学位論文要旨



No 216504
著者(漢字) 山崎,武志
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,タケシ
標題(和) 雨水滞水池による合流式下水道の改善に関する研究
標題(洋)
報告番号 216504
報告番号 乙16504
学位授与日 2006.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16504号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 講師 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

合流式下水道は生活環境の改善と浸水対策を早期に進めるために大きい役割を果たしてきたが、反面雨水吐やポンプ場から未処理水が公共用水域に放流されるなど多くの問題を抱えている。かたや近年下水道の整備が進み公共用水域の水質が一定の水準まで改善されると、市民の水辺への回帰が見られるようになり、より一層質の高い水環境が求められるようになった。このような中で雨天時の未処理放流水が社会問題としてクローズアップされ、合流式下水道の緊急かつ長期的視点に立った改善対策の推進が社会的要請として強く求められている。

合流式下水道の改善対策は既存施設の改善、雨水流出量の抑制、発生源対策、処理など多岐にわたっている。各都市は地域特性に応じて様々な方法を組み合わせて総合的な改善対策に取り組み始めているが、汚濁負荷の削減に関して分流式下水道と同程度の効果を得るには核となる施策が必要である。雨水滞水池は一定量の汚濁負荷を確実に捕捉でき、維持管理が比較的容易なため、用地と建設費が確保できるところでは合流改善の核となり得るものである。雨水滞水池はまた汚濁負荷の削減ばかりでなく、油脂スカムや窒素,リン化合物、重金属などの微量物質、大腸菌の除去等に効果的であると推測できる。更に将来分流化した場合であっても雨水管の汚濁対策として、また浸水対策として、あるいはこれらの兼用施設として利用することもできる。雨水滞水池はこのように幅広い能力と柔軟さを有し、全体を総合的に評価することによってその価値を最大限に活用することができるものであり、将来的にはそのレベルまで到達することが望まれる。しかし現状では基本となる汚濁負荷の削減についても調査結果の蓄積が不十分な状況である。

本論文は以上に述べたような雨水滞水池の全体像と将来見通しのもとに、先ず基本となる汚濁負荷削減効果等について実運転調査結果を基に検証し、滞水池の設計・運転管理方法の改良について述べるとともに改良による効果を予測した。また初期フラッシュ対応滞水池設計方法の提案や雨天時にポンプ場内に堆積した汚濁負荷の挙動解析など滞水池開発の過程で取り残されてきた課題に一つの回答を与えた。更に滞水池の持つ幅広い能力を総合的に評価する最初のステップとして、様々な課題の中から現在社会問題化している油脂スカムを取り上げ、滞水池内で浮上分離により除去する可能性について研究した。次に研究内容の概要を述べる。

「雨水滞水池の効果の検証」

わが国で初めて建設された保土ヶ谷ポンプ場雨水滞水池(滞水池容量6mm、専用ポンプ方式)の14年間の調査結果によると、年平均で雨水排水量の30%を貯留、直接放流日数は全降雨日数に対して40%を軽減、BODを指標とした汚濁負荷削減効果は雨天時の総合除去率が56%から66%へ向上している。これをインライン方式に改良すると汚濁負荷削減果は大幅に向上し、分流式下水道と同程度の効果が得られることが明らかにされた。

「初期フラッシュ対応滞水池設計方法の提案」

滞水池を効率よくコンパクトに建設する方法として、初期フラッシュに対応した容量決定方法を提案し、年間を通じた汚濁負荷削減効果を予測した。3mm程度の容量が妥当であることが示されたが、これによると"分流並"対応で設計された滞水池と比較して1/2の容量で60%以上の汚濁負荷量を削減できることが明らかにされた。

