学位論文要旨



No 216508
著者(漢字) 菱沼,一夫
著者(英字)
著者(カナ) ヒシヌマ,カズオ
標題(和) 熱溶着(ヒートシール)の加熱方法の最適化
標題(洋)
報告番号 216508
報告番号 乙16508
学位授与日 2006.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16508号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 助教授 江前,敏晴
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 竹村,彰夫
内容要旨 要旨を表示する

 現在の包装では、「包む」という従来機能に加えて被包装物の長期品質保証のために、外部からの微生物、有害物質、酸素、水分の侵入防止や内部からの香気成分、水分等の流出防御に係わる密封性の機能が求められている。 この機能を満たす材料として、プラスチックが食料品、医薬品、日用品、防錆、防湿を必要とする電子部品、精密機械部品等の保護のためのあらゆる分野で利用され、日常生活と生産活動に不可欠なものになっている。 プラスチックのシートやフイルムを利用する包装では、古くからプラスチックの熱可塑性を利用して加熱と冷却によって容易に接着のできる熱溶着(ヒートシール)(以降、単にヒートシールと称す)を適用して接着を行い、袋、容器を作ってきた。 ヒートシールによる密封性の確保には、接着面のピンホールや破れを防御して分子レベルで制御された溶着を必要とする。 熱溶着には加熱温度依存性があり、低温度域では界面剥離する剥がれ接着(Peel seal)が、高温度域ではピンホールや"ポリ玉"と呼ばれる樹脂塊状物などが発生する破れ接着(Tear seal)が起き、それぞれで破壊特性が異なる。 不具合のない接着のためには溶着面の正確な加熱温度調節が重要な因子となる。 従来は、溶着面の汎用的な温度計測技法が提示されてなかったこともあって、加熱源の温度を基準にして熱溶着したサンプルを日本工業規格 (JIS)やAmerican Society for Testing Materials (ASTM)の規定に従って破断、荷重、衝撃試験と壊れの観察により検査をするのが常であった。 換言すれば、溶着面温度をパラメータにしたプラスチック材料の熱溶着状態と接着特性との関連を正確に把握することは行われていなかったといえるのが現状である。本研究は、溶着面温度をパラメータとして材料の接着性を再検討し、従来の定性的・経験則的な解析との比較検討、そして得られた結果から提案する評価方法の改善と材料の接着特性に適した熱溶着の加熱方法の最適化に関するものである。 以下に、主たる概要を述べる。

1.従来試験法の検討と課題の摘出

 ヒートシール部分の品質試験に関する試験法として、国際的規格であるASTMおよびJISを取り上げ精査した。 両者とも引張試験法が準用されており、その強さの大小で判定しているが、これでは高温加熱で発生する"ポリ玉"の生成や内容物容積から発生する接着部への応力が原因となる応力集中部での破壊応力は無視され、破壊部と接着部の単なる平均応力が測定されることを見出した。

2.溶着面温度測定法の検討

 前述したように確実なヒートシールには、熱溶着面の温度が決定因子となるので、溶着面の定量的な解析には溶着面温度の動的変化を直接的に把握できる計測法が必要であると考えた。熱電対を使った測定システムの構築の検討を行った。 自作した微細な温度センサーを使用して溶着部の温度測定を行ったところ、温度計測の再現性や精度などにおいて満足すべき結果が得られた。 この結果は、高い応答特性と検出精度を持つ溶着面温度測定装置の開発に繋がった。

3.プラスチック材料の熱溶着特性の測定法の検討

 適正な熱溶着のためには、材料毎のヒートシーラントの加熱温度と溶着強さの関係を知ることが重要である。そこで、材料の溶着面に微細センサーを挿入し、予測溶融温度より高い温度で加熱した応答を検討した。 取得データには材料の軟化、液状化、含有物の気化温度に対応した変化が現れることを見出したので、微分演算処理を行い、変化点の温度を検出した。 大きく変化する温度付近を中心にして、1〜2℃刻みの温度でヒートシールサンプルを作ってヒートシール強さを測定し、加熱温度とPeel sealの発現との関係を把握した。この結果は、Peel sealゾーンと Tear sealゾーンの識別に応用できることが判明した。

