学位論文要旨



No 216497
著者(漢字) 間,哲生
著者(英字)
著者(カナ) アイダ,テツオ
標題(和) モルモットおよびマウスを用いた低分子化合物のアレルゲン性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 216497
報告番号 乙16497
学位授与日 2006.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16497号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 助教授 堀,正敏
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
内容要旨 要旨を表示する

医薬品の開発研究あるいは環境化学物質のリスク管理において,薬物アレルギーの発症を予測することはヒトの安全を確保する上で重要な課題である。一般合成化合物はヒトにとっては異物であり,これに対する免疫反応の結果としてアナフィラキシーのような致死的な有害事象を誘発することもある。実験動物によるアレルギー反応の検出においては,主としてげっ歯類を用いた評価系が検討されているが,その多くは,高分子物質をアレルゲンとして行われており,低分子化合物のアレルゲン性の検出について基礎的情報は十分ではない。本研究では,代表的な低分子アレルゲン性化合物を用いて,従来から経験的に用いられてきたモルモットの体液性免疫反応または細胞性免疫反応の検出系について検討するとともに,新たなアレルゲン性スクリーニング法の可能性を見出すために,マウスの膝窩リンパ節反応について検討した。得られた結果は以下のとおりである。

モルモットによる低分子化合物のアレルギー反応の検出

複数のアレルゲン性の化合物および複数の系統モルモットを用いて,薬物アレルギーの検出を試みた。ハプテンとなりうる化合物として,強力な感作性が指摘されるsodium 2,4,6-trinitrobenzenesulfonate dihydrate (TNBS)および臨床でアナフィラキシーが報告されるβ-ラクタム系抗生物質のpenicillin G (PcG) およびcephalothin (CET)を被験物質として選択し,Hartley, Strain 2およびStrain 13の3系統のモルモットについて体液性免疫反応あるいは細胞性免疫反応を検討した。被験物質を動物に皮下投与して感作後,アレルギー反応を惹起するにあたり,体液性免疫応答に関連するアレルギーの検査系として,受身皮膚アナフィラキシー(PCA)反応,Arthus反応(皮内注射法)あるいは能動的全身性アナフィラキシー(ASA)反応を用い,細胞性免疫応答に関連するアレルギーの検査としてdelayed-type hypersensitivity (DTH)反応(皮内注射法)を使用した。なお,TNBS感作動物の体液性免疫反応の惹起においては,PCA反応の抗体価測定および皮内注射法によるArthus反応の検出に惹起抗原としてTNBSとウシ血清アルブミン(BSA)を結合させた多価抗原であるTNBS-BSAを使用した。TNBSに対する体液性免疫応答あるいは細胞性免疫応答は,いずれの系統モルモットにおいても陽性反応として確認した。ただし,TNBSに対する体液性免疫応答と細胞性免疫応答の強さは系統モルモットにより差があり,各系統における免疫応答の強さの傾向も,体液性免疫応答と細胞性免疫応答で必ずしも一致していなかった。また,皮内注射法によるArthus反応およびDTH反応では,前者は病理組織学的に顆粒球系細胞の浸潤を主体とするのに対し,後者ではそれに加え単核細胞の出現と組織破壊を伴い,それぞれ体液性および細胞性免疫の関与するアレルギーの典型的な所見が観察された。一方,β-ラクタム系抗生物質においては,投与後の動物の血清を用いてPCA抗体価を測定するとともに,感作動物にPcG-BSAまたはCET-BSAを静脈内投与し,能動的全身性アナフィラキシー反応(ASA反応)の誘発を検討した。PcGおよびCETで感作した3系統のいずれのモルモットにおいても陽性のPCA抗体価が検出され,特にHartleyが上記抗生物質に対し高い感受性を示した。ASA反応においてはHartleyおよびStrain 13において痙攣,呼吸困難を伴うショック死が認められた。

以上の結果,モルモットの免疫応答には系統差があるものの,ハプテンとなる低分子化合物のアレルゲン性評価にモルモットの体液性免疫応答あるいは細胞性免疫応答の検出系は有用であると考えられた。系統差はアレルゲン性の有無を判定する上で重大な影響を及ぼすとは考えにくいが,TNBS,PcGおよびCETにおける結果からHartleyモルモットの使用が推奨された。

