学位論文要旨



No 216513
著者(漢字) 中井,正晃
著者(英字)
著者(カナ) ナカイ,マサアキ
標題(和) 食品由来のポリフェノールの構造と生体調節機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 216513
報告番号 乙16513
学位授与日 2006.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16513号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 客員助教授 松本,一朗
内容要旨 要旨を表示する

 近年、食品には栄養や嗜好とは別に生体調節面での働き(機能)あり、これが生活習慣病のリスク軽減につながることから、大きな関心が寄せられている。なかでも香料や色素として古くから使用されてきたポリフェノールの機能に関する成果は目覚しい。本研究では、我々が長年にわたり食用としてきたもののうち、産業的にも重要なゴマ、ウーロン茶、海藻という互いに異質の食資源に由来するポリフェノールを対象に、その構造と機能の関係について新たな知見を得たので以下に論述する。

1.ゴマ由来ポリフェノール'セサミン'

 ゴマは古くから身体に良いものとして世界中で広く食されており、脂質やタンパク質に富み、各種ビタミン・ミネラル、食物繊維などの栄養素も含まれ、非常に栄養価の高い食品と言える。近年、このゴマ種子中に上記以外の成分としてセサミンをはじめとするリグナン類が見出され、その有用性が報告されている。リグナンとはp-ヒドロキシフェニルプロパン単位がカップリングした化学構造を有する低分子化合物の総称で、なかでもセサミンは主要なゴマリグナンである。今までにセサミンの抗酸化活性をはじめとする多様な生理活性が報告されているものの、その作用メカニズムについては不明であった。本研究では、セサミンの生体内での代謝を明らかにし、セサミンの作用メカニズムの一端を証明した。すなわち、図1に示したように、セサミンは肝臓でP-450の作用を受け、構造中のメチレンジオキシフェニル基がカテコール基に変換された化合物群に代謝されることが明らかとなった。なお、セサミンの立体異性体であるエピセサミンも同様の代謝を受けることを確認した。

 この代謝物のin vitroでの抗酸化活性を評価した結果、表1に示したように強力な活性が認められた。ここで注目すべき点は、セサミンそのものでは抗酸化活性を発揮せず、体内で代謝され変換されて初めて活性を示すことであり、いわば'機能性プレカーサー'としての挙動を示すことが明らかとなった。

 このようにセサミンカテコール体(図1の化合物1、2)は優れた抗酸化作用を有しているので、これらを工業的に大量生産することは、新規な機能性食品素材の創製に有効である。しかしながら通常の合成法では多段階の工程を必要としていたが、374℃、30秒間の超臨界水分解反応をセサミン(セサミンとエピセサミンの混合物)に対して行うことで、1ステップでセサミンカテコール体が得られることを見出した(図2)。

2.ウーロン茶由来ポリフェノール'OTPP'

 ウーロン茶は16世紀にはじめて中国で作られた代表的な茶であり、半発酵という独特の製造方法において、酵素反応や熱重合反応によりカテキン類が複雑に重合したウーロン茶重合ポリフェノール(Oolong Tea Polymerized Polyphenols; OTPP)が生成されると言われている。ウーロン茶にはリパーゼ阻害にもとづく抗肥満作用があることが報告されているが、OTPPの関与については詳細な検討はなされていない。そこでOTPP及びウーロン茶に含まれる種々のポリフェノールのリパーゼ阻害作用における構造活性相関を検討した。OTPPは図3に示すようにウーロン茶に含まれる疎水性が高い画分であり、ゲルろ過分析により、重量平均分子量が約2000程度であることが判明した。

 In vitroでのリパーゼ阻害活性を検討したところ、OTPPのIC(50)は0.28μg/mlとなり、ウーロン茶(IC(50):0.91μg/ml)、緑茶(IC(50):1.28μg/ml)よりも強い活性を示した。ウーロンホモビスフラバン類などウーロン茶に含まれるポリフェノール化合物(54種類)についてリパーゼ阻害活性を測定したところ、主に分子内にガロイル基を有することが阻害活性の強度と相関することが判明した。OTPPをタンナーゼ処理し、分子内のガロイル基を切断したところ、IC(50)は1.38μg/mlに減少したが、ある程度の活性は保持していたので、ガロイル基の存在と重合がリパーゼ活性発現に寄与していることが示唆された。

3.海藻由来ポリフェノール'フロロタンニン'

 我が国は多種多彩な海産物資源を有し、魚介類に限らず、コンブ、ワカメ、ヒジキなどの海藻を副食原料や備蓄用の食糧として利用してきた。また海藻に含まれる成分、例えば、水溶性食物繊維であるアルギン酸は、賦形剤や安定剤の原料として利用されているなど、各種産業へ応用展開されている。一方、海藻にも陸上植物と同様にポリフェノールが含まれるが、その構造は、フロログルシノールに代表される単純ポリフェノールを構成単位としたフロロタンニンと呼ばれ、いわゆるフラボノイド類とは化学的特性が異なる。フロロタンニンに関する研究はあまりなされておらず、本研究では、食品分野への応用を目指し、その構造と生理活性について検討を行った。すなわち、25種類の海藻抽出物のラジカル捕捉活性を検討した結果、Sargassum ringgoldianum(和名:オオバモク)に非常に多くのフロロタンニンが含まれ、スーパーオキシドアニオンラジカルに対する強力な消去作用を有することを見出した。MALDI−TOF MSによる分析結果などにより、オオバモク由来のフロロタンニンは、既に報告されているビフハロールのオリゴマーで、3量体(C(36)H(26)O(21);m/z 794)、4量体(C(48)H(34)O(28);m/z 1058)、5量体(C(60)H(42)O(35);m/z 1322)、6量体(C(72)H(50)O(42);m/z 1586)、7量体(C(84)H(58)O(49);m/z 1850)、8量体(C(96)H(66)O(56);m/z 2114)であることが示唆された。ラジカル消去活性を評価した結果、フロロタンニンが、オオバモク抽出物が示す抗酸化作用の活性本体であり、カテキンよりも強い活性であることが判明した(表2)。

