学位論文要旨



No 216493
著者(漢字) 鮫嶋,茂稔
著者(英字)
著者(カナ) サメシマ,シゲトシ
標題(和) 自律分散システムの協調場の知能化と情報制御システムの持続性保証
標題(洋)
報告番号 216493
報告番号 乙16493
学位授与日 2006.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第16493号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 新,誠一
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 原,辰次
 東京大学 教授 嵯峨山,茂樹
 東京大学 教授 満渕,邦彦
内容要旨 要旨を表示する

制御系と情報処理系を連携させた情報制御システムは,社会基盤システムとして重要な役割を果たしている.情報制御システムには従来,大規模化したシステムを無停止で運用しつつ段階的に構築することが求められてきた.自律分散システムは協調場を用いたモデルで,同報型のメッセージ交換を規約として持つ.これを用いて,サブシステムとなる計算機をマスタ・スレーブの関係なく動作させるものある.このためシステム全体を無停止でサブシステムの拡張・保守を行なうことが容易となり,多くの情報制御システムに適用されている.近年,情報制御システムの情報処理系は基幹情報系まで,制御系は現場に設置されるセンサや作業者端末などのデバイスまで拡がって相互接続されつつある.これは情報制御システムを段階的に構築した後の十数年に渡るライフサイクルを通じて行われる.こうして相互接続されるサブシステムの種類や数が増加することで,協調場の規約にも限界を生じさせてしまう.この結果,以下のような新しい課題が生まれている.

ライフサイクルを通じた情報共有

サブシステムの更新を行っても,過去の履歴を含めて必要な一連の情報を共有できる.

サブシステムの部分的な移行

サブシステムの拡張や縮小を行って受発信する情報の内容や範囲が変化しても,サブシステムのテストや更新,検証を部分的に行うことができる.

不均質なサブシステム間の相互運用性

連携するサブシステムが増加しサブシステムの処理能力やネットワークの基盤ソフトが異なっても,システムに共存することができる.

本論文では,こうした課題を持続性と呼ぶ.従来の情報制御システムが前提としていた計画的な拡張や保守には限界が生じている,このため臨機応変な対応能力をシステムに持たせることを目標とする.

本研究ではこうした変化への対応を行なうため,知能システムで言う合理的知能(システム内部の状態変化に依存せず目標達成できる能力)と社会的知能(他の集団と共生できる能力)をシステム(要素)に備えさせる.それぞれの能力を用いて以下のように協調場を発展させる.

サブシステムと協調場とのインタフェースにサブシステム毎に変更可能なモデルを用い,サブシステムが必要な粒度で協調場と接続できるようにする.こうして,サブシステムの受発信する情報や処理能力が異なっても連携できる疎結合化を行なう(社会的知能).

協調場でのコミュニケーションの方式を動的に決定できるようにし,サブシステム間での情報の流れを変更可能とする.こうしてサブシステム毎に要求される情報の寿命や基盤ソフトが変化しても,互いに依存せず連携し目標を達成できるようにする(合理的知能).

実現にあたっては,ソフトウェアに関して提案されている知能化機構を部分的に融合する.また,特定のサブシステムに依存しない構造とすることで協調場を知能化する.

このアプローチに従い,前述の課題に対応する以下の提案を行なう.

(1)協調場へのストレージの拡張:時空間透過性

従来の協調場は,計算機ノードやアプリケーションプログラムの空間的な透過性確保を目的としていた.ここでは,ライフサイクルを通じた情報共有を狙いとし,時間透過性も合わせて保証するよう知能化する.

具体的には協調場にストレージを加える.つまり,サブシステム間での同報型のメッセージ交換と,ストレージへの要求応答型のメッセージ交換を融合したモデルを提案する.このモデルは,協調場とサブシステムのインタフェースを送受信タイミングも抽象化するよう拡張する.こうしてサブシステムが現在値だけでなく過去の値までも共通的に識別できるようにする.同時にコミュニケーション方式を動的に選択し,現在値と過去の値を個別に意識せずともデータの復旧を行うことができるようにする.

