学位論文要旨



No 216530
著者(漢字) 田中,拓也
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,タクヤ
標題(和) UV誘起グレーティングとLDをハイブリッド集積した外部共振器レーザに関する研究
標題(洋)
報告番号 216530
報告番号 乙16530
学位授与日 2006.04.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16530号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 三尾,典克
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨 要旨を表示する

 近年インターネットの普及に伴い、ADSL(Asymmetric digital subscriber line)及びFTTH (Fiber to the home)等のブロードバンドが家庭まで普及してきた。インターネット上を流れる情報量の増加に対応するため、通信ネットワークの大容量化が要求されている。現在、基幹系通信、都市圏通信のネットワークには波長多重(WDM:Wavelength division multiplexing)伝送システムが用いられているが、ブロードバンド(高速大容量)化をさらにおし進めるためには低コスト化が必要になっている。WDMシステムを構成する部品のコストにおいては光源のコストが大きな比重を占めており、安価な単一モード波長安定化光源及び1チップで多数の波長を出力する多波長光源が期待されている。

 一方、著者の所属する研究所ではSi基板上に石英導波路を作製した石英系PLC(Planar lightwave circuit)を研究し、様々な実用的なデバイスを開発してきた。さらに、石英系PLC上に半導体素子を集積する技術(ハイブリッド集積技術)が開発されてきた。

 ここで、ハイブリッド集積デバイスにUV誘起グレーティングを集積した外部共振器レーザは、(1)発振波長がグレーティングのブラッグ波長に固定されるため単一モード発振をする、(2)石英の屈折率再現性が高いことから(グレーティングのブラッグ波長制御が容易であるので)精密な発振波長制御が可能である、(3)ハイブリッド集積により熱的・機械的安定性が高い、(4)PLC上に構成されているので多波長化(アレイ化)が容易であるという利点を有している。本構成による多波長光源は従来の集積型多波長光源に比較して波長間隔の高密度化が可能であり、ファイバとの光結合が容易である点に特色がある。

 以上の背景のもと、本研究ではハイブリッド集積外部共振器レーザ(ECL:External cavity laser)の単一波長安定化光源及び多波長光源への適用性を検討することを目的とする。

 以下、本論文における研究成果を要約する。

(1)ハイブリッド集積ECLの原理

 ECLを作製するための要素技術はUV誘起グレーティング作製技術とハイブリッド集積技術である。UV誘起グレーティングはフェイズマスクを通してUV光を石英導波路に照射することで(屈折率変化を誘起して)作製した。またUV光誘起の屈折率変化の原因として提唱されているモデルを紹介した。続いてグレーティングの反射スペクトル・透過スペクトル・位相を解析的に求め、UV誘起グレーティングのスペクトル特性を論じた。次にUV誘起グレーティングの熱緩和を測定しErdoganのモデルにフィッティングし、熱緩和の予想モデルを立てた。このモデルによりUV誘起グレーティングの安定化条件を導出し、その条件に従いグレーティングを熱処理して信頼性を確かめた。またECL中のグレーティングはECLの作製途上で加わる熱により安定化されることを確かめた。

 次に、ハイブリッド集積技術について述べた。PLC上にスポットサイズ変換LD(Spot-size converter integrated laser diode:SS-LD)を搭載する技術(著者の所属する研究所で開発)を紹介した。そして導波路の電界分布をガウシアン分布で近似することでSS-LDと石英導波路の結合効率及び結合トレランスを見積もり、ECLの閾値及びスロープ効率の計算に用いられるようにした。

 最後に、ECLの出力とキャビティに関する理論を述べた。進行波レート方程式を用いてECLの閾値とスロープ効率を解析的に求め、ECLの出力はグレーティングの反射率、SS-LDと石英導波路の結合効率等に依存することを確認した。また、ECLのキャビティはグレーティング中点からSS-LDの後端面で構成されるファイペローレーザのキャビティと等価であることを確認し、ECLの理論計算及び設計に応用できるようにした。

(2)ECLの基本特性

 PLC上にUV誘起グレーティングとSS-LDを集積し単体のECLを作製した。測定の結果、ECLは適切な温度で単一モード発振すること、及び温度を変えた際の発振波長の変化(の平均値)は従来の半導体レーザに比較して1桁安定であるという良好な発振特性を確認した。そして、ハイブリッド集積されているため機械的・熱的に安定であることを示した。これにより、温度を制御すれば単一モード安定化光源として用いることが可能であることを確認した。

 次に、発振波長間隔を2nmに制御した4波長光源を作製して各チャンネルの単一モード発振を確認した。これにより多波長光源作製のためのアレイ化及び集積化が可能であるとの見通しを得た。また、ECLのグレーティングのブラッグ波長はECL作製後でもUV照射により調整が可能であることを示し、4波長光源において発振波長間隔を2.0nm±0.1nmとより精密に制御できることを示した。

