学位論文要旨



No 216483
著者(漢字) 真瀬,昌司
著者(英字)
著者(カナ) マセ,マサジ
標題(和) 日本で分離されたH9N2およびH5N1亜型鳥インフルエンザウイルスの分子疫学的および病原学的解析
標題(洋) Phylogenetic and pathogenic analysis of avian H9N2 and H5N1 influenza A viruses isolated in Japan
報告番号 216483
報告番号 乙16483
学位授与日 2006.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 第16483号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 小林,一三
 東京大学 教授 甲斐,知恵子
 東京大学 教授 河岡,義裕
 東京大学 助教授 川口,寧
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

近年アジアを中心に鳥インフルエンザが流行している。1997年には、H5Nl亜型のウイルスが18名のヒトに直接感染し、そのうち6名が死亡した。本ウイルスは、2003年以降アジア諸国で猛威を奮い、2004年にはわが国でも発生が認められた。また輸入アヒル肉からもH5N1ウイルスが分離された。

一方、H9N2亜型ウイルスもアジアを中心に広く流行しており、ヒトの感染例も報告されている。わが国では流行が認められていないが、流行国から輸入された鳥類から本ウイルスが分離された。

本研究では、輸入インコから分離されたH9N2ウイルス株、わが国で発生した高病原性鳥インフルエンザから分離されたH5Nlウイルス,および輸入アヒル肉から分離されたH5N1ウイルスの遺伝学的、病原学的性状を解析した。

輸入愛玩鳥から分離されたH9N2鳥インフルエンザウイルスの性状

1997年及び1998年に、パキスタンから日本へ輸入されたワカケホンセイインコ(Psittacula Krameri manillensis)の呼吸器からH9N2亜型のA型インフルエンザウイルスが2株分離された。両分離株は遺伝学的に極めて近縁であり、このことは同一系統のウイルスが少なくとも1年間これらの鳥の集団で維持されていたことを示す。両株の赤血球凝集素遺伝子およびノイラミニダーゼ遺伝子の塩基配列は、1999年に香港でヒトから分離されたH9N2亜型ウイルス株との間で97%以上の相同性を示し、また6種類の内部蛋白質遺伝子の塩基配列は香港で1997年に分離されたH5N1亜型ウイルス株との間で99%以上の相同性を示した。以上の結果は、パキスタン由来のインコから分離されたH9N2亜型ウイルスとヒトから分離されたH9N2亜型ウイルスは共通の祖先から派生したことを示唆している。以上の結果は、ヒトに直接感染する可能性をもつA型インフルエンザウイルスが愛玩鳥の輸出入を介して世界的に伝播している可能性を示唆した。

2003-2004年にかけ日本で発生したH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザの流行で分離されたウイルスの性状.

わが国で2003年12月末から2004年3月にかけて、致死的な鳥の伝染性疾病が150-450km離れた3県下で4件(養鶏場3件と愛玩鶏1件)発生した。原因はH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスで、わが国では初めての発生例であった。本ウイルスは死亡したカラスからも分離された。わが国で分離されたH5N1ウイルス株は、モノクローナル抗体を用いた赤血球凝集反応抑制試験の結果において、その抗原的類似性が示されたが、1997年および2003年に香港でヒトから分離されたウイルス株とは識別された。遺伝学的にも、わが国のウイルス株は相互に近縁であったが、これらのウイルスは中国広東省で分離された遺伝子型Vのウイルス(A/chicken/Shantou/4231/2003株)と最も高い相同性を示し、東南アジアの主流株である遺伝子型Zではなかった。わが国の代表株としてA/chicken/Yamaguchi/7/2004株の鶏およびマウスに対する病原性を調べたところ、鶏では静脈内接種で1日以内に、経鼻接種では3日以内に全羽死亡した。一方、マウスではその50%致死量が5×105EID50(50%egg-infectious dose)であり、1997年に香港においてヒトから分離された株よりもその病原性は低かったが、馴化を必要とせずとも肺でよく増殖しさらに脳へも拡散した。

2003年中国から日本に輸入されたアヒル肉から分離されたH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスの性状.

2003年中国山東省から輸入されたアヒル肉からH5Nl亜型鳥インフルエンザウイルスが分離された。本ウイルス株は、モノクローナル抗体を用いた赤血球凝集反応抑制試験の結果から、他の1997年および2003年に香港でヒトから分離されたウイルス株などとはその抗原性が異なっていることが示された。遣伝学的には、本ウイルス株の6遺伝子(PBA,PA,HA,NA,MおよびNS)は最近分離されたH5N1ウイルス株に近縁であったが、残り2遺伝子(PB2,NP)は他のウイルス株由来と考えられた。本株の鶏およびマウスに対する病原性を調べたところ、鶏に対して高病原性であり、またマウスではその50%致死量が5×106EID50であった。しかし、ウイルスを感染させたマウスの脳から回収されたウイルスには数カ所のアミノ酸変異が認められ、またマウスに対する病原性が著しく上昇していた。以上の結果はインフルエンザウイルス清浄国であってもこのような家禽製品を介して高病原性鳥インフルエンザウイルスが持ち込まれる可能性があり公衆衛生学的な脅威となること、また養鶏産業上、感染源と成りうる可能性を示す。

おわりに

2005年現在でもH5N1鳥インフルエンザは公衆衛生学的に問題となっている。本研究の結果、鳥インフルエンザの疫学を考える上で、サーベイランス、特に輸入生鳥や輸入家禽物のサーベイランスが重要であることが示された。また、わが国で発生した高病原性鳥インフルエンザから分離されたH5N1亜型の鳥インフルエンザウイルスも含め、アジアには複数の異なる遺伝子型のH5Nl亜型鳥インフルエンザが存在し流行していることが明らかになった。またほ乳類であるマウスに対し容易に強毒化しうること、その変異には複数のアミノ酸置換が関与している可能性が示唆された。本研究成果は鳥インフルエンザの流行疫学の解明、および鳥インフルエンザの予防、防除方法の確立に有用である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなり、第1章では、輸入愛玩鳥から分離されたH9N2鳥インフルエンザウイルスの性情を解析し、人に直接感染する可能性を持つA型インフルエンザウイルスが愛玩鳥の輸出入を介して世界的に伝播している可能性を示唆した。第2章では、2003年から2004年にかけて日本で発生したH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザの流行で分離されたウイルスの性情を解析し、その病原性を検討した。第3章では、2003年に中国から日本に輸入されたアヒル肉から分離されたH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスの性情を解析し、それが鳥及びマウスに高病原性を示す事を明らかにした。この結果は、家禽製品の輸入を介して高病原性鳥インフルエンザウイルスが持ち込まれ、公衆衛生および養鶏産業上の感染源となりうる可能性を明らかにした。なお、本論文は3編の発表論文の内容をまとめたものであり、EtoM,TanimuraN,ImaiK, Tsukamoto K,Imada T,Nakamura K,Yamamoto Y,Hitomi T,Kira T,Nakai T,Kiso M,Horimoto T,SanadaY,Sanada N,Kawaoka Y,Yamaguchi Sらとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったものであり、論文提出者の寄与は十分であると判断した。

従って、博士(生命科学)の学位を授与出来ると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42877