学位論文要旨



No 216516
著者(漢字) マリア アレハンドラ キローガ
著者(英字) Maria Alejandra Quiroga
著者(カナ) マリア アレハンドラ キローガ
標題(和) T-2トキシン中毒に関する病理学的研究
標題(洋) Pathological Study on T-2 Toxin Intoxication
報告番号 216516
報告番号 乙16516
学位授与日 2006.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第16516号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 T-2トキシンはFusarium属の様々な真菌が産生する細胞障害性二次代謝産物である。これらの真菌は耕作地または貯蔵庫内でトウモロコシ、小麦、大麦、米を汚染する。農産品のT-2トキシン自然汚染は多くの国で記録され、いまだに重要な大問題である。T-2トキシンは人ならびに産業動物にカビ毒症状あるいは進行性の疾病を起こす。T-2トキシンの毒性はこれまで多くの動物種において研究されているが、とくにブタは他の動物種よりT-2トキシンに対する感受性が強いといわれている。ところがブタのT-2トキシン症の病理学的研究はほとんど行われていない。T-2トキシンは造血器系、リンパ系および消化器系に病変を形成し、また生殖器系では機能低下を誘発する。このうち肝臓および胃腸管における病変についてはいくつか報告がある。加えて、カビ毒は免疫システムを障害することで、感染症を悪化させるともいわれている。アルゼンチンではT-2トキシン中毒ともにトキソプラズマ症もブタの生産に打撃を与える疾患である。

 このような点を明らかにするため、本研究では、まず最初にT-2トキシン中毒豚について病理学的検索を行った。次いで比較病理学的な見地に立ち、T-2トキシン投与マウスの肝臓と胃腸管の詳細な病理学的検索を行った。さらに、低用量のT-2トキシンまたはアフラトキシンB1の反復投与が実験的にトキソプラズマを接種したマウスの脳病変を増悪するかどうかを調べた。

1.ブタにおけるT-2トキシンの急性毒性

 T-2トキシンを経口投与したブタの全身臓器について病理学的検索を行った。T-2トキシンを2または2.5 mg/kg BW投与したブタは嘔吐などの臨床症状を示した。病理学的には膵臓腺房細胞、心臓心筋線維および副腎皮質細胞の壊死がみとめられた。これらの変化はいずれも低血流量性のショックに引き続いた二次性の病変と考えられた。胃では粘膜浅層の出血、胃腺狭部と腺房部の腺細胞壊死が観察された。T-2トキシンは腸粘膜から吸収され、血流に乗って最初に胃に到達するためと考えられた。腸では結腸陰窩の上皮細胞がT-2トキシンに対して最も感受性が高く、次いで十二指腸、空腸の陰窩上皮細胞であった。回腸と盲腸は比較的抵抗性であった。このように腸の部位によって粘膜のT-2トキシンに対する感受性が異なったことは、粘膜を構成する細胞の感受性あるいは腸の微小フローラによるT-2トキシンの毒性修飾が各部で異なるためと考えられた。陰窩上皮細胞の多くが壊死したのに対し粘膜表面の上皮細胞は無傷のままであった。これは陰窩と粘膜表面の上皮細胞の増殖活性の違いによるものであろう。胸腺、脾臓、パイエル板などのリンパ系組織も同様に傷害されていた。また、上述の消化管病変の進行にはアポトーシスのメカニズムが関与していることが明らかになった。

2.マウスにおけるT-2トキシンの急性肝毒性

 マウスにおけるT-2トキシン(10 mg/kg BW経口投与)の急性肝毒性を投与48時間後までしらべた。血液生化学的パラメーターのうちGOT、GPT、LDH、血糖値、血清脂肪値、血清タンパク値は投与後8から24時間まで顕著に上昇したが、他は正常範囲内であった。一方で、肝臓の過酸化脂肪レベルは投与後48時間までは引き続いて増加したのに、肝臓のanilin hydroxylase活性は減少していた。グリコーゲンの消失による肝細胞の好酸性化と肝細胞密度の上昇が投与後8時間にみとめられた。これらの変化は投与後16時間にピークとなり、その後肝小葉周囲に限局するようになった。電子顕微鏡観察により、ミトコンドリアの濃縮と変形、粗面小胞体におけるリボソームの減少、グリコーゲンの減少などの変化が肝細胞に観察された。以上のように亜致死量のT-2トキシンは顕著であるが一過性の肝傷害を惹起すること、および血液生化学値の変化は肝臓の組織変化と相関することが明らかになった。

