学位論文要旨



No 216522
著者(漢字) 永峯,秀則
著者(英字)
著者(カナ) ナガミネ,ヒデノリ
標題(和) 遠心浮き水量に基づく自由水の同定とモルタルの流動性支配機構に関する研究
標題(洋) Research on the fluidity mechanism of the fresh mortar based on the free water which examined from volume of floated water of the fresh mortar
報告番号 216522
報告番号 乙16522
学位授与日 2006.04.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16522号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京工業大学 助教授 坂井,悦郎
 東京工業大学 講師 加藤,佳孝
内容要旨 要旨を表示する

 本来、コンクリートは、高い潜在耐久性能を持っているにもかかわらず、建設後、数年で補修を要する構造物が見られる場合があり、その一因として、コンクリートの充填不良が指摘されている。その原因の一端には人的要因も介在するため、非常に複雑な問題であるが、そればかりでなく、フレッシュコンクリートの流動性評価に関する問題点も内在していると考えられる。フレッシュコンクリートの流動性評価には、様々な要因が混在し、簡便で、かつ、正しくこれを評価することは困難である。その背景には、コンクリートに使用される材料の多様性、供用される環境条件の変化やコンクリート自身の経過時間に伴う物理的・化学的変化、あるいは、評価方法の確立が不十分であること等が考えられる。

 それに対して、流動機構解明や評価方法の検討に関して様々なアプローチの研究が行われている。例えば、粒子間ポテンシャルから始まり、液相組成、セメント化学、表面化学などからのミクロ的なアプローチであったり、マクロな性状を捉えた各種粘塑性式、固液混相系のレオロジーといったマクロ的なアプローチ等の研究が挙げられる。しかしながら、これらの研究結果が実務に生かされている例はほとんど無いと言え、経験則に基づく旧来的な配合設計や流動性評価が行われているのが現状である。包括的な流動機構の解明や有用性の高い評価方法あるいは配合設計手法の確立が望まれている。

 本研究は、マクロ的な特性である流動性状を、固体粒子の接触や接触の際の摩擦というミクロ的な視点で捉えることによって、これまで明らかではなかった粒子の分散・凝集状態や流動機構の本質に迫ることを目的としたものである。その有効な手段として、モルタルに遠心力を加えたときの浮き水量(遠心分離水量)から遠心分離水粉体容積比(WcsP,%)を定義し、このWcsPと流動性状の関係からWcsPの意味を詳細に分析し、流動性に寄与する水を表す指標として、新たに自由水比(WfP)を導き出した。同時に、これが粒子の接触頻度に相当する指標であるとの結論に至り、粒子の分散・凝集状態や固体粒子間摩擦を明らかにすることが可能となった。更には、流動性に寄与する水の概念を基に、水や高性能AE減水剤(SP)が流動性に与える影響を評価する事や、より合理的な流動性の評価手法の確立が可能となった。

 以下に、本論文の構成を簡単にまとめ整理する。

 第1章では、研究の背景について述べる。

 第2章では、以下の項目で分類する既往の研究について述べる。

(1)粒子間相互作用と分散・凝集

(2)粒子の分散・凝集とレオロジー

(3)自己充填コンクリートの配合設計に見る流動指標

(4)遠心脱水関連

 第3章では、本研究で提案する遠心力を加えたモルタルの浮き水量から得られるWcsPが示す意義および本研究のアプローチについて述べる。モルタルに適正な遠心力を作用させると、粒子に拘束されない水や粒子間の間隙に存在する水を除いた残りの水が、浮き水として分離可能である。この水は粒子間の空間を表す量であり、フレッシュモルタルの流動性状と関連性が高い水であると考えらる。これにより、流動性状に及ぼす水の役割を定量的に示すことが可能となり、更には分散剤の分散効果を定量的に評価することが可能となると考えられる。

 第4章では、主にWcsPと流動性状の関係について述べる。WcsPは、変形性(Γm)や粘性(Rm)といった流動性状と特徴的な関係を示し、また、配合条件に対しても特徴的な関係を示した。このことから、WcsPの持つ意義を詳細に考察した結果、以下の知見が得られた。

(1)WcsPとΓmは直線関係にあり、SP添加量(SP/C)に応じてその傾きと切片が変化し、この直線群は、Γmが負の領域で焦点を結ぶように位置した。この焦点におけるVw/Vpは、SP/Cによらずほぼ一定の値(72%)を示した。このことより、この焦点におけるモルタルの状態は、言うなれば"自由水がゼロ"の状態であり、この焦点を原点とするWcsPこそが、流動性に寄与する自由水を定義するべきものであることを明らかにした。

(2)同時に、この焦点以下のVw/Vpでは、配合(Vw/VpやSP/C)に依存せず流動性が一定であったことから、配合に依存せず一定の流動性に寄与しない拘束水(絶対拘束水)を見出した。

(3)このときの遠心加速度条件としては、概ね500〜1000G程度であれば、最適な加速度条件を求めなくとも、本来定義すべき焦点からのWcsPが自由水を示す指標(WfP)であり、十分に流動性を記述することが可能であることが分かった。

 第5章では、元来、流動性は粒子の接触頻度と摩擦によって決定づけられる性状であるとの観点から、第4章で得られた自由水を示す指標であるWfPを用いて、粒子の凝集状態や粒子間摩擦について考察した結果以下の知見が得られた。

(1)配合とWfPの関係から、SPの添加による凝集状態の変化について考察し、セメント分散系の凝集状態はSP添加量に応じて、強凝集領域・遷移領域・分散領域の3つの領域に区分することができることを示した。各領域における凝集状態の違いを簡潔に述べると、強凝集領域では、凝集体が多く存在し、ペンジュラーあるいはファニキュラー状態を残した状態、すなわち凝集体内部に水と非接触な面を有する凝集体も存在する状態であり、さらには、このときの凝集体は毛管力によって比較的に強い凝集力(凝集体の内部摩擦が大きい)を有していると考えられる。遷移領域では、このような凝集体内部の摩擦が大きい凝集体が徐々に減り、かつ、凝集体の凝集径自体も小さくなると考えられる。分散領域では凝集体内部は完全に濡れた状態で、凝集体の解消も頭打ちとなった定常状態であると考えられた。

(2)この凝集状態の領域区分は、WfPとRmの関係からもその妥当性が確認され、WfP-Rm関係におけるWfP-Rm直線のシフトおよび収束といった特徴的な変化が見られた。この変化は、SPによる凝集体の解消作用であり、粒子間摩擦の変化をもたらしていることを明らかにした。

(3)粒子間の摩擦は、凝集体表面摩擦と凝集体内部摩擦に区分され、変形性指標であるΓmは凝集体表面摩擦に支配され、粘性指標であるRmは凝集体内部摩擦に支配されていることを明らかにした。

 第6章では、第4章および第5章で述べた流動機構に関する概念が他の材料条件や環境条件においても適用可能か否かについて検証した。その結果、少なくとも対象としたペーストのケース、フライアッシュモルタルのケース、環境温度が異なる場合のセメントモルタルのケースにおいて、適応可能であると判断された。このことは、本概念がセメント分散系に限らず、一般の固液混相系の流動機構に対しても、適用可能であることを示唆するものである。また、WcsP-Γm関係の焦点位置やWcsP-Rm関係の収束線の位置は、それぞれの材料や環境条件の特性を反映していることが明らかとなった。

 第7章では、WfPが同定されたことによって、拘束水やSPが流動性状に与える影響を捉えることが可能となり、更に、このWfPによる流動性状の定式化を基に、新たな配合設計手法を提案することが可能であることを示す。

(1)拘束水を4つの観点で分類し、化学結合によって消費される拘束水(化学結合水)、固体粒子表面と水の双極子モーメントの相互作用などによって粒子表面に拘束される水(表面吸着水)、水和生成層が形成された際に水和生成層内で水和生成物の間隙に存在する拘束水(水和生成層内拘束水)、固体粒子を最密に充填した場合に粒子間に存在する水(峡間水)の4つに拘束水を分類した。絶対拘束水比を与える自由水がゼロの状態における拘束水を、仮定に基づいて上記の4つの拘束水に分類した結果、拘束水の内訳は、それぞれ15.8、0.6、21.9、61.7%と算定された。このことから、自由水がゼロの状態における粒子表面の水和と粒子の配列状態は、"水和生成層は非常に薄く、太くて短い結晶がセメント粒子表面の約半分の面積を覆っている"水和モデルとなり、この水和生成層で覆われた粒子がかなり密に配列したモデルとなった。また、Vw/Vpの増加による拘束水の増加を想定すると、自己充填モルタルおよび、普通モルタルの水和生成層厚は増し、針状結晶に近づくモデルとなることを示した。

(2)WfPが一定の場合において、任意のSP添加量におけるΓmとプレーンモルタルのΓmを比較することによって、SPの分散効果を定量的に示した。

(3)また、異なるSPを使用したケースにおいて、各々の分散効果や凝集構造の違いを明らかにした。このことは、分散機構に基づいた分散剤の材料設計が可能となることを示唆しており、本研究が工学的にも十分に意義があると考えられる。

(4)この流動機構を支配するWfPによる流動性状の定式化を基に、数多くのデータ取得を行わなくとも、簡易的に配合条件から流動性状を求める方法を提案し、実用上、十分な精度が得られることを示した。しかしながら、この配合設計手法の適用範囲については、材料の種類や環境条件のファクターをどのように盛り込むかなどの検討が十分ではなく、今後の課題として残っている。