アレルゲン性化合物に対するマウス膝窩リンパ節反応の免疫学的特性

新たな指標によるアレルゲン性評価の試みとして,低分子アレルゲン性化合物に対するマウス膝窩リンパ節反応の応答性およびその免疫学的特性について検討した。膝窩リンパ節の細胞増加を指標とするこの検査は膝窩リンパ節反応試験(popliteal lymph node assay, PLNA)と呼ばれ,自己免疫誘発性物質の検出に利用された実績がある。被験物質はモルモットでアレルギーの誘発が確認されたTNBSおよびPcGを用いた。TNBSまたはPcGをマウスの片側の後肢の足蹠皮下へ投与すると膝窩リンパ節はおよそ7日で腫大し細胞増加が確認された。このTNBSおよびPcGに対する膝窩リンパ節の細胞増加は1回目の投与よりも2回目の投与の方がより鋭敏に惹起された。また,膝窩リンパ節においてTNBS投与では初期にCD4+細胞およびCD8+細胞の顕著な増加が見られ,その後B細胞の増加が引き起こされた。また,PcG投与においてもCD4+細胞およびB細胞の顕著な増加が確認された。なお,投与後の膝窩リンパ節細胞を培養し,ELISA法により上清中のIFN-γおよびIL-4を測定したところ,TNBS投与によりIFN-γの産生が,PcG投与ではIL-4の産生がそれぞれ観察された。これらのT細胞サイトカインが膝窩リンパ節の細胞増加に関与している可能性が考えられた。そこでT細胞の関与を調べる目的でT細胞欠損マウス(BALB/c-nu/nu)にTNBSおよびPcGを投与したところ,いずれの化合物でも膝窩リンパ節の細胞増加は検出されなかった。さらに,TNBSに感作させたドナーマウスの脾臓からT細胞を分取し,これを別の同系マウスの後肢足蹠へ移入してレシピエントとした。このレシピエントマウスでは微量のTNBSに対してもPLN応答が強く発現することが明らかとなった。

これら一連の結果から,TNBSやPcGのようなアレルゲン性化合物によって引き起こされるマウス膝窩リンパ節応答はT細胞依存性のB細胞の増殖が見られる免疫学的機序による反応であると考えられ,PLNAは薬物アレルギーの評価系として有用な試験法となる可能性が示された。

マウス膝窩リンパ節反応のアレルゲン性スクリーニング法としての応用

PLNAをアレルゲン性評価に応用するにあたり,さらに多数の被験物質の背景データを集積するとともに,スクリーニング法として適用する上での留意点について考察した。まず,臨床で免疫学的副作用(アレルギー,自己免疫)が疑われる薬剤,免疫学的副作用が疑われない化合物,刺激物質など,32種類の化合物について膝窩リンパ節反応を調べた。その結果,32化合物中28化合物で免疫学的副作用の発現とPLNAの結果に相関が見られた。ヒトにおいてアレルゲン性,自己免疫誘発性が疑われる24化合物中21化合物でPLNA陽性反応を検出した(陽性率87.5%)。免疫学的副作用の発現とPLNAの結果が一致しなかった化合物は4化合物あり,偽陽性となったものは刺激性物質のbenzalkonium chloride(BC),偽陰性となったものはcefazolin,procainamideおよびisoniazidであった。偽陽性を示したBCについて,フローサイトメトリーにより解析したところ,膝窩リンパ節におけるCD4+細胞,CD8+細胞およびB細胞の細胞比率に大きな変化は生じないことから,非特異的な細胞増加であると考えられた。また,病理組織学的にはBC投与によりPLNは全体に腫大するが顕著な変化は認められなかった。一方,TNBSまたはPcGを投与した場合,膝窩リンパ節の皮質領域に胚中心が出現し,免疫組織化学的手法により,この胚中心でB細胞の増殖が活発に起きていることを確認した。偽陽性反応の解釈においては,フローサイトメトリー解析あるいは病理組織学的検査が有効であると考えられる。また,偽陰性となったprocainamideおよびisoniazidについては,S9mix(ラット肝ミトコンドリア画分と補酵素)と混合し,一定時間37℃で反応させた。濾過して高分子の蛋白などを取り除いたサンプルを用いて,PLNAを実施したところ,procainamide,isoniazidともに30 分以上のS9mixとの反応で陽性反応を示した。両化合物は代謝物が感作性の本体と考えられている。PLNAのような局所の評価系では代謝が不十分なために,陰性になることが考えられるが,in vitroの代謝系と組み合わせることで,より精度の高い評価が可能になると考えられた。

以上のように,PLNAはアレルギーあるいは自己免疫誘発性をもつ低分子化合物をスクリーニングする上で有用な試験法となりうることが示唆され,フローサイトメトリーの解析や病理組織学的検査あるいは,in vitroの代謝系と組み合わせるなどの工夫により,より精度の高いスクリーニングが期待できると考えられた。

上述した本研究の結果,モルモットのアレルギー反応の検出系およびマウスのPLNAは低分子化合物のアレルゲン性評価に有用であると考えられた。しかしながら,モルモットのアナフィラキシー検出法では多価抗原の作製等の技術的な制限が伴い,広範な化合物について適用しがたいことから,多くの化合物についてはマウスを用いたPLNAをスクリーニング法として適用することが望ましいと考えられた。特に即時型アレルギーを含む低分子化合物のアレルギー誘発性の評価は,これまで実験動物を用いた方法では困難な場合が多いと考えられていたが,PLNAという新しい選択肢が加わることにより,今後さらに精度の高いアレルゲン性評価が可能になるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では,代表的な低分子アレルゲン性化合物を用いて,モルモットの体液性免疫反応または細胞性免疫反応の検出系について検討するとともに,新たなアレルゲン性スクリーニング法の可能性を見出すために,マウスの膝窩リンパ節反応について検討した。