 また、温度を変えた際に(キャビティ中の石英導波路の長さに依存せず)5℃おきにモードホッピングが生じることを見出した。ECLを直接変調して温度を変えながらBER(Bit error rate)を測定し、モードホッピングが生じている温度ではBERが劣化しECLは使用できないことを確認した。考察では石英ガラスの温度係数とLDの温度係数が異なることが原因でモードホッピングが生じることを述べ、その温度周期は石英導波路長ではなく半導体LDの長さに依存することを定量的に説明した。

(3)温度に依存したモードホッピングの抑制

 温度を変化させた場合、モードホッピングが生じる温度ではECLが使用できないことは前に述べた。ECLをアレイ化して多波長レーザを作製した場合、各チャンネルにおいてモードホッピングが生じる温度はランダムであるので、ECL型多波長レーザの使用できる温度範囲はチャンネル数分だけ狭まる。したがって温度に依存したモードホッピング抑制は解決すべき重要な課題である。

モードホッピングの原因は石英ガラスの温度係数とLDの温度係数が異なることが原因である。ここではLDと温度係数が逆のシリコーン樹脂をLDとグレーティングの間に挿入し、LDの温度係数を打ち消すことで、モードホッピングを抑制する手法を考案した。具体的には、シリコーン樹脂を挿入したECLキャビティを設計及び作製し、発振波長、発振出力、(一定のBERを得るための)最小受光パワーの温度依存性を測定し、これらが連続的に変化していることから、温度に依存したモードホッピングが抑制されていることを実験的に示した。つづいて、モードホッピングを抑制できる温度範囲のシリコーン長依存性を理論的に求め、実験結果を説明した。またモードホッピングを50℃以上にわたり抑制するために必要な溝長の作製トレランスは±15%と広いことを示した。

 応用例としてモードホッピング抑制型ECLにパワーモニタ用PD(Photo diode)が集積された構成のECLを作製した。PDでパワーをモニタしAPC(Auto power control)制御が作動することを実験的に確かめた。また、SS-LDと導波路の間で結合しなかった光は、PDを集積する場合ノイズ光として問題になることを見出した。

 以上、ECLにおいて課題となっていた温度に依存したモードホッピングを抑制する方法を確立した。

(4)多波長光源

 高精度な波長制御を行うため、フェイズマスクに改良を加え、グレーティングを作製した結果をフェイズマスクの設計値にフィードバックした。UV誘起グレーティングを作製した結果、8波のグレーティングのブラッグ波長をITUグリッドに絶対波長精度0.2nm・相対波長精度0.08nmで制御できた。次に温度に依存したモードホッピングを抑制するためにシリコーン樹脂を挿入することに加え、縦モード波長をブラッグ波長に対して安定な位置に制御した。ここではUV光をECLキャビティ中の石英導波路に照射することで(屈折率を変化させて)光路長を変化させることで縦モード波長を制御している。縦モードを制御する理由は、多チャンネルのECLでは、あるチャンネルの縦モードがブラッグ波長に対して安定な位置にあっても、他のチャンネルの縦モードが安定な位置にある保証がないからである。以上の技術を元に8波長光源を作製し、ITUグリッドに波長制御された100GHz(0.8nm)間隔8波長の発振を得た。また発振波長の温度依存性を測定し、全波長において温度に依存したモードホッピングが抑制されていることを確認した。次に8チャンネル光源の動的特性を測定し2.5Gb/sで8チャンネルすべてを直接変調できることを確認し、隣接チャンネルをクロストークの影響なく同時変調できることを確認した。

 以上、UV誘起グレーティングとSS-LDをPLC上に集積してDWDM(Dense WDM)用100GHz間隔8波長光源を作製し、ハイブリッド集積ECLが多波長光源に適用できることを確認した。

 以上、本研究はハイブリッド集積型ECLとそれを集積した多波長光源の開発にあらたな知見をもたらすものであり、最終的に多波長光源としてDWDM用光源の低コスト化及び省スペース化への貢献が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 光通信網の発展は目覚ましく,通信容量の大容量化の要求は止まるところを知らない。大容量化の基本は変調速度の高速化であるが,使用波長を分割し同時に複数の信号を送る波長多重伝送方式が,高速化に並行して長く研究されてきた。この方式のキーとなる技術は多波長で発振するレーザ光源を開発することにある。現状では,単体のレーザを単に多数集めて並べただけであるが,1台のデバイスで多波長のレーザ光が得られれば,そもメリットは大きい。本論文の著者は長年にわたって,石英系平面光回路を用いた外部共振器レーザの開発,および,その多波長化に取り組んできた。本論文は,波長分割多重通信に不可欠な多波長光源に関する著者の研究成果をまとめたものである。

