学位論文要旨



No 216495
著者(漢字) 江尻,正義
著者(英字)
著者(カナ) エジリ,マサヨシ
標題(和) 情報通信網サービス管理システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 216495
報告番号 乙16495
学位授与日 2006.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第16495号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 吉田,眞
 東京大学 教授 江崎,浩
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

競争の激化、多様なサービスへの要望、技術の進展と融合等、情報通信網サービスを取り巻く環境は大きく変化しつつあり、網やサービスを適確に管理し、お客様のロイヤリティの確保、CAPEX,OPEXの削減による競争力を高める事が益々重要になってきた。

このような動きは、時代的には次の2つが契機となって加速された。(1)1984,5年、電気通信業では、グローバルな規制緩和、競争導入が行われた。サービスプロバイダ(SP)は従来の対処療法的な管理システム(OSS: Operations Support System)開発から、全体像やアーキテクチャに基づく体系的なOSSの再構築が求められた。(2)2000年代前後から、インターネットや、eビジネス、モバイルサービスの普及に見られる、サービスの多様化のみならず網の利用・提供形態の一層の多様化が進み、従来の電話サービス主体のパラダイムから、新たなパラダイムが模索されてきた。網・サービス管理の面でも、パートナを含むSPのプロセスの全体像、IP/eビジネスを意識した管理アーキテクチャ及び、SLAを含むサービス管理の再定義が求められた。

本研究は、上記の要求に対応する形で行われた。以下にその概要を記す。

公衆電気通信網管理システムの構築

TMN(Telecommunications Management Network)の確立

従来、装置(NE:Network Element)の監視制御システムとして、個別にシステムが開発導入されてきたが、多様なNEの出現やマルチベンダ対応として、1985年、CCITT(現ITU-T)では、TMNの研究を開始した。これは、管理対象(MO:Managed Object)の定義や、管理システムの階層化アーキテクチャを明確に意識した初めての体系的なテレコム管理システムの研究の始まりであった。1988年NEとOS(Operations System)関連する管理機能の参照点を明確にした勧告を採択した。筆者は、当初からこれに参画して勧告執筆を分担したほか、引き続きOS内部のアーキテクチャの研究を提案し、1992年サービス管理を含む4階層の機能アーキテクチャ勧告の引きがねとなった。その後TMNは、実現すべき管理機能の詳細、MOやレイヤ間インターフェース等実装に関する勧告の拡充が進められ、世界的にOSS(Operations Support System)の開発は、TMNをベースに進められた。

公衆通信網管理の基本構想

TMNはシステム自体を開発する上では、極めて有益な指針を提供したが、どのようなシステムを、どの様に組み合わせて全体を構築すべきかについては、SPの戦略や業務の実態に依存する面が多く、TMNの勧告対象外であった。

1990年、当時NTTでは、民営化後の競争力強化の観点から、新しいネットワークの構築と新しいサービスが計画された。同時に業務運営面での効率化とサービスの向上、それを実現するOSSの体系的な開発、特にサービス提供に関わるオペレーションの基本構想とそれに基づくOSSの開発が求められた。

当時は、個別要求に対処療法的にOSSを開発し、その多くはNEの監視制御が主体で、相互の連携や、お客様との関係、サービス向上の観点からの意識的な開発は見られなかった。

筆者は、競争力の有るオペレーションには、インターラクティブなカスタマ対応とそのための管理対象の明確化、階層化の必要性を提唱し、(1)カスタマの要望・利便性から発想するトップダウンのアプローチを採用して、管理対象を明確化する意味で、お客様とリソースであるNEとを結びつける4つのフローと3階層で12個の基本機能からなる基本構想を1990年に考案、又、お客様との対応を「オペレーションサービス」として、明示的にサービスの一つとして位置付けた。1991年、その概念を社内外に公表した。(2)研究グループ内では、引き続き機能の詳細化、システム間連携の明確化等、実装に関する詳細規定を盛り込んだドキュメントを1993年に作成して社内に公表、NTTのOSSの体系的な開発の指針を示した。