3.T-2トキシン誘発胃腸病変

 T-2トキシンを経口投与したマウスでは、腸管で胃より先にアポトーシスが起こった。胃ではアポトーシスは最初粘膜表層上皮細胞に生じ、その後腺胃の主細胞へと進展した。腺胃の壁細胞にアポトーシスは観察されなかったが、空胞化と細胞内小管の拡張がみとめられた。腸管では、アポトーシスは陰窩上皮細胞および固有層とパイエル板のリンパ球にもみとめられた。陰窩上皮細胞のアポトーシスは腸のどの部位でも観察されたが、大腸より小腸の方がより顕著であった。分裂細胞数はアポトーシス細胞数が増加する時期に顕著に減少したが、その後は両者とも徐々にコントロールのレベルに戻った。しかし、T-2トキシン投与後のアポトーシス細胞数は投与前の細胞分裂数と必ずしも平行していなかった。

4.Toxoplasma gondii慢性感染マウスにおけるT-2トキシンまたはアフラトキシンB1投与の影響

 本章ではT-2トキシンまたはアフラトキシンB1の低用量反復投与がマウスの実験的トキソプラズマ症にどう影響するかをしらべた。マウスにToxoplasma gondiiのBeverley株を接種し、1ヶ月後に上記のマイコトキシンを50日間胃内に投与した。マイコトキシン投与マウスでは非投与マウスに比べて体重増加率が減少していた。T. gondiiに対する特異的IgGはマイコトキシン投与マウスでも検出された。マイコトキシン投与マウスでは病理組織学的に重度の髄膜脳炎がみとめられた。病変部には非破裂シストあるいは破裂シストがみとめられた。破裂したシストの周囲にT. gondiiの虫体が免疫組織化学法により検出された。低用量のT-2トキシンとアフラトキシンB1の両方を35日間投与したマウスでは、HE染色でシストの破裂は明瞭ではなかったが、免疫染色でT. gondiiの虫体抗原が病変部に検出されたのでシストが破壊されていることが推察された。以上より、低用量のマイコトキシン反復投与はそれのみでは明瞭な臨床的変化を起こさないが、トキソプラズマ慢性感染マウスではシストを破裂させ、慢性トキソプラズマ症を誘発した。

 本研究の結果は、T-2トキシンで誘発される肝臓および胃腸管病変の性質を明らかにし、アルゼンチンで問題になっているブタのT-2トキシン中毒症解明に大きく貢献するものである。加えて、T-2トキシンおよびアフラトキシンB1が同様に大きな問題である慢性トキソプラズマ症の再燃に深く関与していることも明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 T-2トキシンはFusarium属の真菌によって産生される細胞障害カビ毒で、トウモロコシ、小麦、大麦、米などの穀物が汚染される。T-2トキシンは汚染穀物を食べた人や家畜に重篤な中毒症状をおこす。畜産国であるアルゼンチンではその被害はとくに深刻である。家畜のなかでも、とくに豚はT-2トキシンに感受性が高いが、豚における病理学的研究は非常に少ない。T-2トキシンは造血器、免疫系臓器、肝臓、消化管、生殖器などに病変を形成するが、免疫系臓器の傷害によってToxoplasma症などの感染症にもかかりやすくなる。このような状況を踏まえて、本研究では(1)T-2トキシン投与豚の急性病理組織変化、(2)T-2トキシン投与マウスの急性肝組織病変、(3)T-2トキシン投与マウスの急性消化管組織病変、および(4)T-2トキシンとアフラトキシンB1のToxoplasma gondii慢性感染マウスに対する影響についてしらべ、動物におけるT-2トキシン中毒の病理発生機序について、顕著な成果を得た。