 本論文は7章と付録からなる。

 第1章「序論」では,本研究の背景と目的が述べられる。これまで研究されてきた各種多波長光源について概観した後,著者が行ってきた石英系平面光回路を用いた外部共振器レーザの特徴がまとめられている。

 第2章「石英系PLCの概要」では,本研究の基礎をなす石英系平面光回路の概要が記述されている。はじめに,作製方法について簡単に触れられた後,これを応用したデバイス例として,平面導波路型回折格子,熱光学スイッチ,加入者用光送受信モジュールが紹介される。続いて,光回路設計に必要となる実効屈折率の計算法が述べられる。

 第3章「ハイブリッド集積型外部共振器レーザの原理」では,半導体レーザと石英系平面光回路を複合した外部共振器型レーザの原理が議論される。平面光回路上の光導波路内部には紫外線照射でグレーティングが形成され,外部共振器の反射鏡の役割を担う。はじめに,紫外線レーザを用いたグレーティング作成技術と屈折率変化の物理的起源について述べられる。続いて,グレーティングの反射・透過特性の詳しい計算法が紹介され,さらに,デバイスとしての信頼性が,温度特性や継時変化の測定値に基づいて論じられる。

 本デバイスは半導体レーザと平面光回路を別々の部品として作製し,それらを集積化して一つの複合デバイスとする。従って,両者の接合技術は大変重要になる。ここでは,平面光回路の作製プロセスと,半導体レーザを接合するときの調整法が論じられる。

 最後に,外部共振器型レーザの基本特性を進行波型レート方程式に基づいて議論し,スロープ効率と閾値電流が解析的に導かれる。

 第4章「外部共振器レーザの基本特性」では,石英系平面光回路を用いた外部共振器型半導体レーザの基本特性が記述されている。外部共振器を備えることにより,単一モード発振が容易に実現するが,同時に温度による発振波長の変化が低く抑えられることを実証した。さらに,4台の半導体レーザを並べ,発振波長の間隔が2nmの4波長レーザを作製し,動作特性を測定した。しかし,この段階では,およそ5度の温度間隔でモードホッピングが生じ,通信エラーを引き起こす原因となる。一つ一つの半導体レーザがモードホッピングを起こす温度を制御するのは難しく,多波長レーザを安定に動作させるのはほとんど不可能であること,従って,何らかの方法でモードホッピングそのものの抑制が不可欠であることが明らかにされた。

 第5章「温度に依存したモードホッピングの抑制」では,前章で通信特性劣化の原因となるモードホッピングの抑制法が述べられる。温度変化によって引き起こされるモードホッピングは,半導体レーザの温度係数と,石英光導波路中に作られたグレーティングのブラッグ波長の温度係数が異なることに原因がある。よって,両者の温度係数が等しくなるように調整できれば,モードホッピングを抑制できる。著者は,平面光回路上に,半導体レーザとは逆の温度係数を持つシリコーン樹脂を挿入し,半導体レーザの温度特性を打ち消せば,モードホッピングを抑制できることに思い至り,実現を試みた。シリコーン樹脂の部分は導波路構造を持たず,光の閉じ込め効果が失われる結果,導波損失が生じる。この問題は,シリコーン樹脂の部分を分割することにより解決した。以上のアイデアに基づきデバイスを設計製作し,特性を測った。その結果,室温の広い温度範囲でモードホッピングが抑制できることを実証した。

 第6章「多波長光源」では,前章の方法を拡張し,8波長で並列発振するモードホッピングの抑制された多波長レーザを試作した結果が報告されている。試作したレーザは,波長1546.85nmから1552.57nmの範囲でほぼ等間隔で発振し,10℃から40℃の温度範囲でモードホッピングが認められなかった。さらに動特性の測定では,変調速度2.5Gb/sにおいて良好な動作特性を得た。

 第7章「結論」では,本論文の総括に充てられている。

 付録では,本論文中で必要となる計算法がまとめられている。

 以上を要するに,本論文は,波長分割多重通信に不可欠な多波長レーザについて,著者が行った研究成果をまとめたものである。多波長レーザはいろいろな方式が研究されているが,本論文の著者は,半導体レーザを石英系平面光回路に集積化するハイブリッド型多波長レーザを最善のものと考え,その開発研究に従事してきた。特に,信頼性を高めるため,シリコーン樹脂を使った温度補償法により,モードホッピングを抑制することに成功した。このように長年にわたる研究の結果,著者は技術的に実用化可能なデバイスを完成させた。よって,本論文は物理工学に対し寄与するところ大であり,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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