同様の観点から検討を進めていた海外のSPもあったが、グローバルには、筆者等NTTが参画したNMF(Network Management Forum )では、1995年に3階層15個の機能群のアーキテクチャを公表した(後のTOM:Telecom Operations Map)。両者は、その狙いと全体構成においては極め類似している。これは、TOMはNMFメンバの最大公約数的な興味をカバーしているのに対し、NTTは事業の要求に沿ってサービス提供の実行面に焦点を当てている等の違いが見られる。

統合管理とOSSソフトウェアの開発

筆者は、具体的にOSSの開発・導入を進める際に、当時議論が余り進められていなかったが、実務面での要求から考慮すべき課題について、(1)組織や業務の統廃合等に対し柔軟な管理を実現するための管理の統合化について、マルチドメイン管理の概念を提案した。(2)新旧システムの整合やマイグレーションについて、メディエーションソフトの実装案を含む現実解を提案した。(3)OSSのソフト開発では、特に、アプリケーションのコンポーネント化、共通化を進める検討のテンプレートを提案、それに基づいて開発したOSSと他社との相互接続デモでコンポーネント化の効果を実証した。

IP/eビジネス対応の競争優位な情報通信網サービス管理

ビジネスプロセス共有化

SP相互の依存性が飛躍的に高まり、パートナとして、競争協調的なオペレーションが必須となり、SPの経営面を含む、業務全体のプロセスについて、一定の共有化・標準化が必要とされる。これは、TMF(TeleManagement Forum)で提唱され、eTOM( enhanced TOM)の旗印のもとに検討が進められた。

筆者は、当初から本検討ティームに参画し、SP業務の全体像を提示して全体把握に寄与し、プロセス共有化の必要性の理解を進めた。詳細検討では、リソース管理プロセスの分析を分担しeTOMの完成に寄与し、eTOMのメインコントリビュータとして認められている。

eTOMは2004年7月,ITU−T勧告として採択された。これには、筆者がリードしたeTOMとITU−T勧告(M3400)との対応関係の分析と両者の整合性を明示したドキュメントが、両グループの理解を深め、勧告化促進に寄与した。

eTOMは、現在、多数のSPによって、自社のOSS開発の議論に参照されているほか、M&A後の業務の統廃合の検討にも多用されるなど、新たなパラダイムに直面したSPの業務運営、OSSの開発のグローバルな指針となっている。

IP/eビジネス管理のアーキテクチャ

IP/eビジネスの世界で、コンテンツ流通やアプリケーションサービスが、広く普及するにつれて、TMNでは解釈が困難な状況がみられ、TMNの拡充、TMNを超える概念等が検討されたが、IP/eビジネスの位置付けを明示した全体像の提案は見られなかった。

筆者は、TMNに代わる、3階層のeMS(eBusiness Management Solutions) アーキテクチャを提案し、その内部構造にも言及した。ここでは、TMNが扱ってきた範囲が、多様なサービスのトランスポート層を管理するリソース管理(IPベアラサービスの管理)に位置付けられ、そのうえに、コンテンツデリバリを基本サービスとするサービス層があり、ここでは、最上位のレイヤであるカスタ層(eビジネスやアプリケーションサービスもここに含まれる)で利用されるサービスを管理している。この考えは、トランスポート層に依存しないサービス層を前提とするNGN(Next Generation Network)サービスの理念とも規を一にするものであり、今後のNGN管理の議論への反映が期待出来る。

又、今後益々拡大、複雑化するバリューチェーンでは、各レイヤ間でサービス提供状態を常に可視化し、ネゴしエーションによってその状態を制御する事の必要性及びそのメカニズムを提案した。

SLA(サービスレベルアグリーメント)

最近の、NEやオペレーションプロセスがコモディティ化や標準化によって、競争優位を打ち出し難い状況で、筆者は、SLAがSPにとってサービス差異化のキーとなることを提唱した。

