学位論文要旨



No 216528
著者(漢字) 山川,博司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマカワ,ヒロシ
標題(和) 機械材料における内部摩擦精密測定法の研究
標題(洋)
報告番号 216528
報告番号 乙16528
学位授与日 2006.04.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16528号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 小林,郁太郎
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 石原,直
 東京大学 助教授 伊藤,寿浩
内容要旨 要旨を表示する

 材料の内部摩擦は,格子欠陥や原子の挙動解析といった材料科学の分野をはじめ,材料の振動減衰特性を考慮した機器の設計分野や新しい材料の開発分野において重要なファクターである.内部摩擦は,材料の振動減衰特性を測定することで得ることができるが,測定される振動減衰は,空気抵抗減衰,支持部減衰,内部摩擦の3者を合計したものであり,独立な測定は困難である.そのため,内部摩擦を精密に測定するためには,空気抵抗減衰と支持部減衰を低減する必要がある.材料の内部摩擦を測定する方法として,ねじり振動法,ピエゾ式法,電磁式法などに関する研究が国内外でなされてきたが,支持部損失が大きい,ピエゾ素子と測定材料の固有振動数を一致させる必要がある,材質が限定されるなどの問題がある.また,国内においては,制振材料の内部摩擦測定法がJIS規格で規定されているが,測定対象材料の制限,支持部損失による精度低下,接触検出法による精度低下,測定に慣れが必要などの問題がある.空気抵抗を無くすために真空チャンバを用いて内部摩擦を測定する場合があるが,装置が大掛かりであり,簡便な方法であるとは言えない.このように,これまでの内部摩擦測定装置は,空気抵抗や支持部減衰の影響を受ける,測定材料が限定される,装置が大きい,操作に慣れが必要である,高コストであるなど,精度や簡便性,コスト面で問題があった.高精度で簡便かつ低コストな測定装置があれば開発現場でも使用しやすく,機器設計における材料選定の指針を与えることができる.

 本研究では,空気抵抗や支持部によるエネルギ損失を最小限に抑えた内部摩擦の測定法について検討するとともに,簡便でありながら精密測定が可能な内部摩擦測定装置の開発を目指して,下記の開発ポイントを考慮した測定法について検討し明確にする.

 (1)精密測定が可能であること

 (1) 空気抵抗による損失を内部摩擦の1/10以下に抑える

 (2) 支持部による損失をできるだけ低減する

 (3) 非接触振動検出法を採用する

 (2)測定材料の制限が小さいこと

 ・ 打撃加振法を採用する

 (3)簡便であること

 ・ 1回30秒以内で測定でき,誰でも簡単に測定可能であること

 (4)低コストであること

 ・ 高価な測定機器を必要としない装置であること

 はじめに,振動減衰の外部要因のひとつである空気抵抗による減衰を低減するため,微小振動する梁の空気抵抗減衰比を簡単に算出する近似式を導出し,空気抵抗減衰比を低減するための試料の形状・大きさを明確にした.具体的には,微小振動する直方体梁の空気抵抗が,円柱梁(円柱モデル)の空気抵抗で近似できると判断し,円柱梁の空気抵抗減衰比に関する理論式を求め,さらに簡単に計算可能な近似式を導出した.理論式の妥当性を検証するため,流体解析ソフトウェアを用いて数値解析を行い,理論式より得られた値と比較評価を行ったところ,円柱モデルの理論値と直方体形梁の数値解析結果が近い値となり,円柱モデルによる近似が妥当であることが示された.理論式の適用範囲を把握するため,レイノルズ数を大きくした場合の空気抵抗減衰比を数値解析で求めたところ,レイノルズ数と振動レイノルズ数の比で表されるストローハル数Stにおいて,St(-1)〓10(-1)の範囲で,先に導いた理論式が適用できることを示した.最後に,空気抵抗減衰比を低減するための試料の形状や大きさについて検討した結果,鉄やガラスなど通常の減衰比を持つ材料の場合とアルミニウムやシリコンなど小さい減衰比を持つ材料の場合について,試料の形状に応じた寸法を明確にした.

 続いて,もう一つの外部要因である支持部損失による減衰を低減するため,試料の支持方法について検討した.はじめに振動子と支持材料が一体となった片持ち梁の固定支持状態における支持部損失について,その理論式を示し,理想支持状態における支持部損失による減衰比がかなり小さいことを示した.次に,支持部損失の低減を考慮して各種支持方式について検討し,測定に適した支持方式として吊り下げ支持方式を採用した.吊り下げ支持方式において,吊り糸の種類,糸の長さ,吊り位置などの支持条件を測定実験により明確にするとともに,吊り糸の本数や試料の支え方,加振する方向などを考慮した各種支持方法について評価実験を行った結果,試料の上部2点を支持する2点吊り下げ法が本研究の目指す測定方法に適した支持方法であることがわかった.