(2)協調場の構造化:来歴透過性

(1)ではサブシステム間で共有する情報の構造や範囲が変化しないことを前提としている.サブシステム自身の持つ機能が変化していくと,これらも変化してしまい限界を生じる.ここではサブシステム間で受発信する情報の構造や範囲が変化しても,この来歴を透過にすることを狙いとして協調場を知能化する.

具体的には来歴毎に複数の協調場を備え,協調場それぞれで同報する情報の内容と範囲を制御する.ここで協調場を互いに継承できるモデルを提案する.つまり,同報する内容と範囲が異なる情報を,異なる協調場に拡張できるようにする.

継承の関係を定義するために,サブシステムと協調場とのインタフェースに外部インタフェース仕様を導入する.外部インタフェース仕様とは,アプリケーションプログラムの入出力の関係や共有メッセージ構造などである.この情報を用いて,サブシステムを個別のインタフェースで協調場に接続し,サブシステム間で同報する範囲を制限する.こうして構造化した協調場を用いて,サブシステムの移行に必要なテストや更新を持続的に行うための以下の方式を提案する.

要求応答型のアプリケーションプログラムとの間でのオンライン連携テスト方式

外部インタフェースを拡張したアプリケーションプログラム間での情報共有方式

被更新アプリケーションと稼働中アプリケーションの間で同期をとった更新方式

また,構造化した協調場を介してサブシステム間の連携動作を検証する方式を合わせて提案する.

(3)協調場の動的構造化:不均質なシステムの相互運用性

(2)までで基礎としていた同報型のメッセージ交換は,情報の構造や範囲を制御する処理を受信側が行う.このため,処理が可能な情報量とサブシステム数が制約される.つまり,サブシステムの設備機器レベルまでの細分化や連携範囲の拡大によって,サブシステムの数が増加すると限界を生じる.特に,処理能力の低いサブシステムが混在する場合は一層困難となる.こうした不均質なシステムの相互運用性を狙いとし,ここでは同報型のメッセージ交換を前提にせず協調場を動的に構築できるようシステム側を知能化する.

具体的には,従来協調場にトップダウン的に与えられていたディレクトリ管理の機構を分離する.つまり,システムの構成要素に互いを認識するステップと相互に連携するステップを備えさせる.

要素の認識においては,(2)で導入したサブシステムの外部インタフェース仕様をメッセージ交換の機構と分離する.ここで,システムの構成要素をオブジェクトとして抽象化するIDL(Interface Description Language)に加えて,オブジェクト間の再帰的関係を表す記述モデルを提案する.これを用いて,細分化される設備機器までをサブシステムとして統一的に管理する.同時に,オブジェクトの再帰的な関係が変化しても互いに関係付け,必要な粒度で動的に構造化する.この関係付けとディレクトリ管理を統一的に扱うことで,サブシステムが他のサブシステムを探索し,共有する情報を発見できるようにする.相互に連携するステップについては,サブシステム間で適切なメッセージ交換の機構を用い,必要な範囲で連携する機構を提案する.こうした機構は協調場の規約としてトップダウンに与えることができないため,オブジェクトに知能化機構を備えさせる.

協調場の視点では,サブシステムが複数の規約を持ち,これを照合することで協調場として共有する情報や範囲を決定することとなる.各サブシステムやオブジェクトを識別できる規約のみを共通に備え,サブシステム毎に備える機構の違いを個別に意識させない.これを協調場の知能化と捉え,メッセージ交換の機構やサブシステムの粒度に依存せず相互運用することを示す.

最後に,協調場のライフサイクルの管理方式を提案する.ここでは,システムの目標を与える利用者からの外部要求インタフェースを抽象化して導入する.この目標を実行するサブシステムの決定機構を融合したモデルを提案する.サブシステムやシステム間で連携して外部要求を共有し,協調場を一時的に形成したり解消したりできるようする.こうして協調場を知能化する.

