学位論文要旨



No 216511
著者(漢字) 山本,清龍
著者(英字) YAMAMOTO,Kiyotatsu
著者(カナ) ヤマモト,キヨタツ
標題(和) 自然公園における利用者数が利用者の期待に及ぼす影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 216511
報告番号 乙16511
学位授与日 2006.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16511号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 熊谷,洋一
 東京大学 教授 下村,彰男
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 助教授 斎藤,馨
 東京大学 助教授 小野,良平
内容要旨 要旨を表示する

 美しい風景を見たい、珍しい動物や植物を見たいといった期待は誰しもが持ちうるものである。しかし、野趣性に優れた自然風景地において一人佇み自然の風趣を堪能することを期待として持つとすれば、他の一人の利用者の存在すら否定的に捉えてしまうことが考えられる。この事実は、訪れる利用者の期待が個人々々において多種多様であり、場合によっては利用者の期待と他の利用者のそれとが対立関係を生じさせる可能性を示唆する。しかし、他の利用者の存在がどのように利用者が持つ期待に影響を及ぼすかについては、その全貌は明らかでない。また、混雑心理については、どのような過程を経て生じる心理であるのか、概念整理が十分に行われていない。そこで本研究では、自然公園における諸問題のうち特に人が受け取る心理的な問題に着目し、第一に、利用者数の多寡が「自然公園利用者の期待」に及ぼすマイナスの影響は、自然公園において主に想定される利用型によって、差異があることを明らかにすること、第二に、混雑および満足に関わる利用者心理の概念整理を行うこと、の二点を目的とした。

 まず、第一章では、研究の背景と目的について示し、混雑心理を扱った既往の研究成果および利用者の期待や動機を扱った既往の研究成果の整理を通し、本研究の位置づけを行った。また、研究に取り組むにあたり重要な利用者数や混雑意識、満足等の用語について定義し、本研究の構成と方法を示した。

 第二章では、自然公園において主要な利用形態と考えられる登山について、わが国の登山史を概観することによって、その質の変容を整理した。また、自然公園の利用者数の変遷を概観し、自然公園や国立公園、利用者数の多い国立公園について、その利用者数の増減とその要因を関連づけて整理し考察を行った。さらに、わが国の自然公園における利用の問題がどのように扱われてきたかを把握し、整理を行った。最後に、自然公園の利用の類型区分を行った。

 その結果、近代登山の幕開けによって、アルピニズムに代表されるように単に頂上への到達を目指す登山と、一刻を争い頂上を目指すのではなく悠々と山を楽しむ日本らしい登山の形態が出現したことが整理された。また、自然公園の利用者数は戦後において飛躍的に増大し、自然公園や複数の国立公園に共通する利用者数の変化点はあることや、平成年代に入り自然公園における利用者数が過去最大を記録したことなどを指摘した。さらに、近年になって自然公園における利用は単に量としての問題にとどまらず、その質としての変化が問題として捉えられていることを明らかにした。以上の知見を踏まえ、自然公園の利用の類型区分の分析軸として、「時間消費型」と「目的達成型」を両極とする利用形態の軸と、「利用者数が多いタイプ」と「利用者数が少ないタイプ」を両極とする利用者数の軸を設定し、その二つの軸によって自然公園の利用の類型を四つに区分した。

 第三章では、まず、本研究において重要な調査指標となる期待や満足、不満に対する考え方の整理を行い、既往の知見から自然公園利用者の期待を分類した。また、第二章で行った自然公園の利用の類型区分に応じて研究対象地を選定し、その概要を把握した。以上を踏まえて、実際の自然公園における利用者の意識を把握するための調査の設計を行った。

 その結果、調査指標の設計のための概念整理から、自然公園利用者が満足と不満のいずれを感じるかは、利用者個人が持つ主観的な期待に関連し、三つの水準があることを整理した。また、利用者が持つ期待を(1)公園資源の享受に対する期待、(2)野趣性・独居性の保持に対する期待、(3)適切な対人関係の構築に対する期待、(4)情報・施設の円滑な利用に対する期待、(5)清潔・快適な空間の利用に対する期待、の5つに分類した。さらに、研究対象地として、利用者数が多く時間消費型の自然公園の代表事例から尾瀬ヶ原を、利用者数が多く目的達成型の自然公園の代表事例から富士山を選出した。加えて、研究対象地の概要の側面として自然公園史および利用の概要を概観することによって、二つの自然公園の現在の利用の成立背景と特性を把握した。両研究対象地において時間的、空間的に利用の集中が見られることから、現在の利用の成立背景と特性を検討し、本研究の目的を遂行するに相応しい調査日および調査地点、利用者の期待の充足状況を把握するためのアンケート調査票の構成を決定した。

