学位論文要旨



No 216517
著者(漢字) 恩田,賢
著者(英字)
著者(カナ) オンダ,ケン
標題(和) 乳牛の乳腺における副甲状腺ホルモン関連蛋白質(PTHrP)に関する研究
標題(洋)
報告番号 216517
報告番号 乙16517
学位授与日 2006.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第16517号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 小川,博之
 東京大学 教授 西原,真杉
 東京大学 助教授 松木,直章
 麻布大学 教授 和田,恭則
内容要旨 要旨を表示する

 副甲状腺ホルモン関連蛋白質(PTHrP)はヒトの肺癌株化細胞から見いだされた液性因子で、141個のアミノ酸からなる蛋白質である。本蛋白質は悪性腫瘍にともなう高カルシウム血症の原因物質の一つとして同定され、各種の腫瘍細胞から産生・分泌される液性因子であることが判明している。また、PTHrPは皮膚、ケラチノサイト、中枢神経、副甲状腺、膀胱、血管平滑筋、胎盤、子宮、授乳期の乳腺など多くの正常組織に存在することも明らかとなっている。PTHrPはN末端アミノ酸13残基のうち8残基がPTHと同一で、PTHレセプター(PTH/PTHrPレセプター)と結合し、PTH様作用を表す。したがって、PTH様作用には一般的にPTHrPのN末端が重要と考えられているが、乳腺ではPTHrP[1-108]や[1-141]など数種のPTHrPが産生されることからC末端の重要性が示唆されている。とくに、C末端ペプチドには骨吸収抑制作用が、また中間部のフラグメントには胎盤におけるカルシウム(Ca)の能動輸送に関連すると報告されている。牛では乳汁ならびに胎仔に多量のCa移送が必要であり、この不均衡は高泌乳牛に認められる低Ca血症の重要な因子と考えられている。一方、様々な動物で乳汁中のPTHrP濃度が著しく高いことが認められており、PTHrPは乳腺においてCa輸送に重要な役割を示すものと推測されているが、その実態は未だ明らかとはなっていない。

 そこで、牛の乳腺におけるPTHrPの発現とその作用について、まず第1章では周産期の乳腺におけるPTHrP mRNAならびにPTHrPの発現を、ついで第2章では周産期の乳腺におけるPTH/PTHrPレセプターmRNAの発現を、また第3章ではC端を含む牛PTHrP[1-141]を合成し、これをスタンダードとして測定した乳汁中PTHrPとCaとの関連を、さらに第4章では乳腺におけるCa輸送に対するPTHrPの作用についてin vitroで検討した。

第1章. 周産期の乳腺におけるPTHrP mRNAならびにPTHrPの発現

 泌乳期および非泌乳期の乳腺、ならびに周産期の乳腺におけるPTHrP mRNAの発現をホルスタイン種乳牛11頭、ジャージー種乳牛1頭を用いて検討した。すなわち、泌乳期ならびに乾乳期の牛それぞれ5頭から局所麻酔下で乳腺組織を採取した。また、周産期の乳腺組織をホルスタイン種1頭ならびにジャージー種1頭から分娩前2ならびに3週と分娩後は2週おきに4回採取した。得られた乳腺組織について牛PTHrPのDNA配列を基に作成したプライマーを用いてRT-PCRでPTHrP mRNAの発現量を測定した。その結果、分娩前のPTHrP mRNAの発現はホルスタイン種ならびにジャージー種いずれにおいても低いものであったが、分娩後増加し、分娩後5-6週でピークを示した。また、その値はホルスタイン種に比較してジャージー種で高かった。一方、免疫組織学的に観察したPTHrPは、泌乳中の乳腺上皮細胞と管腔に認められ、非泌乳期の乳腺では認められなかった。したがって、PTHrPは牛の乳腺上皮細胞で産生・分泌され、乳汁分泌にともなって増加し、乳汁中に分泌されることが明らかとなった。これらのことから、乳腺で産生・分泌されるPTHrPは乳腺ならびに乳汁中へのCa輸送に関連するものと推測された。