「ポンプ場内堆積汚濁負荷の挙動解析」

雨水ポンプの稼動によって巻き上げられるポンプ場沈砂池・ポンプ井に堆積した汚濁負荷の挙動を明らかにするため、SSを指標として沈降・掃流を考慮した堆積汚濁負荷挙動モデルを構築した。実測降雨による検証を行った結果、水量、水質共にモデルの妥当性が確認できた。このモデルを使って年間を通したシミュレーションを行った結果、直接放流負荷量をみると、沈砂池・ポンプ井のドライ化を講じた場合、何も対策をしない場合の放流負荷量に対して約20%、滞水池を設置した場合約70%、ドライ化と滞水池の両対策を講じた場合約80%の汚濁負荷削減効果が得られることが明らかにされた。

「油脂スカムの浮上分離による除去」

滞水池に流入した油脂スカムを採取し、成分、粒径分布、浮上速度等の物性調査を行い、密度を算出した。次に粒径別の体積割合と浮上速度とから水面積負荷と油脂スカム除去率との関係を求めた。その結果、短径で2mm以上の油脂スカムについて、水温30℃では20m/hr程度の水面積負荷で、また20℃では30m/hr程度の水面積負荷で油脂スカムを100%浮上させることができ、雨水滞水池で油脂スカムを除去できる可能性が示された。

[提言]

合流式下水道改善のための雨水滞水池に関して、本研究で得られた知見から提言をまとめると次の通りである。

雨水滞水池はインライン方式によって設計・管理する方が雨天時の運転実態と整合し、所定の効果を上げることができる。

滞水池の建設と併せて雨水吐の改善を図ることが望ましい。

都市の事情により初期フラッシュ対応滞水池とその他の様々な施策を組み合わせることによって目標を達成する方法を選択することができる。

滞水池の運転方式は、処理場における処理プロセスや地域ごとに滞水池に求められる固有の機能を考慮して決定する必要がある。

ポンプ場を有する排水区では沈砂池・ポンプ井のドライ化と組み合わせることによって汚濁負荷削減効果を高めることができる。

油脂スカムが問題になる排水区では沈殿放流方式を採用し、スカムスキマーにより、表層5〜10cm をすくいとることによって相当量を除去することができる。

合流式下水道の改善は流域全体を捉えて計画し、市民協働事業として実施していくことが望ましい。

合流式下水道改善のための雨水滞水池を効率的に活用するため、RTC(リアルタイムコントロール)技術を確立・導入すること、またここに述べた油脂スカムの他に大腸菌、窒素・リン化合物、重金属その他の微量物質の除去など、滞水池を総合的に評価し、最大限に活用することが今後の課題として重要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、「雨水滞水池による合流式下水道の改善に関する研究」と題して、8つの章から論文を構成している。

第1章では、合流式下水道の問題点など研究の背景と目的、および論文の構成を述べている。

第2章では、我が国における合流式下水道改善の歴史と最近の動向、改善対策の体系、具体的な改善事例や研究実績についてとりまとめて示している。

第3章では、合流式下水道の改善対策として、わが国で最初に稼動した横浜市における雨水滞水池の建設にいたる経緯やその設計における懸案事項とそれに対する対処法が整理されている。また、他都市での事例や研究実績についても比較検討して、雨水滞水池の整備に関する貴重な知見を体系的に示している。そして、雨水滞水池の工学的な課題を列挙して、そのうち本研究で取り扱う研究項目について説明を加えている。

第4章では、保土ヶ谷ポンプ場雨水滞水池(滞水池容量6mm、専用ポンプ方式)の概要を述べるとともに、14年間の調査結果を整理することにより、年平均で雨水排水量の30%を貯留できること、直接放流日数としては全降雨日数に対して40%を軽減できることを示している。また、BODを指標とした汚濁負荷削減効果は、雨水滞水池の設置により雨天時の総合除去率が56%から66%へ向上したことを報告している。さらに、滞水池を独立させた状態で雨天時下水を専用ポンプにより汲み上げて運転する方式を、雨水滞水池へ汲み上げるとともに、滞水池と放流渠とを連続させて運転するインライン方式に変更するによって、中小降雨においても雨水滞水池容量を十分に活用することが可能となることを提案している。その運転変更により、汚濁負荷削減効果を大幅に向上できること、また分流式下水道と同程度の効果が得られることなどを明らかにした。

