学位論文要旨



No 216502
著者(漢字) 松元,建三
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ケンゾウ
標題(和) 戸建住宅の生産プロセスにおける使用エネルギー評価方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 216502
報告番号 乙16502
学位授与日 2006.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16502号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 清家,剛
 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 助教授 腰原,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

近年、地球環境問題への対応、サスティナブルな社会への取り組みとして3R技術(リデュース、リユース、リサイクル)における産官学の幅広い技術開発、研究の取り組みがなされ、また技術の実用化及び商品化が進み一般消費者の認知も高くなってきている。さらに自動車業界、家電業界などでは3R技術に加え、その効果の評価技術への取り組みが行われており、消費者に該当製品の地球環境影響に関するデータを公開している。一方、建築分野では他の業界と比較して建設活動に伴う資源やエネルギーの大量使用、地球温暖化物質の排出、大量の廃棄物など地球環境問題と大きく関わることが認識されている。建築分野においても3R技術への技術開発や取り組みは行われてきているものの、その技術の地球環境影響への効果の算出、評価、公開までは十分に行われていないのが現状である。これは、建築に関連する業種が多岐にわたっており、その評価を行うデータベースの充実化が困難であること、また他の工業製品と異なり現場での作業が多く実態把握が困難である、などの理由が考えられる。しかし更なるサスティナブルな社会へ向けての環境性能向上の為の技術開発、設計変更などを行う際には地球環境影響への効果の把握、つまり評価技術が非常に重要であると思われる。そこで建築分野の中でも着工棟数の多くを占める戸建住宅に着目し、評価手法の研究を行うこととした。

住宅のライフサイクルの中でも生産に関わるステップは実態把握の困難さの為に評価に関する取り組みが不足している。評価手法が確立されないと様々な環境負荷削減工夫の効果把握が行われず、環境負荷削減工夫の推進の妨げになる。事前の計画や設計段階での省エネルギー効果の把握ができないことにより、様々な省エネルギーに関する設計工夫などを設計に反映することができないことになり、様々な省エネルギーに関する設計工夫が実際は行えないということになる。

以上の説明を踏まえ、本研究の研究目的を以下に示す。

戸建住宅の生産プロセスにおける評価手法の考案:

日本特有の多様化された構工法の特徴に対応でき、データベースの把握としては理論的に妥当である評価枠組みと使用するデータの入手性とのバランスを充分に考慮して、評価枠組の整理を行い、定量的評価のためのモデル化を考案する。

評価手法による生産プロセスの現状把握と問題点の把握、改善案の提案

評価手法を適用して複数構工法の試算と分析。さらに他構工法の特徴の展開による環境負荷削減を提案しその効果を試算する。

解体・廃棄プロセスへの応用の提案

評価手法を適用して解体・廃棄プロセスにおけるリユース・リサイクル効果の把握を試みる。

本論文は第1章から第6章までで構成されている。

第1章 序論

第1章では、現状の地球環境を取りまく環境問題、サスティナブルな社会への取り組みへ移行していく世界的な流れ、これらの世界の流れを受けた「地球温暖化問題」に関する日本の全体の現状を概観した上で、建築における環境に関する業界の方向性としてのサスティナブルな住宅システムを実現するための技術として、リデュース、リユース、リサイクルの3R技術とともに、その3R技術の評価・管理技術の重要性を説明し、研究の方向性として戸建住宅を対象とした評価手法の提案を行うことを明確にした。

第2章 研究課題の抽出と方針検討

第1章の背景把握を受けて、「建築学会ツール」、「BEAT」、「戸建て住宅のライフサイクルアセスメント(LCA)算定ソフト」、「LCCO2評価マニュアル 対応計算ソフト」「BREEAM」、「LEED」、「GBTool」、「CASBEE」、などの建築に関わるLCA評価ツールや環境評価ツール、「JEMAI - LCAソフト」など一般的なLCA評価ツールや既往研究の分析を行った。分析により住宅のライフサイクルのステップ毎に研究データや評価の枠組みの充実度が異なることを把握し、生産プロセスに関わる検討及びデータが不足していることを明確にした。

第3章 生産プロセスにおける使用エネルギーの評価手法の開発

第3章では、まず評価区分の設定として部材の調達業者、部材のアセンブル・加工業者、現場作業を行う建設業者という3三種類の主体が関与してことからこの3種類の主体が特定の戸建住宅を生産するために行う活動全体を戸建住宅の生産プロセスの範囲として定義し、この3種類の主体区分に対応して、生産に伴う使用エネルギーを物流、加工、施工の区分に分類した。さらに下記の11の小区分に分類・整理を行った。