 以上、3種類の異なるポリフェノールの構造と生理活性についての研究をまとめた。ゴマとウーロン茶のそれぞれが示す既知の生理活性については、その作用メカニズムがポリフェノールに起因することを証明した。この成果は、それぞれの食材由来のポリフェノールを強化した食品の生活習慣病リスク軽減効果の具体的なエビデンスを付与するものである。一方、産業上の未利用素材であるフロロタンニンについては、まだ研究が途上段階であるものの、ラジカル消去作用において高いポテンシャルを持つことを明らかにし、新規な機能性食品素材への展開が期待できる。

図1. セサミンの代謝経路

表1. 各種代謝物の抗酸化活性

図2. セサミン/エピセサミンの超臨界水分解反応

図3. ウーロン茶のHPLCクロマトグラム

表2. オオバモク抽出物のO2消去活性

審査要旨 要旨を表示する

 食品の生体調節機能が生活習慣病のリスク軽減につながることから、大きな関心が寄せられている。そのなかでポリフェノールの機能に関する研究成果は目覚しいが、構造との関連性を論じた研究はまだ不十分と言わざるを得ない。本論文では、長年に亘って食用とされ、産業的にも重要なゴマ、ウーロン茶、海藻という互いに異質の食資源に由来するポリフェノールを対象に、その構造と機能の関係についての研究をまとめたものである。

 第1章では、ゴマに含まれるリグナン化合物であるセサミンの抗酸化活性メカニズムを解明した成果が述べられている。すなわち、セサミンは肝臓の酵素によって構造中のメチレンジオキシフェニル基がカテコール基に変換された化合物(2種)、さらにフェノール性水酸基の一部がメチル化を受けた化合物(2種)といった計4種類の代謝物に変換されることを明らかにした。In vitroでの抗酸化活性を測定した結果、分子内にカテコール基を有するセサミン代謝物は強力な抗酸化活性を示した。このセサミン代謝物(カテコール体)の優れた抗酸化作用に着目し、新しい食品素材を創製することは非常に有用であると考え、これらの代謝物を工業的に生産する方法の確立を目指した。その結果、超臨界水を用いた分解反応を行えば、セサミンから1ステップでカテコール体が得られることを見出した。

 第2章では、ウーロン茶の抗肥満作用メカニズムを解明すべく、54種類のポリフェノールのリパーゼ阻害活性に対する構造活性相関を検討した。その結果、分子内のガロイル基の存在やポリフェノールの重合化が活性増強に必要であることを突き止めた。また、半発酵という特徴的な製造方法によって生じるウーロン茶重合ポリフェノール(Oolong Tea Polymerized Polyphenols; OTPP)に着目し、その一斉分析法を確立するとともに、強いリパーゼ阻害活性を示すことを見出している。また、胸管リンパ管瘻ラットを用いた研究により、OTPPは代表的な茶カテキンであるエピガロカテキンガレートよりも強く脂肪吸収を抑制することを明らかにした。更には、OTPP強化ウーロン茶は、健常人における高脂肪食負荷後の血清中性脂肪の上昇を有意に抑えることを示した。

 第3章では、25種類の海藻抽出物のラジカル消去活性を検討した結果、ホンダワラ科の褐藻類であるオオバモク(Sargassum ringgoldianum)に他の海藻よりも際立って多くのフロロタンニンが含まれ、O2-に対する強力な消去作用を有することを見出した。MALDI-TOF MS分析により、このフロロタンニンは、ヘキサヒドロキシフェニルエーテルであるビフハロールの3量体(C(36)H(26)O(21);m/z 794)から8量体(C(96)H(66)O(56);m/z 2114)までの混合物であり、更にO2-消去活性を評価した結果、IC5(0)=1.0 μg/mlとなり、オオバモクの抗酸化作用における活性本体であることが示唆された。また、フロロタンニンに対して、超臨界水分解反応を行ったところ、1,2,3,7,9‐ペンタヒドロキシジベンゾフランと1,3,7,9‐テトラヒドロキシジベンゾフランの2種類の化合物に分解されることが判明した。これらのO2-消去活性を測定した結果、カテキンと同程度の活性を示すことが判明し、超臨界水分解技術を用いれば、抗酸化活性を保持したままフロロタンニンを低分子化することができ、新たな食品素材が創製できる可能性を示した。

 以上要するに本論文は、ゴマとウーロン茶のそれぞれが示す既知の生理活性については、その作用メカニズムがポリフェノールに起因することを証明しており、それぞれの食材由来のポリフェノールを強化した食品の生活習慣病リスク軽減効果の具体的なエビデンスを付与するものである。また、産業上の未利用素材であるフロロタンニンについては、まだ研究が途上段階であるものの、ラジカル消去作用において高いポテンシャルを持つことを明らかにしている。更には、ポリフェノールの構造と生理活性のみならず、産業への応用展開を見据え、'超臨界水'という未だ食品産業では実用化がなされていない技術に着目し、超臨界水中でのポリフェノールの構造変化に関する研究に着手し、食品加工プロセスにおいて超臨界水技術の適応を検討する価値について考察しており、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク