学位論文要旨



No 216518
著者(漢字) 塩原,朝子
著者(英字)
著者(カナ) シオハラ,アサコ
標題(和) スンバワ語の文法
標題(洋)
報告番号 216518
報告番号 乙16518
学位授与日 2006.04.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 第16518号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野,善道
 東京大学 教授 熊本,裕
 東京大学 教授 林,徹
 帝京平成大学 教授 湯川,恭敏
 東京女子大学 教授 大角,翠
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、インドネシアの言語の一つ、スンバワ語の包括的な記述を行う。

 第1章ではスンバワ語に関する社会言語学的状況、先行研究、および本研究の基盤である筆者自身の調査について述べる。

 第2章、第3章は以降の章の導入である。第2章では音韻の概略を、第3章では文法の概略を示す。

 第4章では形態論を扱う。まず、1節でスンバワ語における形態素の分類(語根、接辞の定義)を行う。次に2節で語形成について述べる。ここでは、この言語の語形成には接頭辞による派生、「特に強い強勢」の付加による派生、重複、複合があることを示す。

 第5章では文の構造を扱う。1節では文の成分(述部、補語、副詞成分)と構成要素(名詞句、副詞句、前置詞句、動詞句)を規定する。

 2節から4節では1節で規定した文の構成要素のうち、名詞句、副詞句、前置詞句についてそれぞれ述べる。

 5節から7節では単文の構造について述べる。5節では述部の主要部が動詞以外である文について、6節では述部の主要部が動詞である文について、その主要な成分である述部と補語の現れ方を中心に述べ、7節では単文一般における副詞成分の現れ方について述べる。

 8節では名詞節の構造を、9節では動詞連続を扱う。また、10節では否定詞、限定詞、叙法辞の現れ方について触れる。

 第6章では述部の構成要素であるアスペクト・モダル辞および否定詞の機能を扱う。

 1節ではアスペクト辞、モダル辞について述べる:1.1ではアスペクト辞ka「完了」の機能を、1.2ではモダル辞ya「先行する状況との結びつき」の機能を、1.3ではモダル辞ma「願望」の機能を、1.4ではモダル辞na「ある状況が成立しないことへの願望」の機能を扱う。

 2節では否定詞noとsiong'について述べる。2.1ではnoの機能を扱い、2.2ではsiong'の機能を扱う。

 第7章では、文の成分の一部あるいは文全体の一部として現れ、アスペクトやモダルに関する内容を表す要素、叙法辞の機能を扱う。1節では四つの叙法辞ke'「不確定」、mo「起動、妥当」、po「必要な条件」、si「対比」を提示し、その機能の概略を述べる。2節ではke'「不確定」の機能を、3節ではmo「起動、妥当」の機能を、4節ではpo「必要な条件」の機能を扱う。5節では、ke'「不確定」、mo「起動、妥当」、po「必要な条件」が、文中の位置によっては談話の焦点をあらわすことを示す。6節では叙法辞si「対比」の機能を扱う。

 第8章では複文の構造を扱う。1節では複文の分類を行う。2節では、名詞節を含む複文を扱う。3節では、文が名詞節を形成せずに名詞句内の修飾成分として機能する場合を扱う。4節と5節では、従属文のうち、接続詞を伴わないものを扱う:4節では通常の単文と同様の形で現れる従属文について述べ、5節では、主文の成分の一つと従属文の主語または目的語(に相当する要素)が同一指示であり、その「共通の要素」が従属文中には現れない場合について述べる。6節では従属文のうち接続詞が文頭に現れるものを扱う。

 第9章では指示詞(ta「近称」、nan「中称、定」、to'「現場指示」、ana「遠称」、me'「不特定」の5つ)について述べる。1節で指示詞の機能の概略を提示し、2節で先行研究および近隣の言語の状況について触れる。3節では指示詞の形態論的、統語的機能を扱い、指示詞が語形成や統語的機能の面で他のどの語類とも異なる一つの文法カテゴリーを形成していることを示す。4節では指示詞の用法を扱う:4.1では場面指示における用法を、4.2ではときを表す用法を、4.3では文脈指示的用法を扱う。また、4.4ではta「近称」の物語における用法について述べる。4.1から4.4までの内容を受け、4.5では個々の指示詞の基本的な機能について論じる。

 第10章では論文全体の総括を行う。

審査要旨 要旨を表示する

 スンバワ語はインドネシアのスンバワ島で話されているオーストロネシア系の言語である。本論文は,現地でのフィールドワークに基づいて,この言語をはじめて包括的に記述したものである。

 インドネシアでは700以上の言語が話されているが,その大多数は研究が不十分である。スンバワ語も,インドネシア政府による文法書と地元研究者による若干の研究があるものの,音声・音韻,形態についての記述が中心で,統語と意味の記述はほとんどなされていない。本研究は,形態記述を精密化するとともに,統語と意味に関する本格的な記述を行なったものである。

 本論文の第3章までは導入部で,その中心は第4章以降の文法論にある。

 まず,第4章は形態論で,主に語形成を扱う。具体的には,語形成に関わる6つの接辞を取り上げ,その意味・用法を実例とともに詳細に記述している。

 第5章は文の構造を取り上げる。この言語は自動詞の他動詞化,他動詞の自動詞化はあるが,他動詞文におけるいわゆる「態」の転換は観察されない。スンバワ語は補語の語順が比較的自由で,多くの言語で態の転換によって示される意味的・談話的機能が語順によって担われていることを明らかにする。そして,他動詞を述部とする文における態のシステムの単純さこそが,スンバワ語を近隣の同系言語から区別する大きな特徴である,と明確に論じている。

 第6章では,述部内で否定,アスペクト,ムードなどを表わす文法的要素の意味を扱う。否定辞がアスペクト・ムードなどの要素と組み合わさって多様な否定形を生み出している点をこの言語の特徴として詳しく述べている。

 第7章では叙法辞の意味を分析する。4つの叙法辞を詳細に記述しているが,特に説得力を持つのが si の分析である。si は4つの異なる用法を持つが,いずれも何らかの「対比」を表わすものとして一般化することに成功している。

 第8章では複文の構造を取り上げ,関係節,補文,重文などを扱う。

 第9章は指示詞である。通常の近称,中称,遠称,不定称の他に,「場面指示」そのものを表わすto' の存在を指摘し,これを聞き手の関心を引く機能のみを持つ指示詞と位置付けている点が際立つ。

 この論文は,記述の繰り返しや,関連する事柄が別々に述べられている箇所があり,論述の構成に一工夫あればもっと分かりやすくなったものと思われる。しかしながら,ほとんど研究のなかった言語を自ら集めた資料に基づいて包括的に記述し,その特徴を明らかにした功績はその弱点をはるかに上回る。本審査委員会は,本論文が博士(文学)の学位に値するものと判断した。

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