第5章では、降雨初期に発生する汚濁負荷の高い雨天時流出水(初期フラッシュ)を対象として、それに対応した滞水池設計方法の検討を行なっている。滞水池を効率よくコンパクトに建設する方法として、Loading Curveを用いた初期フラッシュに対応した容量決定方法を提案し、年間を通じた汚濁負荷削減効果の予測を実施した。その結果、3mm程度の降雨に相当する容量が妥当であることを示したが、これによると"分流並"対応で設計された滞水池と比較して1/2の容量で60%以上の汚濁負荷量が削減可能なことを明らかにした。

第6章では、雨水ポンプの稼動によって巻き上げられるポンプ場沈砂池・ポンプ井に堆積した汚濁負荷の挙動を明らかにするため、ポンプ場内のコンパートメントごとに沈降・掃流を考慮して、SSを指標とした堆積汚濁負荷挙動モデルを構築している。モデル検証のために、複数の実測降雨による検証を行った結果、ポンプ運転条件の補正を行なうことで水量を正しく表現でき、その結果放流水のSS濃度についても再現性が確保されることからモデルの妥当性を確認している。このモデルを使って年間を通したシミュレーションを行った結果、直接放流負荷量をみると、沈砂池・ポンプ井のドライ化を講じた場合、何も対策をしない場合の放流負荷量に対して約20%、滞水池を設置した場合で約70%、ドライ化と滞水池の両対策を講じた場合で約80%の汚濁負荷削減効果が得られることを明らかにした。

第7章では、東京湾の白色固形物(オイルボール)のお台場公園への漂着により、社会的にも感心が高まったことに関連して、雨天時における油脂スカムの処理場への流入に着目した調査研究の成果をまとめている。中華料理店が密集して立地している横浜市中部下水処理場では、油脂スカムの問題を抱えていたことから、油脂スカムの処理場への流入挙動や油脂スカム自体の特性を評価することを目的として、現場の滞水池に流入する油脂スカムの調査を実施した。流入する油脂スカムをメッシュを利用して採取し、流入濃度や流入量とともに、その成分、粒径分布、浮上速度等の物性調査を行い、油脂スカムの密度を算出した。そして、密度と粒径から浮上速度を求め、雨水滞水池の水面積負荷との比較により油脂スカム除去率の関係を求めた。その結果、短径で2mm以上の油脂スカムについて、水温30℃では20m/hr程度の水面積負荷で、また20℃では30m/hr程度の水面積負荷で油脂スカムを100%浮上させることができ、雨水滞水池で油脂スカムを浮上除去できる可能性を示している。特に、油脂スカムに関する粒径分布、浮上速度等の物性調査は我が国では最初の試みであり、非常に有用な調査データを提供している。

第8章では、上記の研究成果から導かれる結論・総括とともに、実務者にわかりやすい形で本研究において得られた知見と提案した運転方法について再整理を行い、実施や設計における留意点や基礎となる数式を表に取りまとめている。また、雨水滞水池の設計や運転管理における提言とともに、今後の課題が述べられている。

以上の成果では、合流式下水道の改善対策として、一定量の汚濁負荷を確実に捕捉でき維持管理が比較的容易な雨水滞水池について、長年の調査データに基づき、雨天時汚濁現象を丁寧に解析検討している。また、雨水滞水池が有する汚濁負荷の削減の能力、容量などの設計方法やポンプなどの運転管理上の課題とその解決策を提示している。さらには、ポンプ場が抱えていた堆積物由来の汚濁負荷や、油脂スカム問題を定量的に評価するために、堆積汚濁物負荷挙動モデルの構築や油脂スカムの実態調査と物性測定を非常に精力的に実施している。その結果、汚濁負荷削減に幅広い能力と柔軟さを有する雨水滞水池を総合的に評価して、その能力を最大限に活用する方法も提案している。これらの知見は、合流式下水道が抱える雨天時汚濁現象を把握するのに役立つだけでなく、汚濁対策としての雨水滞水池の活用において非常に有用なデータや知見を提供しており、都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク