学位論文要旨



No 216482
著者(漢字) 三浦,喜直
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,ヨシナオ
標題(和) 極薄シリコン酸窒化膜の微視的構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 216482
報告番号 乙16482
学位授与日 2006.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 第16482号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 川合,真紀
 東京大学 教授 大谷,義近
 東京大学 教授 市川,昌和
 東京大学 助教授 吉信,淳
 東京大学 助教授 溝川,貴司
内容要旨 要旨を表示する

先端ロジックMOS型電界効果トランジスタ(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor:MOSFET)は、素子の微細化によって高性能化と消費電力削減を同時に満足するスケーリング則(比例縮小則)に沿って急速な高集積化が進められ、1990年代以降の高度情報化社会の発展に貢献してきた。ゲート絶縁膜としてのSiO2膜およびSiO2/Si界面の優れた材料特性はMOSの微細化に極めて有利であり、高い信頼性技術を背景にSiO2膜厚を数nm以下にまで薄膜化した量産技術が確立している。一方、今日のネットワーク社会ではモバイル端末や高性能コンピュータの重要性が増し、素子の高速化と低消費電力化への要請は益々強くなっている。新材料・新構造で従来技術の物理限界を打破する「ポストスケーリング技術」も広く検討され、ゲート絶縁膜ではSiO2に替わる新しい材料の導入が模索されている。

SiO2に窒素を添加したシリコン酸窒化膜(SiON膜)は、MOSFETで実用化された最初の新規ゲート絶縁膜材料であり、ゲート電極からの不純物拡散抑制、高誘電率化による換算膜厚低減、ホットキャリア耐性向上などの利点がある。極薄SiON膜の製法には、NO熱窒化、プラズマ窒化、CVD窒化などがあり、高窒素濃度化によって換算膜厚をさらに低減する成膜プロセスの追及が続けられているが、信頼性の確保も不可欠な課題である。SiON膜では窒素添加による構造の複雑化(窒素分布など)やプロセスに依存した微視的構造の違いが素子の特性や信頼性に影響するため、電気特性だけではなく高感度かつ構造敏感な手法で膜質の違いを把握することが一層重要になると考えられる。本研究では、成膜プロセスの違いが窒素結合状態に及ぼす影響、高窒素濃度化およびプラズマプロセスが絶縁特性に及ぼす影響、界面窒化が信頼性に及ぼす影響を、それぞれの目的に合わせた物理分析手法を開発して評価し、極薄SiON膜を高品質化するために必要な微視的構造情報を抽出した。

本論文の序論である第1章では、MOSFETゲートSiO2膜の薄膜化が物理限界に達し、更なる素子高性能化には窒素添加や高窒素濃度化が極めて有効であることを述べ、窒素添加プロセスの種類とその特徴、絶縁特性および信頼性の課題についてレビューしたのち、SiON膜開発での微視的構造評価の重要性を述べた。

第2章では、X線光電子分光法(X-ray Photoelecron Spectroscopy:XPS)により、窒化プロセスに依存した極薄SiON膜界面近傍の窒素濃度分布や微視的構造の違いを解析した。

本実験では、界面が選択窒化されるNO窒化酸化膜を再酸化することで窒素分布ピークを界面から0-1.5nmの範囲で制御し、逐次ケミカルエッチングを行ったときのN 1sピーク位置の残留膜厚依存性データから真のケミカルシフトが求められることを示した。界面窒素と膜中窒素でのN 1sケミカルシフトは0.4eVであり、この量は界面からの距離に依存しないことを結論した。界面と膜中での窒素結合状態の違いは窒素の第2近接原子の違いで説明でき、このことはFTIRスペクトルの違いからも検証できた。表面側から窒化が進むプラズマ窒化シリコン酸化膜についても同様に解析した結果、膜中窒素のN 1sケミカルシフトはNO酸窒化膜の膜中窒素と一致し、界面窒素に対応するピークは観測されないことがわかった。シリコン酸窒化膜で観測されるMOSFET移動度低下は、窒素原子に起因した界面近傍の正固定電荷に起因することが指摘されている。本実験結果から、界面窒素量の少ないプラズマ窒化酸化膜は従来のNO窒化酸化膜などに比べて優れていることが結論される。

第3章、第4章では、絶縁膜中の欠陥構造の解析を目的として開発したスピン依存トンネル分光法(Spin-Dependent Tunneling:SDT)を扱った。シリコン酸窒化膜の高性能化には、換算膜厚を低減する高窒素濃度化や固定電荷の影響を低減できるプラズマ窒化法の導入が必要であるが、これらの新プロセスでは絶縁特性に影響を及ぼす微量なトラップ準位(1011cm-2以下)が生成する可能性がある。SDT法は、トラップ準位を介して流れるトラップアシスト(TAT)電流の変調から電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance:ESR)スペクトルを得ることを特徴とし、トラップ準位の構造情報を選択的かつ高感度に得られるメリットがある。

