学位論文要旨



No 216481
著者(漢字) 濱野,翼
著者(英字)
著者(カナ) ハマノ,タスク
標題(和) 鉄鋼精錬における固液共存フラックス中りん酸化合物の生成反応
標題(洋)
報告番号 216481
報告番号 乙16481
学位授与日 2006.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 第16481号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 助教授 寺嶋,和夫
内容要旨 要旨を表示する

鉄鋼の製錬プロセスにおいて、鋼の物理的な性質を低下させる有害な元素である「りん」を除去する「脱りんプロセス」では、酸化物融体であるスラグを用いて溶銑中のりんを酸化し、スラグに移行して除去する酸化精錬が一般的である。実プロセスでは脱りんは主に、高炉からの出銑後に行われる溶銑処理と、転炉における精錬で行われている。脱りん反応は酸化発熱反応であるため、反応を低温で行い、反応時の酸素分圧が高いことが、反応の進行に重要である。スラグの精錬能はその組成に大きく依存するが、酸性酸化物であるP2O5はスラグが塩基性なほど括量が小さく、スラグ中で安定に存在することが知られており、工業的には安価で且つ安定供給が可能な塩基性酸化物としてCaOを添加したスラグが多く利用されている。従って、効果的な脱りん反応のためには、スラグはCaO濃度ができる限り高く、飽和濃度まで溶解していることが反応効率の観点から重要であるが、CaOは融点が2843 Kと高いため、従来、スラグ中に完全に溶解するための溶剤としてCaF2が大量に添加されてきた。しかし、近年、CaF2を含有したスラグから溶出するフッ素が人体、環境へ及ぼす影響が懸念され、その使用を停止する必要が出てきた。CaOがスラグ中に溶解しないと、使用するCaOの原単位が上昇してコスト面で大きな損失となる上に、精錬能の低いスラグでの処理を強いられるためにスラグの使用量が増え、排出スラグ中の未滓CaOの水和現象によりスラグが膨張するため、製鋼スラグを路盤材などの利材として使用できず、その処理をめぐって重大な環境問題が発生する可能性がある。従って、溶け残りの固体CaOを可能な限り低減し、CaOの利用効率、反応効率を高めて脱りんを行うために、CaOの滓化を促すCaF2の代替溶剤の開発が急務であるが、有力なフラックスの開発に至っていないのが現状である。

一方で、既往の研究からP2O5はCaOと1473から1673 Kにおいて、3CaO・P2O5あるいは4CaO・P2O5のような安定な化合物を形成することが知られている。そのため、実プロセスにおいて、スラグ中の固体CaOを積極的に利用して固相中にりんを濃縮することができればCaF2等の溶剤を用いず、固液共存フラックスのままで有効な脱りんを行うことができる。

ここで、スラグ-鉄間の熱力学的なりんの分配を議論する場合、均一液相のスラグについては多くの組成に対して平衡分配比が測定されており、それらの研究結果から実用的なプロセスでの脱りんの限界を知ることができるが、固液共存フラックスに関してはCaO飽和、2CaO・SiO2飽和スラグの平衡りん分配比の測定など、いくつかの有用なデータはあるものの、固相CaOの滓化剤を含むフラックスが脱りん反応に及ぼす影響を明らかにした研究例は少ない。また、固体CaOはスラグとの反応によりりん酸カルシウムを形成することが知られているが、スラグ中にSiO2が存在する場合は2CaO・SiO2のようなカルシウムシリケートと化合物や固溶体を形成してりんを濃縮することがわかっている。しかし、脱りん生成物のCaO-SiO2-P2O5系の具体的な化学組成や形成メカニズムは十分には解明されていない。

そこで、本研究では、CaF2を用いない脱りんプロセスに必要となるCaO滓化を促進するフラックスの探索と、そのフラックスが熱力学的に脱りん反応に及ぼす影響の評価を行った。また、スラグの固相中に高い割合でりんを濃縮するために必要となるCaOとスラグの反応を解析し、りん濃縮相の形成メカニズムを検討した。これらにより、CaOを滓化して脱りん反応効率を上げ、製鋼スラグの発生量を低減することと、低温の溶銑脱りんで固体CaOを積極的に利用して固相中に高い割合、でりんを濃縮することの2つを目的として、CaF2を用いない固液共存フラックスによる脱りんプロセス開発のための基礎研究を行った。