SLAについては、その議論・研究の多くが、数値化できるQoS(サービス品質)のモニタや制御、品質保証メカニズム等に焦点が当てられ、合意のもう一方の主体である、カスタマが実感、納得できるSLA指標の議論は極めて少ない。

筆者は、他のサービス産業のサービスを参考にしつつ、特に、カスタマの合意、その前提となる、カスタマに分かり易い指標として、数値化できない指標をも積極的に取り込むべきことを提唱した。SLA指標抽出に当り、サービスとして、情報伝達サービス、オペレーションサービスに加えて、コンテンツの中味を意識したサービスとしてコンテンツ流通サービスを定義した。一方、これらのサービスそれぞれに対して、規定すべき性能として、基本性能、RAS(Reliability, Availability , Survivability )性能及びセキュリティ性能の3性能に区分し、3つのサービスに対して、3つの性能を具体的に示すSLA指標マトリックスを提案した。

又、合意の意味が、SPとカスタマ間のポリシに基づくネゴシエーションの結果得られるべきであるとして、初めてネゴシエーションによる合意形成のメカニズムとSLAの実効的カテゴリを提案した。この成果は、今後の具体的なSLA契約の研究のガイドラインとして活用が期待出来る。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「情報通信網サービス管理システムに関する研究」と題し、7章からなる。

情報通信網サービスを取り巻く環境は大きく変化しつつあり、競争導入、IP,eビジネスの普及による多様なサービスの実現、お客様要望の高度化に対応するためには、競争と協調のパラダイムのなかで、情報通信網サービスの適切な管理と管理システム(OSS:Operations Support System)の研究開発が強く求められている。

本論文は、従来の相互に連携のない個別システムの開発から、体系的なOSS開発及び業者間で連携の取れたオペレーションやコンセンサスの確立を狙いとして、新パラダイムに対応するビジネスプロセス、管理アーキテクチャやシステム開発に関する研究に基づく提案、及びこれの国際的な標準化やシステム実装への反映について論じている。

第1章は「序論」であり、研究の背景となる時代の要求条件、本論文記載の研究の流れ及び各研究内容の相互の関連と研究成果の集約が示されている。背景としては二つのパラダイム(1)1980年代後半の通信業の規制緩和、競争導入に対応する公衆通信網サービス管理パラダイム(2)1990年代後半のIP,eビジネスの普及に対応する情報通信網サービス管理パラダイムを提示している。

第2章は、「公衆通信網のオペレーションシステムの基本構想」と題し、従来の装置(NE:Network Element)の監視制御の個別システムから、管理システムの階層化アーキテクチャ及び管理対象(MO:Managed Object)定義に基づく、初めての体系的な研究であるTMN(Telecommunications Management Network)の研究成果とCCITT(現ITU-T)において1985年研究開始の当初から参画し、特に機能の階層化と参照点の明確化に関する筆者の貢献を述べている。

さらに、本章では、NTT民営化後の競争力の有るオペレーションには、TMNでは触れられていないOSS の内部構造の明確化が必要との筆者の先駆的判断に基づき、インターラクティブなカスタマ対応のプロセス、管理アーキテクチャ及び管理対象についての提案を論じている。この提案をベースとして、引き続き機能やシステム間連携の詳細化等、実装に関する詳細規定を盛り込んだドキュメントが1993年に作成されNTTとして初めての、体系的なOSS開発のガイドラインとして活用された。

第3章は、「公衆通信網の統合管理およびOSS の開発」と題し、具体的にOSSの開発・導入を進める際に、実務面での課題である(1)組織や業務の統廃合等に対し柔軟な管理を実現するための管理の統合化(2)新旧システムの整合やマイグレーションについて、マルチドメイン管理の概念およびメディエーションソフトの実装案を含むマイグレーションの現実解についての提案を論じている。さらに、ソフトの再利用やプラグアンドプレイ化を実現するOSS開発の方法論として、特にアプリケーションのコンポーネント化、共通化を進める検討のテンプレートを提案している。この提案に基づいて開発したOSSと他社との相互接続デモで提案の有効性を実証している。

