学位論文要旨



No 216527
著者(漢字) 毛呂,俊夫
著者(英字)
著者(カナ) モロ,トシオ
標題(和) 工具性能向上のための表面改質放電加工
標題(洋)
報告番号 216527
報告番号 乙16527
学位授与日 2006.04.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16527号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 高増,潔
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,工具性能向上のための表面改質放電加工(EDC: Electric Discharge Coating)に関するものであり,実用的な表面改質放電加工法を確立することを目的としている.

複合構造体電極法による表面改質放電加工

 材料の高機能化,低コスト化のため,最近では蒸着法によるCVD,PVDによって,TiC,TiN,TiCN,TiCNAlなどが施され,加工現場に定着している.

 一方,放電加工に関しても,付着や電極材の移行現象が確認されており,これを応用した表面改質加工が毛利らによって複合構造体電極法として1990年頃開発された.本方式は,多量の電極消耗を実現するため電極を圧紛体構造とし,電極材の移行付着現象をアシストする.工業的にも圧紛体は成型が容易で,電極の任意形状の加工が比較的簡単である.

 電極材には,WC-Co粉末,Ti粉末が用いられ,鋼材にWC系の厚膜,鋼材および超硬材表面にTiCの硬質被膜が形成された.Ti粉末の変わりにTi金属を用いても,Ti粉末同様TiC被膜を形成できる.TiCは,油中の分解カーボンと電極材料のTi成分との合成によって生成されるため,活性化しやすいTi材料が望ましい.

 上記の複合構造体電極法によるTiCの生成をより実用的なものにするため,TiH2を主成分とする圧紛体電極法(以下,TiH2電極)が毛利,斎藤らによって研究,開発された.その後,工業的な用途への普及を図るためWC-Co粉末を用いる方式と同様,電極材をそのまま移行させる方式も検討し,TiC焼結体電極法(以下,TiC電極)を開発した.

 TiH2電極は,プレス成形だけで製作できるため,実験室での基本的な成膜特性評価に用い,順次,電極サイズを大型化して実用化評価を行った.しかしながら,プレス成形のみでは,大型電極の製作が困難なため,最終的な実用化にはTiC電極によって,工具および金型への応用研究を行った.なお,TiH2電極の抗折力は7.3N/mm2,TiC電極は14.1N/mm2で,約2倍の機械的強度の違いがる.この結果,TiH2電極の消耗速度は0.050mm3/s程度,TiC電極では0.025mm3/s程度になる.

水素化チタン圧粉体電極による成膜特性

 TiH2電極による成膜に関しては,鋼材表面に硬質のTiC膜を高速に形成でき,加工時間に対し,10μmまでは指数関数的に増大し,その後はほぼ一定の成長速度で増大する.これに対応して,硬さは約10μmで最大値になり2500−3000Hvに到達した後は,徐々に低下する現象が現れる.一方,約10μmを超える膜厚では,脆く簡単に削れるため,これ以上の膜厚は工業的な意味を持たない.薄膜の耐磨耗性は比較的高く,超硬チップの切削試験においても無処理品に対して2倍程度の寿命延長効果が確認された.硬さが低下する要因は,内部の気孔を多く含む被膜構造にあり,多量の電極消耗と水素ガス発生が原因している.

 一方,電極消耗は電極面積の影響を大きく受ける.電極面積が大きくなるほど消耗速度が増大する強い面積効果が表れ,一般の放電加工とは大きく異なる.この面積効果は,主に面積が大きいか放電間隔が長くなった場合,放電の気化爆発力が最大になるため生じるもので,電極材の複合体構造にも大きく依存する.極間のエネルギー密度を基準として,成膜特性を表すと電極消耗を除き,膜厚,硬さは面積,加工条件の違いを吸収して,統一的に議論できることがわかった.

炭化チタン焼結体電極による成膜特性

 実用化を目的に開発されたTiC電極による被膜は,きわめて薄く平均2−3μm程度の厚さで,2000Hv程度の表面硬さが得られる.また,母材内部にも数μm程度拡散浸透し,TiC成分の傾斜性を持つとともに,耐スクラッチ試験においても剥離しない極めて強靭な被膜であることがわかった.電極消耗に関しては,TiH2電極に比べて弱い面積効果が現れる.膜厚,硬さは面積,加工条件を含み極間のエネルギー密度で統一的に議論できることはTiH2電極と同様である.