まず第3章では、高窒素濃度化の影響の解析を目的として、極薄CVD SiN膜をゲート絶縁膜のSDT測定を行い、過剰なゲートリーク電流に対応してSDT電流が観測されること、SDT信号の温度依存性やマイクロ波強度依存性はモデルと一致することを明らかにした。観測されたSDTスペクトルの等方性および実効g値から、TAT電流の原因となるトラップ準位はアモルファスSiN膜中のSi結合欠陥(K center)であることを結論した。KcenterはSiNの化学量論組成比からのずれによって生成すると考えられ、高誘電率化によるMOSFET性能向上を見込んだSiON膜の高窒素濃度化では、自己組織的に化学量論組成が満たされる成膜方法の開発が課題であることを述べた。

次に第4章では、プラズマ酸化膜・酸窒化膜中に含まれ得る膜中欠陥が、絶縁特性に及ぼす影響をMOSFET試料のSDT測定によって評価した。過剰なゲートリーク電流が観測される試料では、蓄積側へのゲートバイアス印加でゲート・基板間にSDT電流が観測され、この電流成分は膜中トラップ準位を介したTAT機構に起因することを明らかにした。SDTスペクトルの特徴から、プラズマ酸化膜・プラズマ窒化酸化膜で観測されたトラップ準位は、プラズマ酸化プロセスで発生した膜中の酸素欠損欠陥(E'centerの一種)であることを推定した。SDT電流のバイアス依存性からは、上記欠陥を介したTAT機構が非弾性的であることが強く示唆された。非弾性TAT機構から予測されるリーク電流の温度依存性は測定結果の特徴とよく一致し、リーク電流の温度依存性はトラップ準位を介したTAT電流の高感度な指標となることを述べた。本実験では、プラズマ窒化プロセスに起因した別種の膜中欠陥生成は観測されなかった。プラズマ酸化プロセスでは、酸化力不足に起因した残留si結合欠陥が含まれ得るが、ベース酸化膜の酸素欠損密度を最小限とすることにより、プラズマ窒化酸化膜の絶縁特性を十分高められることを結論した。

第5章、第6章では、SiON膜の信頼性に影響を与える界面欠陥(Pb center)構造のESRによる解析について述べた。SiO2膜への窒素添加では、ホットキヤリア耐性などの信頼性特性が向上する一方、ゲート負バイアス温度不安定性(NBTI)が劣化する。これらの現象には界面準位の生成が関わっており、界面準位への窒素の影響機構を明らかにする必要がある。

まず第5章では、SiO2/Si(100)界面の2種類のPb center(Pb0,Pb1)への界面窒化の影響を、界面が選択的に窒化されるNO窒化酸化膜のESR測定によって調べた。ESRスペクトルからは、界面窒素濃度が高くなるとともに[Pb1]/[Pb0]比の増加とPb1 centerの実効g値のシフトが観測された。Pb0 centerの減少は界面準位低減、ホットキャリア耐性向上など、一般的な絶縁膜信頼性の向上に寄与すると考えられる。一方Pb1 centerスペクトルの磁場方位依存性の解析からは、窒化による欠陥構造の変化が強く示唆され、界面窒素濃度の上昇とともに相対的重要度が増すPb1 centerの構造変化がNBTI劣化要因として注目されることを指摘した。

次に第6章では、窒素添加で加速するNBTIの微視的機構を、プラズマ窒化酸化膜を例に解析した。まず、高窒素濃度プラズマ酸窒化膜へのNBTストレス(NBTS)印加によりPb center(Pb0,Pb1)が顕在化することを明らかにした。窒素中熱処理で活性化させた潜在的なPb centerのスペクトルがNBTS誘起Pb centerのそれとよく対応するという結果から、SiON膜のNBTI機構は潜在的な界面欠陥(Pb-H)からの水素脱離が重要な役割を果たす水素関与モデルで説明できることを示した。また、プラズマ窒化酸化膜では、強い窒化を行うとPb centerスペクトルに界面窒化の影響が見られること、窒化量の増加とともに界面準位密度が増加することを明らかにする。プラズマ窒化酸化膜のNBTIは、こうした界面欠陥の構造変化、密度変化が原因であると考えられる。プラズマ窒化法はシリコン酸化膜表面を選択的に窒化できる優れた手法であるが、更なる高性能化と高信頼化のためには、界面への窒素到達量の低減と潜在的な界面準位の低減が課題となることを示した。