(1)T-2トキシン投与豚の急性病理組織変化

 豚にT-2トキシン1.5から2.5 mg/kg を経口的に投与し、16から35時間後に臓器を採材した。組織学的には、膵臓腺房細胞、心筋線維、副腎皮質細胞の壊死が観察されたが、これらはトキシン投与のショックによる二次的病変と考えられた。胃粘膜では浅層の出血、粘膜上皮細胞の壊死が観察された。腸では粘膜表層は正常であったが、陰窩上皮が壊死しており、増殖活性の高い細胞の高感受性が示された。また、結腸、十二指腸、空腸の順で感受性が高く、回腸と盲腸はより抵抗性であった。細胞の感受性の相違に加えて、T-2トキシンの毒性が腸内細菌叢によって修飾されることもその原因と考えられた。胸腺、脾臓、リンパ節、パイエル板などのリンパ系臓器でも壊死性の病変がみられた。これらの壊死病変はアポトーシスと関連していると考えられた。

(2)T-2トキシン投与マウスの急性肝組織病変

 5週齢の雄ICRマウスにT-2トキシンを10 mg/kg経口投与し、8から48時間後に臓器を採材した。血中のGOT、GPT、LDH、糖、脂質、タンパク質は8から24時間後に上昇したが、48時間後には正常値に戻った。一方肝ではaniline hydroxylase値は低下、lipid peroxide値は上昇した。組織学的には投与後8時間で肝細胞の濃縮性変化(好酸性化)、グリコーゲン含量低下が観察された。これらの変化は16時間後に最大となり、肝小葉全域に拡がった。電子顕微鏡的にはミトコンドリアの濃縮、変形、リボソーム減少をともなう小胞体の異常、グリコーゲン顆粒の減少などが観察された。これらの変化は24時間後に回復傾向を示した。T-2トキシン投与は肝酵素値の上昇をともなう急性の肝臓病変を誘発することが明らかにされた。

(3)T-2トキシン投与マウスの急性消化管組織病変

 上記と同様の実験デザインで得た胃と腸の標本を観察した。胃では粘膜細胞の変性、壊死が投与後8時間後からみられ始め、24時間後には顕著になった。48時間後には粘膜の糜爛、出血も観察された。腺胃部のアポトーシス指数(AI)は投与後24時間でピークを示した。腸では陰窩の細胞がアポトーシスを示した。十二指腸と回腸のAIはT-2トキシン投与8時間後に最大値を示したが、盲腸では16時間後であった。これら腸管陰窩細胞の細胞分裂指数はAIと逆相関を示した。経口摂取されたT-2トキシンは十二指腸から回腸の陰窩細胞にアポトーシスをおこし、次いで胃の粘膜細胞を傷害することが明らかになった。

(4)T-2トキシンとアフラトキシンB1のToxoplasma gondii慢性感染マウスに対する影響

 マウスにToxoplasma gondi、Beverly株のタキゾイト約500個を腹腔内に接種した。感染マウスにT-2トキシン(0.5 mg/kg)またはアフラトキシン(0.1 mg/kg)をそれぞれ55日間または35日間胃内に投与し、脳病変を観察した。マイコトキシン投与マウスではグリア結節、血管周囲性細胞浸潤、神経細胞死などの髄膜脳炎の病変が増強された。また、Toxoplasmaの破裂または非破裂シストの数もマイコトキシン投与により増加した。T-2トキシンなどのマイコトキシン汚染はToxoplasma症を増悪することが明らかになった。

 本研究は、全世界的に、とくに畜産国アルゼンチンで、深刻な問題となっている豚T-2トキシン中毒の病理発生の一端を明らかにした。その結果は、T-2トキシン中毒の予防法を検討するための基礎的知見として極めて重要である。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク