学位論文要旨



No 216496
著者(漢字) 原(福與),珠里
著者(英字)
著者(カナ) ハラ(フクヨ),ジュリ
標題(和) 農村女性のパーソナルネットワークに関する研究 : 農村社会への適応過程と新たなネットワーク形成
標題(洋)
報告番号 216496
報告番号 乙16496
学位授与日 2006.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16496号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 岩本,純明
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 明治大学 教授 大内,雅利
 東京大学 助教授 小田切,徳美
 東京大学 助教授 木南,章
内容要旨 要旨を表示する

男女共同参画の視点からは問題のある農村地域であるが、女性の様々な活動が注目されるようになっている。その背景には、従来の地縁血縁にしばられない新しい社会関係形成の動きがある。しかし、女性の社会関係の実態についての研究は少ない。本研究では、パーソナルネットワーク論を用いて農村女性の社会関係について調査し、結果に基づき考察を加えた。

適応過程におけるパーソナルネットワーク

まず、婚姻による参入者の適応過程については、集落内の同年代の女性による基本的な集団が受け皿として未だに重要である実態が示された。このことについては、農家出身者も非農家出身者も同様であったが、婚姻以前からのネットワーク、特に実家から受けるサポートは、農家出身者でより多重送信的なものであった。逆に、夫からのサポートについては非農家出身者がより多重送信的に動員している。また、非農家出身者の方が農家生活に対してより高い評価を与える傾向がみられたことは、彼らが婚姻以前から維持するネットワークが、より異質なものであるために比較準拠として機能していることを示唆する。一方、新たなネットワークを形成しようとする意欲も特に非農家出身者では強い。しかし、新しいネットワーク形成の契機は多様とはいえず、趣味や子ども関係などを契機とした比較的同質的なネットワークが形成されている。

適応後のパーソナルネットワーク動員とその規定要因

適応後の農村女性のパーソナルネットワークについては、第一に、先行研究による農村女性のパーソナルネットワークについての仮説(親族比率が高い、近隣比率が高い、規模が小さい、密度が高い、多重送信性が高い、同質的である、持続的である)はある程度妥当であること、第二に、一方で、パーソナルネットワーク全体に占める近隣・親族比率については個人差が大きいことが明らかになった。このことは、近隣ネットワークと位置づけられる集落内のネットワークが、個人のパーソナルネットワークの一部として位置づけられており、その重要性も個人によって異なることを表している。

農村女性によるパーソナルネットワーク形成のあり方を規定する外的要因として、居住地の利便性、居住地域における組織のありかた、地域おこしや各種の講習会など様々な社会的装置の布置状況があることを示した。

また、パーソナルネットワークを規定する内的要因として、女性のライフステージによる家族のあり方(世話や介護が必要な家族の有無)、年齢を指摘した。そしてネットワーク縮小期にあたる高齢期においても、地域内でのネットワークを新たに形成している事例を示した。また、沖縄農村における地域文化がパーソナルネットワーク形成に影響を与えていることを示した。

農業への新規参入者のパーソナルネットワーク

農業への新規参入者については、地域における親族ネットワークが存在しないといってよいことだけでなく、価値観の違いなどから近隣ネットワークへの参入が困難な場合があることを示した。このこともあり、就農以前からもっていたり、就農後に形成したりした広域的なネットワークは、情報や情緒的なサポートの動員源として重要である。また、女性については、親族への道具的なサポート依存度が低いこと、地域社会における農業関連のネットワーク形成が十分でなく、むしろ非農家とのネットワークを重視していることが明らかになった。そして、男性と同様に出身地などを含むかなり広域のパーソナルネットワークを形成・維持していることが示された。

新規参入した女性たちは、自分自身で就農を決断した場合と、夫の決断に従った場合とで、研修経験や生活満足度などに違いがあり、夫に従属した場合はより困難な適応過程を経験している。しかし、組織加入等を契機とするパーソナルネットワーク形成に関しては、これら両者間に顕著な違いはなく、新規参入者を受け入れる地域社会の側に、性別によって加入組織を限定するような構造が未だ存在することが示唆された。