第2章. 周産期の乳腺におけるPTH/PTHrPレセプターmRNAの発現

 第1章の結果から、乳腺におけるPTHrPの産生・分泌は泌乳にともなって増加することが明らかとなったが、PTHrPの作用発現に必須のレセプターの発現は不明である。そこで、牛各組織ならびに周産期の乳腺におけPTH/PTHrPレセプターmRNAの発現を乳牛で検討した。すなわち、妊娠していない乾乳期のホルスタイン種1頭から乳腺をはじめ心臓、肺臓、肝臓、脾臓、腎臓、子宮、卵巣、骨格筋、大脳、小脳、舌、食道、第1胃、第2胃、第3胃、第4胃、十二指腸、回腸、盲腸、結腸、ならびに直腸を採取した。また周産期の乳腺組織はホルスタイン種1頭、ジャージー種1頭から第1章と同様の方法で採取した。PTH/PTHrPレセプターmRNAの発現は、報告されているヒトPTH/PTHrPレセプターのDNA配列を基に合成したプライマーを用いて検討した。その結果、PTH/PTHrPレセプターmRNAは各組織で発現しており、とくに肝臓、脾臓、腎臓、子宮、卵巣、乳腺、第三胃、盲腸で、その発現が強かった。また周産期の乳腺では、PTHrP mRNAの発現が分娩後、泌乳にともなって著しく増加するのに対し、PTH/PTHrPレセプターmRNAの発現は周産期を通じて一定で、とくに変動は認められず、その発現には哺乳刺激、乳汁分泌による影響は少ないと考えられた。したがって、乳腺にはPTH/PTHrPレセプターが発現しており、乳腺で産出・分泌されるPTHrPによりCa輸送が調節されていると推測された。

第3章. 乳汁中のPTHrPとCaとの関連

 第1章、第2章の結果から、乳腺ではPTHrPが産生・分泌され、また乳腺にはPTH/PTHrPレセプターが発現しており、PTHrPが乳腺におけるCa輪送を調節していると推測された。そこで第3章では、乳汁中のPTHrPとCaとの関連を検討した。また、乳腺のCa代謝調節にはPTHrPのC端側のアミノ酸配列が重要と考えられていること、また一般にスタンダードとして用いられるPTHrP[1-87]はC端側のPTHrP[1-141]と抗体との交差反応性が異なることから、牛PTHrP[1-141]を合成し、スタンダードとして用いてPTHrP濃度を測定した。まず、周産期の血中PTHrPならびにCaの乳腺への取り込みについてジャージー種1頭を用いて、血中PTHrPならびにCa濃度について乳腺における動静脈差、すなわち腹腔動脈ならびに乳房静脈から血液を採取し、検討した。血中Ca濃度はこれまでの報告と同様に分娩前後に一過性の減少が認められたが、その低下時にCa濃度の動静脈差は認められず、乳腺への取り込みは明らかではなかった。一方、血中PTHrP濃度はいずれの時期においても検出限界以下(0.28pM/L)で動静脈差を検討することはできなかった。ついでホルスタイン種9頭について血中PTHrPの動静脈差を検討するとともに、乳汁中のPTHrPならびにCa濃度について検討した。その結果、血中PTHrPの動静脈差は周産期のそれと同様いずれも検出限界以下であった。一方、乳汁中のPTHrP濃度は著しく高く(平均27,200 ± 7,920pM/L、範囲14,900 pM/L 〜 41,200pM/L)、またCa濃度も著しい高値(平均1,000 ± 135mg/L、範囲772mg/L 〜 1,200mg/L)を示した。さらに、乳汁中のPTHrP濃度とCa濃度との間には有意な正の相関(p<0.01)が認められ、乳腺のPTHrPは乳汁中のCa濃度の調節に関与しているものと考えられた。

第4章. 乳腺におけるCa輸送に対するPTHrPの作用

 第3章の結果から、乳腺のPTHrPは乳汁中へのCa輸送に関連すると考えられたので、乳腺におけるPTHrPのCa輸送に対する作用を、初代培養乳腺上皮細胞をコラーゲンコートした膜上で培養し、標識したCa(45)の移送について、開発したin vitroの系で検討した。すなわち、乾乳期の乳腺組織をコラゲナーゼで消化し、プロラクチン、インスリン、コーチゾン存在下で培養して乳腺上皮細胞を得た。得られた乳腺上皮細胞をコラーゲンコートした膜上で培養し、チャンバー法(内側のチャンバーは乳腺上皮細胞で外側のチャンバーと接する)により、標識したCa45を内側あるいは外側のチャンバーに加え、PTHrPを添加した際の外側あるいは内側チャンバー溶液中のCa45濃度を測定することで、Ca移送に対するPTHrPの影響を検討した。その結果、内側のチャンバーにPTHrPを添加した場合には無添加の場合に比較して、外側チャンバー内溶液中のCa45濃度が増加した。また、外側チャンバーにPTHrPを添加した場合には無添加と比較し、内側チャンバー内溶液中のCa45濃度が増加した。したがって、乳腺上皮細胞を透過するCaの方向性を明らかにすることはできなかったが、PTHrPは乳腺上皮細胞のCa移送を促進していることが明らかとなった。したがって、乳腺で産生・分泌されるPTHrPは乳腺上皮細胞に作用し、そのCa輸送を調節していると考えられた。