4.従来加熱法の適否の検討

 熱溶着に関係する従来法での不具合の発生を最小限にするための条件を溶着面温度をパラメータに検討した。 圧着圧とヒートシール強さの関係、加熱体の表面にテフロンシートを貼る効用、片面加熱のリスク等において、従来の常識と異なる次のような知見を得た。(1)ヒートシール強さは圧着圧によって調節可能とされていたが、低い圧着圧では熱伝導が不足する等でヒートシール強さが変わる。 0.1〜0.2MPaのヒートシール強さでほぼ一定となる。これより強い圧着では、"ポリ玉"が生成されるようになり見かけ上の強さは大きくなる。(2)常用されていた加熱体へテフロン装着は熱流を抑止するので、結局は加熱体の高温化に繋がる。従って、加熱体の高温化を防ぐためにテフロン装着を省き、低温で加熱した方が安定したヒートシールが得られる。以上の知見から、熱溶着に多大な悪影響を及ぼす"ポリ玉"抑制のための圧着ギャップの提案ができた。また、適正加熱には従来のテフロンシートは不要であり、これにより、溶着部の熱安定化をもたらす加熱体の低温化に反映できることが分かった。

5.剥がれシール(Peel seal)と破れシールの(Tear seal)識別法の検討

 最適な熱溶着を行なう条件を得るためにはPeel sealとTear sealを的確に判定する方法が必要となる。Tear sealでは微少部位に応力がかかると簡単に破れが発生することを見出し、"斜め"にシールして、応力が点で作用するような引張試験を考案して、それぞれの剥離パターンを計測した。 Tear sealでは斜めの引張線上でちぎれが発生するが、Peel sealでは三角形状に剥離することから加熱温度の違いによる破壊形態の識別ができることを確認した。 本法は微細部位に応力をかけた試験法なので実際に近い識別ができる特長を有していると判断した。

6.Peel sealにおける剥離エネルギーによる評価の検討

 工業熱溶着不良の殆どはピンホールとエッジ切れである。 Peel sealでは微細部分に掛った応力でも剥がれを起こし、破れないところに着目して、数種類のPeel seal温度帯のヒートシールサンプルを作り、剥がれ巾と引張応力からそれぞれの剥離エネルギーを計算し、破れシールの破れエネルギーは破断点まで、剥がれシールは剥離距離までの剥離エネルギーの計算値を取り出して2つの関係を調べた結果、7.5mmの剥がれ巾で破れエネルギーを超すことが分かった。 実際の剥がれは微細部位からほぼ半円状に剥離していたので、幾何学的補正をすると剥がれシールが有利になるのは最小5mmとなることが分かった。 従来はヒートシール巾の設定根拠が明確にされていなかったが、本研究の知見によって最適な溶着のヒートシール幅とPeel seal条件が設定できるようになった。

7.ヒートシーラントの厚さとヒートシール強さの関係の検討

 ヒートシールのトラブルの対策として、ヒートシーラントを厚くする方法が採られている。しかし、溶着の強さは溶着部での形態に依存するため、材料の厚みが一義的に熱溶着を改良できるとは限らない。 そこで、ヒートシーラントの厚さとヒートシール強さの関係を検討した。ヒートシーラントの実際の厚さが3〜7μmの包装材料を用いて、精密な温度調節と圧着により作成したサンプルの引張試験を行った。 この結果、3〜5μmで包装材料の持つ固有のヒートシール強さが発現していることを確認できた。 レトルト包装などの汎用フイルムのヒートシーラントの厚さは30〜100μmが常用されているが、これでは溶着目的に対しては過剰品質となっていることが分かった。

8.イージーピール性能の検出の検討

 イージーピールは封緘機能と開け易さを両立する技法である。このバランスのためには、包装材料のPeel seal性能の発現を定量的に測定することが重要となる。イージーピール用の共重合体を混入した包装材料を用いてヒートシールサンプルを調製し、引張試験機により、引張応力パターンを検討した。 記録波形の変化する最大値と最小値から包装材料のPeel seal能力が見出されることを確認した。各温度条件によるPeel seal特性にイージーピール条件を当てはめることで、適切な加熱温度域を選択することができた。この結果は後に述べる「適正加熱範囲」の決定に重要なデータとなった。

9.熱溶着のHACCP対応性の検討

 レトルト食品はHACCP認証法により安全性の保証が得られる。この認証法ではレトルト包装のヒートシールが主要な技法であるにもかかわらず、抜き取りによるヒートシール強さや荷重試験などの事後審査が採用されているため、製品の製造前にヒートシール性能を予測する方法が求められていた。

