学位論文要旨



No 216514
著者(漢字) 岩切,亮
著者(英字)
著者(カナ) イワキリ,リョウ
標題(和) 食用酵母 Candida utilis におけるセルフクローニング形質転換系に関する研究
標題(洋)
報告番号 216514
報告番号 乙16514
学位授与日 2006.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16514号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 Candida utilisは産業的に重要な酵母である。本酵母は、生育に補欠成分などを必要とせず、グルコースによるCrabtree効果を示さないことから、安価な培地による高密度連続培養が可能である。また、蛋白質や核酸の生産性も高く、食飼料用のタンパク質源等として、またグルタチオン、CoA、NAD等の医薬品原料の生産株としても広く工業的に利用されてきた。さらにC. utilisは米国食品医薬品局(FDA)から認可された安全性の高い食用酵母でもあり、有用物質の工業的な生産に適した宿主として期待される。

 しかし、本酵母が二倍体で条件変異を付与しにくく、胞子形成能を持たないことなどの理由から、宿主・ベクター系の開発が遅れていた。現在、C. utilisで利用可能な宿主DNA由来の選択マーカー遺伝子としては、薬剤耐性を付与する変異型リボソーム蛋白質遺伝子と、栄養要求性を相補するURA3ホモログ遺伝子とが知られるのみである。実用的には宿主に制約されない薬剤耐性マーカーがよく、安定性の点からそれらを染色体上に組込むことが要求される。

 本研究では、有用酵母の分子育種を最終目標とし、C. utilisのDNAを基にした新たな薬剤耐性マーカーの作製と、それを用いたC. utilisのセルフクローニング形質転換系の開発を目的とした。

1. 自律複製起点(ARS)の取得と構造の解析

 C. utilisのARSは既にいくつか取得されており、最も短いものでも1.8kbpを切ると著しく効率が低下すると報告されている。まず、スクリーニングに利用可能な効率的形質転換ベクターを構築する為に、コンパクトで活性の高いARSの取得を試みた。C. utilisでは酢酸リチウム法のDNA導入効率が低いため、形質転換にはエレクトロポレーションが用いられてきた。C. utilis AHU3053株が酢酸リチウム法で効率良く形質転換できることを見い出し、操作性を考慮しこの株を宿主として用いた。

 C. utilis IAM4264株のゲノムライブラリーを用いて、C. utilis内でのプラスミド複製能の付与を指標にARSのスクリーニングを行った。IAM4264株のゲノムをSau3AIで部分消化し、C. utilisで機能するG418耐性カセット(kanMX)を有する大腸菌用クローニングプラスミドへ挿入してゲノムライブラリーを作製した。98個のG418耐性コロニーから形質転換効率の高い5つのプラスミドを選抜した。インサートの短縮化を行い、103形質転換体/μg DNA以上の効率を示す、1490bpと552bpのDNA断片をARS3とARS4からそれぞれ取得した。

 酵母Saccharomyces cerevisiaeにおけるARSの機能単位は100-150bpであり、この中によく保存された11bpのACS(ARS consensus sequence)が見い出されている。取得したDNA断片中にはS. cerevisiaeのACSと同じ配列がいくつか存在したが、欠失変異体の解析からARS活性に必須ではないことが示された。また、ARSの最少機能単位はS. cerevisiaeのARSの数倍大きいことから、C. utilisのARSはユニークな特徴をもつことが示唆された。これらのARSは他のC. utilis株でも機能し、実用的なベクターに利用可能であった。

2. C. utilisのYap1ホモログ遺伝子の単離とその選択マーカーとしての利用

 YapIは、酵母S. cerevisiaeにおける各種ストレスに応答する転写因子で、その過剰発現により宿主にシクロヘキシミド(CYH)などの薬剤耐性を付与する事が可能である。C. utilisのYap1ホモログ遺伝子をクローニングし、形質転換の選択マーカーとしての有効性を検証した。

 Degenerate PCRにより作成したプローブを基にC. utilis IAM4264のゲノムDNAよりYAP1ホモログ遺伝子(CuYAP1)をクローニングした。この遺伝子は438アミノ酸をコードしており、現在明かとなっているYap1ホモログの中では最小であった。Yap1とは全長で28.7%の相同性を示し、Yap1ホモログの特徴であるbZip領域、および2つのCRD(cysteine rich domain)で極めて高い相同性を有していた。