 硬さ測定に関連して,被膜を順次高さを変えて研削して測定すると,母材と同一の高さにおいても1500−2000Hv程度の硬さが残り,硬さの傾斜性がより明確に見出される.他の被膜には無い大きな特徴の一つである.これは,切削工具や金型への適用を考えると耐磨耗性,耐はくり性において極めて強いことが期待される.ピンオンディスク磨耗試験の結果,無処理の超硬ピンに対し,その磨耗量は数分の一にまで低減できた.

表面改質放電加工における成膜プロセスと堆積機構

 放電加工による堆積現象をより正確に検討するため,TiH2電極を用いて被膜生成プロセスを検討した.その結果,成膜に関しては堆積初期の過渡現象とその後の安定成長過程を伴う2つの異なった成長プロセスを持つ.過渡現象過程では,被膜成長率,硬さ,被膜成分濃度,電極消耗速度が加工時間(被膜厚さ)に対応して大きく変化し,その変化はおおむね膜厚10μmまでに終了する.いわゆる表面改質加工における過渡現象が終了する.この被膜成長は,被膜内部の空隙の増加をもたらし,厚みの増大に対し,被膜密度が低下することを意味する.電極消耗速度の過渡現象はTiC電極においても同様に現れる.

 母材材質の影響に関しては,鋼材,超硬,Al,Cu,TiC焼結板で堆積性を調べたが,膜厚は鋼材,超硬,Al,Cuの順に薄くなり,Al,Cuでは被膜が粒状化して十分な堆積は難しい.TiC焼結板では,除去加工になる.TiCを除けば,母材の熱加工指数μ(温度伝導率×材料の融点)が大きいほど堆積が少ない傾向になる.

 TiC板による除去加工は極めて興味ある現象であり,TiH2電極による多量の電極消耗にも関わらず生じることは,TiC電極でも同様な現象が期待される.このため,今まで飽和傾向をもつとされていたTiC電極の成膜特性に関し,長時間の加工を行った結果,一定の膜厚に到達後除去加工に変化した.また,同時に電極消耗速度の過渡現象が生じることは被膜の熱物性値の変化を伴うはずである.調べた結果,被膜表面が後退しても被膜層の厚みは一定の厚みを維持したまま推移することが確認された.この結果,TiC電極で得られる被膜は熱物性値的に,焼結TiCとほぼ同じ性質と考えられ,明らかにTiH2電極によってえられる被膜とは異なる.

放電加工による表面改質工具

 以上の検討結果より,TiC電極による硬質被膜は,その表面硬さが十分高く,かつ母材内部に数μm程度拡散浸透した極めて強靭な被膜であり,焼結TiCに極めて似た性質であることがわかった.

 この被膜を金型や切削工具に適用することにより,従来のPVD,CVDの代用技術として工業化が期待できる.本研究の目的は,実用化システムの実現にある.すでに普及しているPVD,CVDに対して代用可能かどうか,最初に切削工具を用いて検討した.切削試験の結果,TiNドリルに対しチゼル部,外周磨耗が大きく改善される.ステンレス材底付き穴加工においてTiNドリルは途中で欠損,折れが発生するがEDC-TiCでは欠損は生じない.

 ハイスボールエンドミルの場合,逃げ面の磨耗域は無処理に比較して約30%改善される.超硬エンドミルの場合,PVD-TiN処理品に対しやや劣り,改善が必要である.一方,超硬ドリルによるインコネル材加工の場合は,EDC-TiC処理品はきわめて高い耐久性を示す.特に低速切削条件において大きな効果が期待できる.上記の寿命問題を解明するため,荷重をパラメーターとした磨耗比較試験を行った.その結果,PVD-TiN,CVD-TiCに比較してEDC-TiCは荷重に対して大きく影響を受けることが判明した.このため,被膜内部の構造に違いがあると予想されEDC被膜の結晶構造に注目し,結晶学的に分析した.

