学位論文要旨



No 216512
著者(漢字) 福嶌,陽
著者(英字)
著者(カナ) フクシマ,アキラ
標題(和) 暖地で早播き栽培した秋播性早生コムギ品種イワイノダイチの生育特性・収量形成に基づいた栽培技術の開発
標題(洋)
報告番号 216512
報告番号 乙16512
学位授与日 2006.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16512号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森田,茂紀
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 助教授 山岸,徹
 東京大学 助教授 山岸,順子
 東京大学 助教授 米川,智司
内容要旨 要旨を表示する

 暖地におけるコムギ作では,雨害による穂発芽や水稲作との作業競合を回避するために収穫期を早めることが強く求められている.そのための栽培技術としては早播き栽培が有効であることが示唆されてきたが,従来の暖地品種は春播性であるため,早播きすると茎立ちが早まり,凍霜害が発生したり穂数が減少して収量が低下する危険性が高かった.そこで,早播きしても茎立ちが早まらない秋播性早生コムギ品種イワイノダイチが暖地用品種として育成された.秋播性早生コムギを早播き栽培すると,従来の春播性コムギを標準播き栽培した場合と生育の様相が大きく異なることが予想され,それに対応した栽培技術を確立する必要がある.そこで,本研究においては,早播きした秋播性早生コムギのイワイノダイチの生育・収量特性を解明し,それに基づく栽培技術の開発を試みた.

第1部 イワイノダイチの生育特性と収量形成の解析

第1章 イワイノダイチの発育経過

 早播きしたイワイノダイチの発育経過の特徴を、播種期間を変えるとともに、春播性コムギ品種チクゴイズミと比較しながら検討した.早播区 (11月上旬播き) の成熟期は標準播区(11月下旬播き)よりも4日早い5月22日であり,入梅前の収穫が十分に可能であった.早播区におけるイワイノダイチの二重隆起形成期はチクゴイズミより22日も遅かったが,開花期は僅か3日遅れる程度で,成熟期はほぼ同じであった.発育期間を播種期から二重隆起形成期まで,二重隆起形成期から開花期まで,開花期から成熟期までの3つに分けて,それぞれの発育期間の長さとその期間の平均気温・平均日長との関係を解析した.播種期から二重隆起形成期までの発育日数は,チクゴイズミでは平均気温の上昇に伴って短くなったが,イワイノダイチでは平均気温に関係なくほぼ一定であった.二重隆起形成期から開花期までの発育日数は,両品種ともに平均気温および平均日長の増加に伴って短くなった.開花期から成熟期までの発育日数は,両品種ともに平均気温の上昇に伴って短くなったが,平均気温が同じ場合はイワイノダイチの方がチクゴイズミよりも短かった.以上の結果から,イワイノダイチとチクゴイズミでは少なくとも播種期〜二重隆起形成期および開花期〜成熟期の温度反応が異なっており,そのために,早播き栽培するとイワイノダイチはチクゴイズミよりも二重隆起形成期は遅れるが,成熟期はほぼ同じとなることが明らかとなった.

第2章 イワイノダイチの穂の発育

 イワイノダイチを早播きすると播種期〜頂端小穂形成期の日数がチクゴイズミより長くなり,これに伴い1穂小穂数が多くなった.一方,頂端小穂形成期〜開花期の日数は短く,これに伴い1小穂小花数が少なくなった.その結果,早播区における1穂小花数はイワイノダイチとチクゴイズミでほぼ同じになっていた.また,1穂小花数は頂端小穂形成期から開花期までの平均気温が低いほど少なかったことから,開花期が早くなる早播き栽培では1穂小花数が少なくなりやすいことが明らかとなった.

第3章 イワイノダイチの葉と茎の発育

 早播区における上位葉の葉身・葉鞘は,イワイノダイチでもチクゴイズミでも標準播区より短かった.これは,早播区では葉の伸長が低温によって抑制されるためと考えられる.一方,早播区における稈長は、両品種とも標準播区より長かった.これは,早播区で生育期間が長くなったことに伴い総葉数や伸長節間数が多くなったためと考えられる.品種間で比較すると,イワイノダイチの止葉の葉身・葉鞘はチクゴイズミより短く,葉身幅も短く,上位節間の長さが相対的に短いという特徴が認められた.このようなイワイノダイチの葉や茎の形態的特徴は,二重隆起形成期や茎立ち期はチクゴイズミより遅いが,開花期がほぼ同じであるという発育特性と関連していると考えられる.