強力な感作性が指摘されるsodium 2,4,6-trinitrobenzenesulfonate dihydrate (TNBS)および臨床でアナフィラキシーが報告されるβ-ラクタム系抗生物質のpenicillin G (PcG) およびcephalothin (CET)を被験物質として選択し,Hartley, Strain 2およびStrain 13の3系統のモルモットに皮下免疫した。アレルギー反応を惹起するにあたり,体液性免疫応答に関連するアレルギーの検査系として,受身皮膚アナフィラキシー(PCA)反応,Arthus反応(皮内注射法),細胞性免疫応答に関連するアレルギーの検査としてdelayed-type hypersensitivity (DTH)反応(皮内注射法)を使用した。TNBSに対する体液性免疫応答および細胞性免疫応答は系統差があるものの,いずれの系統モルモットにおいても陽性反応として確認した。また,皮内注射法によるArthus反応およびDTH反応では,前者は病理組織学的に顆粒球系細胞の浸潤を主体とするのに対し,後者ではそれに加え単核細胞の出現と組織破壊を伴い,それぞれ体液性および細胞性免疫の関与するアレルギーの典型的な所見と考えられた。一方,PcGおよびCETに対する免疫応答においても,全ての系統モルモットにおいてPCA反応および能動的全身性アナフィラキシー(ASA)反応の検査は陽性であった。以上のように,これらの低分子化合物のアレルゲン性評価において,モルモットの体液性または細胞性免疫応答の検出系は有用であると考えられた。

次に新たな指標によるアレルゲン性評価の試みとして,低分子アレルゲン性化合物に対するマウス膝窩リンパ節反応の応答性およびその免疫学的特性について検討した。モルモットでアレルギー誘発が確認されたTNBSまたはPcGをマウスの片側の足蹠皮下へ投与すると投与側の後肢の膝窩リンパ節は7日目を最大とする細胞増加が確認された。また,膝窩リンパ節においてTNBSあるいはPcG投与により主としてCD4+細胞およびB細胞の顕著な増加が確認された。なお,膝窩リンパ節細胞においては,TNBS投与によりIFN-γの産生が,PcG投与ではIL-4の産生がそれぞれ観察された。さらにT細胞の関与を調べる目的でT細胞欠損マウス(BALB/c-nu/nu)にTNBSおよびPcGを投与したところ,いずれの化合物でも膝窩リンパ節の細胞増加は検出されなかった。また, TNBSに感作させたマウスの脾臓からT細胞を移入したレシピエントマウスにおいて,正常マウスよりもPLN応答が強く発現することを示した。これら得られた一連の結果から,TNBSやPcGのようなアレルゲン性化合物によって引き起こされるマウス膝窩リンパ節応答はT細胞依存性のB細胞の増殖が見られる免疫学的機序による反応であると考えられた。

マウス膝窩リンパ節反応をアレルゲン性評価に応用するにあたり,さらに多数の被験物質の背景データを集積した。32種類の化合物について,膝窩リンパ節反応を調べた結果, 28化合物で免疫学的副作用の発現報告と相関が見られた。ヒトにおいてアレルゲン性または自己免疫誘発性が疑われる24化合物中21化合物でPLNA陽性反応を検出した(陽性率87.5%)。免疫学的副作用の発現と結果が一致しなかった化合物のうち,偽陽性となった刺激性物質benzalkonium chlorideについては,膝窩リンパ節が全体に腫大するが病理組織学的には顕著な変化は認められなかった。対照的にアレルゲン性物質のTNBSまたはPcGを投与した場合,膝窩リンパ節の皮質領域に胚中心が出現し,免疫組織化学的手法により,この胚中心でB細胞の増殖が活発に起きていることを確認した。また,偽陰性となった自己免疫誘発性のprocainamideおよびisoniazidについては,ラット肝ホモジネート由来S9mixと混合し,一定時間37℃で反応させ,濾過した低分子のサンプルを用いて検査を実施したところ,30 分以上のS9mixとの反応で膝窩リンパ節反応を誘発する傾向を示した。以上のように,刺激性に伴う偽陽性や代謝が不十分なために起こる偽陰性が生じる可能性があるが,病理組織学的検査あるいは, in vitroの代謝系と組み合わせるなどの工夫により,より精度の高いスクリーニングが期待できると考えられた。

上述した本研究の結果,モルモットのアレルギー反応の検出系およびマウスの膝窩リンパ節反応は低分子化合物のアレルゲン性評価に有用であると考えられた。低分子化合物のアレルギー誘発性の評価は,これまで実験動物を用いた方法では困難な場合が多いと考えられていたが,マウス膝窩リンパ節反応という新しい指標が加わることにより,今後さらに精度の高いアレルゲン性評価が期待できるものと考えられる。以上の内容は、低分子物質の免疫毒性について新たな検出手法を示すものである。したがって、審査委員一同は、博士(農学)を有するとの合意に達した。

UTokyo Repositoryリンク