 先に取得したARSを有するプラスミドのglyceraldehyde 3-phospate dehydrogenase遺伝子プロモーター(CuPgap)下流にCuYAP1を連結し、C. utilis AHU3053株に形質転換した結果、CYH選択圧下で3.8×103形質転換体/μg DNAの耐性コロニーが出現し、形質転換のマーカーとして機能することを確認した。一方、S. cerevisiaeのYAP1をCuPgap制御下で高発現させるプラスミドではC. utilisの形質転換体は得られなかった。

 CuYAP1を高発現させたC. utilis株は、この他カドミウムやフルコナゾールにも高い耐性を示した。さらにCuYAP1をS. cerevisiaeで過剰発現させたところ、各種薬剤耐性能を付与でき、CuYap1はYap1と機能的にも類似していることを確認した。

3. CuYAP1の発現に適したプロモーターの単離とその構造と機能の解析

 さらに高効率な形質転換系の開発を目指し、CuPgapよりもマーカー遺伝子CuYAP1の発現に適したプロモーターの単離を試みた。CuYAP1をレポーターとしたC. utilis IAM4264のゲノムライブラリーから、CYH耐性を指標にしてプロモーターのスクリーニングを行った。制限酵素によりインサートの短縮化を行い、CuPgapより宿主に高濃度のCYH耐性を付与する、P2-1-2(0.5kbp)とP2-33-2(1.4kbp)を取得した。これらを有するプラスミドはCuPgapのものより5-10倍高い形質転換効率を示した。プロモーター下流のDNA断片をinverse PCRにより取得し塩基配列を解析した。予想されるアミノ酸配列を基に相同性検索を行った結果、P2-1-2、P2-33-2は、ともにリボソーム蛋白質をコードする遺伝子RPL31、RPL29のプロモーターと推定された。

 各プロモーター下流にlacZを連結し、これらをC. utilisの染色体上に組込んだ株を作製して、lacZをレポーターとしてプロモーター活性を解析した。CYHのない条件ではP2-1-2とP2-33-2の転写活性はCuPgapの1/10以下であった。一方、最少阻止濃度未満(0.5-2 μg/ml)のCYH存在下では、CuPgapの転写活性は生育の再開まで抑えられるのに対し、取得したプロモーターでは増殖に先立ち転写が活性化され、CYHのない時に比べて約5倍転写量が上昇した。P2-1-2ではCYHの他にもBlasticidin SやHygromycin Bなどでも転写が誘導された。

 取得したプロモーターでCuPgapよりも形質転換効率が高いのは、CYH存在下での誘導特性によるものと考えている。選択圧のない条件では誘導されないので宿主細胞への負担が少なく、薬剤耐性遺伝子の発現に適したプロモーターと言える。

4. 非相同組換えによる染色体への遺伝子導入

 REMI(restriction enzyme mediated integration)法は、in vivoでの制限酵素の作用によりDNAを染色体へ導入する方法で、酵母S. cerevisiaeで初めて報告された。組込みのターゲット配列を用いない染色体への導入法として、C. utilisでも実施可能か検討した。供試DNAには、相同組換えの頻度を抑える為、ターミネーター成分をCuGAP由来とした、キメラカセットP2-1-2-CuYAP1-CuTgapを用いた。HindIIIで両端を消化したキメラカセットを酢酸リチウム法でC. utilis AHU3053株へ形質転換したところ、環状DNAを用いた時の約13倍のCYH耐性株が得られた。18株の染色体DNAについてサザンハイブリダイゼーションによる解析を行い、17株でHindIIIにより回収されるキメラカセットを検出した。しかし、全ての株でその他にHindIIIでは切り出せない複数のバンドを検出した。よって、形質転換は典型的なREMIとは異なる機構で染色体へ組込まれていることが推察された。

 HindIIIとは異なる切断面を生じる制限酵素でも頻度に差はあるが形質転換が可能であった。ただしベクターを切断しないと効率は著しく低下するので、組込みには直鎖状にする必要があった。また、制限酵素を失活させて、切断したDNAのみを用いても形質転換が可能であり、NHEJ(non-homologous end joining)で導入されているものと予想している。以上、相同配列を用いずに染色体上に遺伝子を導入する、C. utilisのセルフクローニング形質転換系を開発した。

まとめ

 本研究では、C. utilisで機能する自律複製起点(ARS)を取得した。また、転写因子CuYAP1とその発現に適したプロモーターとを取得し、C. utilisの形質転換に有効なマーカー遺伝子カセットを作製した。さらに、目的の遺伝子のみを直鎖状にして細胞に導入することでターゲット配列を用いずに染色体上に組込み可能であることを確認した。これらを基に形質転換効率の優れる自律複製型プラスミドを構築し、さらにはセルフクローニングの形質転換系を開発することができた。本研究の成果が有用酵母の分子育種や実生産株における有効変異点の解析に貢献することができれば幸いである。

