学位論文要旨



No 216500
著者(漢字) 飯坂,正弘
著者(英字)
著者(カナ) イイザカ,タダヒロ
標題(和) 動的情報の利用が農産物直売所の経営にもたらす効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 216500
報告番号 乙16500
学位授与日 2006.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16500号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 教授 岩本,純明
 東京大学 助教授 万木,孝雄
 東京大学 助教授 木南,章
内容要旨 要旨を表示する

わが国に1万2千カ所あるといわれる農産物の共同直販施設(以下直売所と略す)は,全国各地でさまざまな取り組みが行われている。直売活動自体は第二次世界大戦以前からみられる活動であるが,1970年代におこった産直運動を契機として1974年に埼玉県が行政として初めて直売活動支援を行い,1985年に全国農協大会で「地域食品自給運動」決議がなされたことなどが,こんにち全国各地でみられる直売所の活動を推進するきっかけとなった。

直売所が国内流通に占める割合は,全国規模でみれば割合は小さいものの,地域レベルでみれば,決して無視できない重要な流通チャネルとなっている。直売所の機能には(1)所得確保・補完機能(2)自給農産物相互補完機能(3)生きがい創出機能(4)情報交換・創出機能(5)生涯学習機能(6)地域社会連帯強化機能が考えられる。本研究では,このうち(4)情報機能に着目した。

さらに金子郁容らが提唱した「静的情報」「動的情報」の概念をもとに,直売所に集積する情報を整理し,「直売所に集積する静的および動的情報の有効活用によって,直売所に参加する農家や直売組織は新たな展開方向を見出し,活動の展開を図れる」という仮説を導き出し,それを実証的なデータをもとに検証することとした。

そこでまず,直売所の全国的な動向について整理し,続いて岡山県において実際に営業している直売所を対象に,季節別・曜日別・利用時間別に購買客出口聞き取り調査を実施し,購入品目や金額に違いがみられるか,直売所運営の問題点は何かを整理した。その結果,季節別にみた場合,この直売所では冬のほうが客単価は高かったが,それは商品単価が高い加工食品を購入する利用客の割合が大きかったことによる。つまり主力となる加工食品があれば,生鮮品が減少する冬期でも客単価を下げないことが可能である。曜日別にみた場合,日曜は他の曜日に比べて統計的に有意に客単価が高かった。これも,加工食品の購入率の高さが,客単価を押し上げる要因となっていた。利用時間帯別にみた場合,午後の生鮮品の購入品目数及び金額が著しく低下していた。このことが,午後の客単価の減少につながっていたことがあきらかになり,この直売所では,午後の生鮮品の品揃えの充実が,売上向上につながるものと結論づけられた。しかし直売所運営の問題点として,いつ,どのような産品が売れるのかが把握できていないことにより,せっかくの販売の機会を逃していることが,この直売所の売上が伸びない大きな要因であることが浮き彫りにされた。

そこで,この問題点を解消する方法として考えられる,近年大規模直売所で導入が必須となったPOSシステム(バーコードにより生産から出荷,在庫から販売に至るまでを一貫して管理するシステム。以下POSと略す)が,中小規模の直売所でも導入のメリットがあるのかどうか,またPOSで得られたデータが直売所のマーケティング戦略構築に有効であるかどうかの検証を,広島県世羅町の直売所で実際に導入試験を行い,検証結果を示した。その結果,まずPOSは月2万円以下のリース料金で導入が可能であり,かつ紙の伝票では2時間以上かかっていた作業が10分程度で終了できるなど,時間的も費用的にも中小規模の直売所で導入のメリットがあることが明らかになった。

さらに入手できたPOSデータを分析したところ,試験を行った直売所では今後加工食品の売上の伸びが期待できることが明らかになった。その結果を受けて直売所では加工施設を導入し,それをうまく活用した出荷者は,大幅に売上を伸ばすことに成功した。直売所全体の売上も,生鮮品はもちろんだが,それ以上に加工食品の伸びが売上向上に大きく貢献し,POS導入以前の約4倍まで売上を伸ばすことに成功した。POS導入は直売所にメリットがあるだけではなく,今後直売所が売上を伸ばす上で,生鮮品の品揃えとともに,加工食品への取り組みを行うことも重要であることが,この導入試験結果から明らかになった。POSデータは,金子の分類にしたがえば,紙やパソコンのハードディスクなどに記録された固定的な情報,すなわち静的情報ということになる。