 これまでに得られた結果より,空気抵抗損失を低減した形状と大きさの試料を,支持部損失を低減した2点吊り下げ法で支持し,振動検出にレーザドップラ振動計を用い,時間波形解析にオシロスコープを用い,周波数解析にFFTアナライザを用いた内部摩擦測定システムを構築した.時間領域と周波数領域での測定法について長所・短所を比較するとともに評価実験を行った結果,打撃加振の安定性が低い手動加振においては時間領域での測定精度が良く,安定した正確なインパルス加振が可能な場合は,周波数領域での測定精度が良いことがわかった.そこで,正確なインパルス加振を行うために自動加振装置を製作し,動作の確認と評価実験を行った結果,指令値により加振力を変化させることが可能であること,同一指令値での加振力が安定していることが確認できた.自動加振装置とFFTアナライザを用いた周波数領域での測定法により,複数のガラスのサンプルを用いた評価実験を行った.その結果,化学的性質の観点から推測した内部摩擦の大きさの傾向と測定値から得られた傾向が一致したことから,測定法の有効性が確認できた.

 構成した,レーザドップラ振動計とFFTアナライザを用いた測定方法により,空気抵抗損失や支持部損失の影響を抑えた精密な測定が可能であることが確認できた.しかしながら,この測定方法は,システム構成費が高く,測定操作に慣れが必要など,経済性,簡便性の面で問題があった.そこで振動測定法を再検討した結果,マイクロホンが振動計側に有効であることがわかったことから,振動センサにマイクロホンを用いた測定法について検討した.

 まずマイクロホンが内部摩擦測定のための振動センサとして有効かどうかを評価するため,理論と実測波形から評価を行った.その結果,マイクロホンの出力は振動物体の速度に比例していること,およびマイクロホンとレーザドップラ振動計の出力波形が増幅度と位相差を調整することで一致することがわかり,マイクロホンがレーザドップラ振動計に換わる振動センサとして有効であることが確認された.次にパソコンを用いた時間領域における信号処理方法を検討し,測定精度を確保するための条件を明確にした.さらに,連続自動加振に対応した自動加振装置を新たに製作し,動作確認を行うとともに,前測定法との比較実験を行ったところ,前測定法よりばらつきが小さく,連続測定時間が1/10以上短縮されることがわかった.最後に,前測定法の評価に使用した複数のガラス試料を用いて評価実験を行った結果,化学的性質から予想される内部摩擦の傾向と測定された内部摩擦の傾向が一致したこと,および前測定法より測定値のばらつきが小さかったことなどから,新測定法の有効性が確認された.

 マイクロホンを振動計測に,パソコンを信号処理に使用した新測定システムが材料の内部摩擦の精密測定に有効であることが確認できたが,内部摩擦の小さい試料の測定において,うなりが発生する,打撃加振で試料が揺れることにより測定波形にうねりが生じるなどの問題が生じたため,その対策法について検討した.はじめに,内部摩擦の小さい試料で問題となっていた,うなりを無くす試料形状について検討した結果,円柱形試料や幅と厚さが同寸法の直方体形試料よりも幅と厚さの寸法が異なる直方体形試料を用いることが有効であることがわかった.次に,試料が揺れることで測定波形に生じるうねり成分を除去し減衰波形を抽出する方法について検討した結果,抱絡線検波回路とフィルタ回路に測定波形を入力することにより,うねり成分が除去され,減衰波形が得られることを理論式を用いたシミュレーションを行い確認した.最後に,実際に回路を製作し,減衰波形の抽出が正しく行われているかどうかを確認するとともに,既知減衰波形および金属材料を用いた評価実験を行った.その結果,当手法の適用可能範囲を明確にすることができたとともに,うねりを除去しない場合と比較して,測定値のばらつきを1/10に抑えることができた.以上のことから,抱絡線検波回路とフィルタ回路を用いて,試料の揺れによるうねりの影響を低減できることが確認できた.

 以上,材料の内部摩擦を簡便かつ精密に測定する方法を検討した結果,先に述べた開発ポイント事項を満たす測定システムを構築することができた.考案した測定法は,吊り下げ支持法と打撃加振法,非接触振動検出法,を組み合わせた独特な測定法で,測定材料の制限が小さく,小型,低コスト,簡便で精密測定が可能な測定装置を実現することができるため,広い分野の研究・開発現場で役立てることができるものと考える.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「機械材料における内部摩擦精密測定法の研究」と題し,機械材料の内部摩擦を簡便かつ精密に測定する装置を実現するため,空気抵抗や支持部によるエネルギ損失の低減法,振動計側法,信号処理法について理論的,実験的に評価した結果をまとめたものである.