地域社会と女性のネットワーク形成

混住化や兼業化の進展の中で、女性たちにとっても「ムラ」すなわち集落の機能が低下してきたことには議論の余地がない。しかしながら、集落における年齢集団の意義は失われていない。それは、かつては姑に遠慮せずに出かけることのできる唯一の機会であったが、現在においてもその「構造化」されているが故の機能は保たれている。特に、婚姻によって農村に参入してくる女性たちにとっては、いわば彼らを「公的に迎える組織」として、このような年齢集団が地域におけるネットワーク形成の入り口としての機能を有していることが、明らかになった。

婚姻による参入であれ、農業への新規参入による地域社会への参入であれ、女性たちは移住以前からのネットワークも動員しながら、地域社会におけるネットワークを形成している。伝統的な年齢集団への参加以外のネットワーク形成の道を女性たちは模索しているが、多様な選択肢は与えられていないことが問題点として指摘できる。

上述の結論に基づき、男女共同参画社会における農村女性のネットワーク形成の課題をイエやムラの規制から相対的に自由な女性のネットワーク形成ととらえて以下を提起した。

自分自身のパーソナルネットワークのマネージメント

相対的に「所与」のネットワークの中で生活してきた農村女性たちは、地域社会のネットワークがその意義を低下させる中で、自らの志向に基づき、自分のめざす生活の方向に適したパーソナルネットワークの形成を自覚的におこなう必要がある。自分自身が保有しているパーソナルネットワークの偏りや、足りない部分などを確認し、どのような新たなネットワークを形成したらよいか検討することは、より自律的で豊かな生活を実現するために有効であると考える。

女性の活動を促す家族内の環境づくり

農村において多世代同居率が高いことは、女性の活動を促進こそすれ制限するものではないといわれる。しかし、調査対象者から聞かれる発言は必ずしもそれを支持しない。家族内関係においていかなる調整が行われるかによって、同居の効果は非常に個人差の大きい問題となる。外出の理由がどのような目的のための活動なのかは、未だに強い意味をもつ。このことが、農産物直売所などの活動が伸びてきた背景にあることには留意が必要である。調査結果からは、女性のライフステージにかかわらず、外出しやすい家族内の環境づくりは未だ重要な課題であることが示されたと考える。

地域社会の意義の再考

女性たちのネットワーク形成は集落を出て市町村内へと拡がる。行政やJAなどの各種組織が市町村単位で累積している現実からは、市町村までは、いわば地縁に基づく「近隣ネットワーク」として捉えることが可能である。

一方、全国的なネットワーク形成の動きもみられる。そして、一部の全国ネットワークは多くの地域ネットワークの形成の契機となっている。その範囲は県であったり、さらに狭い範囲であったりする。これらの事例が、全国から地域という組織化の流れをとったことからも推測されるように、地域内で新たな構成原理によりネットワークを形成することは容易ではない。何らかの目的意識や価値志向、それから能力をもつ人々を相互につなぐような仕組みは、地域社会内ではまだ十分な展開をみせていないといえる。

地域社会組織構成原理の再考

女性たちが地域社会内でネットワークを形成する方法がパターン化されていることは、さらに自由なネットワーク形成への可能性が残されていることを示している。端的には、地域社会内部における組織構成原理の見直しの必要があると考えられるのではないか。今までの農村における地域社会組織は、画一的な家族構成や役割分担をその前提としたものが多かった。ごく一般の女性たちの加入する組織が、女性のためだけのものではなく、目的に応じて男性や多様な年齢層を含むものであれば、その中で女性たちは多様な価値観に接触することができる。

パーソナルネットワーク構築のための媒介者の役割

以上、農村女性のパーソナルネットワーク形成に関して、本人の課題、家族の課題、地域社会の課題について言及した。これらのすべての側面について、普及員などの専門家が果たす支援役割が期待される。現在でも、多様な研修や活動の提案により、普及員自信がパーソナルネットワーク構築の媒介者としての役割を果たしていると考えられる。このような人と人とを結びつける役割に関して、異質なネットワーク形成や、広域のネットワーク形成をより自覚的に媒介することにより、農村女性のパーソナルネットワーク構築を有効に支援することになると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

