No | 216524 | |
著者(漢字) | 倉橋,透 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クラハシ,トオル | |
標題(和) | 首都圏における民間賃貸住宅の供給構造と税制の影響の研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 216524 | |
報告番号 | 乙16524 | |
学位授与日 | 2006.04.20 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第16524号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 都市工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 戦争直後の住宅難は戦後の経済成長や住宅政策の効果により、全体としては解消されてきた。一方、質的な向上は未だ十分ではなく、国民の要求水準に応えられるものになっていない。総務省統計局の「平成15年土地・住宅統計調査」によると、特に関東大都市圏の民間賃貸住宅は規模要因でみて最低居住水準未満居住世帯が13.7%であるなど居住水準で問題が多い。民間賃貸住宅の状況を改善するに当たっては、その需要構造及び供給構造の解明が必要である。 本研究は、そのうち供給構造に着目し、新築の民間賃貸住宅の供給が税制1にどのように影響されたか明らかにしようとするものである。具体的には、本研究では資本コスト2を用いて、民間賃貸住宅の経営及び供給、供給と税制との関係を検討した。 1 政策意図を持ったもの、及び相続税制等意図はしていないが、結果的に関係しているもの。 2 家主の投資判断を示す概念。投資にあたって最低限必要な利回りのこと。経済的償却率、金利水準、税制をその中に含むものであって、資本コストの変動をみることによりパラメーターの変動の影響を包括的にみることができる。 本研究は、全5章よりなる。 第一章では、本研究の目的と方法について述べた。 第二章では、首都圏3における民間賃貸住宅ストック及びフローの状況を概観し、また政策面から民間賃貸住宅の位置づけを行った後、住宅投資の資本コストに係る既存研究を整理した。その上で、本研究では民間賃貸住宅の資本コストは昭和55年から平成2年にかけてどう推移してきたか、また資本コストはその間民間賃貸住宅の供給にどう影響してきたか検討した。 3 本研究では、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県をとる。 本研究において定式化した資本コストの主たる特徴は以下2点である。 (1)既存研究では、収益を合計する期間を無限大としているが、本研究ではより実際的に家主は住宅の耐用年数である年までに限って家賃収入や費用を考えるものとして資本コストを算出した。また、既存研究と異なり、離散型で計算を行った。 (2)既存研究では家屋部分のみ考慮した資本コストを求めたものが多いが、本研究では土地を含めた資本コストを検討している。そのメリットとしては、土地に係る税制が貸家投資に与える影響をみることができる。一方、「土地に対する利回りは十分意識化していない」(森本(1977)4)とすれば、計測される資本コストが高めにでてくる可能性があるが、貸家市場が節税効果を前提にした市場であると考えれば合理的に説明できる。 4 森本信明「木造賃貸アパートの経営」ジュリスト増刊総合特集No.7『現代の住宅問題』1977年pp.250−254 第二章の検討の結果、以下のことが明らかになった。 (1)昭和62年に資本コストが前年の0.089から0.072に大きく低下したが、その原因として、地価上昇により資金のうち家屋に費やされる割合が下落したこと、貸家収益の上昇率(本研究では民営家賃の上昇率に等しいとしている)が大きくなったこと、限界所得税率及び限界住民税率の和が下落したことがあげられる。 (2)既存研究の一つとして岩田他(1987a)5の資本コストと比較すると、所得700〜750万円で岩田他(1987a)の資本コストは家屋の構造により0.0363〜0.0371、本研究では経済的償却率を除いた家屋のみ資本コストは0.05343である。その差は、税制パラメーターの違い等によるものと思われるが、本研究の方が妥当と考えられる。 5 岩田一政、鈴木郁夫、吉田あつし「住宅投資の資本コストと税制」経済企画庁経済研究所編集『経済分析第107号』1987年a pp.73−135 (3)資本コストが0.01低下すると民間賃貸住宅の着工は約4.1万戸増加する。 (4)民間賃貸住宅の着工が大きく伸びた昭和58年〜62年の増加要因についてみると、58、59年は若年人口の増加によっており、60〜62年は主に資本コストの低下によっている。 (5)昭和62年の都県別の資本コスト及び平均利回りを推計すると、平均利回りの方が低くなっている。これは、第三章で扱う相続税対策の効果が加味されていないこと、建築主が土地価額については十分なリターンを考えていない可能性もある。 ただし、本研究で示した資本コストはもとより元データの平均値をもとに計算したものであり、データにより上下1〜3%程度の幅があると考えるべきものである。 