第1章では、鉄鋼製錬における脱りん反応について説明し、本研究が対象としているCaO系の酸化鉄含有スラグと溶鉄、固体鉄間の平衡りん分配比について既往の測定結果を示し、スラグ組成と温度が脱りん反応に及ぼす影響を示した。また、固体CaOとスラグの反応に関する既往の研究結果と、りんを高濃度で含む固相であるCaO-SiO2-P2O5相の状態図、および既往の熱力学的研究を示した。これより、既往の研究ではCaOのスラグへの溶解を促進するフラックスについて系統的な研究がなされておらず、フラックスがCaOの溶解速度に及ぼす影響、熱力学的た脱りん反応に及ぼす影響について調査することの必要性について述べた。また、固体CaOとスラグの反応メカニズムが、既往の研究では不明の点が多いことを示し、固液共存フラックスによる脱りん反応を検討する上で、りんを濃縮する2CaO・SiO2相の形成機構を知ることの必要性について述べた。

第2章では、1523〜1673 Kにおいて固体CaOのFeOx-CaO-SiO2系スラグへのCaOの溶解速度を測定し、CaOの溶解は液側物質移動により律速されること、スラグ中FeOx濃度が高く、(mol%CaO)/(mol%SiO2)比が低いほどCaOのスラグへの溶解速度が大きいことを示した。また、FeOx-CaO-SiO2三元系スラグに第四成分としてCaF2,CaCl2,Al2O3,B2O3を添加した場合、CaOの溶解速度は、CaF2>CaCl2>B2O3>Al2O3の順で大きいことを示し、それぞれのフラックスを組成一定のFeOx-CaO-SiO2三元系スラグに10mol%ずつ添加した場合、添加しない場合に比べてCaOの溶解速度がCaF2では7.5倍、CaCl2では5.9倍、B2O3では3.3倍、Al2O3では2.5倍増加することを明らかにした。

第3章では、第2章でCaOの滓化効果が示されたB2O3が、熱力学的に平衡りん分配比にどのような影響を及ぼすのか明らかにするために、1873 KにおいてMgO飽和FeOx-CaO-MgO-SiO2-B2O3-P2O5系スラグと溶鉄間のりんの平衡分配比を測定し、スラグ中のSiO2をB2O3で置換してもりん分配比は変化しないこと、MgO、CaO二固相飽和の条件ではFeOx-CaO-MgO-SiO2-B2O3-P2O5系スラグを用いた場合のフォスフエイトキャパシティーが最大1019.06と、高い脱りん能を示し、スラグにCaOの滓化剤としてB2O3を10 mass%程度まで加えても良好な脱りんが可能であることを明らかにした。

第4章では、固体CaOとスラグの反応により生成する反応相を明らかにすることを目的に、1573 Kにおいて、固体CaOとFeOx-CaO-SiO2-P2O5系スラグを固体鉄るつぼを用いてスラグ組成、実験時間を変化させて反応させ、CaO-スラグ界面をSEM/EDS分析した。その結果、固体CaOとスラグの反応界面にはCaO-FeO層、CaO-SiO2-P2O5相とCaO-FeO相の混合層が観察され、CaO-FeO層は反応時間の経過に伴い層の厚さが増大すること、初期スラグの(mol%CaO)/(mol%SiO2)比が小さいほど層の厚さが増大することを示した。また、りんの濃縮相であるCaO-SiO2-P2O5相が、2CaO-SiO2と3CaO・P2O5の整数比で表される化合物であり、それらは2CaO・SiO2:3CaO・P2O5が1:1や2:1の5CaO・SiO2・P2O5(silicocarnotite,シリコカーノタイト)、7CaO-2SiO2-P2O5(nagelschmidtite,ナーゲルシュミッタイト)であることを明らかにした。

第5章では、溶銑脱りんプロセスにおける固体CaOとスラグの反応により、生成する反応層の形成機構を明らかにするために、1573 Kで系の酸素分圧を制御して固体CaOをFeOx-CaO-SiO2-P2O5系スラグに時間を変化させて浸漬し、反応層をSEM/EDSにより分析した。その結果、固体CaOとスラグの反応界面には固体CaO層から順に、CaO-FeO層、2CaO・SiO2相とFeO-CaO-SiO2相の混合層が生成し、2CaO・SiO2相にはP2O5を濃縮する相が部分的に観察され、2CaO・SiO2相を囲むようにFeO濃度が高いFeO-CaO-SiO2相が生成することを明らかにした。また反応相の形成メカニズムを各相の成分活量により明らかにし、CaOとスラグ間の反応層は、(1)固体CaOをスラグに浸漬した瞬間にCaOが溶出してCaO濃度の高い液相領域ができる(2)そこで2CaOSiO2相が生成するために共存液相の組成が高FeO濃度に変化する(3)固体CaO側とバルクスラグ側にFe2+が拡散し、固体CaO側にCaO-FeO層を形成するというメカニズムによるものであることを示した。