 第四章では、研究対象地とした尾瀬ヶ原と富士山のそれぞれについて利用者属性の他、満足要素と不満要素、利用者属性と満足および不満の要素の関係性、利用者数の多寡と満足および不満の要素の関係性から、利用者の意識構造の把握を行った。

 その結果、尾瀬ヶ原では2回目以上のリピーターが約7割を占めることなど現在の尾瀬の利用の特性を把握した。また、多くの利用者にとって公園資源の享受が満足要素となり、野趣性・独居性の欠如が不満要素になっていることを明らかにし、満足要素と不満要素の比較と考察を通し、もともと期待されていない要素があることを指摘した。さらに、初めての利用者を除いて、公園資源の享受に対する期待は一様であることや、野趣性・独居性の保持に対する期待は性別や利用回数、交通手段によって差異があることなど、利用者属性別に特有に見られる満足要素と不満要素を把握した。加えて、多数の利用者の存在は、情報・施設の円滑な利用に関連する多くの満足要素を減少させることや、利用状況に合わせて、利用者が期待の大きさを変化させている可能性があることなどを明らかにした。

 一方、富士山では初めての利用者が約7割を占めることなど現在の富士山の利用の特性を把握した。また、多くの利用者にとって公園資源の享受が満足要素になり、清潔・快適な空間の欠如が不満要素となっていることを明らかにした。さらに、野趣性・独居性に対する期待は男性の方が大きいことや、年齢が50代や60代の利用者と比較して、年齢が20代の利用者で全般的に自然公園に対する期待が低いことなど、利用者属性別に特有に見られる満足要素と不満要素を把握した。加えて、主に野趣性・独居性の保持、適切な対人関係の構築、情報・施設の円滑な利用の期待が、多数の利用者数によって阻害されていることを明らかにした。その他、満足要素の中には、多数の利用者数が記録された混雑日において多く回答されるものがあり、利用体験に対する肯定志向のあることを指摘した。

 第五章では、利用者数の多寡によって生じている負の影響を捉えるための前提として、二つの自然公園利用者の意識の同一性と差異性を明らかにした上で、自然公園利用者の期待の阻害による満足の低下、混雑意識の生起、混雑不快感の生起を把握した。また、多数の利用者数による期待阻害について概念整理を行い、利用者の期待阻害に配慮した自然公園計画について論じ考察した。

 その結果、時間消費型の自然公園(尾瀬ヶ原)では、多数の利用者数の存在による負の影響は(4)情報・施設の円滑な利用や(5)清潔・快適な空間の利用に対する期待で大きいこと、(2)野趣性・独居性の保持や(3)適切な対人関係の構築に対する期待ではその影響の可能性のあること、(1)公園資源の享受に対する期待においては影響がないことを明らかにした。

 一方、目的達成型の自然公園(富士山)では、多数の利用者数の存在による負の影響は(2)野趣性・独居性の保持や(3)適切な対人関係の構築、(5)清潔・快適な空間の利用に対する期待においてその可能性のあることや、(1)公園資源の享受や(4)情報・施設の円滑な利用に対する期待において無いことが明らかとなり、自然公園の利用の類型と関連づけて考察を行った。

 混雑意識と混雑不快感の生起については、時間消費型の自然公園(尾瀬ヶ原)では多数の利用者数によって混雑不快感が生起するのに対し、目的達成型の自然公園(富士山)では多くの期待の充足と阻害が混雑意識に関連するものの、混雑不快感としては生起しなことを明らかにした。

 得られた以上の知見をもとに、多数の利用者数がもたらす自然公園利用者の期待阻害について概念的整理を行った。その期待阻害とは、自然公園利用者の期待と予想利用状況を合わせた自然公園に対する現実的な期待像が、予想を超える利用者数の存在によって阻害される過程である。さらに、現実的な期待像と実際の利用状況の乖離によって、期待に対する充足の未達成が発生し、満足の低下または混雑意識を生起すると考えられる。この時、特に満足の低下を伴う混雑意識は混雑不快感として生起すると整理された。

 また、主に想定される利用が異なる二つの自然公園において、多数の利用者数による期待の阻害に差異があることから、時間消費型と目的達成型の自然公園のそれぞれにおいて有効と考えられる管理計画を検討し、期待阻害の分類に対応する具体的な管理施策を示した。