 第1章「序論」では,材料の内部摩擦が制振材や振動センサの性能を決定する重要なパラメータであることを述べ,従来の内部摩擦測定法とその問題点を示した上で,本研究の目的および検討課題について述べている.

 第2章「内部摩擦」では,内部摩擦の原因と現象および内部摩擦が重要となる研究分野について述べるとともに,内部摩擦を理論的に求めることの困難性および測定の必要性を述べている.

 第3章「空気抵抗減衰の理論解析」では,微小振動する円柱梁の空気抵抗減衰比に関する近似式を導出し,それを直方体梁に適用し,理論値と数値解析結果および実測値との比較結果より近似式が直方体梁に適用可能であることを示している.導出した近似式を測定で使用する標準大試料に適用し,空気抵抗減衰比が内部摩擦の1/10以下となる試料の形状と寸法の関係を明確にしている.

 第4章「支持方法の明確化」では,支持部におけるエネルギ損失を最小限に抑えかつ打撃加振法との組合せに適した支持方法について検討している.幾つかの支持方式について評価実験を行い,支持方式として吊り下げ方式が適していることを示すとともに,吊り下げ方式における各種支持条件について測定実験を行い明確にしている.さらに,吊り下げ方式の中から打撃加振法との組合せを考慮した評価実験を行い,2点吊り下げ支持法が本研究に最も適した支持法であることを示している.

 第5章「内部摩擦精密測定装置の開発」では,第3章,第4章で得られた測定に適した試料の形状・大きさと支持法を採用し,振動検出にレーザドップラ振動計を用い,時間領域解析にオシロスコープを,周波数領域解析にFFTアナライザを用いた内部摩擦測定システムを構築し評価している.測定試料の振動振幅および振動周波数を変えた測定実験を行い,内部摩擦の振幅依存性ならびに周波数依存性を確認している.また,複数のガラスのサンプルを用いた評価実験を行い,化学的性質の観点から推測した内部摩擦の傾向と測定値から得られたその傾向が一致することを確認しており,これらの結果から構築した測定システムが内部摩擦の精密測定に有効であることを示している.

 第6章「マイクロホンを用いた内部摩擦簡易測定装置の開発」では,振動計測にマイクロホンを,信号処理にパソコンを用いた内部摩擦測定法を提案している.マイクロホンがレーザドップラ振動計に換わる振動センサとして有効であることを確認するとともに,パソコンを用いた信号処理法を検討し測定精度を確保するための条件を明確にしている.連続自動加振に対応した自動加振装置を製作し,前測定法との比較実験および複数のガラス試料を用いた評価実験を行い,前測定法よりばらつきが小さく,連続測定時間が1/10以下であることを確認し,新測定法が簡便,低コストでありながら内部摩擦の精密測定に有効であることを示している.

 第7章「揺れとうなりによる測定誤差の低減法」では,低減衰材料の測定において問題となる,うなりの発生と試料の揺れによる測定波形に生じるうねりについて,その対策法を検討している.うなりを無くす試料形状について検討し,幅と厚さの寸法が異なる直方体形試料を用いることが有効であることを示している.また,揺れによる測定波形のうねり成分が,包絡線検波回路とフィルタ回路により除去可能であることを理論と実験により確認している.既知減衰波形および金属材料を用いた評価実験を行い,手法の適用可能範囲を明確にするとともに,うねりを除去しない場合と比較して,測定値のばらつきを1/10に抑えることができることを確認し,本手法が低減衰材料における内部摩擦の精密測定に有効であることを示している.

 第8章「結論」では,本論文で得られた結果を総括している.

 以上のように本論文では,空気抵抗と支持部損失の詳細な評価とマイクロホンを用いた振動計測法の開発により,内部摩擦を精密に測定する方法を明確にしている.考案された内部摩擦測定法は,空気抵抗と支持部損失を抑え,吊り下げ支持法と打撃加振法,非接触振動検出法,を組み合わせた従来にない独特な測定法であり,小型,低コスト,簡便かつ精密測定が可能な測定装置を実現することができるため,材料科学の研究分野から,材料の開発や機器設計など広い分野の研究・開発現場で役立てることができると考える.また,第3章で得られた空気抵抗減衰比に関する理論式は,マイクロカンチレバーにおける空気抵抗減衰比の見積りなど,振動する梁一般に適用可能であることから,本論文で得られた成果は,低減衰材料を用いたマイクロセンサなどの開発分野など,精密機械工学の分野において貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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