 第8章は本論文のまとめである。

審査要旨 要旨を表示する

 コンクリート構造物の施工にとって、フレッシュコンクリートの流動性は極めて重要である。これまでの取組みにより、一定の練混ぜ・温度条件の下であれば、数少ない試験によって材料・配合要因と実現される流動性を関係付け、自己充てん性を含む任意の流動性を有するコンクリートをある程度効率的に配合設計することが可能になった。しかし、各種要因と実現される流動性状をつなぐ支配機構の詳細については十分には解明されていないこともまた事実である。粒子の凝集・分散、自由水と拘束水、接触確率と摩擦など、種々の微視的な観点から流動性状の説明が試みられてきたが、それらはいずれも傾向の定性的な考察に留まっており、流動性の支配機構の解明に向けた定量的な議論を十分深めるまでには至っていない。その最大の原因は、流動性の支配機構において最も重要な状態量と考えられる自由水が完全には捉えきれておらず、議論の拠り所が不確実なままであったことによると思われる。そして、複雑な流動性の支配機構の詳細はブラックボックスとして取り残され、各種条件に対する流動性の記述は統計的処理の格好の対象と看做されることもあった。また、流動性の支配機構が十分に解明されていないことは、試行錯誤を繰り返す化学混和剤の開発における効率性の追求や環境・製造条件が流動性に及ぼす影響の把握と制御等の多くの課題において、克服しなければならない壁として存在していた。このように、流動性の支配機構に関する理論研究には更なる発展の余地があり、一層の知識化に向けた本質的な取組みが必要であった。自己充てん性を有するコンクリートの発明とその配合設計方法の確立という偉大な成功の前に、その先の理論研究の意義を見出しにくかったことも、また事実と思われる。

 このような背景の下、本論文は自己充てんモルタルを主たる対象として、これまで概念的には論じられていたものの、従来の定義ではその有意性が十分には検証されていなかった自由水を実験的に捕捉し、流動性との関係の規則性から「流動に寄与する水」として自由水を同定する方法の確立を目指したものである。また、提案手法により厳密に定量した自由水の変化を拠り所として、高性能AE減水剤の添加に伴うセメント粒子の凝集構造の変化や、巨視的な物性としての流動性を支配する動力学的な特性としての摩擦の機構等について論じたものである。

 本論文では、まず、フレッシュモルタルに遠心力を加えたときの浮き水量(遠心分離水量)を取得して遠心分離水粉体容積比を定義し、これと変形性指標との特徴的な関係から、自由水の同定を試みた。その結果、高性能AE減水剤添加量を変化させたときの「遠心分離水粉体容積比−変形性指標」直線群が変形性指標が負の領域で焦点を結ぶという特徴的な関係を発見し、この規則性から、この焦点が自由水の原点に相当すること、および焦点からの遠心分離水粉体容積比が自由水比として定義するべき状態量であることを明らかにした。続いて、配合条件である高性能AE減水剤添加量および水粉体容積比に対する自由水比の変化を詳細に分析することにより、高性能AE減水剤添加量の変化に応じて、粒子の凝集・分散状態が、(1)強凝集領域、(2)遷移領域、(3)分散領域に区分できること、強凝集領域では液状水に接していない乾いた粒子面が存在し、この範囲では高性能AE減水剤の添加は自由水の減少をもたらすこと、遷移領域から分散領域にかけての凝集の解消は自由水の増加をほとんど伴わず、従来、凝集の解消は自由水の増加をもたらすと考えられてきた通説には修正が必要なことなどを明らかにした。さらに、高性能AE減水剤添加量の増加が、変形性指標の傾きには単調増加をもたらすのに対して、粘性指標の変化にはある添加量で頭打ちの傾向を示すことから、流動性を支配する摩擦には、凝集体表面摩擦と凝集体内部摩擦と称すべき性質の異なる2つの種類が存在し、変形性は凝集体表面摩擦に、また粘性は凝集体内部摩擦に支配されることを明らかにした。

 本論文の第1章では研究の背景を、第2章では既往の研究について述べている。第3章では、本論文で提案する遠心力を加えたモルタルの浮き水量から得られる遠心分離水粉体容積比が示す意義および本論文のアプローチについて述べている。第4章では、主に遠心分離水粉体容積比と流動性状の関係について述べ、特に遠心分離水粉体容積比と変形性指標との特徴的な関係から、自由水の同定方法を論じている。第5章では、自由水比を用いて、粒子の凝集状態や粒子間摩擦について考察している。第6章では、ペースト、フライアッシュモルタル、環境温度を変えた普通モルタルに提案手法を適用し、その有効性を論じている。第7章では、拘束水の解釈、高性能AE減水剤の分散効果の定式化、新たな配合設計手法の提案について論じている。第8章では、以上の検討内容をまとめ、本研究の結論を示している。

 以上、本研究は、基礎研究の観点から流動性の支配機構を定量的に明らかにした意義が極めて大きく、かつ実務における工学的な展開の道を大きく開き得る有用性に富む独創的な研究成果と評価できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50274