第三章では、第二章の資本コストに相続税を明示的に加味した上で昭和62年に東京区部で民間賃貸住宅を建設した場合の資本コストを推計し、資本コストの低下の状況、また資本コストの低下による着工戸数への影響を推計した。さらに資本コストの低下割合を用いて第二章の都県別の資本コストを低下させ、都県別の平均利回りと比較した。また相続税制を様々に変化させた場合の資本コストの変化を計測した。その結果、以下のことが明らかになった。 (1)相続税を考慮しない資本コストと相続税対策を加味した資本コストを比べると、後者は前者より配偶者が生存している場合(以下「ケース1」という)で9〜10%、配偶者が死亡しており代替わりする場合(以下「ケース2」という)で20〜23%低下する。 (2)ケース2の鉄骨造の場合相続税対策による着工戸数の増加は69,975戸で62年の首都圏の民間賃貸住宅着工戸数の20.8%を占めており、相続税制が民間賃貸住宅の供給を促進したといえる。 (3)第二章で求めた62年の都県別の資本コストを鉄骨造ケース2の比率で22%低下させ利回りと比較すると、ワンルームについては東京市部を除いて利回りに近いか、利回りを下回っているが、2DKについては利回りをなお上回っている。したがって、貸家建設による相続税の節税対策は、結果的に世帯用貸家よりもワンルームの供給に相対的に影響があったようにみえる。しかしながら、データの制約からワンルームの利回りは高めに、2DKの利回りは低めにでている可能性があり、規模別の計測及び比較については引き続き検討する必要がある。 (4)相続税制を変化させた場合の影響については、例えば相続開始前3年以内に取得した土地等又は建物等について取得価額により相続税を課税する場合には相続税対策の影響がなくなる。 第四章では、第二章の資本コストに市街化区域内農地を転用して民間賃貸住宅建設を行う場合における固定資産税、都市計画税及び不動産取得税に係る軽減措置を加えた上で、平成4年度に埼玉県、千葉県、神奈川県で住宅金融公庫から融資を受けて農地を転用し貸家を建設した場合の資本コストを計測し、軽減措置を加えた場合の資本コストの低下の状況を示した。 その結果、軽減措置を加えた資本コストは軽減措置を加えないものに対し鉄筋コンクリート造の場合4.7%低くなっていた。第三章では相続税の節税対策を加味したことにより、鉄筋コンクリート造の民間賃貸住宅の場合資本コストは9.4%(ケース1)ないし20.3%(ケース2)低下していたので、固定資産税等の軽減措置の影響は相続税の節税効果の半分ないし4分の1程度にとどまり、相対的に小さいものである。 第五章では、以上を要約したものである。 本研究から、なおデータについて検討すべき点はあるが資本コストと利回りの比較のみからは、相続税の節税対策は結果的に世帯用貸家よりもワンルームの供給に相対的には影響があったようにみえ、一方固定資産税等の軽減措置の影響は相対的に小さかったといえる。 今後の貸家市場を考えると、最低居住水準未満居住世帯及び誘導居住水準未満居住世帯が相対的に多い世帯人員3〜5人向け貸家の供給促進が必要であり、資本コストを低下させるため例えば3人世帯の誘導居住水準となりうる規模以上の貸家が建設されている敷地の相続税評価額を一層低減させる等の特例を考えるべきである。 | |
審査要旨 | 戦争直後の住宅難は戦後の経済成長や住宅政策の効果により、全体としては解消されてきた。一方、質的な向上は未だ十分ではなく、国民の要求水準に応えられるものになっていない。総務省統計局の「平成15年土地・住宅統計調査」によると、特に関東大都市圏の民間賃貸住宅は規模要因でみて最低居住水準未満居住世帯が13.7%であるなど居住水準で問題が多い。民間賃貸住宅の状況を改善するに当たっては、その需要構造及び供給構造の解明が必要である。 本研究は、そのうち住宅の供給構造に着目し、新築の民間賃貸住宅の供給が税制にどのように影響されたか明らかにしようとするものである。具体的には、本研究では資本コストを用いて、民間賃貸住宅の経営及び供給、供給と税制との関係を検討した。 本研究は、全5章よりなり、主要部は第二〜四章である。 第二章では、首都圏における民間賃貸住宅ストック及びフローの状況を概観し、また政策面から民間賃貸住宅の位置づけを行った後、住宅投資の資本コストに係る既存研究を整理した。その上で、本研究では民間賃貸住宅の資本コストは昭和55年から平成2年にかけてどう推移してきたか、また資本コストはその間民間賃貸住宅の供給にどう影響してきたか検討した。 本研究において定式化した資本コストの主たる特徴は以下2点である。 (1)既存研究では、収益を合計する期間を無限大としているが、本研究ではより実際的に家主は住宅の耐用年数である年までに限って家賃収入や費用を考えるものとして資本コストを算出した。また、既存研究と異なり、離散型で計算を行った。 (2)既存研究では家屋部分のみ考慮した資本コストを求めたものが多いが、本研究では土地を含めた資本コストを検討している。そのメリットとしては、土地に係る税制が貸家投資に与える影響をみることができる。一方、「土地に対する利回りは十分意識化していない」(森本(1977))とすれば、計測される資本コストが高めにでてくる可能性があるが、貸家市場が節税効果を前提にした市場であると考えれば合理的に説明できる。 