 最後に、第六章では、本研究によって得られた結果を総括し、最後に、展望を含めた今後の課題について言及した。

審査要旨 要旨を表示する

 人々の自然志向の高まりと情報社会の進展を反映して、自然地域における利用の増大や集中など、いわゆる過剰利用が大きな問題となってきた。その過剰利用問題では、人々の利用による自然環境への影響のみならず、混雑による利用者の満足や期待への影響についても明らかにし、適正な利用のあり方を示すことが課題となっている。

 そこで本研究は、自然公園における人々の心理的な問題に着目し、第一に、利用者数の多寡が「自然公園利用者の期待」に及ぼすマイナスの影響は、利用形態によって差異があることを明らかにし、自然公園の利用特性に応じた管理施策のあり方を論じること、第二に、混雑および満足に関わる利用者心理の概念整理を行うこと、の二点を目的としている。

 論文は6章構成であり、まず、第一章では、研究の背景と目的について示し、混雑心理を扱った既往の研究成果および利用者の期待や動機を扱った既往の研究成果の整理を通し、本研究の位置づけを行っている。

 第二章では、自然公園において主要な利用活動と考えられる登山について、わが国の登山史を概観し質の変容を整理している。また、わが国の自然公園における利用の現状と、利用に関わる問題がどのように扱われてきたかを整理し、自然公園利用の類型区分の分析軸として、「時間消費型」と「目的達成型」を両極とする利用形態の軸を設定し、利用者数の多寡と合わせて分析を進めることを検討している。

 次に第三章では、本研究における重要な基礎概念である期待、満足、不満に対する考え方の整理を行い、既往知見および自然公園での利用者アンケート調査から自然公園利用者の期待分類について論じている。そして、自然公園利用者が満足と不満のいずれを感じるかは、利用者が持つ主観的な期待に関連し、三つの水準があることを整理するとともに、利用者が持つ期待を(1)公園資源の享受に対する期待、(2)野趣性・独居性の保持に対する期待、(3)適切な対人関係の構築に対する期待、(4)情報・施設の円滑な利用に対する期待、(5)清潔・快適な空間の利用に対する期待、の5つに分類している。

 そして主たる利用形態が異なる尾瀬ヶ原および富士山を研究対象地として選定し、自然公園における利用者の意識を把握するための調査設計を行っている。

 第四章では、研究対象地とした尾瀬ヶ原と富士山のそれぞれについて、混雑時と非混雑時における詳細な利用者アンケート調査を通して、満足要素と不満要素、利用者属性と満足および不満の要素の関係性、利用者数の多寡と満足および不満の要素の関係性から、利用者の意識構造の把握を行っている。

 その結果、尾瀬ヶ原では、多くの利用者にとって公園資源の享受が満足要素となり、野趣性・独居性の欠如が不満要素になっていること、多数の利用者の存在は、情報・施設の円滑な利用に関連する満足要素を減少させることや、利用状況に合わせて、利用者が期待の大きさを変化させる可能性があることなどを明らかにしている。一方、富士山では、公園資源の享受が満足要素となり、清潔・快適な空間の欠如が不満要素となっていること、さらに野趣性・独居性の保持、適切な対人関係の構築、情報・施設の円滑な利用への期待が、多数の利用者数によって阻害されることを明らかにしている。

 第五章では、利用者数の多寡によって生じている負の影響を捉えるための前提として、二つの自然公園利用者の意識の同一性と差異性を明らかにした上で、自然公園利用者の期待阻害による満足の低下、混雑意識の生起、混雑不快感の生起を把握している。

 混雑意識と混雑不快感の生起については、時間消費型の尾瀬ヶ原では多数の利用者数によって混雑不快感が生起するのに対し、目的達成型の富士山では多くの期待の充足と阻害が混雑意識に関連するものの、混雑不快感としては生起しないことを明らかにしている。

 そして得られた知見をもとに、多数の利用者数がもたらす自然公園利用者の期待阻害について概念整理を行うとともに、主たる利用形態が異なる二つの自然公園において、多数の利用者数による期待の阻害に差異があることから、それぞれにおいて有効と考えられる方策を検討し、利用者の期待阻害に配慮した管理施策について論じている。

 最後に、第六章では、本研究によって得られた結果を総括し、最後に、展望を含めた今後の課題について言及している。

 以上、本研究は自然公園の利用に際して、他の利用者の存在や多寡が利用者の心理に及ぼす影響を考察したものであり、混雑、満足、期待に関わる概念モデルを提示するとともに、自然公園の利用特性に応じて、自然公園利用者の期待への影響が異なることを明らかにし、管理施策のあり方について論じたものと評価できる。本研究で得られた知見は、今後の自然公園利用や管理に関する研究および実践に大きな影響を与えるものと考えられ、学問上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/37412