日本の農村地域は、男女共同参画の視点からは多くの問題が指摘されているが、最近は農村女性の様々な活動が注目されるようになっている。その背景には、従来の地縁血縁にしばられない新しい社会関係の形成の動きがある。しかし、農村女性の社会関係の実態に関しては、これまできわめて研究が少ないのが現状である。

本論文は、社会学の方法であるパーソナルネットワーク論を用いて、農村女性の社会関係に関する多くの地域での精密な実態調査を通じて、農村内外から農村ならびに農業に参入する女性たちの新しい社会関係を動態的・実証的に分析した研究の成果である。

第1章で農村女性に関するこれまでの多くの先行研究、ならびにアメリカで豊富な研究蓄積を有するパーソナルネットワーク論の研究成果をレビューした後、第2章では、婚姻を契機にした女性の農家生活への適応過程が分析されている。その結果、集落内の同年代の女性による基本的な集団が受け皿として未だ重要な役割を果たしていること、また婚姻以前からのネットワーク、特に実家から受けるサポートは、農家出身者でより多重送信的であること、逆に、夫からのサポートは非農家出身者でより多重送信的であることが明らかにされている。また、新たなネットワークを形成しようとする意欲は、非農家出身者で強いが、その契機は未だ多様とはいえず、趣味や子ども関係など同質的なものが多いことが指摘されている。

第3章では、適応後の農村女性のパーソナルネットワークが分析され、従来の農村女性のパーソナルネットワークについての仮説(親族比率が高い、近隣比率が高い、規模が小さい、密度が高い、多重送信性が高い、同質的である、持続的である)はある程度妥当性があること、しかし、パーソナルネットワーク全体に占める近隣・親族比率については個人差が大きいこと、そしてこのことは、近隣ネットワークの基礎として位置づけられてきた集落内のネットワークの重要性は個人によって異なることを明らかにしている。

また、農村女性によるパーソナルネットワーク形成のあり方を規定する外的要因としては、居住地の利便性、居住地域における組織のありかた、地域おこしや各種の講習会など様々な社会的装置など、その一方で内的要因としては、女性のライフステージによる家族のあり方(世話や介護が必要な家族の有無)や年齢などがあることが明らかにされている。なお、分析の中で、沖縄農村における地域文化が女性のパーソナルネットワーク形成に大きく影響を与えていることが明らかにされている。

第4章では、農業へ新規参入する女性のパーソナルネットワークが分析され、彼女らは地域における親族ネットワークが存在しないだけでなく、価値観の違いなどから近隣ネットワークへの参入も困難な場合もあり、このため、就農以前や就農後に形成された広域的なネットワークが、情報や情緒的なサポートの動員源としてきわめて重要であること、そしてむしろ非農家とのネットワークを重視していることが明らかにされている。

新規参入した女性たちは、自分自身で就農を決断した場合と、夫の決断に従った場合とで、研修経験や生活満足度などに違いがあり、夫に従属した場合はより困難な適応過程を経験していること、しかし、組織加入等を契機とするパーソナルネットワーク形成に関しては、両者間に顕著な違いはなく、むしろ新規参入者を受け入れる地域社会の側に、加入を限定するような構造が未だ存在することが指摘されている。

第5章の総括では、混住化や兼業化の進展の中で、女性たちにとっても「ムラ」すなわち集落の機能が低下してきたことには議論の余地がないが、集落における年齢集団の意義は失われておらず、農村に参入してくる女性たちを「公的に迎える組織」として、また地域におけるネットワーク形成の入り口として機能していることを指摘し、婚姻による参入であれ、農業への新規参入による地域社会への参入であれ、女性たちは移住以前からのネットワークも動員しながら、地域社会におけるネットワークを形成していると結んでいる。また、伝統的な年齢集団への参加以外のネットワーク形成の道を女性たちは模索しているが、未だ多様な選択肢は与えられていないことを問題として指摘している。

以上、本論文は、パーソナルネットワーク論を用いて農村内外から農村ならびに農業に参入する女性たちの新たな社会関係を体系的に解明したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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