第6章では、第2章から第5章の結果から、固体CaOを含む固液共存フラックスを用いた溶銑脱りんプロセスを熱力学的、反応論的に考察し、最適な条件について検討した。

第7章では、総括を記した。

以上をまとめると、本論文では、スラグ中に固体CaOを含む固液共存状態のフラックスを溶銑脱りんプロセスに用いる場合の脱りん反応を熱力学的、反応論的に考察し、最適な条件を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、鉄鋼中不純物元素のりんを除去する鉄鋼精錬の脱りんプロセスで、効率的に脱りんを行うために使用されるCaO系フラックスについて、固相CaOの酸化物融体への溶融反応を解析し、固体CaOを利用してりんを濃縮し、溶融銑鉄から除去するプロセスの反応機構を明らかにした研究であり、7章からなる。

第1章は序論であり、鉄鋼製錬における脱りん反応に関するこれまでの研究について述べ、固液共存CaO系フラックスによるりんの除去反応機構を検討することの重要性、本研究を行う背景、目的について述べている。

第2章では、FeOx-CaO-SiO2系フラックスヘの固体CaOの溶解速度を測定した結果を述べている。1523-1673KでフラックスヘのCaOの溶解量を測定し、その結果から溶解速度を求めた。固体CaOの溶解反応は液相内の物質移動により律速され、フラックス中FeOx濃度が高く、(mol%CaO)/(mol%SiO2)比が小さいほど固体CaOのフラックスヘの溶解速度が大きいことを明らかにした。また、FeOx-CaO-SiO2系フラックスにCaF2,CaCl2,Al2O3,またはB203を添加したときのCaOの溶解速度に及ぼす化合物の添加の影響からCaOの溶解機構について考察している。

第3章では、第2章で明らかにしたCaOの溶解速度に及ぼすB2O3の添加効果に着目し、フラックス-溶銑間の平衡りん分配比に及ぼすB203の影響を調べた。MgO飽和FeOx-CaO-MgO-SiO2-B203-P205系スラグと溶鉄間のりんの平衡分配比を1873 Kで測定した結果から、フラックス中SiO2をB2O3で置換してもりんの除去挙動には影響しないことを明らかにした。また、MgOおよびCaO二固相飽和FeOx-CaO-MgO-SiO2-B2O3-P2O5系フラックスは、脱りん能が非常に大きく、フラックスにCaOの溶解促進のためにB2O3を約10 mass%まで添加しても脱りんが可能であるとの結論を得ている。

第4章では、固体CaOとフラックスの反応により生成する相を調べ、反応機構を明らかにする実験を行った。1573 Kで固体CaOとFeOx-CaO-SiO2-P2O5系フラックスを接触、反応させ、反応界面をSEM/EDSにより観察、分析を行った。フラックス組成、反応時間を変えることにより、生成相の違いを検討している。固体CaOとフラックスの界面にはCaO-FeO相の層、CaO-SiO2-P2O5相とCaO-FeO相の混合層が生成することを明らかにした。生成相のSEM/EDSによる同定により、りんの濃縮相は5CaO・SiO2・P2O5、7CaO・2SiO2・P2O5であるとしている。

第5章では、溶銑脱りんプロセスにおける固体CaOとフラックスの反応により生成する反応層の形成機構を明らかにしている。1573 Kで一定の酸素分圧で固体CaOをFeOx-CaO-SiO2-P205系フラックスに浸漬し、反応層の経時変化をSEM/EDSにより分析した。固体CaOとスラグの反応界面には、固体CaOの隣に層状のCaO-FeO相が生成し、さらに2CaO・SiO2相にP205を濃縮する相が部分的に観察され、2CaOSiO2相の周りに高FeO濃度のFeO-CaO-SiO2相が生成することを見出している。これらの観察、分析結果と、熱力学量の推算から、(1)固体CaOがフラックスに溶出するとCaO濃度の高い液相領域が形成する(2)そこで2CaO・SiO2相が生成し、共存液相組成は高FeO濃度になる(3)固体CaO側とバルクスラグ側にFe2+が拡散し、固体CaO側に層状にCaO-FeO相を形成する、という反応相の形成機構を新たに提案している。

第6章では、第2章から第5章で得られた結果から、固体CaOを含む固液共存フラックスを用いた溶銑脱りんプロセスを熱力学および反応速度に基づいて考察し、固液共存フラックスを用いた溶銑脱りんプロセスを効率的に行う条件について検討した結果を述べている。

第7章では本論文の統括である。

以上のように、本論文では固体CaOの共存する固液共存フラックス中での溶解反応機構、りん酸塩化合物の生成機構を明らかにし、鉄鋼精錬プロセスにおける溶銑脱りん反応を熱力学および反応速度論に基づいて考察し、精錬プロセスに関する重要な知見を得ており、本研究の成果はマテリアルプロセス工学への寄与が大きい。なお、本論文第2章は堀部将志、伊藤公久、第3章は李光強、月橋文孝、第4章は伊藤公久、松崎健嗣、月橋文孝、第5章は深貝晋也、月橋文孝、第6章は深貝晋也、月橋文孝との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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