第4章 イワイノダイチの分げつの発育

 イワイノダイチを早播きするとチクゴイズミより分げつの出現期間が長く,高位・高次の分げつが出現して分げつ数が多くなったが,無効分げつも多かった.品種や播種時期によらず,分げつの出現が停止するのは二重隆起形成期であり,分げつが有効化するか無効化するかがほぼ決まるのは頂端小穂形成期や茎立ち期であることが明らかとなった。このことから,分げつ数の推移は幼穂の発育や節間伸長の時期と密接に関連していると考えられた.個体当たりの分げつ数の推移は単位面積当たりの茎数の推移を規定しており,最高茎数は,イワイノダイチでは播種期が早いほど最高茎数が多かったが,チクゴイズミでは播種期による差異は認めらなかった.また,いずれの播種期においても最高茎数はイワイノダイチの方がチクゴイズミよりも多かったが,最高茎数が多いほど有効化率が低く,播種期や品種が違っても穂数には大きな差異は認められなかった.

第5章 イワイノダイチの収量形成

 早播区では開花期までの生育期間が標準播区より長いため、開花期における全乾物重が大きくなるが,全乾物重に占める葉重の比率が低いため,開花期におけるLAIは両区でほぼ同じであった.開花期における全乾物重は両品種でほぼ同じであったが,LAIはチクゴイズミよりイワイノダイチの方が大きかった.収量・収量関連形質についてみると,播種期を変えても穂数には差異が認められなかったが,播種期が早いと1穂小花数や1穂粒数が減少し,千粒重が増加する傾向が認められた.その結果,最終的な収量には早播区と標準播区とで差異が認められなかった.また,イワイノダイチはチクゴイズミと比較して,穂数がやや多く,千粒重は大きかったが,1穂粒数は少なかったため,収量はほぼ同等であった.コムギの子実重と開花期のLAIおよび総小花数との間には有意な正の相関関係が認められたが,開花期以降の平均気温や日射量との間には明確な関係が認められなかった.このことから,コムギの子実重は開花期までの生育量によって強く規定されていると考えられた.イワイノダイチとチクゴイズミのいずれの場合も,早播き栽培すると生育期間が長く,開花期までの生育量が十分に確保できるため,成熟期が早くなっても標準播区と同等の収量を得ることが可能と考えられた.

第2部 イワイノダイチの栽培技術の検討

第6章 後期重点施肥法がイワイノダイチの生育と収量に及ぼす影響

 後期重点施肥を行ったところ,イワイノダイチとチクゴイズミの両品種とも4カ年の中の2カ年で収量が対照区より高くなった.後期重点施肥の効果が認められた年には,登熟期間のSPAD値が高く推移し,1穂粒数が多くなる特徴が認められた.後期重点施肥の効果における品種間差異をみると,4カ年の中の3カ年で,イワイノダイチはチクゴイズミより総小花数が多く,これに伴い収量も多かった.これは,イワイノダイチの潜在的なシンクサイズが大きく,施肥時期が遅くても,総小花数を確保できたためと考えられる.以上の結果から,コムギの早播き栽培において収量を高めるためには,総小花数が多く,かつ登熟期間のSPAD値が高く推移することが必要であるが,イワイノダイチでは後期重点施肥を行うとこれらの点で効果的であることが明らかとなった.

第7章 疎播がイワイノダイチの生育と収量に及ぼす影響

 イワイノダイチを疎播すると,最高分げつ期におけるLAIおよび乾物重は標播区より小さかったが,開花期におけるLAI,全乾物重,および総小花数は両区でほぼ同じであった.このことから,疎播しても開花期の段階では標播と同等の収量を得る条件を備えることが可能と判断された.開花期の両区における茎葉部をみると,疎播しても稈長,節間数,節位別節間長には標播した場合と比較して大きな差異は認められなかったが,穂,葉,節間直径は標播より大きかった.また,疎播すると登熟期間のSPAD値が標播した場合より高く推移した.収量・収量構成要素をみると,疎播すると標播した場合より穂数は少ないが,1穂粒数は多く,千粒重は同等であり,その結果、収量はほぼ同じか,やや大きかった.また,疎播すると標播よりも耐倒伏性が優れていると考えられた.以上の結果から,イワイダノダイチを早播き栽培する場合には標播より疎播の方が安定して高い収量が得られると考えられる.