物流

建設現場までの部材の移動エネルギー消費量

加工

加工場での部材の再加工エネルギー消費量、加工場までの作業員の移動エネルギー消費量、

加工場からの副産物の移動エネルギー消費量、加工場からの副産物の処理エネルギー消費量

施工

建設現場での仮設電力のエネルギー消費量、建設現場までの重機の移動エネルギー消費量、

建設現場での重機の稼動エネルギー消費量、建設現場までの作業員の移動エネルギー消費量、

建設現場からの副産物の移動エネルギー消費量、加工場からの副産物の処理エネルギー消費量

データ調査に関してはモデル化を行うためにプランや敷地条件を設定し、同一規模住宅を建設する前提で4つの構工法(6種の住宅)の調査(設計図書の作成等)を行い、データの入手性と理論的整合性を踏まえながら11の区分毎に算出式の設定を行った。

データ調査にて入手したデータを設定した評価手法を用いて生産プロセスのエネルギー使用量及び二酸化炭素排出量の試算を行った。生産プロセスにおけるエネルギー使用量及び二酸化炭素排出量の総和は構工法に大きな差はなく、現場作業が主である在来工法では施工が60%程度を占め、工業化された工法では施工が30%程度、加工が30%程度、輸送が30%程度を占めるなど構工法の特徴は物流、加工、施工の比率に表されることを把握した。

第4章 生産プロセスにおける使用エネルギー削減の考え方

第4章では第3章にて行ったデータ調査及びエネルギー使用量及び二酸化炭素排出量の試算・分析より各構工法の特徴を他の構工法への展開によりエネルギー使用量及び二酸化炭素排出量の削減ができると考え、第3章にて提案した区分毎の対策を提案、効果の試算を行った。

物流の拠点集約による輸送効率の向上:ある棟数に必要な部材を一括してある拠点に輸送、その後に各サイトに配送する。一括輸送による使用トラックの大型化、積載効率の向上により環境負荷を15〜20%程度削減できる。

加工機器の機器効率向上:各種加工機器を最新機器にすることで機器効率が向上して環境負荷を30%程度程度削減できる。

施工の作業員移動削減効果:作業者を多能工化することで1工数に満たない作業を1工数化して作業員の建設現場への移動回数を減らすことで環境負荷を15%程度削減できる。

以上を合わせ生産プロセス全体では20%程度の削減効果が見込めることが把握できた。

第5章 評価手法の応用事例:解体プロセスへの評価手法への展開

第5章では第3章にて提案した評価手法を応用して解体・廃棄プロセスへ展開を試みた。具体的には「施工」を「解体」、「加工」を「処理」、「物流」を「副産物の輸送」として区分の設定を行い、副産物のリユース・リサイクルが環境面から着目されていることから、これらの効果の評価把握を目的としてデータ調査、試算を行った。リユース・リサイクルに関しては、リユース・リサイクルによる副産物の処理量の削減による処理負荷の軽減により効果の評価の把握が可能であると考えられるが、リユース・リサイクルを行うために通常以上に細かな分別やリユース・リサイクルが可能な工場まで輸送が必要になるなど、リユース・リサイクルを行わないで最終処分した場合にエネルギー使用量が小さくなる場合が想定される。そのため、リユース・リサイクルの効果を正しく評価する為に、次サイクルでのバージン資源の投入量の削減効果を評価できるように複数サイクルでの評価を行う必要があると考え、試算を行った。その結果、リユースを行うことで住宅の生産プロセス(部材製造も含む)、解体・廃棄プロセスでのエネルギー使用量及び二酸化炭素排出量は20%程度削減できることが把握できた。

第6章 総括

本論文のまとめであり、研究の成果と今後の課題を提示している。研究の成果を以下に示す。

一般的に戸建住宅建設時に作成する設計図書を利用して比較的簡易に生産プロセスの環境負荷の試算が可能な評価手法の提案ができ、幅広い構工法の評価が可能であることが確認できた。

試算の分析から各構工法長所の他の構工法への展開で見込まれる環境負荷の低減の方策とその効果を把握した。また、この評価手法により様々な環境負荷活動の効果把握や新たなる取り組み検討時の効果予測が可能であることが確認できた。