次に,先程問題点が浮き彫りになった岡山県の直売所を対象として,出荷者に対する直売所の評価・出荷意識調査を行った。直売所に出荷する魅力は,自由度の高さと創意工夫の場面が大きいことにあることが,まず明らかになったが,「市場出荷より儲かる」と回答した者はわずかであった。しかし市場出荷より儲かると回答した者は,今後直売所出荷を主力に考えており,「直売専業」ともいえる農家の出現可能性を示唆する結果となった。一方直売所の問題点として,「季節による品揃えの偏り」や「よその直売所との競合」を指摘する回答が多かった。

ここで直売所が持つ情報交換機能に着目し,情報交換機能を評価する出荷者とそうでない出荷者を比較したところ,明らかに年間売上高に統計的有意差がみられ,情報交換機能を評価する出荷者の年間粗売上高は非評価者の2倍以上多かった。また利用客に対しても,情報面の評価を質問していたが,情報面を評価する利用客は,直売所活動を単に安くて新鮮な農産物入手の場以上に好意的に評価しており,販売品に対する評価も高かった。ここでいう情報とは,主に利用客と出荷者,あるいは出荷者同士の対話と,直場所の店頭観察などによって得られた,固定的な情報に変換される前の情報,金子の分類に従えば「動的情報」ということになる。

さらに,これまで研究として取り組まれてこなかった,個別出荷者の経営戦略についても,記述的な方法ながら事例研究を行い,多様な出荷戦略について,愛媛県喜多郡内子町にある道の駅直売所「フレッシュパークからり」の出荷者調査結果から明らかにした。その結果,経営的に成功している直売所出荷者は,単に市場出荷と直売所出荷を使い分けているだけではなく,自ら積極的に販路獲得に乗り出し,多様な販路を自ら獲得する努力を怠らないこと,直売所から得られるPOSデータを自ら分析し,次の作付・出荷計画や加工食品への取り組みを積極的に行っていることが明らかになった。

続けて,直売組織レベルにおける動的情報活用の事例として,岡山県旧川上郡川上町(現高梁市)上組営農実行組合を取り上げた。上組では観光地に通じる道路沿いに無人市を開設したが,週末は出荷者が交代で売り子として立っていた。そこで売り子が利用客から「無農薬の野菜は無いのか」と聞かれたことから無農薬の野菜栽培に取り組み始めた。時を同じくして岡山県が有機無農薬農業推進事業を開始し,その事業を利用して上組は安定的な有機無農薬農産物の栽培に成功した。無人市だけで産品をさばききれなくなると,地元の中堅スーパーマーケットと提携してスーパーの店舗内に有機無農薬農産物コーナーを設けて販売を行うようになった。この取り組みを県が評価し,全県的な有機無農薬農産物の流通システムを構築する事業が開始された。上組の事例で重要なことは,無人市のままではせいぜい現状維持であったものが,週末に市に立った売り子と利用客の対話から,有機無農薬農産物栽培という新たな取り組みが始まり,ついには県全体を巻き込む流通システムの構築まで展開を見せた点である。すなわち,小さな直売所における,売り子と利用客の対話によって得られた動的情報のが,一組織の売上増加のみならず全県的な流通システムの改善につながった。

冒頭に述べた,直売所の機能のうち(4)情報機能が,出荷者にプラスの効果をもたらし,直売組織においても運営の改善に大きく貢献したことが,この記述的分析結果から明らかになった。

以上の結果から結論として言えることは,農産物直売所が今後活動の維持および発展を目指すためには,直売所が持つ情報交換機能がじゅうぶんに発揮されることが重要だという点である。これは必ずしもIT化,コンピュータ化を進めることのみを意味していない。コンピュータなどから得られる静的情報(定量的な情報)のみならず,人と人との会話や接触,あるいは観察などによって得られる動的情報(定性的な情報)も,今後の直売所発展のために重要である点を指摘して,本研究の結論とする。