 その結果,EDC膜は,CVD膜,TiC焼結体に比較してX線回折ピークが低く広がリ,結晶格子が小さい.結晶構造としてはアモルファスとなっている.TiC被膜のTiC分子比はTiC0.45になり,炭素が不足している.これは,Ti分子間への侵入型結晶構造を取る炭素Cが,放電溶融の過程で結晶構造を崩しながら母材表面に溶融固溶体を形成するためと考えられる.従って,結晶子径がCVDのTiCに比較して約1/5と小さく緻密な多結晶構造になっていない.これが,被膜強度を低下させる最大の要因と考えられる.従って,現時点では,高荷重の切削抵抗が作用する切削より,受圧面積が大きく,単位面積当たりの負荷が少ない,かつ材料の流動速度が低い金型に大きな効果が期待できる.

表面改質放電加工の金型への応用

 金型への適用の結果,薄板板金プレスへの適用に関しては,大きな寿命延長効果が確認され,他のTiNコーティングに比較しても十分使用可能である.高精度が求められるシェービング金型への適用に関しても,TiC被膜面を研削することにより適用可能で,寿命改善効果は大きい.プレス曲げ金型への適用に関しては,材料のすべりが発生する個所への適用が効果的である.冷間鍛造金型への適用に関しては,最も激しい磨耗部位への部分的な適用が望ましく,EDC処理面に対し手磨きにより面粗さを改善することで,無処理の金型寿命に対し数倍以上の寿命延長効果が期待できる.これらは,いずれもTiNなどの適用効果が無いもので,EDC被膜の耐スクラッチ性が大きく発揮される適用分野であることがわかった.

 以上をまとめると,工具への適用に関しては,送り量0.5mm/rev,切削速度200m/min以内がEDC工具の使用限界で,金型に関しては,転造金型を除けば,磨いて使用することを前提に鍛造型,磨き無しでプレス型へ適用可能であり,寿命延長効果が大きく期待できる.

 EDCの課題として,面粗さの改善がある.この解決のため,機上研削法を導入し,EDC処理したものをそのまま,工作機械にロボットで搬送し,高速スピンドルによる研削加工を試みた.その結果,1-2μm程度の誤差で,硬質被膜を高精度に研削できることが証明できた.

結論

 以上,EDCで得られる被膜はCVD,PVD並みの機械的性質を持つが,機械加工工具への適用に関してはドリルを除き十分とは言えない.一方,鍛造金型,板金プレスなどの金型全般に対しては,極めて高い耐久性を実現することができた.

 表面改質放電加工法(EDC)は,PVD,CVDに比較すれば,前処理の必要が無く,部分処理に向いていること,金型製作現場に既に放電加工機が普及していることなどのため,広く利用される.さらに,硬質被膜に潤滑などの機能性を付与することも可能であり,新機能被膜として将来性も大きく今後の利用技術開発への期待は極めて高い.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「工具性能向上のための表面改質放電加工(EDC: Electric Discharge Coating) 」と題し,放電加工を用いた実用的な表面改質法を確立することを目的に行った研究成果をまとめたものである.

 本論文は,全4部,14章で構成されている.

 第1部は,「序論」であり,第1.1章「序章」では表面改質放電加工法の原理,その工業的な位置付け,硬質被膜の形成方法について述べ,本論文の目的,構成,および本研究で開発する表面改質放電加工の開発指針について述べている.

 第1.2章「実験に用いた装置および手法」では,本研究に用いる放電加工機,加工条件の選定,電極製造方法,被膜硬さの評価方法,摩擦磨耗試験方法を述べている.

 第2部は,「表面改質放電加工法の解析」で,第2.1章「複合構造体電極法−粉末成形電極法−」では,複合構造体電極法の開発経緯,WC粉末を用いた1次処理,2次処理法,超硬材に対する金属Ti電極を用いたTiC被膜形成法を述べている.さらに,電極材と油中カーボンとの反応によって形成されるTiH2圧粉体電極を用いた粉末電極成形法を述べ,工具刃先に適用した場合の寿命試験を実施し,実用化の示唆を得ている.

 第2.2章「TiH2圧粉体電極による成膜特性」では,実用化を前提にした場合の成膜特性を求め,被膜厚さと加工時間,硬さと加工時間の関係を詳しく分析している.電極消耗は,電極面積の影響を大きく受け,面積が大きくなると電極消耗速度が増大する面積効果を確認し,これらの成膜特性を極間に投入されるエネルギー基準で議論することを述べている.面積効果は,気化爆発力が最大化すること,および電極構造に起因すると考察している.