第二章の検討の結果、以下のことが明らかになった。 (1)昭和62年に資本コストが前年の0.089から0.072に大きく低下したが、その原因として、地価上昇により資金のうち家屋に費やされる割合が下落したこと、貸家収益の上昇率(本研究では民営家賃の上昇率に等しいとしている)が大きくなったこと、限界所得税率及び限界住民税率の和が下落したことがあげられる。 (2)既存研究の一つとして岩田他(1987a)の資本コストと比較すると、所得700〜750万円で岩田他(1987a)の資本コストは家屋の構造により0.0363〜0.0371、本研究では経済的償却率を除いた家屋のみ資本コストは0.05343である。その差は、税制パラメーターの違い等によるものと思われるが、本研究の方が妥当と考えられる。 (3)資本コストが0.01低下すると民間賃貸住宅の着工は約4.1万戸増加する。 (4)民間賃貸住宅の着工が大きく伸びた昭和58年〜62年の増加要因についてみると、58、59年は若年人口の増加によっており、60〜62年は主に資本コストの低下によっている。 (5)昭和62年の都県別の資本コスト及び平均利回りを推計すると、平均利回りの方が低くなっている。これは、第三章で扱う相続税対策の効果が加味されていないこと、建築主が土地価額については十分なリターンを考えていない可能性もある。 ただし、本研究で示した資本コストはもとより元データの平均値をもとに計算したものであり、データにより上下1〜3%程度の幅があると考えるべきものである。 第三章では、第二章の資本コストに相続税を明示的に加味した上で昭和62年に東京区部で民間賃貸住宅を建設した場合の資本コストを推計し、資本コストの低下の状況、また資本コストの低下による着工戸数への影響を推計した。さらに資本コストの低下割合を用いて第二章の都県別の資本コストを低下させ、都県別の平均利回りと比較した。また相続税制を様々に変化させた場合の資本コストの変化を計測した。その結果、以下のことが明らかになった。 (1)相続税を考慮しない資本コストと相続税対策を加味した資本コストを比べると、後者は前者より配偶者が生存している場合(以下「ケース1」という)で9〜10%、配偶者が死亡しており代替わりする場合(以下「ケース2」という)で20〜23%低下する。 (2)ケース2の鉄骨造の場合相続税対策による着工戸数の増加は69,975戸で62年の首都圏の民間賃貸住宅着工戸数の20.8%を占めており、相続税制が民間賃貸住宅の供給を促進したといえる。 (3)第二章で求めた62年の都県別の資本コストを鉄骨造ケース2の比率で22%低下させ利回りと比較すると、ワンルームについては東京市部を除いて利回りに近いか、利回りを下回っているが、2DKについては利回りをなお上回っている。したがって、貸家建設による相続税の節税対策は、結果的に世帯用貸家よりもワンルームの供給に相対的に影響があったようにみえる。しかしながら、データの制約からワンルームの利回りは高めに、2DKの利回りは低めにでている可能性があり、規模別の計測及び比較については引き続き検討する必要がある。 (4)相続税制を変化させた場合の影響については、例えば相続開始前3年以内に取得した土地等又は建物等について取得価額により相続税を課税する場合には相続税対策の影響がなくなる。 第四章では、第二章の資本コストに市街化区域内農地を転用して民間賃貸住宅建設を行う場合における固定資産税、都市計画税及び不動産取得税に係る軽減措置を加えた上で、平成4年度に埼玉県、千葉県、神奈川県で住宅金融公庫から融資を受けて農地を転用し貸家を建設した場合の資本コストを計測し、軽減措置を加えた場合の資本コストの低下の状況を示した。 その結果、軽減措置を加えた資本コストは軽減措置を加えないものに対し鉄筋コンクリート造の場合4.7%低くなっていた。第三章では相続税の節税対策を加味したことにより、鉄筋コンクリート造の民間賃貸住宅の場合資本コストは9.4%(ケース1)ないし20.3%(ケース2)低下していたので、固定資産税等の軽減措置の影響は相続税の節税効果の半分ないし4分の1程度にとどまり、相対的に小さいものである。 本研究から、なおデータについて検討すべき点はあるが資本コストと利回りの比較のみからは、相続税の節税対策は結果的に世帯用貸家よりもワンルームの供給に相対的には影響があったようにみえ、一方固定資産税等の軽減措置の影響は相対的に小さかったといえる。この結果から、今後の貸家市場を考えると、最低居住水準未満居住世帯及び誘導居住水準未満居住世帯が相対的に多い世帯人員3〜5人向け貸家の供給促進が必要であり、資本コストを低下させるため例えば3人世帯の誘導居住水準となりうる規模以上の貸家が建設されている敷地の相続税評価額を一層低減させる等の特例を考えるべきであることが提言できる。 このように具体的な住宅政策提案につなげることのできる貴重な定量的分析を行った本研究の学術的存在意義は大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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