審査要旨 要旨を表示する

農林水産省の推定によれば、わが国には農産物の共同直販施設(以下直売所と略す)は、1万2千カ所あるといわれ、その市場規模は年間2千億円近くに達するといわれている。野市や朝市など生産者の直売活動自体は古くからみられる活動であるが、1970年代に起こった産直運動を契機に、市町村や農協の地産地消運動の後押しなどもあって、現在のような直売所活動が全国各地で盛んになっている。直売所が国内流通に占める割合は全国規模でみればまだ少ないものの、地域レベルでみれば2割を超えているところもあり、いまや重要な農産物の流通チャネルになっている地域もある。

本論文は、農産物マーケティング論の静的情報、動的情報の概念をもとに、直売所に集積する静的および動的情報の有効活用による新たな展開方向を、豊富な全国の実態調査をもとに実証的に解明した研究の成果である。

第1章では、まず直売所に関する国内外の既存研究の検討が行われ、直売所の機能として(1)所得確保機能、(2)自給農産物補完機能、(3)生きがい創出機能、(4)情報の交換・創出機能、(5)生涯学習機能、(6)地域社会連帯強化機能、等が指摘されているが、このうち情報の交換・創出機能が直売所の発展と役割における中心的機能である点を明らかにしている。

第2章では、直売所の全国的な動向に関する統計分析が行われ、季節別・曜日別・利用時間別の課題を整理している。生産者が直売所に農産物を出荷する魅力は自由度の高さと創意工夫の範囲の大きさにあるが、直売所の運営からみると、季節別には品揃えの偏り、特に冬の品揃えに課題があるが、加工食品を購入する利用客の割合が高いため客単価はむしろ上がること、曜日別には日曜日が他の曜日に比べて統計的に有意に客単価が高いこと、利用時間帯別には午後の生鮮品の品揃えの充実が売上向上の鍵になること、などが明らかにされている。また、共通する問題としては、何時、どのような農産品が売れるのか把握できていない点を指摘している。

第3章では、POSシステム(バーコードにより生産から出荷、在庫から販売に至るまでを一貫して管理するシステム、以下POSと略す)が直売所でも導入のメリットがあるのかどうか、またPOSで得られたデータが直売所のマーケティング戦略構築に有効であるかどうかが検討されている。静的情報とは紙やパソコンなどに記録された固定的な情報のことであるが、POS情報はまさにこの静的情報の代表をなすものである。

広島県世羅町の直売所におけるPOSシステム導入の実験結果によれば、POSは月2万円以下のリース料金で導入可能であり、伝票で2時間以上かかっていた作業が10分程度で終了するなど、コスト的にも時間的にも中小規模の直売所においても導入メリットがあること、POSデータ(販売情報)の生産者への迅速なフィードバックにより品揃えが改善され、直売所の売り上げ増をもたらしたこと、さらにPOSデータの分析によって加工食品の売上増の可能性が判明し、新たな加工施設の導入と活用を通じた大幅な出荷者の売上増に成功したこと、などが詳細なデータを使って分析され、販売に関する静的情報をもたらすPOS導入は、直売所の販売戦略の構築の上でも必要不可欠であると指摘している。

第4章では、直売所の動的情報の活用が、どのように生産者の生産・販売活動に効果をもたらし直売所の売上増につながるのかが、豊富な実態調査にもとづいて検討されている。なお、ここで動的情報とは、利用客と出荷者あるいは出荷者同士の対話や、直売所の店頭観察などによって得られた固定的な情報に変換される前の情報である。

まず動的情報の交換・創出機能を評価する出荷者とそうでない出荷者を比較して、両者には年間売上高に2倍以上の統計的有意差がみられること、また、利用客に対する調査でも、動的情報を評価する利用客は、単に安くて新鮮な農産物を入手する場以上に評価する傾向があり、農産物ならびに加工品に対する評価も高いことを明らかにしている。

第5章では、POSデータを自ら分析して農産物の作付け・出荷計画や加工食品への取り組みに積極的に活かしている静的情報の活用事例と、店頭で交わされる売り子と利用客の対話から、有機無農薬農産物栽培という新たな取り組みが始まり、ついには県全体を巻き込む流通システムの構築にまで展開させた動的情報の活用事例を検討し、静的情報と動的情報のスパイラル的活用が直売所の経営発展に大きな効果をもたらす点を確認している。

以上、本論文は、全国に展開する農産物直売所の情報の交換・創出機能に着目し、その静的・動的情報の活用が直売所の経営にもたらす効果を包括的・体系的に解明したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49033