 以上,本研究の結果,秋播性コムギ品種イワイノダイチを早播き栽培した場合の生育・収量特性が解明され,それに対応した栽培技術として後期重点施肥と疎播が有効であることが明らかとなった.本研究の成果を踏まえて各地域に適応した品種を選択し,適切な栽培管理を行うことによって,早期収穫と安定多収を同時に実現することが可能と考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 暖地のコムギ作では、雨害や水稲作との作業競合を避けるために収穫期を早めることが必要で早播き栽培が有効と考えられるが、従来の春播性品種を早播きすると茎立ちが早く、穂数が減少して収量が低下しやすいため、早播きしても茎立ちが早まらない秋播性品種のイワイノダイチが育成された。しかし、秋播性早生品種を早播き栽培すると春播性品種を標準播き栽培した場合と生育が大きく異なると考えられ、そのための栽培技術を確立する必要がある。そこで本研究では、早播き栽培したイワイノダイチの生育・収量特性を解明するとともに、それに基づいて栽培技術の開発を検討した。

1.生育特性と収量形成の解析

 秋播性品種イワイノダイチと春播性品種チクゴイズミの生育特性と収量形成を比較した結果、早播区(11月上旬)の成熟期は標準播区(11月下旬)より4日も早かった。早播の二重隆起形成期はイワイノダイチの方が22日遅かったが、開花期は約3日の遅れ、成熟期はほぼ同じであった。発育段階別に日数と平均気温・平均日長との関係を解析した結果、早播き栽培するとイワイノダイチで二重隆起形成期は遅れるが、成熟期はほぼ同じことが明らかとなった。

 イワイノダイチを早播きすると、チクゴイズミより頂端小穂形成期までの日数が長く、1穂小穂数が多かったが、開花期までの日数は短く、1小穂小花数は少なく、その結果、早播区における1穂小花数は両品種でほぼ同じであった。頂端小穂形成期から開花期までの平均気温が低いほど1穂小花数が少なかったことから、開花期が早い早播き栽培では1穂小花数が少なくなりやすいことが明らかとなった。

 早播区における上位葉は両品種とも短く、稈長は長かった。これは、生育期間の長短や気温の影響と考えられる。イワイノダイチの方が止葉は短く、上位節間は短い傾向が認められた。これらの特徴は、二重隆起形成期や茎立ち期はチクゴイズミより遅いが、開花期がほぼ同じであることと関連していると考えられる。

 イワイノダイチを早播きすると分げつの出現時期が長く、分げつ数は多かったが、無効分げつも多かった。分げつが有効化するかどうかは頂端小穂形成期・茎立ち期に決まり、穂の発育や節間伸長と密接に関連すると考えられる。播種期が早いほどイワイノダイチの最高茎数は多いが、チクゴイズミでは差がなかった。播種期に関係なくイワイノダイチの方が最高茎数は多かったが有効化率が低く、穂数は播種期や品種で大きく変らなかった。

 早播区は標準播区より開花期までが長く、開花期の乾物重は大きいが、葉重比率が低く、LAIはほぼ同じであった。開花期の乾物重は両品種でほぼ同じだが、LAIはイワイノダイチの方が大きかった。穂数に播種期の影響は認められないが、播種期が早いと1穂小花数や1穂粒数が減少し、千粒重が増加する傾向が認められた結果、両区の収量に差異はなかった。イワイノダイチの方が穂数はやや多く、千粒重は大きいが、1穂粒数は少なく、収量はほぼ同じであった。コムギの子実重・開花期のLAIの総小花数との間に有意な正の相関関係が認められ、子実重は開花期までの生育量に強く規定されると考えられた。早播き栽培すると両品種の生育期間が長く、開花期までの生育量が確保でき、成熟期が早くても標準播区と同等の収量を得られると考えられる。

2.栽培技術の検討

 後期重点施肥すると両品種とも4年中2年で対照区より収量が高かったが、登熟期間のSPAD値が高く、1穂粒数が多かった。4年中3年でイワイノダイチの方が総小花数は多く、収量も多かったが、潜在的なシンクサイズが大きく、施肥時期が遅くても総小花数を確保できたためと考えられる。早播き栽培して収量を高めるためには総小花数が多く、登熟期間中のSPAD値が高い必要があるが、イワイノダイチで後期重点施肥すると効果的なことが明らかとなった。

 イワイノダイチを疎播すると、最高分げつ期のLAIと乾物重は標播区より小さかったが、開花期のLAI、乾物重、総小花数は両区でほぼ同じで、疎播しても開花期の段階では標播と同等の収量を得られると考えられる。疎播すると、登熟期間のSPAD値は標播より高かった。また、穂数は少ないが、1穂粒数は多く、千粒重は同等で、収量はほぼ同じか若干高かった。耐倒伏性が優れている可能性もあり、イワイダノダイチを早播き栽培する場合、標播より疎播の方が安定多収を得られると考えられる。

 以上,本研究の結果、秋播性コムギ品種イワイノダイチを早播き栽培した場合の生育・収量特性が解明され、栽培技術として後期重点施肥と疎播とが有効であることが明らかとなった.この成果を踏まえて、各地域に適応した品種を選択し、適切な栽培管理を行えば、早期収穫と安定多収を同時に実現できると考えられる.これらの知見は学術上また応用上、きわめて価値が高い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)に値するものと認めた。

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