMCCの粘膜付着性により粘膜上にフルオレセインの局所的高濃度がより長時間達成されたためと推測した。HPCもMCCと同様に鼻腔内に滞留するが、ゲルが形成されるためフルオレセインの拡散が遅く吸収も排出も少ないと推定される。一方乳糖では速やかに溶解するためフルオレセインの局所的高濃度サイトが生成せず、速やかに拡散して食道へ排出されたと推定された。 鼻腔に投与される薬剤の鼻腔局所での薬効持続化あるいは鼻粘膜からの吸収促進による注射の代替化を目的に多くの鼻腔内drug delivery systemが今後も研究開発されると予想されており、薬剤の鼻腔内動態の定量的解析は該システムの設計の基礎となるものである。本研究において確立された方法により、家兎一個体で薬剤の鼻腔からの吸収と食道への排出の同時でかつ定量的な解析が可能となり、鼻腔内滞留性あるいは鼻粘膜吸収性を促進する製剤・基剤の設計に大いに寄与するものである。以上より、本研究は鼻腔内投与製剤の開発に寄与するものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判断された。 | |
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