審査要旨 要旨を表示する

 Candida utilisは安価な培地で高密度連続培養が可能な産業上重要な酵母で、核酸タンパク質やグルタチオン、CoA、NAD等医薬品原料の生産に広く利用され、食用酵母としてアメリカ食品医薬品局が認可し安全性が高い。しかし、遺伝学的解析がほとんどできず、菌株改良は従来からのランダムな変異の集積のみによってきた。本菌をより高度に利用するためには、上記の特長を削ぐことのないセルフクローニング形質転換系の開発が必須である。本論文は、本菌DNAのみからなる選択マーカーや遺伝子導入法の開発と基礎的解析に関する研究をまとめたもので、4章から成る。

 本菌の特性や研究の現状と目的を解説した序論に続く第1章では、自律複製起点(ARS)の取得と構造解析について述べている。数例報告があるC.utilisのARSは最小でも1.8kbとされていたが再検討が必要と考え、より小型のARSの探索を行なった。数少ない既知遺伝子塩基配列からグリセロアルデヒド3-リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(CuGAP)のプロモーターとターミネーターを選出し本菌で細菌のG418耐性マーカーが機能しうるようにし、Sau3AI部分消化のゲノムライブラリーを構築して、形質転換効率が高いプラスミドを選抜した。この探索と組合せて多くのC.utilis菌株を調べAHU3053株が酢酸リチウム法で効率良く形質転換できることを見い出した。98個のG418耐性コロニーから挿入断片の短縮化を行い、103形質転換体/μg以上の効率を示す、1490bpと552bpのDNAを取得した。酵母Saccharomyces cerevisiaeのARS最小単位は100-150bpで、11bpの必須な共通配列(ACS)を含むが、取得した配列中のACS類似配列はARS活性に寄与せず、最少機能領域も数倍大きいことから、C.utilisのARSは独自の特徴をもつことが分かった。これらは他のC.utilis菌株でも機能した。

 第2章では、C.utilisのYap1ホモログ遺伝子の単離とその選択マーカー化について述べている。汎用的マーカーとして優性の薬剤耐性遺伝子が望まれるが、遺伝解析ができない本菌ではその取得が困難である。S.cerevisiaeでは各種ストレスに応答する転写因子Yap1の高発現がシクロヘキシミド(CYH)などの多剤耐性を誘導することから、C.utilisのYAP1ホモログ(CuYAP1)をクローニングした。438アミノ酸の産物は、Yap1ホモログ中で最小だが、特長的な領域は極めて高く保存されていた。CuGAP1とCuYAP1の組合せで、3.8×103形質転換体/μg DNAの効率で選択マーカーとして機能することを認めた。形質転換体はカドミウムやフルコナゾールにも高い耐性を示した。CuYAP1はS.cerevisiaeで過剰発現させると多剤耐性となるが、逆にS.cerevisiaeのYAP1はC.utilisで機能しなかった。

 第3章では、選択マーカーとしてのCuYAP1の発現に適したプロモーターの単離と解析が述べられている。G418耐性マーカーに比べると、CuYAP1マーカーは選択効率が低い。CuYAP1依存のCYH耐性を指標にプロモーター探索を行ない、CuGAPより形質転換効率が5-10倍高いプロモーター、P2-1-2(0.5kbp)とP2-33-2(1.4kbp)を取得した。下流のDNA断片の解析から、それぞれリボソーム蛋白質RPL31とRPL29遺伝子のプロモーターと推定された。lacZをレポーターとしてプロモーター活性を解析すると、CYHがないとP2-1-2とP2-33-2の転写活性はCuGAPの1/10以下だが、CYH存在下では、CuGAPの転写は抑えられるのに対し、約5倍転写が上昇した。この誘導特性から形質転換効率は高く、形質転換体取得後は誘導しなければ宿主の負担が少ない優れた選択マーカーである。

 第4章では、非相同組換えによる染色体への遺伝子導入について述べている。制限酵素作用によりDNAを染色体へ導入するREMI法の条件検討中に、線状化したキメラカセットP2-1-2-CuYAP1が、制限酵素に依存せず、効率よく染色体のさまざまな位置に挿入されることを発見した。耐性を与えるために挿入断片は多コピー化していた。詳細な機構は不明だが、C.utilis染色体上に遺伝子の直接導入が可能である。

 以上、本論文は酵母C.utilisの実用的な育種を可能にするセルフクローニング形質転換系を構築・解析しており、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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