第4章は、「情報通信網管理サービスの管理プロセス」と題し、IP/eビジネス対応の情報通信網サービス管理のパラダイムでは、サービスプロバイダ(SP)相互の依存性が飛躍的に高まり、SPの経営面を含む、業務全体のプロセスについて、共有化・標準化が要求されている中で、産業界のコンソーシアムであるTMF(TeleManagement Forum)のeTOM(enhanced Operation Map)としての検討を議論している。同時にメインコントリビュータである筆者のSP業務の全体像の提案、詳細検討では、リソース管理プロセスのフローとコンポーネントの提案を論じている。尚、本標準は2004年ITU−T勧告として採択され、その際に、eTOMとITU−T既存勧告(M3400)との対応関係の分析と両者の整合性の明示を筆者が主導して作成し、勧告化に寄与した。eTOMは、現在、多数のSPによって、自社のOSS開発の議論に参照されているほか、M&A後の業務の統廃合の検討にも多用されるなど、新たなパラダイムに直面したSPの業務運営、OSSの開発のグローバルな指針となっている。

第5章は、「IP/eビジネスに対応した管理機能アーキテクチャ」と題し、IP/eビジネスの世界で普及してきたリッチなアプリケーションサービスやコンテンツ流通に対応するための、新たなパラダイムとして、TMNに代わる、筆者提案の3階層のeMS(eBusiness Management Solutions) アーキテクチャを論じている。ここでは、TMNが扱ってきた範囲が、多様なサービスのトランスポート層を管理するリソース管理(IPベアラサービスの管理)に位置付けられ、そのうえに、コンテンツ流通を基本サービスとするサービス層があり、ここでは、最上位のレイヤであるカスタ層(eビジネスやアプリケーションサービスもここに含まれる)で利用されるサービスを管理している。この考えは、トランスポート層に依存しないサービス層を前提とするNGN(Next Generation Network)サービスの理念とも規を一にするものであり、今後のNGN管理の議論への反映が期待出来る。

第6章では、「サービスレベルの管理と合意形成」と題し、従来、数値化できるQoS(サービス品質)に焦点が当てられていたSLA(Service Level Agreement)について、、合意のもう一方の主体である、カスタマが実感、納得できるSLAの形成について論じている。筆者は、SLAがSPにとってサービス差異化のキーとなり、特にカスタマの合意、その前提となるカスタマに分かり易い指標として、数値化できない指標をも積極的に取り込むべきことを提唱している。そのうえで、本論文では、SLA指標抽出に当り、サービスとして、情報伝達サービス、オペレーションサービスに加えて、コンテンツの中味を意識したサービスとしてコンテンツ流通サービスを定義し、一方これらのサービスそれぞれに対して、規定すべき性能として、基本性能、RAS(Reliability, Availability , Survivability )性能及びセキュリティ性能の3性能に区分し、3つのサービスに対して、3つの性能を具体的に示すSLA指標マトリックスを提案している。また、合意が、SPとカスタマ間のポリシに基づくネゴシエーションの結果得られるべきであるとして、初めてネゴシエーションによる合意形成のメカニズムとSLAの実効的カテゴリを提案している。この成果は、今後の具体的なSLA契約の研究のガイドラインとして活用が期待出来る。

第7章は、「結論」として、本研究の成果をとりまとめている。

以上、本論文は、情報通信サービス管理システムに関して、サービス管理のビジネスプロセス、機能アーキテクチャ及び実務的なシステム開発にいたる全体像を初めて明らかにし、体系的な研究に基づく実務的で的確な提案が示されている。と同時に、その成果を、社内での実装に適用しただけではなく、世界的な、デジュール、デファクト標準案の作成にも貢献しているもので、電子情報通信工学上寄与するところが少なくない。よって本論文は、博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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