提案した生産プロセスの評価手法を応用して解体・廃棄プロセスへの適用の可能性も提示し、戸建住宅における構成材のリユースによる使用エネルギー低減効果の把握が出来た。

審査要旨 要旨を表示する

住宅を生産するプロセスにおいては大量のエネルギーが使用され、地球環境保全に無視しがたい影響を与えている。持続可能性の向上の資するような住宅生産システムを構築するためには、その生産プロセスにおいて考えられうる地球環境保全対策の選択肢別に、エネルギー使用量を定量的に予測評価し、これらの選択肢を比較考量しながら、より資源使用量、エネルギー使用量の少ない住宅生産方法を探索していくことが必要になる。しかしながら、住宅・建築の生産プロセスは、多種多様かつ大量の構成材が、多岐にわたる業種の技能者によって、様々な方法でアッセンブルされている個別性の強いプロセスであり、そのプロセス全てを詳らかに記述し、エネルギー使用量を評価するためのインベントリを作成するには膨大な作業を要する。そのため、従来研究においては、住宅の構成材のembodied energyを積算することによって住宅の生産プロセスにおける使用エネルギーを推定する方法がとられ、構成材の輸送に伴う使用エネルギー、アッセンブル作業をする人々の通勤に伴う使用エネルギー、建築現場における使用エネルギーなどは殆ど評価されてこなかった。結果として、例えば、構成材生産工場で予め高度にサブアッセンブルして現場でのアッセンブル作業を抑制した生産方法と、逆に、現場での加工・アッセンブルを主とする生産方法のいずれをとることが、住宅生産プロセスにおける使用エネルギーを抑制することになるのか、定量的に比較をしたり、使用エネルギーを抑制するための管理要素を抽出したりすることが困難であった。

本論文は、このような既往研究の状況を踏まえて、一戸建の住宅生産のプロセスを、エネルギー使用の観点からの詳細なインベントリが作成が可能なモデル化したうえで、そのモデルを試用して様々な住宅の生産方法の評価をすることによってモデルの有効性を検証するとともに、生産プロセスにおけるエネルギー使用量を評価するうえでの卓越要素を明らかにすることによって、個々の生産プロセスを設計するにあたっての技術者の意思決定支援ができるような略算法についても考察したものである。

具体的には、本論文では、まず、一戸建の住宅の生産プロセスをエネルギー使用の観点から、1) 建設現場までの部材の移動、2) 加工場での部材の再加工、3)加工場までの作業員の移動、4)加工場からの副産物の移動、5)加工場から発生する副産物の処理、6)建設現場での仮設電力、7)建設現場までの重機の移動、8)建設現場での重機の稼動、9)建設現場までの作業員の移動、10)建設現場からの副産物の移動11)加工場からの副産物の処理の11段階に分類した(これらの段階におけるエネルギー使用は既往研究では殆ど考慮されてこなかった。)次に、測定範囲(system boundary)の一貫性・整合性、データ入手性を考慮しつつ、これらの11段階におけるエネルギー使用算出のためのインベントリを作成したうえで、インベントリーごとにエネルギー使用量を算出するための数値モデルを作成した。

そのうえで、全く同じプランをもった同一規模住宅を、異なる4種類の生産方法(構工法)で建設すると仮定して、仮想設計図書を作成するとともに、その仮想生産計画を仮想的に立て、これをもとに、4種類の生産方法それぞれについて、上記の11段階におけるインベントリーを作成し、工場・建築現場・輸送プロセスにおける要素作業にかかわる実態調査から得られたデータを前述の数値モデルに代入することによって、4種類それぞれの生産方法における使用エネルギー総量を試算した。

この試算結果を相互比較することによって、数値モデルの有効性を確認するとともに、インベントリーのどの要素が卓越するのかを検討することによって、使用エネルギー量を算出するための略算法も検討している。この略算法を用いれば、物流の拠点集約による輸送効率の向上、加工機器の機器効率向、施工の作業員移動削減効果などについて検討することができる。、

本論文はさらに、開発した数値モデルを、住宅の解体プロセスの評価手法に適用することも検討している。具体的には、住宅生産のプロセスから発生する副産物のリユース・リサイクルが、エネルギー使用の観点から見てメリットがあるのか否かを検証した。リユース・リサイクルのためには、在来のやり方以上に細かな分別が必要になったり、リユース・リサイクルが可能な高度施設を保有した工場まで長距離輸送が必要になる場合もあり、かえってリユース・リサイクルすることがエネルギー使用量を増加させる可能性もある。本論文は、開発した数値モデルを用いてこれらのトレードオフ関係を議論した。そして、仮に、リサイクル材を使用した住宅におけるバージン資源の投入量の削減効果も評価範囲に入れて評価するならば、大都市圏に立地する住宅の徹底したリユース・リサイクルを進めることは、住宅の生産プロセス(部材製造も含む)、解体・廃棄プロセスでのエネルギー使用量が20%程度削減できると評価できることを示した。

このように、本論文で開発された一戸建て住宅の生産プロセスにおける使用エネルギーの評価手法は、既往研究では看過された要素も考慮した詳細包括的なものとして学術的意義をもつとともに、提案された略算法は、実務的技術的意義及び社会的意義をもっていると考えられる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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