 そこで、本研究の諸要素で評価できるヒートシールの基本性能をHACCPの7項目へ適用する検討を行った。 特にHA(Hazard, Analysis)に着目した実験から溶着完成度の事前評価のできることが分かった。

10.1条件の測定データから任意条件の適正溶着面温度への拡張のためのシミュレーション方法の検討

 ヒートシールの「適正加熱範囲」の設定には、それぞれ数℃刻みの溶着面温度の応答データが必要であった。もし、1〜2の少ない温度条件での実測データを基にヒートシールの「適正加熱範囲」を推測することができれば便利である。 加熱による物体の温度上昇パターンは物体の持つ熱容量と伝熱特性で決定できることに着目し、実測データの温度勾配と予測したい溶着面温度の始終点温度の勾配の比を利用して、「適正加熱範囲」をシミュレーションする方法を考案した。このシミュレーション結果と実測値の間に良好な一致を見た。この知見はヒートシールの信頼性の検証に有効に利用できることが分かった。

11.熱溶着の信頼性の保証と加熱の高速化を両立させる実施方法の提案

 これらの結果から、製造現場での熱溶着の「適正加熱範囲」の設定のために、(1)過加熱の防御の上限温度、(2)加熱不足とイージーピール制御から決まる下限温度、(3)現場の温度精度、バラツキ、・設定条件の振れ巾を容認するマネージメント、の重要性を指摘した。 また、高速性と高信頼性を両立させるための2段加熱法の適用を提案した。

12.本研究の汎用性の検討事例

 実際に発生した溶融部の不具合を解析し、接着改善を行い、溶着面温度制御の汎用性を証明した。

13.総括

 プラスチックの包装材料の最適な熱溶着を行なうには、溶着面の適正な温度調節が不可欠であるとの観点から、溶着面温度測定装置を試作し、種々の検討を行った。 その結果、従来の熱溶着では、「包装材料が完全に熱溶融していれば十分な溶着となる」との考えから破れシール(Tear seal)が発生し易い過加熱に常態的に偏っていたと推定された。 また、溶融接着に利用されているJISやASTMの試験法は巾の広い溶着線の平均的な引張強さを計測する方法なので、微細部分への集中応力発生による不具合の評価には、必ずしも適合しないものであると判断された。 そして、熱可塑性のプラスチックを包装材料として有効に利用するには、熱溶着の発現するPeel sealと Tear sealゾーンの境界付近の温度帯を巧く利用することが有効であると判断した。

 以上の知見は、確実な溶着にはPeel sealが有用であり、これを実現可能とするには、工業的に操作し易い加熱設定により安定した熱溶着をもたらす広い温度帯(Peel seal ゾーン)を有するプラスチック包装材料の開発が求められていることを示唆している。 そして、上述した溶着面温度の測定装置が適切な溶融温度域を持つプラスチック材料のスクリーニングにおいても活用できるものと考えている。

 以上

審査要旨 要旨を表示する

 現在の包装では、「包む」という従来機能に加えて被包装物の長期品質保証のために、外部からの微生物、有害物質、酸素、水分の侵入防止や内部からの香気成分、水分等の流出防御に係わる密封性の機能が求められている。この機能を満たす材料として、プラスチックが商品保護のためあらゆる分野で利用され、日常生活と生産活動に不可欠なものになっている。プラスチックのシートやフイルムを利用する包装では、古くからプラスチックの熱可塑性を利用して加熱と冷却によって容易に接着のできる熱溶着(ヒートシール)(以降、ヒートシールと称す)を適用して接着を行い、袋、容器を作ってきた。ヒートシールによる密封性の確保には、接着面のピンホールや破れの防御のために分子レベルの確実な溶着を必要とする。熱溶着には加熱温度依存性があり、溶着低温度域では界面剥離する剥がれ接着(ピールシール)が、高温度域での溶着では応力集中をもたらすピンホールや"ポリ玉"と呼ばれる樹脂塊状物などが発生しやすい状態での接着(テアシール)が起き、それぞれで破壊特性が異なる。確実な接着のためには溶着面の正確な加熱温度調節が重要な因子となる。従来は、溶着面の汎用的な温度計測技法が提示されてなかったこともあって、加熱源の温度を基準にして熱溶着したサンプルを日本工業規格(JIS)やAmerican Standard for Testing Materials(ASTM)の規定に従って破断、荷重、衝撃試験と壊れの観察により検査するのが常であり、溶着面温度をパラメータにしたプラスチック材料の熱溶着状態と接着特性との関連性の検討は殆どなされていない。本研究は、溶着面温度をパラメータとして材料の接着性を再検討し、従来の定性的・経験則的な解析との比較検討、従来評価方法の改善と材料の接着特性を確実に発揮させる熱溶着の提案による加熱方法の最適化に関するものである。論文は、13章および開発した装置に関する付帯説明2章より成る。