提案したモデルと方式はFA (Factory Automation)システムや鉄道システム,広域サービスシステム等の多数の情報制御システムへ既に適用されている.本論文では主にFAシステムへの適用例について論じ,本手法の有効性を示す.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は情報制御システムを扱ったものである.これは,制御系に情報系が合わさったものであり,上下水道,電気,ガス,勘定系などの社会のインフラを支えているライフライン系や生産システム系に良く見られる形態である.このような応用では,設置後十年以上も維持管理される必要がある.それも,部分的な改修や増設などをサービスを停止せずに行わなければならない.

本論文では,このように難しい問題を協調場の知能化という観点から論じたものであり,全7章で構成されている.第1章は「序論」であり,情報制御システムの概念を明白にするとともに,このシステムの重要性と本論文で扱う問題点を明確にしている.同時に,本研究の出発点である同報型のメッセージ交換で成り立つ従来技術である自律分散場を紹介している.

第2章は「時空間データフィールドによる情報共有の持続性保証」であり,これまでの自律分散場に時間情報を付加することで,場を時空間に拡張することを提案している.具体的には場に流れるメッセージに時間スタンプを加えて記憶装置に保存するものである.このような時間情報付加は,長い期間の維持管理が必要な情報制御システムでは必須の機能だと主張している.

第3章は「構造化データフィールドによるアプリケーションの持続的移行」である.通信技術の発達とダウンサイジングの急進は,情報制御システムの広域化と複雑化を促進している.このため,情報交換の場である同報通信システムを複数用意する必要がでてきた.これを実現するためにメッセージ内にマルチキャストグループ情報を埋め込み,協調場を構造化した.これにより,実務を処理しながらテストを行うことが可能となった.

第4章では前章で提案した構造化データフィールドの可視化手法を論じている.場が構造化されることで流れるデータが複雑になる.このデータの流れを追跡することで,情報制御システムの問題点を明らかにできる.その追跡を人間が行う場合,可視化は必須機能である.ここでは,同報型のメッセージIDに基づくフィルターリングだけでなく,要求・応答型によるデータ所得も利用している.両方式を可視化という形で統合化した点が大きな特徴である.

第5章は「超分散オブジェクトモデルによる持続的な運用」である.同報型である自律分散場は比較的に小規模なネットワークでは有効であるが,現在のように国境や企業を越えたネットワークには使いづらい.しかも,第2章で提案した時空間共有や第3章で論じた場の構造化を行うと,これまでの自律分散場では限界がある.そこで,ここでは,第2章および第3章の手法を同報型を含む多彩なネットワーク構造に拡張している.そこでは,情報交換方式などを納めたプロファイルを参照することから情報交換が始まる.このプロファイルにはソフト情報だけでなくハード情報も含ませることが可能であり,その意味で情報制御システム自体の機能を外部に提供するものとなっている.超分散オブジェクトはオブジェクト間の依存関係もオブジェクト内に持つため,部分が全体を記述するという自律分散原理を異種な機器,異種なネットワークで実現する仕組みとなっている.

第6章は「オブジェクトの一過性連携による持続的な移行」であり,前章で論じた超分散オブジェクトが内包する協調場の情報の寿命管理を扱っている.情報制御システム内の機器が多様なだけでなく,そこから情報をえる目的も多様である.そこで,利用者が設定するサービスエージェントが指定された情報を指定された箇所から収集する仕組みを提案している.これは,同報型に限定されていた第4章の可視化手法の超分散場への拡張ととらえることもできる.

第7章は「結言」である.以上の同報型をベースとした場の知能化から同報型に限定されない超分散場への展開を振り返りながら,全体の成果をまとめるとともに残った課題を論じている.

以上,分散型情報制御システムの協調場の知能化をシステムの持続性の観点から論じ,その産業応用も行った本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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