 以上のことから牛の乳腺ではPTHrPが産生・分泌され、乳汁中に分泌されるとともにPTHrPはオートクラインあるいはパラクラインにより、乳腺上皮細胞に作用し、乳汁中へのCa輸送に密接に関連すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 副甲状腺ホルモン関連蛋白質(PTHrP)は悪性腫瘍にともなう高カルシウム血症の原因物質であるが、乳腺を含む多くの正常組織に存在することが明らかとなっている。PTHrPはN末端アミノ酸13残基のうち8残基がPTHと同一で、PTHレセプター(PTH/PTHrPレセプター)と結合し、PTH様作用を表す。また中間部のフラグメントには胎盤におけるカルシウム(Ca)輸送に関連する。牛では乳汁ならびに胎仔に多量のCa移送が必要であり、この不均衡は高泌乳牛に認められる低Ca血症の重要な因子と考えられている。一方、様々な動物で乳汁中のPTHrP濃度が著しく高いことが認められており、PTHrPは乳腺においてCa輸送に重要な役割を示すものと推測されているが、その実態は明らかでない。本論文は、牛の乳腺におけるPTHrPの発現とその作用について検討したもので、緒論ならびに総括を除いた以下の4章から構成されている。

 第1章では、泌乳期および非泌乳期、周産期の乳腺におけるPTHrP mRNAの発現量をホルスタイン種乳牛11頭、ジャージー種1頭を用いて検討している。その結果、分娩前のPTHrP mRNAの発現量はホルスタイン種ならびにジャージー種いずれにおいても低いものであったが、分娩後増加し、分娩後5-6週でピークを示した。一方、免疫組織学的に観察したPTHrPは、泌乳中の乳腺上皮細胞と管腔に認められ、非泌乳期の乳腺では認められず、PTHrPは乳腺上皮細胞で産生・分泌され、乳汁分泌にともなって増加し、乳汁中に分泌されることを明らかにしている。

 第2章では、PTHrPの作用発現に必須のPTH/PTHrPレセプターmRNAの発現をクローニングしたPTH/PTHrPレセプターcDNAの遺伝子配列に基づいて作成したプライマーを用いて検討している。PTH/PTHrPレセプターmRNAは乳腺をはじめ各組織で発現しており、とくに肝臓、脾臓、腎臓、子宮、卵巣、乳腺、第三胃、盲腸でその発現が強かった。また周産期の乳腺組織では、周産期を通じて発現しており、その発現には哺乳刺激、乳汁分泌による影響は少ないと考えている。

 第3章では、乳汁中のPTHrPとCaとの関連を検討している。すなわち、周産期乳腺へのCa取り込みについて腹腔動脈ならびに乳房静脈の濃度差を検討し、分娩前後に血中Ca濃度の一過性の減少を認めたが、その低下時にCa濃度に動静脈差はなく、乳腺への取り込みは明らかではなかった。一方、合成した牛PTHrP[1-141]をスタンダードとしてPTHrP濃度を測定した血中PTHrP濃度はいずれの時期においても検出限界以下(0.28 pM/L)であった。ついでホルスタイン種乳牛9頭について乳汁中のPTHrPならびにCa濃度について検討した。その結果、乳汁中のPTHrP濃度は著しく高く(平均27,200 ± 7,920pM/L、範囲14,900pM/L ~ 41,200pM/L)、またCa濃度も著しい高値(平均1,000 ± 135mg/L、範囲772mg/L ~ 1,200mg/L)を示した。さらに、乳汁中のPTHrP濃度とCa濃度との間に有意な正の相関(p<0.01)を認め、乳腺のPTHrPは乳汁中のCa濃度の調節に関与していると考えている。

 第4章では、乳腺上皮細胞におけるPTHrPのCa輸送に対する作用を、初代培養乳腺上皮細胞をコラーゲンコートした膜上で培養し、(45)Caの移送について開発したin vitroの系で検討している。その結果、内側のチャンバーにPTHrPを添加した場合には無添加の場合に比較して、外側チャンバー内溶液中の(45)Ca濃度が増加し、外側のチャンバーにPTHrPを添加した場合には無添加と比較し、内側チャンバー内溶液中の(45)Ca濃度が増加することから、PTHrPは乳腺上皮細胞のCa移送を促進していることを明らかにしている。

 以上のことから牛の乳腺ではPTHrPが産生・分泌され、乳汁中に分泌されるとともにPTHrPはオートクラインあるいはパラクラインにより、乳腺上皮細胞に作用し、乳汁中へのCa輸送に密接に関連すると考えている。

 このように、本論文は未だ明らかにされていない乳腺組織PTHrPの乳腺上皮細胞におけるCa輸送を促進する作用を明らかにしたものである。その内容は、獣医学の学術上貢献するものであり、よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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