最後の第7章では本研究の成果をまとめ、SiO2膜への窒素添加では、窒素濃度分布やプロセスダメージが、膜中・界面欠陥の密度や構造の変化を通して素子の特性や信頼性に及ぼすことを示し、ゲート絶縁膜の微視的構造評価は、ポストスケーリング時代の新構造・新材料の導入によって一層重要となるという展望を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、高微細化シリコンMOS型電界効果トランジスタ(MOSFET)のゲート酸化膜材料として用いられる極薄シリコン酸窒化膜(SiON膜)における欠陥の微視的諸特性を、素子特性および信頼性の観点から、詳細な物理分析手法を用いて明らかにしたことを述べたものであり、全7章からなる。

第1章は序論であり、シリコンMOSFETのさらなる高性能化にはゲート酸化膜への窒素添加や高窒素濃度化が極めて有効であることを述べ、窒素添加プロセスの種類とその特徴、絶縁特性および信頼性の課題について概観するとともに、SiON膜開発での微視的構造評価の重要性を述べている。

第2章では、極薄SiON膜界面近傍の窒素濃度分布および微視的構造の窒化プロセス依存性について、X線光電子分光法(XPS)を用いて解析した結果を述べている。

界面が選択的に窒化されるNO窒化酸化膜における測定より、界面窒素と膜中窒素でのN 1sピークのケミカルシフトが界面からの距離によらず0.4 eVであることを明らかにし、この差異が界面と膜中における窒素の第2近接原子の違いに起因していることを示している。表面側から窒化が進むプラズマ窒化シリコン酸化膜において、界面窒素に対応するピークが観測されない結果とも整合している。界面窒素はMOSFETの移動度低下を招くことから、界面窒素量の少ないプラズマ窒化酸化膜が、従来のNO窒化酸化膜に比べて優れているとしている。

第3章では、スピン依存トンネル分光法(SDT)が絶縁膜中の微量なトラップ準位の構造を知るための有効な手段であることを述べた上で、これを極薄CVD SiNゲート絶縁膜に適用した結果を述べている。過剰なゲートリーク電流に対応して観測されるSDTスペクトルの特徴から、トラップアシスト(TAT)電流の原因となるSiN膜中のトラップ準位がSi結合欠陥(K中心)によるものであることを明らかにしている。またK中心はSiNの化学量論組成からのずれに起因するとされることから、SiON膜の高窒素濃度化においても化学量論組成を保つことが重要であることを述べている。

第4章では、プラズマ酸化膜・酸窒化膜中に含まれる欠陥がMOSFETの絶縁特性に及ぼす影響を、SDT測定によって評価した結果を述べている。過剰なゲートリーク電流に対応してSDT電流が観測され、これが膜中トラップ準位を介した非弾性的TAT電流に起因するものであることを示した。またSDTスペクトルの特徴から、トラップ準位が、プラズマ酸化プロセスで発生した膜中の酸素欠損欠陥(E中心の一種)であることを推測している。またベース酸化膜の酸素欠損密度を最小限とすることにより、プラズマ窒化酸化膜の絶縁特性を十分高められるとしている。

第5章では、SiO2/Si(100)界面において知られる欠陥構造であるPb中心(Pb0,Pb1)が界面窒化により受ける影響を、NO窒化酸化膜における電子スピン共鳴(ESR)測定により調べた結果を述べている。界面窒素濃度が高くなるとともに、Pb0は減少してホットキャリア耐性など絶縁膜の信頼性の向上に寄与するが、一方Pb1は、窒化に伴う構造変化を通じて、ゲート負バイアス温度不安定性(NBTI)劣化要因となっている可能性があることを指摘している。

第6章では、プラズマ窒化酸化膜において、窒素添加で加速するNBTIの微視的機構について、Pb中心の挙動に基づき解析した結果を述べている。SiON膜のNBTIには潜在的な界面欠陥(Pb-H)からの水素脱離が関与しており、界面欠陥の構造変化、密度増加がNBTIの原因であるとしている。また、プラズマ窒化法の更なる高性能化と高信頼化のためには、界面への窒素到達量の低減と潜在的な界面準位の低減が課題であることを述べている。

第7章は、本研究の結論を述べており、ゲート絶縁膜への窒素添加がシリコンMOSFETの特性や信頼性に及ぼす影響を総括している。さらにゲート絶縁膜の微視的構造評価が、次世代の新構造・新材料の導入において一層重要となるという展望を示している。

なお、本論文の第2章に述べられた内容は小野春彦、安藤公一との、第3章、第4章および第5章に述べられた内容は藤枝信次との、また第6章に述べられた内容は、藤枝信次、西藤哲史、長谷川英司、小山晋、安藤公一との共同研究によるものであるが、いずれも論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、本人の寄与が十分であると判断される。

以上、本論文は、シリコンMOSFETのゲート絶縁膜材料として用いられる極薄シリコン酸窒化膜における欠陥の微視的諸特性を明らかにし、先端MOSFETの高性能化および高信頼性化の指針を示したという点で、物質科学への寄与は極めて大きい。よって、博士(科学)の学位を授与できると認められる。

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