以下に、主たる概要を述べる。

1.従来試験法の検討と課題の摘出

 ヒートシール部分の品質試験に関する試験法として、国際的規格であるASTMおよびJISを取り上げ精査した結果、高温加熱で発生する"ポリ玉"の生成や内容物容積から発生する接着部への応力が原因となる応力集中部での破壊応力は無視され、破壊部と接着部の単なる平均応力が測定されることが判明した。

2.溶着面温度測定法の検討

 確実なヒートシールには、熱溶着面の温度が大きな因子となるので、溶着面の定量的な解析のため溶着面温度の動的変化を直接的に把握できる計測法の作成検討を行った。自作した微細な温度センサーを使用して溶着部の温度測定を行ったところ、温度計測の再現性や精度などにおいて満足すべき結果が得られたので、溶着面温度測定装置として開発し以降の実験に供した。

3.ヒートシール材料の熱溶着特性測定法の検討

 ヒートシーラントの溶融状態に至るまでの過程を上記溶着面温度測定装置により検討した。溶融温度以上で加熱して得た応答を温度を微分演算処理して、材料の軟化、液状化、含有物の気化温度に対応した変化が現れることを見出した。次いで、ヒートシールサンプルを変化点温度付近で作成し、加熱温度とヒートシール強さの関係およびピールシールの発現との関係を把握した。この結果は、加熱温度でのピールシール温度帯(ピールシールゾーン)とテアシールゾーンの識別に応用できることが判明した。

 以上の結果を受けて、従来の熱溶着法の妥当性の確認を行った。圧着圧とヒートシール強さの関係、加熱体の表面にテフロンシートを貼る効用、片面加熱のリスク等において、従来の常識と異なる以下のような知見を得た。(1)ヒートシール強さは圧着圧によって調節可能とされていたが、低い圧着圧では熱伝導が不足する等でヒートシール強さが変わる。0.1〜0.2MPaのヒートシール強さではほぼ一定となる。これより強い圧着では、"ポリ玉"生成されるようになり見かけ上の強さは大きくなる。(2)常用されていた加熱体へのテフロン装着は熱流を抑止するので、結局は加熱体の高温化に繋がる。従って、加熱体の高温化を防ぐためにテフロン装着を省き、低温で溶着した方が安定したヒートシールには有利となる。以上の知見から、熱溶着に多大な悪影響を及ぼす"ポリ玉"抑制のための圧着ギャップの提案を行った。また、適性加熱には従来のテフロンシートは不要であり、これにより溶着部の熱安定化をもたらす加熱体の低温化に反映できることが分かった。なお、本提案法によれば、包装用フィルムと熱板金属の剥離は容易であることを見いだしている。

4.Peel sealの剥離エネルギーと破れ破壊エネルギーの比較とPeel Sealの有効性

 数種類のピールシール温度帯のヒートシールサンプルを作り、剥がれ巾と引張応力からそれぞれの剥離エネルギーと材料の破壊エネルギーを比較して、あるヒートシール幅以上でピールシールが有利になることを見いだした。従来、"ポリ玉"などへの応力集中による破れ破壊を避けるため材料を厚くし、溶融温度を高めることが採用されてきた。しかし、これでは"ポリ玉"が相変わらず発生することから、応力集中を避け安定な接着を得るにはピールシールを用いた方が良いとの結論に達した。

 以上の検討の他に、イージーピール性(使用時に簡単にはがしやすい性質)、レトルト食品などの密封性保証に関してヒートシール特性と「適性溶融温度」との関連を広範な実証試験により検討し、効率的加熱法を提案している。

 以上の研究は、ヒートシール特性のパラメータとして溶着面の熱挙動を検討して、従来無視されがちであった破壊形態におけるピールシールの有用性を示したものであり、木工製品や食品を含む種々な製品の保護や気密性を持たせる包装技術に対しての実用的知見を提供するもので、今後の製品設計に対し多大の貢献が期待できる。

よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49034