 第2.3章「TiC焼結体電極による成膜特性」では,本格的な実用化を前提にTiC焼結体電極の開発背景を述べ,基本的な成膜特性を検討している.被膜は極めて緻密で薄い.膜厚は電気条件のパルス幅で決まり飽和特性をもつ.耐磨耗性は無処理に比較して数倍以上の性能を持ち,これを工具,金型へ応用した場合の適否に関して負荷条件を含め検討している.また,荒れた比較表面の硬さを信頼性高く計測する方法としてステップ研削法を考案し,被膜内部の傾斜性機能に関して母材表面まで研削しても十分硬さが残っていることを見出している.さらに,母材内部までTiC成分が拡散している様子を硬さ分布より説明している.

 第2.4章「水素化チタン電極による被膜形成プロセスの検討」では,TiH2圧粉体電極を用いEDCの過渡現象を被膜の成長率変化,被膜内の成分濃度変化,電極消耗速度変化を相互に関連つけ説明している.さらに,これらの過渡現象が被膜厚さ10μmで終了するメカニズムを一次元非定常熱伝導方程式より算出して述べている.

 第2.5章「表面改質放電加工における堆積機構の検討」では,堆積現象が放電一発一発の累積で構成されることから最小単位の単発放電による堆積メカニズムを明らかにし,全体としての成膜特性を論じている.また,堆積特性として被膜が加工時間とともに増加する成長型と一定の被膜厚さを維持したまま被膜表面が低下していく極めて特異な平衡型堆積特性を発見し,その発生メカニズムを考察している.

 第3部は「表面改質放電加工の応用」で,第3.1章「放電加工による表面改質工具の実用化検討」では,EDC被膜の耐久性を検証するため負荷条件が異なるドリル,エンドミル,ボールエンドミルにそれぞれ適用し,無処理,市販のPVD-TiN,EDC被膜工具間の磨耗特性の違いを検討している.EDC被膜は切削速度の速いエンドミルへの適用ではPVD-TiNに対し寿命はやや劣るがその原因が刃先に作用する高い切削力およびせん断応力のため被膜表面のクラックがトリガーになって磨耗が進行するためと述べている.

 第3.2章「工具寿命の要因と被膜結晶構造の検討」では,EDC被膜がPVD-TiN被膜に対して寿命が短くなる点に鑑みてEDC被膜の結晶構造を詳細にCVD-TiC被膜,TiC焼結体と比較検討し,EDC被膜はアモルファス構造に近く,格子定数が基準より小さくかつTiC分子構成比がTiC0.5になっていると述べている.

 第3.3章「表面改質放電加工の金型への応用」では,硬質被膜が得られる他の工法に比べEDC被膜の処理温度が常温に近く,熱ひずみが生じないこと,部分処理が可能で高精度加工が容易に実現できることを説明し,EDC被膜の適用分野として金型が切削工具に比べ,負荷環境においても有利であることを述べている.その上で,プレス金型,曲げ金型,鍛造金型へ本EDC被膜を適用して無処理,および他のPVD-TiN被膜などと比較し,EDC被膜の高い耐久性を証明している.

 第3.4章「EDCの工具および金型への適合性」では,EDC被膜を工具,金型へ適用する場合のガイドラインを示し,工具ではドリル加工が向くこと,金型では磨きを前提に転造金型を除いて十分適用可能であることを述べている.第3.5章「機上研削法の提案」では,被膜表面の面粗さを改善する手段として,EDC被膜を機上で研削し,被膜の面粗さおよび寸法精度を維持するもので,その実用的なシステム構成を述べている.

 第4部「総括」では,本論文のまとめであり,本研究で明らかになった知見をまとめている.

 以上のように,本論文に記された研究においては,「TiC焼結体電極による成膜特性」および「被膜形成プロセス」を明らかにし,新しい表面改質放電加工法を開発している.開発した工法は,今後わが国だけではなく,広く世界に普及し、さらに新しい応用分野への利用拡大も大いに期待できる.本論文の研究成果は精密機械工学の発展に大きく寄与するものと言える.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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